第二話 旅のお供を探しに行こう

 小さな一頭引きの馬車にバックパックが三個、そしてまだ小さなエレクを乗せてスイールとヒルダがブールの街の門へと姿を現した。スイールの屋敷からブールまではほぼ一本道、エゼルバルドとも出会う事無くここまで到着したので、彼はまだ街で仕事をしていると思われる。

 門番の兵士に何時もの通りに身分証とギルドカードを見せて街の中へと入っていく。


「おっと、忘れてました」


 スイールは門番へ伝言を頼むことにした。

 もし、エゼルバルドが姿を表したら、折り返して教会まで顔を出すようにと伝えるのだ。

 スイールもそうだが、エゼルバルドやヒルダもブールの街では良く知られ、門番達も当然ながら顔なじみだった。

 だが、スイールが伝言を頼もうとすると露骨に渋い表情をするのである。


「そんな顔をしないでくれるかな~?」


 にこやかな顔をしながら門番に銀貨を二枚ほど握らせると、”仕方ないな~”と伝言を聞いてくれた。


「宜しくお願いしますね」

「今回だけだぞ~」


 門番の顔が少しニヤついているが、大事の前の小事であるとスイールも笑顔を見せた。

 銀貨を握らせるくらいで伝言が残せるなら、スイールも願ったり叶ったりである、と。

 孤児院だった教会へと向かうと伝言を残して、スイール達はその場を後にした。


「そうしたらまず、シスターの所へと向かいましょう」

「あい~!」

「まぁ、エレクったら」


 エゼルバルドとヒルダの子供のエレクはスイールも懐いているが、時折顔を出す教会にある元孤児院のシスターにも懐いている。エレクはシスターの名前を聞いたとたん、嬉しそうに返事をした。

 その光景はなんとも微笑ましく、スイールもヒルダも上機嫌で晴れやかな気持ちになる。


 エレクを乗せた小さな馬車がしばらく進むと、その教会に到着する。

 見慣れた風景のいつもの教会。

 多少、つたなどの植物が壁に貼っているが、頑丈な作りの教会はなかなかに趣を見せてきていた。この教会も歴史的な建造物になる日が来るかもしれない、その様に思う事が時折あるのだが……。


「お祈りの時間……は終わったようですね」


 時間によっては、教会から厳かな雰囲気で神への祝詞が聞こえてくるが、この時はすでに終わったらしく、信者がゆっくりと帰ろうとする姿が見られた。敬虔な信者がおおいらしく、普段着での訪れた人々はまばらであった。

 そんな信者を横に見ながら教会の庭へと入って行き、母屋のドアを無造作に叩いた。


「こんにちは~。シスター、いらっしゃいますか~」


 けたたましいノックの音に、母屋の奥からバタバタと忙しそうに走って来る音が聞こえる。足音がドアの前で止まると、ゆっくりとドアが開いて怪訝そうな顔をしたシスターが出迎えた。


「はいよ、聞こえてるさ。アンタはベルがあるんだからそれをならせばいいのに。ヒルダもこの男にベルくらい鳴らすように言ってくれんかねぇ……」


 シワの増えた顔でいつものように厭味ったらしく毒を吐く。それもいつもの事だとスイールは悪びれた様子もなく、さっさと母屋へと入って行った。

 その後をエレクの手を引いたヒルダが付いて行くのである。


「で、今日は何の様だい?エレクを預かるのは良いが、どこへ行こうと言うんだい?」


 母屋のリビングに入り、バックパックを三個床に下ろした途端に呆れた顔をしたシスターが声を掛けてくる。スイールの行動を知り尽くしたように。

 しかし、尋ねた声に答えたのはエレクをソファーに座らせて休ませているヒルダの方であった。


「シスター、聞いてくださいよ。スイールったら、急に出掛けるって言いだすんですよ」

「何の脈略も無しにかい?いつもだったら誰かが訪ねてくるとか、手紙が来たとかあるはずなんだがねぇ?」


 当然のようにスイールに疑問の目を向ける。

 スイールもそうだが、彼の周りに集う者たちは良く出掛ける。出掛けると言ってもちょこっとそこまでではなく、二つ三つ離れた都市だったり、時には国外へと出掛ける時もある。

 半年ほど前にディスポラ帝国、--今はディスポラ連合王国に名称が変わっている--、から帰って来たばかりである。しかも、あれだけ消耗して、だ。

 ようやく体の調子が戻ってきたと思ったら再び出掛けると言い出したのだ。ヒルダもそうだがシスターも呆れて物が言えないと口をあんぐりと開けてしまうのであった。


「今回についてはシスターであってもお話しできません。ですが、重要な事なのでヒルダを連れて行かねばならないのです」

「だからヒルダとエレクがいるのか……」


 スイールの事を昔から不思議な男だと思っていた。だが、理由を言えぬほどの事情など今まで無かった。疑いの目を向けながらも仕方がないと深くため息を吐くのであった。


「わかったよ。急ぐにしろ何にしろ、あとの二人も連れて行くんだろ」

「ええ、出来ればもう一人、アイリーンも連れて行きたい」

「全員でか。よっぽど大事なんだな。どこへ行くかくらいは教えて貰ってもいいんじゃないか?」


 ヒルダを連れて行き、エゼルバルドとヴルフ、それにアイリーンまで連れて行くとはただ事ではないのは確かだとシスターは思う。


 時折、旅で出会った話を聞くことがある。土産話の時もあるだろう。

 元騎士のヴルフの活躍はまるで英雄譚に聞こえる。戦争で一騎打ちをして敵を退かせた話や、大怪我を負ってそのたびに復帰するなど、英雄と言っても過言でないだろう。

 彼の傍にエゼルバルドがいれば、まるで無人の野を行くかの如くである。特に魔法による攻撃は度肝を抜きやすい。

 そして、アイリーンはと言えば、巨大な長弓ロングボウで遠距離から敵を射抜き、伝説上の人物が現れたのではないかと思うほどだ。


 その三人に魔術師スイールと援護も攻撃も出来るヒルダを加えて、何処へ行くのかと疑問を持たぬなど、シスターには無理だった。


 しかし、スイールには話せないのである、今回ばかりは……。

 ただ、何処を経由してその場所へと向かうかだけは仕方なく話すのである。


「本来、どこへ行くのかは秘密にしておきたいのですが、シスターの不安もありましょうから経由地だけでも伝えておきます」


 そう断ったうえで、とある村の名前を口にした。


「オグリーンの村にとりあえず向かいます」


 去年の冬になる前にディスポラ帝国へ向かう経由地として使った村の名前である。その時は現ディスポラ連合王国の元首となったクリフやその補佐約に納まったミルカがいた。

 今回も同じように標高の高い場所通って向かうのではないかとシスターは考えたのだが、瓦解した帝国から変わったディスポラ連合王国とは何の支障もなく行き来できるようになっており、それは違うのだと頭を振って考えを捨てた。


 だが、その周囲に何かある事だけは確かであろうと、頭の中にある知識を総動員して考えるのだが、何も思い浮かばなかった。


「察しておくよ。そのうちに話してくれることに期待するさ」

「申し訳ないです。それで、ヴルフは今日は何処に?」


 人探しの一人目、ヴルフの居場所だ。

 ブールの領主館かワークギルドでの依頼を受けていると本人から聞いていたので、どちらかの仕事をしている筈である。そのヴルフが拠点に敷いてるのが、この教会の母屋となっている。

 なので、シスターに行き先を伝えている筈だと考えて尋ねてみた。


「今日はどっちだったかな?ちょっと待ってよ……」


 さすがのシスターでも行き先がころころと変わるヴルフの予定をすべて暗記できるはずもなく、行動表を覗き込んでいた。


「今日は領主館に行ってるはずだ。夕方には戻ってくる予定だな」

「ありがとう。では、それまでに他の予定を片してきます」

「ああ、気を付けるんだよ」


 ヴルフが夕方までに戻ると聞くと、旅の必需品を買いに出てくると母屋を出ていくのであった。


 スイールが教会から出て最初に向かったのはワークギルドのブール支部である。

 すぐに旅に出る筈のスイールがなぜワークギルドに向かったかと言えば、仲間であるアイリーンに関してである。


 アイリーンは隣町、ルストに居を構えている。そう言うと語弊があると思うが、実際はこの六か月の間に挙式を挙げて愛する旦那様と一緒に暮らしているのである。

 そのお相手はディスポラ帝国まで付き添ってきたフレデリック=ハンプシャーだ。


 そのフレデリックであるが、ルストの街の治安維持の責任者であるスチューベント男爵家に仕えているダレン=ハンプシャーの一人息子。

 当然、父親と共にスチューベント男爵家に仕えており、おいそれとルストの街を留守にするなど出来ない。

 なので、アイリーン一人で来てもらおうかと考えているのである。


 それがワークギルドと何の関係があるかと言えば、連絡を取るためである。


 街の中であれば直接出向いて伝言を伝えてもいいが、アイリーンが居を構えるルストは隣町とは言え、気軽に向かえる距離にはない。

 そのために手紙を届ける必要があるのだが、その仕事を担っているのが各都市や村に支部を持つワークギルドなのである。

 手紙を配達する依頼も当然、常設依頼としているのだが、依頼の受け手がないと職員が直接出向くなど徹底ぶりだった。そのために、たかが手紙を届けるだけでも高額な報酬を要求されることがある。

 それでも遠くにいる友人知人に手紙を届ける需要は無くなりはせず、いまだにワークギルドの儲けの一端を担っている。


 ワーギルドに顔を出したスイールは慣れた手つきで手紙を書き封筒に仕舞い封を施すと届けるようにと依頼を出した。


「こんにちは。手紙を届けてもらいに来ました」


 スイールがカウンター越しに声を掛けたのはいつもの受付嬢のキャロである。エゼルバルドが成人したての頃は結婚したい結婚したいと周りを巻き込んで大騒ぎしていたが、それから数年後には運命の人と出会いめでたく結婚をしている。そのせいか、今では落ち着き、ベテランの受付嬢として皆から頼りにされている。


「あら?久しぶりですね。って、あまり変わってないから久しぶりかもどうかねぇ」

「ほっといてください」

「あら、失礼。えっと、手紙ね……」


 真面目な顔をしてスイールを少し揶揄からかうと、スイールの手紙を受け取って配達の箱へと放り込んだ。

 無造作に放り込んだのを見てスイールが何か言いそうな表情をしたが、キャロが機先を制してひょうひょうと料金を払うようにと告げてしまった。キャロもスイールの扱いに慣れてきたようで、このくらいでは怒らないと知ってしまったらしい。


 そのために、コミュニケーションの一環として楽しんでいたのである。だが、スイールと会話したのがこれが最後となってしまうのだが、それを知った後は相当に後悔するのである。だが、それはしばらく先の話である。


「まぁ、ちゃんと届けてくれればそれでいいですけどね……」

「それは信用問題になりかねませんから、ご安心ください」


 そう言って軽く頭を下げるキャロに怒りも出来ず、手を振ってワークギルドを後にした。


 次に向かったのはヴルフが仕事をしているはずの領主館。

 スイールも仕事で何度も来ており、すでに顔なじみである。顔パスとまではいかないが、職員達に顔を覚えられている。

 ヴルフの仕事と言えば暴力……と言うと語弊があるが、領主など要人の護衛、手に負えぬ獣対峙、そして、騎士や警備隊の訓練などを行っている……筈なのだが。そのつもりで領主館へと足を運んでみると、聞いた通りに仕事をしていた。


 領主館の裏手にある広場で警備隊の訓練に携わっているようであった。


「こらー!そんなへっぴり腰じゃ、ウサギだって殺せないぞ!」


 今年の新人達、十数人がヴルフにしごかれて青色吐息だ。

 しごかれて可哀そうとも思うが、逆にヴルフに師事出来て幸せとも思える。だが、新人からしてみれば手加減無用の鬼教官のイメージだろう。


「ヴルフ、こちらでしたか」


 聞きなれた声が耳に届き、その方へとヴルフは顔を向ける。


「どうした?何か緊急の用か」


 スイールがヴルフの仕事場にまで足を運ぶなど異例中の異例だった。そのために緊急であるだろうと悟り、新人への声掛けを中断してまでもその理由を尋ねる


「申し訳ないですが、私だけでは手に負えない案件を手伝っていただきたい」

「お前さんがそう言うとなれば、そうなのだろう。で、どこへ行って、相手は誰だ?」


 スイールが”手に負えない”と口にした途端、ヴルフはいく気満々になった。頼られる事は悪くない、それがこの魔術師からであれば、だ。

 多少、融通が利かない事もあるが、それを差し引いてもおおむね満足できる結果がついて回ってくる事を考えれば、断るなど考えられないのだ。


「とりあえずの行き先は教えられますが、多分遠くになるはずです」

「そうすと、アーラスの先か?」

「いえ、場所的な問題では無いのです」

「何とも要領の得ない返事だな……。まぁいいや、すぐに出発か?」

「エゼルも連れて行きますから、出発は明日になりますね」


 いつものように、スイールと二人で対処できる相手と考えていたヴルフだったが、エゼルバルドも同行すると聞いた途端、表情を険しくした。


「明日以降は仕事を入れないようにする。夜にでも打ち合わせをさせてくれ」

「ええ、頼みます」


 そういうと、スイールはヴルフに手を振って教会へと帰って行くのであった。




※旅の道連れ、気の知れた仲間。

 幾多の危機を乗り越えてきた五人で向かう先は……。

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