第四話 依頼主に遭遇する


 スイール達はラドムに武器の製作依頼と、後に一人の女性--赤髪のトレジャーハンター、アイリーンである--、が訪ねてくると伝言を残してラドムの工房を後にした。

 そして、一晩宿で過ごした後、リブティヒを出発してトルニア王国最南端であり最高地の村、オグリーンを目指した。


 オグリーンへは直接向かうことは出来ず、いくつかの街を経由する必要がある。

 ラドムの工房のあるリブティヒから最初に高原の渡し場、次にサマビルの村を経由して、オグリーンへとようやく達するのだ。


 そんな面倒な経路を通らなくても、リブティヒを出発して直接サマビルへと向かえばいいのではないかと思うかもしれない。だが、道が整備されておらず向かうことができない。そのために一度高原の渡し場を経由しなければならない。

 なぜ道が作れらないかと言えば、利用する人がいないからだ。


 リブティヒは近くに鉱床があり、鉱物資源が豊富に産出する。そのためにラドムを始めとした鍛冶師や鉱物加工の専門家が数多く常駐する。そして、自らの工房を構える。

 それらが加工した道具や金属の塊を必要とする場所は何処かと言えば、王都アールストの騎士団だったり、ワークギルドで依頼を生業とする者達であり、傭兵、そして、それらから依頼を受ける職人達なのだ。

 高原の渡し場は経由地として利用可能であるが、アミーリア大山脈の麓にあり人口が少なくリブティヒよりも高地にあるサマビルに利用価値があるか、言わなくてもわかるだろう。


 そのために、面倒であるが一度高原の渡し場を経由する必要があるのだ。

 それから、サマビルを経てオグリーンへとようやく達することが出来る。


「涼しいとはいえ、かなりきついな、これは」


 そして、スイール達はと言えば、既にオグリーンの村の手前まで来ていた。

 馬車でも通れるようにと道が整備されているとはいえ、標高が高く、空気が薄いとなれば呼吸だけでなく足取りも重くなる。当然、馬もである。


「致し方ありませんよ。私達よりも身体能力の高い彼らだってさすがに足取りが重いのですから」

「確かにきつそうだな。まぁ、荷物を背負って貰ってるんだ、贅沢を言ってはいかんな」


 カポリカポリと精彩を欠く蹄の音と共に苦しそうな呼吸音を耳にすれば、自分達にも、そして馬達にも無理をさせるなど以ての外だ。

 避暑地として貴族が通うためだけの整備された道に感謝を込めながら、踏みしめて進み行くのであった。


 リブティヒを出発して八日でオグリーンの村に到着したのだがその時には人も馬も疲労困憊、そんな状態であった。しかし、悠長にしている時間は無く、二泊したところでスイール達はすぐに目的地へと向かうのであるが……。


「お前達、西へ向かいなさるな!」


 スイール達が西の門から出て行こうとしたところで村人に呼び止められた。

 まるで、何かに怯えたかのような震えた声で。


「とは言いましても、我々は西へ向かう必要がありまして……」


 オグリーンの村の出入り口は三か所ある。

 スイール達が訪問した際に利用した北の門。

 アミーリア大山脈を東に向かう山岳コースへ向かう東の門。

 そして、今回、スイール達が向かおうとする西の門だ。


 村人に面倒ごとに巻き込まれてしまったかと眉をひそめて答えるのは、ただ一人目的地を知るスイール。

 他の三人は一先ずオグリーンの村へ向かうとだけ聞いていただけである。


「西には何もないぞ。それにむざむざと死に行かせるわけにはいかん」

「なんと!ワシ等が死ぬと申すか?その理由を聞かせても良いかの」


 村人の言葉にヴルフが反応して答えを求める。高地であれば空からの刺客は気になるがそれ以外の敵は存在しない筈だった。それに、百キロも進めば”不毛な地”へと達し、生きとし生ける物が見えぬ土地が広がるだけだった。


 草木も生えず動物も見えない。

 植物を植えようとしても不思議と育たず、人が生活していて害を受けるかと言えばそんな事も無い。

 砂漠の様に環境が劣悪かと言えば、そのような事実も無く済むには逆に快適な環境を提供してくれる。ただし、夜間が少しばかり気温が低くなるのであるが。

 そんな不思議な土地を人々は”不毛の地”と呼んでいる。


 だが、村人が口にするのはそんな”不毛な地”に係わる出来事では無かった。


「この先には行った者の半数は帰ってこない。だから、お前さん達もそうなるに違いない」


 村人の言葉によれば、冒険に向かうと西へ旅だった若者達のほとんどが予定の日にちを過ぎても帰って来ないらしい。

 何があったかと村人総出で探しに出たのだが、少数は足を滑らせて滑落して死亡していたが、大多数はとある場所を境にして忽然と痕跡が無くなっている。大型動物の足跡が残っていたが、原因なのか定かではない。


 しかも、大型動物の足跡は彼らが知る何物にも似ていない。

 あえて言うのであれば鳥に近いのだが、最大の鳥類と言われるガルーダと比べてもその大きさは類せないと言う。


「まるで神隠しにあったかの様な。だから、お前さん達も行ってはいかん!」


 神妙な表情をしながら脅して向かうのを躊躇させようとしており、スイールを除いたヴルフ達三人は大丈夫なのかと顔を見合わせている。

 だが、そんな事はすでに知っているとばかりにスイールの表情は笑顔のまま村人に向いていた。当然、その原因を知っているのだから。


「神隠しですか?確かに神隠しが多いと聞きますが、心配いりません。私はその原因に心当たりがありますし、私達は必ず帰って来ると断言できます」

「そんなに行きたいんだったら、何も言わん。だが、忘れるなよ!自己責任だからな」

「ええ、おかまいなく」


 澄ましたスイールの言葉に村人はプンプンと怒りを滲み出しながら何処かへと去って行った。

 その村人を四人はこっそりと見送ると、澄まし顔のスイールを”本当に大丈夫なのか?”とジトッと疑いの目を向けるのである。


「そんな目を向けなくても大丈夫ですよ。安全は保障しますから」

「本当に大丈夫なのか?」


 ヴルフが疑問を投げかける。当然、エゼルバルドとヒルダも同じ思いだろう。

 その答えを口にする前に、スイールは西の門を出ようと一歩足を踏み出した。それからも数歩踏み出すのだが、疑問を口にしたヴルフ達三人は彼に追随出来ずその場に立ち尽くそうとしていた。

 だが……。


「何をしているのですか?大丈夫に決まっていますから、ちゃんとついてきてください。まぁ、何処かで一回、野営する事になると思いますがね」


 数歩進んでから振り返ったスイールがヴルフ達に笑顔を見せながら安心だと告げる。

 まるで詐欺で騙す様な表情は胡散臭い香り漂ってくるが、彼の起こした今までの行動で失敗はあったが騙すなど無かった事から、三人は仕方ないと足を踏み出し始める。

 その行動を見て満足し始めたスイールは、行く先へと顔を向けてゆっくりと足を進め始めた。




 さすがにアミーリア山脈の中腹は七月と言うのに風が吹けば刺さるような寒さだ。

 三千メートルを越える標高を歩いているのであればそれも当然だろう。


 時折、思っても見ない強風が彼らを煽り外套を吹き飛ばすのではないかと思えるほどだ。しかも、山頂を越えて来た南風であるために滑落の危険性も孕んでいる。

 平地と違い、歩幅を小さくして細かく足を運ばざるを得ない。


「スイール、どこまで行くの?」


 すでに一度、野営をして太陽が頂点に昇るまで歩いているが、先頭を行くスイールは何時までも行くのだとひょうひょうとしてる。どこまで行くのか一向に話さぬ彼に痺れを切らして”いい加減に目的地を提示してくれ”と、怒りを孕んだ声でエゼルバルドが尋ねた。


 歩みを止めず、視線だけをエゼルバルドへと向けてスイールは口を開く。


「間もなく到着するはずです。迎えが来ますからね」


 迎えとスイールは口にした。

 だが、眼下に雲が見え青い空が広がり、遥か先まで見通せるアミーリア山脈の中腹からそんな迎えなど認識できなかった。

 まだ先にいるのか、隠れているのか、姿は見えない。


 この調子だと、後数時間は歩き続けるのだろうかとエゼルバルドは深く溜息を吐くのであるが……。


「迎えが来たようですよ」


 エゼルバルドがまだ歩くのかと落胆し溜息を吐いたちょうどその時、スイールの言葉と共に真っ白い数メートル先を見通すのも不可能なほどの霧が彼らを包み始めた。

 スイールはひょうひょうとしているが、ヴルフやエゼルバルド、そしてヒルダの三人は何者かが見下ろしている様な不思議な感覚に陥った。敵が現れる前兆かと思い、銘々の武器を握り締めた。


 ヴルフが、エゼルバルドが、そして、ヒルダが緊張のあまりカラカラに乾いた喉を潤すように唾を飲み込んだその時、地面から珍妙な振動が伝わって来た。

 先ほどまで何物もいなかったその場へ現れたのだから、飛んできたのであろうとは何となく予想が付いた。深い霧を纏いながらの存在は心の奥底に恐怖を植え付けるには時間はいらなかった。百戦錬磨のヴルフと言え、足が震えだしてきたのだ。


 だが、三人には心の奥底に仕舞いこんでいた懐かしさが沸き上がってくる事も感じ取っていた。


 ヴルフ達に恐怖が刻まれるのだが、彼らと違いスイールはいつまでもひょうひょうとして恐怖など何処吹く風と涼しい顔をしている。

 それもそのはずで、”迎えが来た”と告げていた時から彼は現れた存在が何なのか、すでに知り得ていたのだ。

 スイールが告げた目的地、それがこの場所なのである。


 四人の足元から響いた振動が次々に彼らに伝わる。

 振動の感覚から見れば、四足歩行の大型の生物で、こんな標高の高い場所に似つかわしくない。


 そして、出会うことすらない巨体を持った生物が白い霧の中から現れれば誰もが戦慄を覚えるだろう。


『ふむ、予定通り……と言ったところだろうか?』

「こ、言葉を話すのか?」


 霧の中から現れた人と似ても似つかぬ巨体を持った生物に度肝を抜かれる。


 四足歩行で霧の中から現れた巨体は金色に輝く羽根で覆われている。手足は蜥蜴の様に硬質な皮でおおわれ、その先端にはどの指にも鋭くとがった爪が生えている。

 そして、金色の瞳がギョロリとあたりを見渡し、スイールへと向けられる。


「お久しぶりですね。十年ぶりくらいでしょうか?」

『ふむ、それだけか。いつもなら何十年と間が空くのだがな』


 スイールと金色の巨体を持つ生物は久しぶりだと言葉を交わした。

 ヴルフもエゼルバルドも、そしてヒルダにも久しぶりの金色の巨体は忘れる事の出来ぬ相手である。


「スイール、そこを退け!ワシが相手になる」


 スイールが笑顔を向けているがヴルフにとっては全く相手にもされなかった強大な敵。

 九年前に一太刀も浴びせる事もなく、軽い吐息ブレスで吹き飛ばされてしまい相手にすらしてもらえなかった苦い経験の相手だ。

 ここであったが百年目だと、自慢のブロードソードを鞘から引き抜き今にも飛び掛かろうとしている。


『うむ、その三人も連れてきてくれたか』

「む、無視すると言うのか?」


 金色の巨体はスイールのみに会話を向けられて、ヴルフ達は眼中に無い、そんな雰囲気を出している。当然、話しかけたにも無視されたヴルフはブロードソードを構えて飛び掛かろうと身を沈めた。


「ヴルフ、ちょっと待ってください!」


 金色の巨体と会話をしていたスイールは、ヴルフを制止するように声を上げた。

 スイールでもそうだが、ヴルフ自慢の魔法剣であっても傷一つ付けられるはずのない相手だ。それに攻撃を仕掛けるなど愚か者のすることである、と思いながら。

 ヴルフの言い分もスイールにはわかっている。無視されて怒りを孕んでいたことも。


 だが、金色の巨体は昔からの知り合いとの会話を優先し、打ち合わせをしてしまおうと思っていたのだ。そのために、ヴルフに向き直ることなど出来なかったのだ。

 そして、スイールと金色の巨体の生物との会話を中断させいようとしたヴルフに気づき、行動を起こそうとした彼を制止させたのである。


「血気に逸らないでください。ちゃんと紹介しますから」

『最近の若い者は血の気が多くてかなわん。我が優雅に話をしてやろうとしていた事も待てんとはな』

「ワ、ワシが若い者とは……」


 スイールはこの後に時間を取って紹介するつもりだった。

 その気も知らずヴルフはただ危険だと思って攻撃を仕掛けようとしてしまったのだ。

 だが、ヴルフが気にしたのは金色の巨体の生物の一言、”若い者”である。クオーターであるがドワーフの血を引くヴルフは人よりも寿命が長い。おそらく百歳までは生きるであろう。

 そして、彼は今、四十歳半ばの年齢であり、実力も円熟の域に入ろうかとしている。それを”若い者”と言われればショックを受けるのも当然と言えば当然だろう。


「とりあえず、武器は仕舞ってくれて構いませんよ。彼は世界で七柱の竜種が一柱、金色こんじきのゴールドブラム。私の古くからの知り合いです」




※やっと、金色の竜が出てきました(2度目)

 一度目は何処かって?

 第二章をご覧ください(後半の方だったかな?)

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