第二十三話 クリクレア島に向けて出港!
ゼノ=レセップスからクリクレア島に渡る許可を出して貰えることになった次の日の朝。朝食を食べ終え、宿を引き払ったスイール達はゼノに告げられた通り役所を訪れた。
直接ゼノの元へと向かおうと思ったのだが、窓口が既にいっぱいだった為に、案内窓口でゼノ=レセップスと会いたいと相談をしてみた。すると、本人からでなく、受付の女性から許可証や封筒等と一緒にゼノからの伝言を渡されたのである。
直接渡して来ないで良いのかと疑問に思い尋ねてみたが、どうやら彼女はスイール達が珍しい人を呼び出していた人達だと印象に残っていたらしく、ゼノからの伝言に二つ返事で自信満々引き受けたのだそうだ。
ゼノが忙しいとの理由もあったのだが。
許可証は羊皮紙に焼き印が押されているだけの簡素なもの。羊皮紙を使うのは船旅に携行するので水に弱い紙を使わないだけの理由である。
だが、顔役への封筒だけは普通の紙を使ってあり、ちぐはぐな印象を受ける。恐らく、羊皮紙が手元に無かっただけでは無いかとスイールは考えたが、それは枝葉の事でどうでもよかった。
ゼノからの伝言はクリクレア島に向かう定期船の船長に許可証を持った五人組が乗り込むと伝えてあるので”必ず乗船するよう”にと言われた事だけだった。
その船長にスイール達の監視を厳命したのだろうと、これも予想の範疇である。
役所で用事を済ませると、受付の女性にちょこんと礼をしてすぐに港へと向かう。まだ時間はあるが、昼の定期船に乗る様にと厳命されてしまえばギリギリで向かうよりは良いだろうと。
そして、港に備え付けられているクレーンで物資を積み込んでいる定期船を見つけ、忙しそうに動き回っている水夫を一人捕まえて、船長は何処かと尋ねた。
当然、水夫は案内している暇は無いと船長がまだいるであろう事務所を指さすだけでさっさと仕事に戻って行った。
「すみません。島へ向かう定期船の船長はいらっしゃいますか?」
水夫に指示された事務所へ向かい、スイールだけが入室し受付カウンター越しに船長を呼び出して貰おうと傍で書類仕事をしている人へと声を掛ける。
「あぁ?船長だぁ。ちょっとそこで待ってろ、今呼ぶからよ」
スイールが声を掛けた人は慣れぬ仕事に四苦八苦し気が立っていた。その為に、突如現れ仕事を邪魔したスイールを親の仇の様な視線を向けて来た。
それでも、カウンター越しに現れたスイールが客であるとわかると舌打ちをして毒づいた。
「せんちょ~~、お客さ~~ん!」
それでも自らの仕事を邪魔されぬ様にと事務所に響き渡る大声で定期船の責任者、船長を呼び出し、すぐ自らの仕事に戻った。
スイールはぶっきらぼうに呼び出された船長はどんな性格なのかと少し”わくわく”と楽しみにしたのだが、事務所の奥から現れたのは彼の期待に反して穏やかなロマンスグレーの髪をした紳士であった。
穏やかな性格をしているのだろうと思ってみたのだが……。
「五月蝿いわい!もっとお客の事を考えて行動せんか!」
紳士的に振る舞うかと見えたが水兵上がりらしく武骨な手で
見た目と行動の乖離にスイールは頬をひくひくさせて唖然としてた。
「申し訳ない。えっと、あれ。役所から連絡のあった島に渡りたいとする人達……かな?」
五月蝿くした部下の行為を申し訳なさそうに謝った船長は、スイールの格好を一瞥して役所から連絡のあった人ではないかと自信無さそうに尋ねてきた。
役所から連絡があったのは五人組に許可証を渡したとされ、その代表は杖を突いた胡散臭そうな男であるとの格好が記されていたのだ。胡散臭いとは役所も失礼だ、と思ったらしいが目の前に現れた男の印象としては”その通りだ”と納得せざるを得なかった。
口に出すことははばかられ、”胡散臭い”と喉まで上がっていた言葉を飲み込んでいたのは本人だけの秘密である。
「ええ。他の四人は迷惑と思い、表で待機しています」
スイールはその通りだと船長に答えながら、先ほど貰ったばかりの許可証を提示した。
「わかった。早めに来てくれた事だし、さっそく船に案内しよう」
船長は許可証にちらっと視線を送っただけで”役所から連絡のあった人だ”と認識した。
出航まで時間があるが、どこかで時間を潰して間に合わなくなると拙いと思い船に案内してしまおうとスイールを連れ立って事務所から出て行く。
その時に、しっかりと事務仕事をしているように、と部下に指示するのを付け加えるのは、その部下を信用していないのだろうとスイールは思うのだった。
事務所を出るとヴルフ達四人が輪になって何事かを話していた。とりとめのない世間話であったようで、事務所から出てきたスイールに気付くと彼の傍に足早に向かった。
スイールは近づいてきたヴルフ達にさらっと話しかけ、船長が早速船に案内してくれると伝えた。
ごく普通に会話するスイール達だったが、船長の目には”どこの戦場に向かい行くのか?”と目をぱちくりさせていた。
それもそうだろう、ヴルフは
それに加え、アイリーンの大型の
事務所を出たところで頬を引きつらせ”ハハハ”と乾いた笑いを見せているのが印象的だった。
スイール達の会話が済んでしばらくしてから船長が正気に戻ったらしく、盛大に溜息を吐いて肩を落としていた。
「はぁ~。ま、良いですがね……。それでは船にご案内します」
船長はスイール達を引き連れて船へと向かうのであったが、その背中からどこか達観したような雰囲気を醸し出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うっすらと見えるのがクリクレア島ですよ」
定期船に案内されいくばくかの時間が過ぎ昼になると出発の鐘が鳴らされる。それと同時にもやいが解かれ船はクリクレア島に向けて滑る様に港を離れた。
青い空が全部の方向に広がる絶好の好天。夏の風が吹き抜ける洋上を滑るようにして北へ進む。
暫くそのまま進むと北西へと転進した。
その時に甲板に出ていたスイール達が右舷方向に目を向けると、水平線上にうっすらと島が見えたのである。
それが今向かっているクリクレア島であると見張りに回っていた水夫が説明してきた。
キール自治領からクリクレア島までの最短距離はわずか百キロメートル程だ。しかし、水平線上は火山の山頂が見える程度。
しかし、今はそのちょうど中間を航行している。水平線上に不思議に浮かぶ島をまじまじと眺めることができる距離にいるのだ。
「なるほどなぁ。で、あの尖がってるのが目的地ってやつか?」
島のその先に見える尖がった山、少しばかり煙を吐いているその山をヴルフが指さし、スイールに尋ねる。
その問いに”そうです”と告げなら、さらに言葉を続ける。
「正確には山の中腹、とはいっても三合目程だと思いますが、そこが目的地になりますね」
「山頂まで登らんで済むか。それは僥倖だわい」
ヴルフはトルニア王国とディスポラ連合王国、--帝国が解体されて都市国家群の連合国となった--、の間を貫くアミーリア大山脈の登山を思い出していたようだ。
しかし、クリクレア島の火山はアミーリア大山脈と違い、標高は二五〇〇メートル程しかない。わずか三割の高さだ。
その中腹、三合目あたりと聞けばそれほど登らなくて済むと、ホッと胸を撫で下ろしているのもわかるだろう。
とは言いながらも登山経路は、裾野が広く五合目から七合目までは緩やかな登り坂を有する東西に一本ずつと数が少ない。
南や北は切り立った崖が行く手を阻み、登山経路に向かないのだ。
ただ、山の東側は有毒ガスが流れて人に害を与えるため、実質的に西から登る一本の経路しか使えない。
「なるほどね~。それじゃぁ、登山道を登ってる途中を襲ってくる可能性もあるのかな?」
「竜は無いでしょうが、上空から狙われればその可能性はありますね」
「それはいつも通りか」
上空からの危険は街から一歩外に出れば常に付きまとう。
人が警戒をしていればそのようなことは無いし、別に縄張りを持っていれば火山のすぐ傍まで来ることは無いだろう。それでも、上空から襲われる危険性は零ではない。
「今回は登山とまでいかないと思いますから大丈夫だと思いますけどね」
「それじゃぁ、ピクニック出来るね?」
「う~ん、ちょっと違うような……」
確かに緩やかな登りが続く登山道は、上空からの脅威がなければヒルダが口にした様にピクニックに最適だろう。裾野まで広がる草原が目の前に現れたら、濃い緑色を楽しみながら休憩するのも楽しそうだ。
遊びに行くのならそれでも良いのだが、楽観的に思いつくままを口にしたヒルダに苦笑してしまった。
「ですが、今は危険な場所になりつつあるようですよ」
「えっ?」
突然の声にスイール達が振り向くと、腕を後ろに回してびしっと背筋を伸ばした定期船の船長がいた。穏やかな海を行く船橋を副船長に任せてうろうろと見回っているようだ。
「船室にいないので探しましたよ」
見回りの最中にスイール達が何をしているのか、探りに来たが部屋にいないとわかると慌てて甲板に上がって来たのだとか。穏やかな海と言えどもゆっくり揺れる船は歩くのに神経を使う。だから、船長は若干息を切らせていた。
「何か御用ですか?まだ夕食には時間があると思いますが?」
領都ラルナを出発してクリクレア島の港に入港するまでは約三日。
その間はすることも無く暇を持て余すのだが、その暇を潰すために甲板でクリクレア島を望んでいたのだ。
それに加え、船の左舷四十五度に見える太陽はまだ沈むまでに若干の時間がある。
真上の空は濃い青色だし、西の空は夕方のオレンジ色には程遠い色をしている。
夕食に呼びに来るには時間が早すぎる、スイール達はそう思いながら首を傾げた。
「夕食はまだですよ。それに、暗くならないと準備は終わらないかと思います」
「そうなんですね。それでは?」
それでは、夕食の誘いでは無いとすればなに用なのかと再び尋ねる。
「いえ。役所からは丁重に案内せよ、と言われただけです。それで、何が目的で行くのかと思いましてね。あ、話せる範囲で結構ですよ」
「あれ?聞いてませんか?」
「ええ。何も」
スイール達は再び首を傾げる。
役所から連絡要員を走らせているのなら、目的を教えてもいいはずだと。
クリクレア島に渡る許可を出す前にゼノが口にした”機密事項”が関連しているかもしれない。だが、定期船の船長を拝しているのだから、”機密事項”の内容を教えられても不思議ではない。
だから、スイール達は不思議に思ったのだろう。
周りには彼の部下の水夫達も忙しく動き回っているので、迂闊に口にする訳にはいかない。だが、ぎりぎりを選んで目的、いや、目的地をスイールは口にする
「そうですね~。私達の目指す場所はあの火山にあります。それ以上はこの場では……」
「ちょっと、スイール!言っちゃっていいの?」
アイリーンが心配しているが、この位は大丈夫だろう。
船長は顎に手を当てて頷きを返して来る。機密事項に抵触した事も、何故役所からくれぐれも宜しくと告げられた事も、だ。
「なるほど、合点がいきました。これ以上は私の口からは何も申しません。短い日数ですが、快適な船の旅を」
「どうもありがとう」
そう挨拶を交わすとスイールの事情を察したとして船長は仕事場である船橋へ戻って行くと思い、風景に視線を移そうと一旦船長から目を逸らした。しかし、船長は立ち去る様子も無く何かに視線を向けていた。
会話中はスイールに視線が向いていたのは当然だろう。
だが、立ち去らぬ船長が気になりスイールが船長へ顔を向けると、スイールとは別の人に視線を向けていた。
「えっと、船長。エゼルバルドがどうかしましたか?」
船長の視線の先はエゼルバルドであった。しかも複雑な表情をして。
「いや、ちょっと珍しいと思ってね」
「珍しい?」
船長の言葉を耳にしたエゼルバルドがゆっくりと振り向いた。
エゼルバルド自身の何が珍しいのか、興味を持ったのだ。
「ええ、クリクレア島の住人はそちらの男性と同じで、黒髪と黒目がほとんどなのでね。いや、余計な事を言った。忘れてくれ」
「??」
船長は”何でも無い”と口にすると踵を返してスイール達の前から何処かへ立ち去った。
それが何を意味するのかエゼルバルドには全く理解できなかった。何処にでもいるのでは無いかと首を傾げる。
グレンゴリア大陸に住まう人々は多様性に飛び、エゼルバルドの様な
スイールは船長の言葉を聞き、記憶の奥底に埋もれ自らも忘れていた事実を思い出していた。エゼルバルドにその事実を話すべきか大いに迷うのだが、結局彼の口から真実が語られる事は無かった。
※クリクレア島の火山は富士山のようなすそ野が広い山と考えてください。
エゼルバルドの髪と瞳は第一章第二話でちらりと紹介しています。
それにしても、随分と昔だ……。
こんな所でフラグを回収して如何するのでしょうかね(笑)
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