第三話 金を積んで無謀なお願いを

 教会の母屋での夕食時のだんらんがひと段落してばらくたってから、エゼルバルドとヴルフの二人が同時に帰ってきた。

 実際はエゼルバルドの方が先に仕事が済んだのだが、門を出ようとしたとこで門兵から伝言を聞き急いで教会に向かったのである。そして、教会に入ろうとしたところでヴルフと一緒になったのが経緯だ。


「それで、今度はどこへ行くの?このメンツじゃないとダメなんて珍しいね」


 エゼルバルドもまた、スイールに会った途端に決まり文句を口にした。

 しかも、テーブルに座っているスイール達がお帰りの挨拶をする前に、である。


 この場に入る前にヴルフに話を聞いていたなど無い。ヴルフも訓練を見ていて疲れているので、昼間に聞いていた事を話すのが億劫だと思っていた。何かを口にしたら、エゼルバルドからの質問攻めにあいそうな気がして口を噤んでいた。


 なぜ、そう思ったのかはヴルフやシスターなどと同じ理由からである。

 今回は、門兵から教会へと向かうようにと伝言を聞いていたので当然と言えば当然だった。


「お帰り、エゼル。挨拶くらいさせてくださいよ」


 首を竦めながらスイールが嫌味を口にする。

 だが、それも全く嫌味になっていなかった。いつもの事だと、サラッと聞き流してしまったのだ。


 そして、装備品を脱ぐ事もせずにスイールの前にドカッと座って頬杖をついた。


「ただいま。それで、今回は誰から、どんな依頼?」


 エゼルバルドはニコニコして目を細めているが、突然の呼び出しに内心では”また厄介事か?”と溜息を吐いていた。珍妙な事はいつもの事であるので驚きはしなかった。


「ワシも詳しいことは聞いてないからここで聞いておこうか」

「あれ?ヴルフにも伝えてないの。今回は誰にも話してないのね」

「なんじゃ?誰にも話してないのかい。なら一緒に聞くとするかね」


 ヴルフもヒルダも、そして、シスターにも、誰にも秘密にしてあったと誰もが驚いていた。秘密主義なのはいつもの事であるが、徹底的に理由を話していないのは初めてだと誰もが思い、理由がそれだけ複雑なのかとも深読みするのであった。


「まぁ、仕方ありませんね。では、今回の行き先ですが、まず、オグリーンの村に向かいます」

「それは聞いたわ」


 行き先はシスターとヒルダには、教会に訪れた時に一度告げている。

 エゼルバルドとヴルフはそれを頷くだけで静かに聞いている。


「依頼人は私の口からは話すことはできません。オグリーンの近くにいるとしか口にできません」

「依頼人がそこにいるってのはどうしてわかるの?手紙も伝言も貰ってないじゃない。あの時昼寝してたはずでしょ?」


 ヒルダが口にした通り、スイールは昼寝から覚めてすぐ、出掛けると彼女に伝えていた。玄関先でエレクと遊んでいたので誰の訪問もなかったと覚えている。


「確かにそうですね。実はその依頼人は夢に出てくるんですよ」

「夢に出てくるって、初めて聞いたよ。そんな特殊な技能を持った人がいるなんて信じられないけどね」

「だがな、夢って事はお前さんの勘違いって事もあるんじゃないか?」


 エゼルバルドやヴルフが話す通り、夢で依頼を出してくるなど考えられない。そして、夢など寝ているときの願望である可能性もあった。

 時折、研究者が夢とは何なのかと新聞に載せてくる場合もあり、何とも形容しがたいのである。


「信じられない……と、言うのであれば私は死にに行くしかなくなります。それでもよろしければここでお待ちいただいても良いですよ。後でどうなっても知りませんから」


 スイールがそう言うのだが、真っ先に返事をしたのは肩を竦めていたエゼルバルドであった。


「信用する、しないはともかく、スイールがそこまで言うのなら付いて行くしかないね。それだけ必死に懇願するなんて初めてじゃないかな?」


 エゼルバルドはスイールの言葉の節々から発するいつもと違う感情の揺らぎを感じ取っていた、いつになく必死だと。

 だからこそ、スイールを信じる気になった。


「仕方ないな。エゼルが賛成するのなら付いていかん理由がない」

「そうね。夢って事は報酬も無いかもしれない。だけど、エゼルがそう言うんじゃねぇ」


 スイール一人の言葉だけでは今回の件は信用が無いかもしれない。当然、いつもと全く事が違うからだ。だが、エゼルバルドがスイールの必死さに重い腰を動かしたとなれば話は変わってくる。


 では何故、エゼルバルドがスイールに付いて行くかと告げたかと言えば、彼からの告白があったからであろう。聞いた時は嘘くさい話であったが、少ない言葉の中身を文献で検証してみれば殆どが正しかったのだ。

 口では”信用する、しないはともかく”と告げたが、スイールであれば”何でも有り”となっていても不思議ではないと感じていた。


「すまないね。こればっかりは言うわけにも行かないんだ。だが、報酬は期待してくれてもいいと思う。何らかのものが貰えるはずだからね」

「え、そうなの?」

「ただし、受け取ったら依頼は拒否できないよ、前払いだからね」


 報酬で釣るなどしたくはなかったが、からはそれ相応に価値のある物を貰えるだろうと予測していたので、正直に告げる事にした。何の見返りもなくが単純にスイールを呼び出すはずがない、と。


「報酬の件まで口にするんだったら、スイールは夢の依頼人と会った事もあるんじゃな?それにしても、大変な依頼みたいじゃがの~」

「会ったかどうか、ちょっと難しい表現になるでしょうけど、幾度となく遭遇した、とだけ申しておきましょう。からの依頼はいつも大変ですけどね、はぁ……」


 その表現はどうなのかとヴルフはスイールに次いで溜息を洩らした。


「それで依頼内容ですが、依頼人の知り合いを洗脳から解き放つ事なのです」

「ん?それなら、なんでこのメンバーが必要なの?」

「依頼人と会えばはっきりします。今は依頼を明かすわけにはいかないのでこれ以上は申し訳ないとしか……」


 それ以上聞けないのであれば仕方ないと、誰もが溜息を吐いた。

 それからしばらく、出掛ける際の注意や留守を預かるシスターへお願いをしながら夜は更けていくのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 開けて翌日、スイール達四人は早朝にもかかわらずブールの街を出発していた。

 朝焼けの残る東の空を見ながら南へと馬を進めている。


 それぞれが騎乗しているのだが、エゼルバルドとヒルダは以前手に入れた馬をずっと所有している。スイールやヴルフもディスポラ帝国から帰ってくるときに馬を使っていたのでそのままで手元に置いている。


 なぜ、所有していられるかと言えば、秘密はスイールの屋敷にある。

 実は数年前に屋敷を増築する際に何かあるかもしれないと隣接した土地を購入していたのだ。今ではそこを放牧地と定めて馬をのんびりと放し飼いにしている。

 スイールの屋敷の近くの土地はブールの街から離れているので二束三文で購入できたのは幸いと言ったところだろう。


 四人がアーミリア山脈の中腹にあるオグリーンを目指すとしても、いくつかの街には立ち寄らねばならない。その一つがスイール達の防具などを引き受けているドワーフのラドムが居を構えるリブティヒの村である。


 ブールの街から一番近い村であることも一つの理由であったが、それよりもスイールの夢でから伝えられていたことがあった。

 それは武器を作る職人の確保であった。


「と、言うことで、一度ラドムの所に挨拶に行きますよ」


 久しぶりのラドムの工房。何度か顔を出しているがその都度新しいことを始めていていつも忙しそうに動き回っていた。

 今回もそうではないかと予想しながら馬を進めるのであった。


 そして、次の日のお昼過ぎ、四人は無事にリブティヒの村へと到着した。


「懐かしきかな、この風景」

「そうかしら?一年も経ってないでしょ」


 ラドム工房に顔を出すのは久しぶりでも、リブティヒの村は南方へと足を向ける際に立ち寄る場所になっている。ブールでも南方へ依頼が頻繁にあるのでよく訪れるのだ。

 だから、ヒルダは辛辣な視線をスイールに向けていた。


 馬房を設ける宿に馬を預け、早速ラドムの工房へと足を向けるのだが……。


「これは何とも……」

「驚いて声も出んわい」


 あの、小ぢんまりとした可愛いラドムの工房が、敷地はそのままに縦方向に伸びていたのである。これには四人とも驚きのあまり声を失っていた。

 前々から忙しくしていたと思い出すも、建物がここまで大きくなっているとは予想できなかった。人を新しく雇っている程度だとみていたら、これである。


 だが、それよりも驚く事は無いだろうと思いながら工房へと入ってみるのだが、再び四人に驚愕の事実が襲い掛かってきたのである。


「えっ?ラドムがいない」


 看板にはでかでかとラドムの工房と描かれているが肝心の本人がこの場にいなかった。


「ええ。工房長はこれでは駄目だと、別の場所で槌を振るっています」


 ラドムは新たに舞い込んでくる新しい仕事に辟易し、自分の作りたい物を作るのだと村の端に一人で住み始めたという。儲けは相当出たので新たに工房を作ってであった。

 スイール達はラドムらしいと思いながらも主のいない工房を後にして、教えてもらった場所へと向かった。


「ここ、みたいですね」


 リブティヒの村の外れ、小さな川が側を流れる場所に工房が建っていた。

 煙突からはもくもくと煙が勢いよく噴きあがり、忙しそうに槌打つ音が外にまで聞こえてくる。

 この音こそ、ラドムが腕を振るっている証拠であると思いながら、工房の入り口を潜った。


 小さな部屋に、小さなカウンターが一つ。

 誰の姿も見えず閑散としている。

 接客用のテーブルも、打った作品の一つも置いておらず、何のためにあるのかと疑問に思うが、ただ単に工房に直接入られない緩衝エリアの役目を与えられているだけであろう。

 そんな小さな部屋をずかずかと入って行き、工房を覗き込む。


「いつも通りですね」


 スイールが口にしたように、来客にも気が付かずに一心不乱に作品に槌を振り下ろしているラドムの姿があった。何時になったら気が付くかと意地の悪い表情をしていたが、ラドムは意地悪い気配を感じ取ったらしく腕を止めて入口へと顔を向ける。


「誰かが押し入ってきたかとと思えばアンタか。今日は何用で来たんだ?」

「押し入ってきたとは酷い言い様ですね。今日は挨拶に来ただけですよ」


 ”そのハンマーで殴られたくありませんからね”と、首を竦めながら嫌味の一つも言いたくなってくるのだが、それを口から漏らす事はせず、言葉を飲み込んだ。


「挨拶だけか?」

「まぁ、仕事もお願いしたいのですがね」


 ラドムはいつも急ぎの仕事ばかりだからと渋い表情を見せる。

 彼の言い分はわかっているつもりだと、スイールは鞄から革袋を取り出してラドムに渡した。

 小さな革袋に数枚の硬貨が入っているだけだと感じたのか、それを付き返そうとしてきた。


「えっと、ただでやって頂けるって事ですか?」

「何を考えているんだ?これじゃ足りんと言ってるんだ!」

「そ、そうですか……。それじゃ、他の人に頼むとしますけど、本当に宜しいのですか?」


 他の職人に頼むと言われてしまえば、ラドムも自分の腕に自信があるだけにプライドが傷つく。

 これっぽっちの料金で請け負うほど安くは無いと思いながら突き返そうとした革袋を仕方なく覗いてみるのであるが……。


「ちょ、ちょっと待て。何だこれは?」

「引き受けていただけますか?」

「引き受けるも何も、これを見たら引き受けるしかないだろうよ」


 ラドムは驚いた。

 革袋の中身が想像していた硬貨と違っていたのだ。

 スイールが特急料金として提示するのはいつも大金貨であった。

 だが、この時ばかりは、ラドムも生きてきた中で数回しか見たことのない白金貨が二枚も入っていたのである。

 白金貨は大金貨十枚分の価値があるのだ。

 それだけ出されてしまっては、断る勇気は無くなっていた。

 そして、それだけの金額を出してくるのであれば生半可な制作依頼ではないとも意味しているのだ。


「まったく、とんでもない依頼って事でいいんだな?」

「おそらくそうなります」


 それから作成する武器をスイールは提示するのだが……。


棒状万能武器ハルバードが二本に塔盾タワーシールド。それに金属の矢か……。それじゃ、早速、作るとするか」

「えっと、既存の材料で作って頂きたいのは棒状万能武器ハルバードだと持ち手の部分。塔盾タワーシールドであればフレーム部分ですね。要となる部品は作成は待って下さい」

「ん?待てって。どうしろってんだ?」

「その材料をこれから取りに行きますので」


 ”これから取りに行きます”、スイールが口にした言葉に驚いたのはラドムだけでなく、エゼルバルドやヴルフも驚きを隠せなかった。

 依頼人に会いに行くだけでなく、武器の材料まで取りに向かうとは思いもしなかった。


「材料を取りに行くなんて聞いてないぞ!」

「はい、初めて言いました。依頼人に会いに行くついでですからね」


 ニコニコとして平然と答えるスイールを”そういえばこんな奴だった”と諦めたようにヴルフは見つめるのであった。




※白金貨1枚は大金貨10枚に相当します。

 日本円では大金貨は1枚50万円。

 なので白金貨は1枚500万円相当です。


 ちなみに、白金貨は国家予算の管理のために作り出されたもので、市場にはあまり出回りません。大金貨と違い、発行はそれぞれの国が行っており、市場に出回っているのはシリアルナンバーが刻印されています。連番になっているので偽造は難しいです。

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