第四十三話 戦いを左右する一騎打ちへ……

「帰ってきた早々、お前達にも戦闘に参加してもらうぞ」


 ディスポラ帝国領、バスハーケンの街を囲むトルニア、スフミ連合軍の本陣から少し離れた小高い丘を下見して帰って来たそうそう、スイール達を待っていたのはカルロ将軍から向けられた辛辣な言葉であった。


 そのカルロ将軍が告げてきたのは目の前で包囲してるバスハーケンへの攻撃参加ではなく、後方から現れるであろうディスポラ帝国の重歩兵部隊への攻撃である。

 無人の野を進む如く進軍していたトルニア、スフミ連合軍が無暗やたらと進んでいる筈もなく、四方八方、それこそあちこちに諜報員を送って情報を得ているのは当然だろう。


 そのうちの一つ、友好国であるルカンヌ共和国方面からの情報によればこの日の昼頃にバスハーケン近郊、しかもその街を包囲しているトルニア、スフミ連合軍の後方へと現れるだろうとの予測である。

 その情報は数日前にすでにカルロ将軍の下へと届けられていてために、彼自身は慌てふためいているなどなかった。


「それで、どうするのじゃ?ワシらに何をしろというのだ?」

「まぁ、待て。説明するから」


 カルロ将軍から協力を要請されたが、スイールやヴルフ個人が戦争で役に立つことは少ない。ヴルフの力だけで戦争が終わっているなら、今頃どの戦場にも顔を出しているであろう。


 バスハーケンへ進軍するディスポラ帝国軍は九万。そのほとんどが足の遅い重歩兵で構成されていることはすでに掴んでいる。

 それであるがゆえに、バスハーケンに立て籠もる守備軍は八万。騎馬隊や軽歩兵、そして、魔術師隊など身軽な兵科が殆どだ。重歩兵は元々守備として配備されている少数しか存在しない。


 トルニア、スフミ連合軍が現在九万でバスハーケンを包囲しているとして、合計十七万の敵軍勢に前後挟撃されれば、倍近い軍勢に撤退、いや、敗走を余儀なくされることは目に見えている。


「一つ良いですか?一万ほどこちらの軍勢が少ないみたいですが」

「ふふふ、良い質問だな」


 スイールが指摘したように、トルニア、スフミ連合軍は十万の軍勢でバスハーケンを包囲していた……と聞いていた。それが、カルロ将軍の口から九万と聞き、一万の兵員をどこかへとやってしまっていたと口から出たのだ。

 その行き先は作戦行動中に付き口にできないとカルロ将軍は漏らしたが、それがどこへ向かったのかはだいたい想像が付く。


 そしてもう一つ、カルロ将軍が新たな情報を口にしてきた。


「ルカンヌ共和国から少数だけどな、軍が出ている」


 ディスポラ帝国が大陸制覇、その後、世界統一の足掛かりとしようとして攻め落とすつもりだったルカンヌ共和国から追撃の兵士が出ていた。

 わずか二万の軍勢であるが、ディスポラ帝国の軍勢は後方を脅かされる存在となっていたが、出発の決定が遅かった事もあり追撃軍として効果的に機能するかは疑問を呈する。

 だが、それをカルロ将軍は最大限に使うことにしたのである。

 挟撃されるのであれば、それを利用して逆に挟撃してしまおうと。


 挟撃を挟撃で返す。言葉にしてみれば単純であるが、現実はそうはいかない。

 数の上だけでもトルニア、スフミ連合軍だけでは十万。もしルカンヌ共和国の軍勢が合わさったとしても十二万。ディスポラ帝国が動員した十七万の兵数には逆立ちしたって届かない。


 だが、ディスポラ帝国がルカンヌ共和国から引き揚げて向かってくる九万の兵力はほとんどが重歩兵だ。なぜ兵科が一つに偏り過ぎているかは理由がある。

 それは、トルニア、スフミ連合軍が包囲するバスハーケンに皇帝がいることが理由だ。


 皇帝が帝国東部のシャールの街から引き上げる際に単身で向かっていた。

 その時はまだ、帝国軍はルカンヌ共和国の城塞都市モンファルを攻めていたので、皇帝の手持ちの兵力は皆無であった。単身引き上げた皇帝を追いかけるために、足が遅い兵科の重歩兵を置き去りにして騎馬兵や軽歩兵、そして魔術師隊などの足の速い兵科のみがバスハーケンに集結していたのだ。


 それが理由であるから、殆どが重歩兵の兵科で構成されたディスポラ帝国軍へは、ぶつける兵科によって、殆ど無傷で目的を達成できるはずなのである。


「って、事で、今は兵士に命じて罠を作っているところだ。それが露見すれば敵は我先にとバスハーケンに逃げ込む筈……」


 カルロ将軍は敵の兵力に打撃を与えて消耗させるよりも、敵をバスハーケンに合流させてしまおうと考えていた。

 そのために、わざわざわかるように罠、簡単に言えば長大な堀と土塁をトルニア、スフミ連合軍の後方へ作らせていた。そして、それに合わせるように敵の進路に本命の罠を作らせている。


 重歩兵隊に弓兵がいたとしても、長大な堀を乗り越えてトルニア、スフミ連合軍へ攻撃するには犠牲が多くなると見る筈で、攻撃を諦めさせてくれればそれでよかった。

 敵軍の進路をコントロールしてある方向に進ませるのだと。


「そんなわけで、お前達には一軍を率いて敵の後方に位置する、補給部隊を叩いてほしいのだ」


 トルニア、スフミ連合軍であっても、ディスポラ帝国軍であっても、戦うには兵士だけでは戦えない、剣や槍、弓といった武器に加えてそれらの補給物資、何より人を動かすための食糧がなければ戦うなどできない。当然、生きる上でも必要だ。


 十万近くの兵士を養うのであれば当然に膨大な量の物資が集まっている。

 それを根こそぎ奪ってしまおうとカルロ将軍は考えているのだ。


 そしてもう一つ。

 十万近くの軍勢を食べさせて行けるだけの食糧が無くなり、その大多数の兵士がバスハーケンへ逃げ込んだとすればどうなるかは自明であろう。

 膨れ上がった兵員に配るだけの食糧はすぐに底をつくであろうことは誰でも予想できる。


 さらに、バスハーケンは堅牢な城塞であると同時に都市としての機能も充実している。

 つまりはそこに住む人々の数も底知れぬ数を数えるのだ。


 兵士が二十万近く、それと同数かそれ以上の住民が合わされば、その都市で一年食べていてるだけの食糧が備蓄されていても半年しか持たなくなる。

 食糧の増産が出来るかといえば、周囲をトルニア、スフミ連合軍が取り囲んでおり耕す場所すら無い状態だ。


 かくして、ディスポラ帝国は飢えと戦いながら、皇帝を守り続ける。その図式が出来上がるのである。


「なかなかエグイ作戦を考えるなぁ」

「ヴルフのその言葉、誉め言葉と取っておこう。ここで帝国の息の根を止めねばこの後、末代まで戦いの歴史となってしまうだろうから、それは御免こうむりたいのだよ」


 カルロ将軍は、ディスポラ帝国の歴史書に悪魔の名前で刻まれようともこの後に続く平和の事を考えれば、むしろ僥倖であるとも思っていた。


「そこでだ。五千の兵と共に頃合いを見て出て貰うからそのつもりでな」


 トルニア、スフミ連合軍の前方、この場合は後方の正面に三万の軍勢を展開させて敵を待ち受ける。

 バスハーケンの南門は一応包囲してあるが、すぐに突破される程に兵数を削減してある。だが、兵士の配置を見直し、兵数が減ったことを露見されない工夫がされている。

 それを見破れるかは時の運……かもしれない。


 実際は見破るも何も、道を開けて通させる手はずになっている。

 そう思うと、カルロ将軍は口角を上げて、不敵な笑みを残すのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 トルニア、スフミ連合軍があわただしく動き回る様は包囲されているバスハーケンの街からも当然のように察知される。望遠鏡を使った視認でもはっきりとわかる連合軍の後方、特に東の後方に空堀とその土を高く重ねた土塁が作られる様を見ればそちらからの襲撃に備えているのだと誰の目にもわかるだろう。


 それを踏まえて予測できるのは、トルニア、スフミ連合軍に敵対する勢力が近づいている事である。言ってしまえば、ルカンヌ共和国から撤退するときに足が遅いために置いてきた重歩兵がやっとのことでバスハーケンに姿を現したのだと。


「諜報員からの情報が遅れていたが、まさか敵から教えられるとはな!」


 仮の玉座に座る皇帝ゴードン=フォルトナーは包囲された敵の行動から自軍に有利になろうかとしている状況に手放しで喜んでいた。

 騎馬隊や軽歩兵、そして魔術師隊などのルカンヌ共和国から撤退させた軍勢、--主力は軽歩兵であるが--、六万ほどとバスハーケンの守備兵二万の合計八万では心細いと感じていた。そこに残りの九万の重歩兵が加わると思えば、勝ち戦に転じられるだろうと。


「皇帝陛下、出陣のご下命を!」


 九万もの兵士が合流する、万感の思いに胸を躍らせていた皇帝に進言するのは元帥職を持つフェルテンであった。

 だが、皇帝はその進言に何の意味があるのかと、仮の玉座に肘をついて不思議にフェルテンをじっと睨みつけた。


「皇帝陛下に報告した通り、敵陣の後方に堀と土塁を作り上げているのは、味方が接近してくる合図とみて間違いありません」

「それなら、現れた時点で場内に引き入れるようにすれば済むのではないか?」


 当然、そう思うだろう。

 この日の昼間に退却してきた軍勢が現れると、敵軍が準備をしているのは見えている。それでは敵の準備が整ってしまい味方を街に招き入れるなど夢のまた夢となりうるのだ。


「現在なら、敵も後方の準備に追われて手薄になっている筈です。そこを城から打って出て隙を突くのです」

「なるほどな。で、どのくらいの兵力を出せば良い?」


 フェルテンは守備に就いている兵力を除くとどれだけがすぐに動かせるかを計算した。

 バスハーケンの守備で二万の兵士がいるが、それは全てが守備に就かせているから論外である。

 そうすると、ルカンヌ共和国から撤退してきた兵士を出せばいいのだが、、まだ休息もままならぬ兵士が半分は存在する。

 撤退してきた兵士六万からすれば、すべてが軽装の兵士なので十分休みをとれた兵士を繰り出せば大丈夫だろうと結論付けた。


 その、出した答えを皇帝に提示した。


「そうですね、三万は欲しいところですが……」

「さすがにそれは駄目だ。二万にしろ……いや、騎馬隊のみ、一万五千だ」


 皇帝は何か考慮することもなく、瞬時に三万から半減させて一万五千で出撃なら許可すると告げたのである。

 皇帝の思惑を計り知れぬフェルテンはその決定に恭しく頭を下げた。納得はしていないが。


「では、不肖ファルテン。これより敵を蹴散らしに参ります」

「うむ、戦果を期待するぞ」


 フェルテンは皇帝の前でくるりと身をひるがえすと、その場から退出して行った。

 そして、彼の号令一下、一万五千の騎馬兵が準備を整えると、バスハーケンの東の門を開いて敵軍へと向かっていくのであった。







 フェルテンは一番あわただしく動いていると見える東の門を包囲している陣へと向かった。トルニア、スフミ連合軍はバスハーケンの街を包囲しているからと言って、その近くに漠然と兵を置いているわけではない。

 最低でも一キロ程離れた場所に木の柵を設けた陣を作り上げている。


 当然、それだけの距離があれば、バスハーケンの街からディスポラ帝国の兵士が出撃したとしても陣に直接攻撃を仕掛ける前に迎撃が可能であった。


 フェルテンは騎馬隊の先頭に立って一直線に一つの陣地を目指す。


「そこをどけ~~!」


 迎撃に出たトルニア、スフミ連合軍の兵士が次々にフェルテンが振るう棒状万能武器ハルバードの餌食になる。

 鬼気迫るフェルテンの表情にトルニア、スフミ連合軍の兵士は及び腰なるが彼に向かう兵士の数は一向に減る気配もない。


 先頭で棒状万能武器ハルバードを振るうから、との理由もあるが大きな理由としては彼の後ろに掲げられている旗印が大きいだろう。

 軍勢にはどこに自分が使えるべき大将がいるかを見極める必要がある。

 そして、誰が率いているかをも示す必要がある。


 例えば、手柄を上げられぬ大将の旗印が目印だとしても、戦争が終わるまでに手柄があげられるか不安になるだろう。それに、敵の首級を上げることも不可能となれば兵士のやる気はそがれて行く。

 逆に、手柄を上げる大将の下では、次々に手柄を上げる兵士が現れる。


 簡単に言えばやる気を引き出せる大将がいるかどうかであろう。

 それに、力自慢で戦場で負け知らずの大将の下なら生き延びる確率も高くなる。


 逆に敵からしたらどうなるであろうか?

 味方の損害を増やす、もしくは敵の有力な大将がいれば、それを討ち取るだけでもかなりの手柄となろう。

 そして、打ち取ることができれば、味方の士気が大きく上がることにもつながる。


 良し悪しは有るにせよ、味方を鼓舞し、敵に畏怖を与える存在が先頭に立つことは、戦場では非常に重要になってくるのである。


 では、それに対抗するにはどうすればよいか?

 簡単である。力自慢の兵士がその敵を葬り去れば、もしくは打ち負かして撤退させてしまえば良いのだ。


 そう、ただ一騎、敵の前に現れて一騎打ちを申し出ればいいのだ。


「まったく、カルロの奴も人使いが荒い」

「そう言うな。兵士が見ているぞ」


 数人の騎馬に周りを固められ、トルニア、スフミ連合軍の陣地のから出てきた男が溜息交じりにそうぼやいた。

 やる気のなさそうな言葉に誰もが男と同じように盛大に溜息を吐くのであった。




※さぁ、一騎打ち!

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