第十話 赤髪のトレジャーハンターと合流
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『そら、どうした?それでは実践で使えぬぞ!』
「ちいっ!!」
エゼルバルドはゴールドブラムが真上から振るって来た鋭い爪を横に転がりながら間一髪で躱した。そのおかげで剣状に姿を変えていた魔力の塊が空気中に拡散してしまった。
そして、ゴールドブラムが振るった鋭い爪は地面を
『それで終わりか?まだまだ行くぞ』
「まだまだぁ!」
魔法を実践で使えるようにする!エゼルバルドはその思いを胸に素早く立ち上がり、声を上げてゴールドブラムの攻撃を躱しながら再び魔力を集め始める。
ゴールドブラムとエゼルバルドの泥臭い訓練が二日目を迎え実践を繰り広げ始めた頃、先に帰路に就いたスイール達は山道を踏破してトルニア王国の最高地の村、オグリーンへたどり着いた。
この日は宿に泊まり翌日に村を出発する予定だ。
「おや?無事だったか……あれ?」
オグリーンの西門からスイール達が姿を現すと、彼らを発見した村人が首を傾げながら声を掛けて来た。
首を傾げたのは当然の事ながら出発したときと人数が合わない事だ。さらに、スイール達の表情が
人ひとりを殺して来たのかと考える事も出来るのだが、どうもそうとも思えない。
「無事に戻りましたよ……。えっと、私の顔に何かついていますか?」
「い、いや。そうじゃねぇ。出てった時と数が合わねぇって思ってよ」
「ああ、その事ですか」
スイールはヴルフとヒルダそれぞれに視線を向けて頷いた。
「わたしの旦那は少しの間、訓練で山に籠るので置いてきました。あ、ちゃんと五体満足ですので気にしないでくださいね」
にっこりと笑顔を向けながらヒルダが告げる。
これで一人少ない言い訳になるとは思えないが、男のスイールやヴルフよりも、女性で夫婦仲のヒルダが告げた事で少しでも良い方に取って貰えるかもしれないと打算をはじき出していたからだ。
「まぁ、それだったらいいけどよ。後で事件だって言っても俺たち村人は助けないからな」
「大丈夫ですよ、事件ではありませんから。事故でもありませんからね」
村人は”こういう事もあるさ”とそれ以上追及せずにその場から離れて行った。
実際、オグリーンから山脈に沿った道を進む際に足を滑らせて滑落し命を落となど日常茶飯事だ。特に、下界からの客にその傾向があるが、オグリーンの案内人も数年に一人は命を落としている。
その事もあり、村人はそれ以上の追及はしなかった。
もし、滑落した死体を引き上げたいのであればあの時点で青い顔を村人に向けていたはずだが、そうならなかったのはスイール達の言葉が真実である、もしくは、三人が結託して一人を死なせたかのどちらかだと考えられる。
何にしても、スイール達が助けを求めないことで村人が積極的にかかわる事は無いのだ。
「さて、一泊したら下山ですよ。当然、エゼルの馬を回収しますからね」
「あ~、エゼルは一人か……。どうやって帰るんじゃろうな?」
「ちょっと薄情な気がするけど、大丈夫よね?」
「確かに不安はあります。ですが、あのゴールドブラムが”任せろ”と口にしたのです。大船に乗ったつもりで待ちましょう」
「泥船じゃなければいいけどね~」
”泥船は無いじゃろう”とヴルフが溜息を吐きながらヒルダに視線を向ける。ヴルフも少しは心配している為にその様な表情を作ってしまったのだが……。
まぁ、エゼルバルドは多少の事では死ぬ事は無いだろうと思いながら、三人は宿へと向かうのであった。
翌朝、スイール達は預けてあった馬を引き取り、オグリーンの村を後にする。
当然、四頭全てを引き取った為に一人少ない事を怪しまれ、そのたびに一人は訓練で山に籠るので移動手段を回収しておくと説明するのである。
オグリーンの村に住まう者達は滑落等で命を落とす旅人が多数いるために、その言い訳かと呆れた表情を見せて来る。
三千メートルの山は登るのはきつい。
だが、同じ道を降るのも当然きつい。
貴族達の避暑地として名高いオグリーンの村に向かう道だけに、馬車が通れるようにある程度整備されている。だが、重力に引かれながら降る為に足に掛かる負担は大きい。
スイール達はある程度の標高へ降るまで馬を引いて足の負担を少なくしている。
「これだと、どのくらいで次の村まで到着だ?」
「恐らく行きと同じくらいでしょうか?」
「本当なのか?ワシは遅くなると見ているのだが……」
ヴルフの問い掛けにスイールはそのように答えるのだが、パカリパカリと蹄の音をゆっくり刻みながら付いてくる馬達の調子が上がらず歩みは遅延していた。
鍛冶師のラドムがいるリブティヒの村から高地のオグリーンまで十日程掛かっていたが、馬達の歩みを考えればさらに日数がかかる可能性がある。馬達が下界に降りれてくれば調子が上がるだろうとスイールは考えていた節がある。
本来、それが正解なのだが、強靭な体を持つ馬達でも強行軍での移動に疲れて調子を落としていた。
今回ばかりはヴルフが懸念した通りに遅延し、行きで十日の日程の予定が二日余計に掛かってしまった。
その二日が実は致命的だったのだが、それが判明したのはスイール達がリブティヒの村に到着しラドムの工房に顔を出した時だった……。
「ふう。二日ばかり遅れましたが、何とか到着しましたね」
「だから言っただろう?馬達が疲れているって」
「いいから、早く行こうよ~」
村について翌朝、宿で疲れを取った三人はトコトコと村の中を歩きラドムの工房へと足を向ける。
そして、工房に入り声を掛けるのだが……。
「遅れました。ラドムはいます……」
「おそーーーーい!!」
スイールがラドムの工房の入り口を潜りながら挨拶を口にしたのだが、それが途中で甲高い怒声に掻き消されてしまった。
それはスイール達三人が良く知る人物の声。
スイールは
「おや?早いお着きで。もう少しかかるかと思ってましたよ」
「あんたねぇ。ルストからここまでそんなに掛からないんだよ。旦那との楽しみを蹴って来たんだから!変な理由だったら、ウチ、許さないからね」
工房の奥からつかつかと怒りに肩を上げながら詰め寄って来たのは、赤髪が特徴のトレジャーハンター、アイリーンだ。弓の名手でスイールが信頼する遠距離攻撃のスペシャリストだ。
今はブールの隣街、ルストのフレデリック=ハンプシャーと結婚して毎日、甘い生活を送っている。
その甘い生活に後ろ髪を引かれながら、はるばると来てみれば手紙で指定された場所には鍛冶師のラドムの姿は無く別の場所に独自の工房を構えていると聞かされる。
それに、約束の日にちを二日も早く来てしまったために四日も待ったというのだ。
「その四日待ったのは、半分はアイリーンの計画性の無さではないですか?」
「あのねぇ!ウチにそれ言って良いと思ってるの?何もしないで帰るわよ」
腰に手を当ててジトッと横目を向けるアイリーンに、”それは困る”とスイールは困惑の表情を見せる。
アイリーンに何と戦うかはまだ伝えていないが、彼女の牽制の手腕が無ければ苦戦する事は目に見えている。ここで彼女の機嫌を損ねる訳にはいかないのだが……。
「こらぁ!スイール五月蠅いぞ。アイリーン、お前もだ。少しは静かにしろ」
スイールは彼女の機嫌を良くさせるにはどうすればいいかと思案を始めようとしたところで、奥の部屋から姿を現したラドムによって、全ての行動が制止させられた。
工房主に従わなければならぬのは、いくら依頼をしているスイールとて変わらない。
さすがにばつが悪いと感じたらしく、五月蠅い張本人のスイールとアイリーンだけでなく、ヴルフやヒルダまでもが首を竦めていた。
「時間がなさそうだからさっさと仕事に取り掛からせろや」
ドスの効いたラドムの声が工房に響き渡る。
そして、ちょいちょいと指でスイール達を煽って、作業場へと招き入れた。
スイール達がラドムの作業場へと入ると、あまりの熱さに立ち眩みが起きそうになり思わず身を引いてしまう。高温を発する炉が部屋の温度を真夏以上に上げてしまっていたのだ。
それも本来ならラドムが汗を垂らしながらスイール達に声を掛けてきた時点で気づいていなければならぬのだが、スイールとアイリーンの口喧嘩に気を取られて、気が付いた時には遅かったのだ。
そしてスイール達は、真夏のような熱さを我慢しながら遠路はるばる運んできた麻袋をラドムへと渡した。
当然、大きな袋な割に軽い麻袋に何が入っているのかとラドムは不思議な顔をして中を覗き込むのだが、見た瞬間に飛び上がるほど驚いていた。
「な、何だこれは?」
「何だと言われましても……。今回の武具に使用する材料ですが?」
ラドムが見たのは麻袋にぎっしりと入った金色の羽根。
鉱物を運んでくると思っていただけに逆の意味で驚いてしまったのだ。
武器に使うと聞いていたためにもっと固い鉱物を選ぶと考えていた。
だから、こんな軽い材料が”何の役に立つのか?”とスイールを恨みを込めた視線で見上げてしまったのだ。
「そうですね……。それの持ち主曰く、ドラゴナイトと呼んでいる金属になるそうです」
「……うん?耳が可笑しくなったか。ドラゴナイトと聞こえた気がするんだが……」
スイールがざっくばらんに口にした言葉にラドムがもう一度頼むと聞き返した。
鍛冶仕事をしていて高音にさらされていたので、耳が遠くなったかと思ったのだ。
「いえ、しっかりとドラゴナイトと言いましたよ」
「そ、そうか、そうか。聞き間違えじゃなかったのか……、って、オォイィ!!」
再びラドムが飛び跳ねて驚くのだが、今度は純粋に驚きを隠せなかったのだ。
ドラゴナイトと金竜ゴールドブラムが口にした。スイールだけでなく、ヴルフやヒルダも当然聞いていた。
そして、初めて聞いたドラゴナイトとの単語に驚くでもなく、”そう言う物か?”とただ受け入れただけだった。
だが、鍛冶師のラドムはそれとは反応が異なる。
ラドム自身は鍛冶師としての腕前にそこそこの自信があった。スイールだけでなく、遠方からも時折依頼が舞い込んでくることからもその通りなのだろう。
そのラドムからしてみても、伝聞でしか聞いた事が無い素材を扱うなど一生に一度あれば幸せなほどだ。
そう、ドラゴナイトとは鍛冶をする者達の間で広く噂されている最上の鍛冶素材なのであった。
「それがお前の口から聞くことになるとはな……」
「って事は……これは竜種の羽根か?」
「ドラゴナイトですから、当然そうなります」
「ちょっと!竜種って、何よ」
ラドムは思い溜息を吐き出して感情を抑えた。
素晴らしい素材を目の前にして自重しなければ気が狂いそうだったからだ。
だが、竜種と聞き目を白黒させて驚く者が一人出てきた。
そう、トレジャーハンターのアイリーンだ。
スイールからそれとない文面の手紙を受け取って、面白そうな事件にまた首を突っ込んでいるのかと思い混んでいた、何時もの事かと。
しかしながら、この四日で仲良くなったラドムから竜種と言葉が漏れ聞こえれば、楽観的な性格の持ち主のアイリーンだとしても腰が引けてくる。
だからこそ話が違うと声を大にしておきたいのだ。
「まぁ、その話は後でするとしまして……。私達が相手するのは竜種ですから、それ用の装備を整えなくてはならないのですよ。だから、竜種に対抗できる唯一の装備を竜種の素材でまかなおうとしているのですが?」
「いやいや、それ死にに行くようなもんだって。ウチ、死にたくないわ~」
スイールの口から竜種が相手にすると正式に伝えられると、竜種を想像しか出来ないアイリーンは駄々をこねる様に天を仰いだ。
ヴルフやヒルダは金竜と会っている為に心構えは出来ていたが、それでも竜種を相手にすると耳にすれば、否応にも気を引き締めるしかなかった。
「まぁ、こいつと関わり合いを持ってしまったのだ。諦めるのじゃな」
「ウチに拒否権は無いの?」
「うん。わたし達と一緒に頑張ろう!」
悲しげな表情を見せるアイリーンにヴルフとヒルダは追い打ちを掛けるのであった。
※拒否権はない!だが、死にたくないアイリーンは……。
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