第四十四話 重歩兵隊、現る!
バスハーケンから疾風の如く突進して来たディスポラ帝国軍。
その騎馬隊の先頭を目立つ旗印をなびかせて一人の男が
だが、トルニア、スフミ連合軍の陣地からゆっくりと騎馬で進み出た男を見て、全軍に進撃停止を命じさせる。
その男の特徴、馬にまたがり
「ヴルフ=カーティスだな?」
ディスポラ帝国の騎馬隊の先頭の男の叫びにやる気の無さそうな声で答える。
「だったらどうする?」
「俺の名はフェルテン。ディスポラ帝国の元帥号を受けている。この俺と勝負しろ」
「はぁ~、下らんな。そんなにこの首が欲しいのか?」
ヴルフと尋ねられたがそれを否定しなかった。
当然だろう、本人なのだから。
しかし、その本人は一騎打ちをする気がしなかった。
何故出て来たかだが、カルロ将軍からの依頼に他ならない。
元々、スイールが魔術師を借りるのに敵の補給部隊を急襲する役目を受けていたが、その前にバスハーケンから敵兵が出て来た事で、彼に役目が回ってきたのだ。
急な配置転換で全くやる気を出していなかった。
それが首に手を当ててぐるぐると回す動作に現れていたのである。
「まぁいいか。それだったら、二人出すから、そいつらを打倒してみよ。その後勝負してやる」
「ふ、巫山戯るな!自分の首がそんなに惜しいのか?今ここで俺がお前の首を落としてやる」
溜息を吐くヴルフをよそに、フェルテンはただ一騎でヴルフ目掛けて駆け出した。
狙われたヴルフは、傍らの男にやる気のない仕草で目くばせをした。
「では、私が!」
目くばせされた男、背中に太刀を担いで
「私の名はミルカ!この姿を冥途の土産にとくとその目に焼き付けるがいい!」
「ふん!お主こそ、この俺の
騎馬が出す最高速のまま二人が交差し、
十メートル程過ぎた所で二頭の騎馬が白い息を吐きだしながらその足を止めると、ミルカが半分になった
だが、そう単純な話ではない。ミルカの
対して、フェルテンの
「ふむ。さすがに無理があったか……」
「俺の一撃に武器を壊されるだけとはなかなかやるな」
フェルテンが強がりを見せるが、彼のこめかみからは汗が流れ出ていた。そのまま顎にまで達し、ぽたりと汗が滴り落ちる。
もし、ミルカの持つ
武芸全般に自信があったが、上には上がいると思い知らされる結果となってしまった。
ヴルフが二人出すと告げてきた意味がこの時点でハッキリとわかった。その二人は実力は明らかだが、ヴルフよりも劣るのだと。その二人に勝てないのであればヴルフに挑戦する権利が無い。
そう考えれば、ヴルフの両隣にいた男二人、一人はたった今矛を交わしたミルカ、と長大な両手剣を担ぐ男の二人はこの場にいる誰よりも強いはずだ。
だが、ここで一騎打ちを止めてしまっては、勢いを無くした騎馬部隊でトルニア、スフミ連合軍を攻め落とすなど不可能である。
ヴルフと言うたった一人の手練れに乗せられてしまった結果であった。
「どうした?来ないのであればこちらから行くぞ」
背中の太刀を抜き放ったミルカが馬に蹴りを入れてフェルテンへと向かって走らせ始めた。”ちっ!”と舌打ちしたフェルテンが同じように馬に蹴りを入れて走らせるが、その勢いは初めの勢いからは程遠く、精彩を欠いていた。
”ガキン!!”
再び二人は武器を交差させる。
先程の一合でミルカの
だが、破壊する事は不可能で先端の斧の刃を
それに対応するには一万五千の軍勢では明らかに数が少なすぎた。
フェルテンは一度騎馬を自軍まで帰させてから反させて敵に馬首を向けて、どうするかと考え始めるのだが、彼の思考を止める者が現れた。
「フェルテン殿。何を深慮しておる、もしよければ我に出させて貰えんか?」
ディスポラ帝国にあって誰にも負け無しと言われた男だ。
だが、出てきた彼であってもミルカと名乗った男との打ち合いで勝てるかどうか、いや、負けるイメージしか脳裏に浮かんで来なかった。
「いや、今は一旦引こう」
「それでは……」
フェルテンは彼の言葉を遮って、トルニア、スフミ連合軍に向かって叫ぶ。
「勝負は一時預ける!」
そして、馬首を右へ向けると率いてきた軍ともども、バスハーケンへと引き揚げていくのであるが、それを見送るヴルフ達は罵詈雑言を浴びせる。
「尻尾を巻いて逃げだすのか?それでもよく元帥職を受けているな!」
ディスポラ帝国の兵士達はトルニア、スフミ連合軍の陣地からは大声で笑う声が見送るのであった。
「フェルテン!何を退却しているんだ」
「申し訳ございません。敵にのまれました」
トルニア、スフミ連合軍に突撃することなく、さっさと兵を引き上げてしまった元帥職のフェルテンを鬼の形相で迎え出たのは、この地の仮の玉座に座る皇帝ゴードン=フォルトナーであった。戦果を期待していると言われて送り出されたフェルテンを叱咤するためだ。
フェルテンは敵に一撃を与えてさっさと引き上げるつもりで出撃したのだが、僅か数騎で立ち塞がる敵を見て何がある!と疑ってしまったのが一つの原因だろう。
しかも、その数騎の中にこの時代の英傑と名高いヴルフ=カーティスと思える姿を見れば一騎打ちを申し込まざるを得なくなった。
大軍を持って一人を飲み込むのは容易い。
だが、それをしてしまっては、皇帝は一騎打ちをせずに大軍を持ってしか敵を打ち破れぬ、気の小さい男だと噂されてしまうだろう。
そうなっては、皇帝が大陸を征服したとしても、それが悪い噂となって統治に影を落とすだろう。
この世界、この時代、部隊を預かる将は指揮の良し悪しだけでなく、部隊を引っ張る力も必要となる。率いられる部隊は将の実力をみることによって力を発揮することになる。
だから、将を討ち取る事は敵を打ち負かすと同義にも考えられるのだ。
遠くから見ていた皇帝にはその理由がわからず、何もせずに撤退したと見えても仕方がなかった。
「お前が敵にのまれるのは珍しいな」
「はい、敵にヴルフ=カーティスがいました」
「なんだと?」
ヴルフ=カーティスはこの大陸ではその風貌はよく知られている。
あまり高くない身長で
トルニア王国に一時、騎士として仕えていたとされているが、その後はアーラス神聖教国の内乱に顔を出した以外は、何処にも与せず大陸中を旅していると皇帝は、いや、ディスポラ帝国では聞き及んでいた。
それなのに何故、とフェルテンの報告を聞いた誰もが思ったに違いない。
「して、どうするのだ?」
「再び、出撃します」
フェルテンの予定では、すでに敵を打ち破っていたはずだった。
だが、敵にヴルフ=カーティスを出されて、その状況にのまれてしまい、やむなく撤退した。
敵も再びバスハーケンから出撃してくるとは思ってもいないだろうと考えている。
今度は味方が敵の後背に攻撃を仕掛けると同時に挟撃を仕掛けるのだ、と告げる。
だが、皇帝はその意見に対して首を縦に振るのを躊躇った。
先程出撃したと同じになるのではないかと考えたからだ。
そして、もう一つの理由もあった。
「だが、今出撃した兵士はどう思ってる?」
「は?」
確かに皇帝には軍事的な才能がなく、大まかな戦略を考えられるだけだ。作戦考案能力、指揮能力、自らの戦闘能力、そのどれもが欠けている。
しかし、兵士がどのように考えているのか、それだけは何となく理解することができた。
一度出撃した一万五千の兵士。おそらくその誰もが出撃したにもかかわらず、何の戦果も挙げられず逃げ帰ってきたと思ってしまっただろう。
さらに言えば、バスハーケンを守備する兵士はともかく、そのほかの六万の兵士はルカンヌ共和国に攻め込んで城塞都市モンファルを取り囲んだは良いが、何の手柄をあげることなく撤退している。
肉体的な疲れは十分に取れている筈だが、手柄がない状態であれば精神的に疲弊しているとみて間違いないだろう。
皇帝は退却をして兵力を保ったままにしていたが、兵士の精神状態を考えると攻め込んでいるトルニア、スフミ王国軍より劣勢であるとみていた。
「確かに、皇帝陛下の申す通りです」
「であるからして、出撃を固く禁ずる。まぁ、お前の首を賭けるというのなら構わんがな」
皇帝自身はフェルテンの首を刎ねようとは思っていない。首を賭けると言ったのはあくまでも言葉の綾であり、勝てる見込みのある戦いをして来いと暗に示している。
そう言われてしまえば、フェルテンもそれ以上強い言葉を口にする事は出来なかった。
出撃した騎馬隊にすぐ出撃するからと待機の命令を出していたが、その命令は一時取り消されてしばしの休憩に変更された。
フェルテンがバスハーケンに戻ってから四時間余りが過ぎた頃、トルニア、スフミ連合軍の後背、すなわち東側にルカンヌ共和国から撤退してきたディスポラ帝国の重歩兵部隊が姿を現した。
殆どが一つの兵科、重歩兵で構成されており、守りの堅い分厚い鎧を着こんでいるだけあってその動きは見た目通り”鈍重”、その一言で表せた。
ある程度の諜報員がバスハーケンをぐるりと包囲しているトルニア、スフミ連合軍の後方、すなわちルカンヌ共和国からバスハーケンへと戻ってきた重歩兵部隊の正面に行く手を阻む深い堀とその土砂で積み上げられた土塁を確認している。
鈍重な重歩兵隊には、その堀と土塁が騎馬以上に厄介な障害物と見て取れただろう。
しかしながら、トルニア、スフミ連合軍の後方全てに作り出すには時間が足りなかった。正面には深い堀と土塁が行く手を阻むが、北側と南側、とくに南側のトルニア、スフミ連合軍の右翼が工事の真っ最中である。
堀は浅く、土塁も低く、当然そこが弱点に見えるであろう。
敵が現れたとなれば工事も一時中断せざるを得なくなる、それも一つの理由になろう。
かくして、その状況通りのディスポラ帝国軍は、バスハーケンの南城門へとたどり着こうと攻撃を開始するのであった。
当然の事ながらトルニア、スフミ連合軍もそのまま手をこまねいてディスポラ帝国軍を通すわけにはいかなかった。
重い鎧に身を包んだ重歩兵は動きこそ鈍重だったが、その防御力を生かして突撃を敢行する。その動きが重歩兵の役割であり、戦争の手法である。
何の戦術も無い、ただ単に歩兵がゆっくりとした歩調で南城門へと向かう。
その戦法は何処の国でもすでに対処方法が確立されている。
足元を不安定にさせれば動きをゆっくりに出来、対処も簡単だろう。
とは言いながらも、その作戦が上手く運ぶかは不明であろう。対処方法が確立されていてもそれを跳ね返すだけの能力があれば事足りるのだ。
では、対処方法が破られる、そう考えて堀と土塁を作っていたとしたらどうなるか?
広大な長さに渡る堀と土塁。その二つがあからさまな罠だとしたら?
例えば、手品では人の目を動くものに集中させておく手法がとられる。
それと同じ事が目の前で起こっていたとしたらどうなるか?
堀や土塁はそれを隠すための目くらましに過ぎない。
本命はディスポラ帝国軍、、重歩兵隊が進む先に設置された罠、すなわち落とし穴なのである。
落とし穴と言っても千差万別であろう。
そこに槍などを立てて串刺しにする。
水を張って水死させる。
油を張っていて、中に落ちたら火を放つ。
それこそ、いくらでも利用の幅が広がるだろう。
カルロ将軍はどんな落とし穴を作っていたのかと言えば、単純に穴を掘って蓋をしただけである。
もっとも簡単であるが、深さが二メートルもあれば人一人で這い上がっては来れない。重い鎧をまとった重歩兵ならなおさらだろう。
進み続けるディスポラ帝国軍の重歩兵の先頭を進む数百人が落とし穴に落ち、大きな落とし穴に落ちまいと進行が止まるのであるが、そうは問屋が卸さないのであった。
※一騎打ちは二合打ち合っただけであっさり終了。
そして、帝国は待望の重歩兵隊が戦場に姿を現す。
だが、重歩兵が現れるのが遅すぎたのである。
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