第二十二話 思わぬところで許可がおりた?

「申し訳ないですが、その理由をお教えいただけないでしょうか?」


 クリクレア島に渡るには目の前にいるゼノの許可が必要だ。

 スイールには島に渡る事が今の命題である。

 もし渡れないとなると最悪、今ある国家が滅びるかもしれない。いや、それだけで済めば良い。もしかしたら、地上に築き上げた文明の全てが再び滅び去る可能性も捨てきれない。


 竜種の持つ力は人々が抗えぬほどに強力だ。

 例えば、金竜ゴールドブラムの暴息ブレスを吐かれただけで人の作りし建造物は破壊される恐れが、いや、そんな生易しいものではないだろう。

 そして、ゴールドブラムよりも強い力を持つ、赤竜の炎の暴息ファイアブレスであれば街一つが地上より跡形も無くなるのはあっという間だろう。

 赤竜が操られて地上で暴れれば、人の文明などひとたまりもない。


 一度、文明が滅んでいると知るスイールは”そんな事は絶対に避けなければならない”、そう強く強く心の中で叫んでいた。


 一緒に住むエゼルバルドやヒルダにも見せぬ鬼気迫る表情を向けられ、ゼノはタジタジと後ずさりしてしまう。

 そして、スイールに気圧されたのか重い口を開いた。


「じ、実は、交易を持つ街の顔役から制限が出されたのだ」


 キール自治領の領都ラルナと交易を持つのはクリクレア島の全ての街々ではない。とは言っても島には交易に耐えうる人口を備えた街が雨後の筍の如く存在する筈もない。

 唯一、交易を行っている街がクリンカである。


 クリンカはクリクレア島の西方、南北百キロ程もある湾の中央に位置している。

 冬は北西から強風が吹き寄せて船の航行が不可能になる時期も存在する。

 海から吹き寄せる北西の風は冷たいのだが、活動する火山を有している島なので体感的には暖かい。


 だが今は夏の季節で、わずかであるが交易以外に外貨を稼ぐにはこの時期を逃す訳にはいかない筈だ。活発に活動し続ける火山は格好の観光資源なのだから。

 ゼノの言う通りであれば、火山周辺の比較的安全な場所でさえも立ち入りを制限される通達を貰ったのだろう。


 それが突然、一方的に通達されたのだからゼノとしても納得がいかなかった。

 その後、理由を聞くまでは、であるが。


「なるほど。私達の我儘で国家間のいざこざに発展させる訳にはいきませんからね」


 スイールがあの手この手でゼノに取り入ったとしよう。

 それでも、ゼノもキール自治領の住民の一人であれば、クリクレア島との良好な関係を崩す愚行は起こさない筈だ。

 だからこそ、スイールは八方塞がりになりつつある現状を甘んじて受けるしかなかった。


 問い詰められたゼノもおとなしく引き下がろうとしているスイールに好意的な視線を向けホッと胸を撫で下ろした。


「仕方ありませんね、ほかの手段を見つける事にしましょう。それにしてもどうやって赤竜に近づけば……?」

「!!」


 ゼノがホッとしたのも束の間。

 スイールが踵を返してから”ぼそり”と、それもうっかりと口から漏らした言葉がゼノの耳に届いた。その言葉にビクッと身を硬直させて反応するのだった……。


 スイールはゼノとの話し合いが決裂した事で長考に入ろうとしてしまった。

 その為にウッカリとその言葉を漏らしてしまったのである。


「す、少しお待ちください!」

「……どうすれば?う~ん……」

「おい、スイール。呼んでるぞ!」


 長考に入り立ち去ろうとするスイールをゼノは外聞も無く呼び止めようとする。

 スイールはそれに気づく様子も無く足を動かして出口に向かおうとするのだが、ヴルフが彼の腕をガッシと掴んで引き止めると、長考の途中で現実に引き戻された。


「……っと、ヴルフどうかしましたか?」

「ワシじゃない。お前さん、呼ばれてるぞ」


 腕をつかんだヴルフに視線を向けて”何か?”と顔を向けるスイール。

 溜息を吐きながら”ワシじゃなく、用があるのはアッチだ”と親指をゼノに向けるとスイールは体ごとゼノに向き直った。


 平然と断りを入れた姿とも、スイールに詰め寄られタジタジになっていた姿とも違う表情を現したゼノがスイール達を見ていた。


「何か?」

「一つ、確認しなくてはならぬことがある。その前に、ヨアニスよ」

「はい、何でしょうか?」


 ゼノの心変わりに何かある、そう感じたスイール達は彼を注目する。

 当然ゼノはそれに応えようとするのだが、その前に一つ、すべき事を傍にいる部下であるヨアニスに告げる。


「席を外してくれ……」

「えっ?……それは何故?」


 突然告げられた言葉にヨアニスは動揺を隠せなかった。

 スイール達と引き合わせたのは自分である、その事実は変わらないし、聞く権利もあるだろう。上司の命令には従わなければならぬだろうが、納得しきれぬヨアニスはゼノに問い掛けた。


 だが、上司たるゼノが口にした言葉に、ヨアニスは我が耳を疑うことになる。


「お前にも話せぬ”機密事項”なのだ。納得してくれとは言わんが、察してくれ」


 ”機密事項”


 察してくれとの言葉も一緒に告げられ、納得は出来ぬがゼノから向けられた言葉に従うしかなかった。

 ヨアニスはいつか、理由を話してくれるだろうと期待しながら、無言でゼノに一礼をするとその部屋を後にするのだった。


 ヨアニスの足音が小さくなり、部屋にはゼノとスイール達五人が向き合う。

 先程まで立ちっぱなしで話をしていたが、少し長引きそうだとゼノは対面するようにスイール達に椅子を進める。自らも椅子に腰を下ろすと、足を組み表情を強張らせる。


「さて、何から聞こうか……」


 ゼノが聞きたいことは多岐にわたる。

 その中でも一番は何故クリクレア島に渡りたいのか、だ。

 それに、一握りの人にしか存在を明らかにしていない竜の存在を何故、知っているのかも付け加えてだ。


 だが、どのような言葉を選んで尋ねても最後には同じ答えになるような気がしてならなかった。それならば回りくどい言い回しをするよりも、真相をズバリ尋ねてしまった方が楽に思えた。

 だから、ゼノの口から発せられたスイール達への質問には、迷いが含まれていなかった。


「単刀直入に聞こう。何故、クリクレア島に竜がいると知ってる?それは島に渡る理由の一つなのか?」


 話を切り上げたかったゼノがスイール達を呼び止めたのは”竜”が関係しているのだと知り、何となく腑に落ちた気がした。

 ゼノは”竜”と口にしたが、それは”竜種”であり、クリクレア島に住まう赤竜、赫色かくしょくのレッドレイスである事は間違いないだろう。


 しかし、竜とだけ口にしたゼノに全てを話してしまっても良いか、スイールはしばらく考えあぐねる。左右に視線を向けて見れば一緒にいる仲間が見えるが、その誰もが彼の考えを察知したのか、首を横に振っているのが見える。

 皆が横に振るのは、全てを明かすのは得策では無いと思っている証左だ。


 それではと、多少作り話を交えながら話す事にし、ゆっくりと口を開き始める。


「そうですね、どう思われるかは置いときまして、神託があったのですよ。火山に住まう竜を呼び覚ませとね」

「神託だと?お前さんが神託を受ける聖職者とは思えんのだが……」


 当然、神託など嘘である。金竜のゴールドブラムに夢の中で会話した事だけは確かなので神託と告げたに過ぎない。


 だが、数千年ある過去の記録が発見された中には”神託”、もしくは、それに類する記述が記されている。その殆どが夢の中で大きな黒い物体から言葉を頂いているのだ。

 その神託は、大きな事象であれば人々が大勢死にゆく戦争を事前に防いでいる。また、小さな事象であれば、山に一人残された者を言い当てた。


 そのどれもが、聖職者、もしくは、それに類する者達に下されたとされている……のだが。実は神託があった者達を後に聖職者や聖者と認定しているだけなのだが。

 経緯を知らぬ現代の人々にはあり得ぬと写った事だろう。


「ええ、確かに聖職者などではありませんね、私は。でも、受けたのですから事実を曲げる事は出来ませんよ」

「まぁ、百歩譲って今は嘘ではないと思っておこう」

「恐縮です」

「それで、呼び覚ますとは、何をするのだ?」


 ゴールドブラムとの夢での会話を神託として胡麻化したが、現在の赤竜の状況、恐らく、洗脳に抵抗して体を休めていると口にして良いものかとスイールは頭を掻いて悩む。しかし、洗脳に抵抗している事実を隠し、寝ている赤竜を夢から覚ます、それだけは伝えても良いだろうと、そこだけを口にする。


「寝てるらしいので起こして欲しい、そう告げられてるんですけどね」

「なるほどね……」


 ゼノが腕を組み瞼を瞑ってしまったのを見て、スイールは余りにも簡単に説明しすぎたかなとほんの少しだけ反省の色を見せる。

 しかし、ゼノが深慮に入ったのはスイールが簡単に説明してしまった事ではない。彼の口から出て来た言葉の一端が事実に沿っているからに他ならない。


 一般職員には告げられていないが、ゼノなど一部の責任を持つ職員にはクリクレア島の現状が告げられていた。主に火山に住まう赤竜についてである。


 火山に住まう赤竜は攻撃力、防御力共に竜種で最強と言っても良い。飛行能力は無いが、どちらの能力も金竜ゴールドブラムを凌ぐ程だ。だが、赤竜は自ら力を誇示するように暴力を振るう事は無い。己が”地上で最強である”と、知っているからだ。


 それが突如、人に牙を剥くようになってしまった。

 近づく人々は全て敵である、と。

 それでも、人が近付かなければ火口に続く洞窟の奥でじっとしている。


 ゼノはスイールが告げた”寝ている”との表現を、報告にあった”じっとしている”と同じかどうかを天秤に掛けた。

 それが、ゼノが深慮に入り込んだ理由だった。


 だが、ゼノが深慮に入ったとしても彼が答えを出せる筈は無かった。当然、ゼノは現地に住まう人ではないのだから。ただ、悪意を腹に抱えた者達を島に送り込む前段階で弾く、それが役目だった。


 だから、ゼノは答えが出せぬのであればいっその事……そう考えるのだった。


 深慮を終えてスイール達に視線を向けると、ゆっくりと口を開く。


「そうだな……。私では答えは出せないようだな」

「それでは、渡る許可は出ないと?」

「ま、待て待て、短絡的に考えるな。そんな意味ではない」


 慌てるスイールにゼノは”そうでは無い”と落ち着かせるように押し止める。

 まだ話は終わっていないから慌てるなと。

 スイールはホッとして、立ち上がった体を椅子の深く沈める。


「竜の存在を知り、現状を知る。こうなっては島の顔役に判断を任せるしかない、そう思うのだ」

「と、なりますと?」

「うむ……」


 ゼノは一度言葉を切った。

 勿体ぶった言い方だが、一番効果があるだろうと一種の演出をしたのだ。

 一瞬の静寂、誰かが唾を飲む音が部屋に響いた。

 そして再び、ゼノが口を開いた。


「条件付きになるが、島への上陸許可を出そう」

「ありがとうございます」


 突き刺さるような五つの鋭い視線がゼノに向けられていたが一瞬のうちに視線が外れ、ゼノは緊張の糸が切れた様にドッと汗が噴き出し安堵の表情に包まれた。

 スイール達はお互いを向き合い喜びを表していた。

 特にエゼルバルドとヒルダはお互いの手を打ち鳴らし、”やった!”と喜んでいたのが印象的だ。


「現地では監視が付くと思ってくれ。それと、島に渡ったら初めに顔役に会いに行く事、竜の事は口外厳禁、今の条件はこの位だと思う。あとは顔役の判断に任せる」

「島へ向かえるのであれば、それで充分です。あとはこちらで何とかします」

「そうか、それなら良い」


 監視が付く、そう告げた時に文句を言われるのでは無いかと考えたがそれは杞憂であった。穏やかな口調で了承する旨を耳にしてホッとしていた。

 尤も、スイール達、いや、スイール本人はクリクレア島の人、赤竜を崇拝する人々と交渉しなくてはならぬと考えていただけに、ゼノの条件付けを逆に有難く感じていた。


「明日の昼に定期便が出港するはずだ。許可証などを渡すので、明日の朝もう一度、私、ゼノ=レセップスを訪ねて来てくれ」

「はい、畏まりました」


 ゼノはそういうと、椅子から立ち上がり部屋から出て行こうとドアに手を掛けた。


「おっと、忘れてた。娘からの手紙、すまなかったね。あとで読ませてもらうよ」


 部屋から出る前の最後に見せたゼノの顔は仕事に生きる一人の男ではなく、娘を思う父親の穏やかな顔をしていた。


「これで何とか、島へ渡る算段が付きましたね」

「ほんと、最初はどうなるかと思ってたわよ。牢獄行きはこりごりだわ……」


 一色触発の険悪な雰囲気で喧嘩腰で交渉に当たれば、アイリーンが口にしたようになっていた可能性が高い。

 しかし、最後には穏やかな雰囲気の中、許可が出されて、犯罪者にならずに済んだと安堵していた。


「ま、それはそれです。でも、今日は疲れました。宿に戻って早く休むとしましょう」

「スイール。宿に戻ってもいいけど、まだ朝だよ。休むには早いよ」

「そうでしたか?」


 役所で一悶着あり精神的に疲れ、今日はベッドで休みたいとスイールが口にした。

 だが、外はまだ太陽が半分にも上がっていない朝の時間帯だ。

 やんわりと反論されたスイールはとぼけるのだが、ヴルフ達四人は呆れながら苦笑し冷めた視線を向けられ、なんとなく居心地の悪さを感じるのであった。





※会話主体なの、結構疲れる……。

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