第二十八話 エゼルとヴルフとジムズと

「何、情けねぇ声を出してんだよ」


 騎馬をゆっくりと進ませてジムズが声を掛ける。

 彼の表情は思いの人と出会ったかのように晴れやかだった。


「いや、死ぬ覚悟をしてたんだよ。それだけの数を相手にできる体力はもう無いからね」

「やけに弱気じゃねぇか、エゼルよぉ」


 エゼルバルドは安心したのか、地面にどっかりと腰を下ろして力なく言葉を吐き出した。

 それに呼応するかのようにジムズと数人の男が馬上から降りてきた。


 腰を下ろして一息ついたエゼルバルドの前にジムズともう一人の背の低い男が近づくと同じように地面に腰を下ろした。


「無事でよかったぜ。それで、これからどうするつもりなんだ?」

「ああ、これから……って、何でヴルフがここにいるんだ?」


 ジムズの横に腰を下ろしたのはスイールと一緒にいた筈のヴルフだった。

 戦争になる可能性もあるとブール領主アビゲイルから聞いていただけに、住居を定めていないヴルフが参戦するとは思ってもいなかった。


「スイールの奴が帝国に向かいやがって、暇してたんだよ」

「それだけ?」

「疑り深いなぁ。とは言いながらも、今回はお前さんの補佐に来たんだ。ワシ一人増えた所で軍としてはどうってことないから同行させてもらったんじゃよ。一番はお前さんが何か仕出かすんじゃないかって、居ても立ってもいられなかった、それが理由じゃな」


 それを聞き、”考えすぎだよ”と鼻で笑いながらエゼルバルドが答える。


「あまり時間が無い。エゼルよ、正直に話してくれ。これから如何するんだ?」

「その前に、どれだけの兵士を連れてきてるんだ?」

「ん、ああ。えっと五百だな。内、騎馬が五十だ」

「ふ~ん。それだけあればなんとかなるかな?」


 久しぶりの再会に積もる話はあるだろうが夜の帳が降り、敵の勢力下ともわからぬ場所で時間を使いたく無い。少しでも安全な場所に移動しておきたいとジムズは考える。

 その為には今すぐエゼルバルドを立ち上がらせて回収したいのだが……。


 ジムズに直接命令を下したブール軍の総大将アスランと、エゼルバルドの心の内を探ってみた。

 詳細はわからないが”何か考えがある”のではないかと。

 ヴルフも”何かをしでかすんじゃ”と口にした通り、エゼルバルドを知る誰もが、闇雲に姿を消したとは思っていなかった。


 その為にもエゼルバルドの回収と共に何をするのか、そして、何処へ向かえばいいのかを聞いておきたかった。


 その質問が来る事はエゼルバルドは半分予想していたので、その答えの前にジムズが自由に動かせる戦力を確かめたのだ。


「一体何をするか知らんが、敵がいるかもしれないんだろ?早く移動したいんだが」

「わかったよ。さすがにもう歩けないから馬車にでも乗りたいんだけどね」

「馬車なぞ無いぞ。ワシの後ろで我慢してくれ」


 ヴルフはエゼルバルドに肩を貸して立ち上がらせると、乗っていた馬に彼を後ろに乗せた。


「それじゃ、西へ向かってくれるかな?」

「西?それだと河に出ちゃうけどいいのか。行き止まりだぞ」

「ああ、パティ達と合流する手筈になってる。オレの馬も預けてあるしね。合流できないときは作戦を実行してくれとも言ってあるから、今頃は渡河の真っ最中かも知れないけどね。敵も味方の目も欺いて三千をそのまま投入するんだから」


 エゼルバルドが何の作戦を立てたのかと聞いてみるが、”まだ話せない”とだけ彼の口から聞こえた。

 一連の会話の中で、エゼルバルドの口からパトリシア王女の愛称がポロリとこぼれた事にジムズはホッと胸を撫で下ろしていた。


「あと、敵味方構わず、こちらを探ってる人たちがいたら必ず捕まえて欲しい」

「わかったよ。しばらくゆっくりと移動するから少しは休んでてくれ」

「そうするよ。頭が回らなくなってきたからね。馬から落ちたらごめん……」


 そう言うと、エゼルバルドはヴルフに持たれながら寝息を立て始めてた。

 鎧越しの感触に懐かしさを思い出すが、これも良いものだとヴルフは笑みを浮かべた。







 ジムズはゆっくりと部隊を進める。後方より太陽の光を浴びつつ、目を覚ましたエゼルバルドを乗せるヴルフの馬と轡を並べる。


「起きたところ申し訳ないが、そろそろ休憩に入りたいのだが」

「そうか……夜通し行軍していたからね。まぁ、間に合う筈だから一度休憩を入れて大丈夫かな?」


 エゼルバルドから時間的余裕があるだろうと言質をとったジムズは適当な場所で部隊を止め休憩に入らせた。

 各自が持つ携帯食を取らせつつ、交代で仮眠を取らせる。


「ほら、碌なもん食って無いだろ」

「ありがとう。ここ二日ばっかりは草しか食べてなかったな」

「よくもまぁ、それで動けたもんだな」


 ヴルフから受け取った携帯食をボリボリとかじりつつ、お礼と彷徨っていた時の話を口から漏らした。


「それで、どうやって敵を撃退するんだ?」

「撃退?」


 口の中の水分を奪う携帯食をもしゃもしゃと咀嚼しながらジムズの言葉に首を傾げる。


「だから、撃退しないと拙いだろうが!」

「あぁ、そうだね」

「お前ねぇ。まだ寝足りないのか?」


 呆れて物が言えないとジムズは天を仰ぎ見る。


「撃退なんかしないよ。ミンデンに来てるんだからここで敵を完膚なきまで叩き潰そうと思ってるけど?」


 ”あっけらかん”とした表情でジムズに自信満々で告げる。

 そう、エゼルバルドは折角出てきて一つに固まっているんだから、二度と立ち上がれないようにしてしまおうと考えていたのだ。


「それにさぁ、同じトルニア王国の市民なんだけど、あれは元に戻らないと思うんだよね」

「元に戻らないって、何がだ?」

「敵の兵士」


 水袋から口をゆすぐ様に大量の水を含ませて、ぱさぱさした口内に潤いを取り戻させる。

 それから、ジムズの疑問に答えようと自らの考えを述べて行く。


「アールストから出て来た本隊と、ブールの部隊には悪いけど囮になって貰おうと思ってる。引き付けて貰わないとこちらの作戦は絶対に上手く行かないと思うんだ」

「いやいや。この五百の部隊で敵に突っ込むとか無しだぜ」

「先に言ってくれて助かるよ。もちろんお願いしたい」

「冗談も程々にしてくれよ」

「冗談言って、勝てる相手じゃないでしょ。本気さ」


 敵に突っ込むなど無謀な事はしないだろうと高を括ってジムズが口にした言葉をエゼルバルドはその通りだと肯定してしまう。

 冗談だろうと再度確認するも、冗談では言えないと口にする。

 本気だと。


「死にに突っ込んでくれって、言う筈も無いでしょ」

「そりゃそうだが……」

「だいたい、敵は三万だってのに、五百でどうやっても生き残れないでしょ?」


 ”確かにそうだ”と口にすると、ジムズは両手を高く上げて全くわからんと降参した。

 エゼルバルドがそれじゃと漏らすと、地面に木の枝で絵を描きながら説明を始めた。


「一応、王都から来てるのが二万だけど、三千を割いたから今は一万七千。そして、ブールからの援軍が……」

「五千を連れて来たぞ」

「そうそう、それから五百がここに来てるから四千五百。合わせて二万一千五百。そして、アニパレとルストの部隊が一万二千って聞いてる」


 ミンデンの街を攻めると連絡済みであり、主力のトルニア王国軍は南から、アニパレ、ルスト連合軍は西から攻める手筈だ。

 トルニア王国軍からの別動隊を率いているボセローグ中将やゼレノエ少将、そしてビゼン補佐将とパトリシア王女にも何処を攻めるかはすでに開示済みである。トルニア王国軍と合流して、休む間もなく出発したジムズは知らない情報であるが。


「合計だと敵と拮抗する兵力か。敵三万に対してこちらは三万三千五百。勝敗は時の運か?」

「と、数の上ではそう見えるけど、間違いなくこのままだと負ける。撤退を余儀なくされる筈だ」


 敵はミンデンの街で籠城するのであれば、その三倍の兵力は必要となる、だろう。

 つまりはミンデンを攻めるにはあと六万程、兵力が足らない。

 野戦であっても、ギリギリ勝てるかどうか。


 北部三都市は独立戦争になるだろうとあらかじめ準備をしていた筈で、いくらトルニア王国軍の精鋭を二万も連れてきたとは言え互角以上の戦いをしてくると予想していた。


「ただね、敵の兵士の動きが怪しく見えるんだよね?」

「妖しく?俺達は戦ってないからわからんが、そうなのか?」

「多分、そう思う。その手法はパティ達と合流してから話すよ」


 そんな子供に似た報告を信じられる訳もない。

 だが、スイールが教え、ヴルフが目を掛けているエゼルバルドの口から出まかせが語られるとはジムズは思えなかった。


「統一された動きなんだけど、覇気が無いって言えばいいのか、自分で考えて動いてない気がするんだよね」

「例えば?」

「攻撃するときは全員で、撤退も全員で。まるで何かに操られているかのように」


 まるで、全部の駒を動かすゲーム盤の様だとエゼルバルドは話す。

 一本の棒を動かすと、それに連なる人形が一糸乱れず動く様に似ているのだと。


「夜襲の時もそうだけど、オレ達がパティの鎧を取り戻そうと攻撃を掛けた時もそうだった。すぐ近くまで来てるのに気が付かないんだ」


 ”気が付かれてからは散々だったけどね”と今は笑っているが深くまで誘い込まれて苦々しく思っているのだろう。手を強く握り締め、今にも爪で自らの手の平を傷つけてしまうのではないかとジムズは思うのだった。


「それでどうすんだ?王女様と合流しただけで敵を殲滅できるのか?」

「いや、兵士を今の三倍に増やそうと思ってる」

「おいおい、兵士を増やすって、徴兵したって使えないだろうが。そもそも、姫様の権限でも徴兵は無理だろう」


 ”無理難題を口にする”とジムズは呆れるばかりだ。

 そう口にするエゼルバルドは至って真面目なのであるが。


「その方法は秘密にするとして、問題は兵士の数だったんだよ。だから、五百も連れてきてくれて有り難いと思ってる」

「ま、いいさ。もう少ししたら教えてくれんだろ?とりあえず、今は眠いから少し休ませてもらうぜ」


 眠くなり頭も回転が悪くなってきたジムズは、一言断りを入れるとその場にシートを敷いてゴロンと横になり瞬く間に寝息を立て始めた。







 気温が上がり始める頃に小休止を終え、ジムズが率いるブール軍は行軍を再開した。

 エゼルバルドを捜索するために構成された部隊は身軽な格好をしており、行軍速度も通常の旅人以上の速度をたたき出し、昼過ぎにはラルナ長河で休憩しながら渡河の準備を始めていた一軍を見つけた。


 小さく纏まり旗印も出さぬ一軍はとても不気味に見えたが、揃いの鎧がジムズ達が合流する味方であると告げていた。

 そしてその中央の天幕にエゼルバルドはジムズ達を連れて入って行った。


「みんな、心配してたんだから!帰ってきたのはエゼルだけ?」

「申し訳ない。連れてったみんなを守れなかった」


 旗印を出さぬ一軍の中心、天幕に入ってエゼルバルドに灰色の鎧を身に着けた女性、パトリシア王女が声を掛けてきた。

 彼女が出撃時に身に着けていた鎧は敵に回収され、敵の指揮官の下へと運ばれている所であろう。


「兵士には気の毒だが、お前まで失う訳にはいかないからな。それだけは助かったよ」

「お言葉、感謝します」


 パトリシア王女は天幕の末席にエゼルバルドの席を用意させて、そこに腰を下ろさせた。

 そして、エゼルバルドに続いて天幕に顔を出してきたジムズとヴルフへと顔を向ける。


「それと、ジムズ殿。エゼルの捜索、感謝する。捜索させるだけの余裕が無く、申し訳なく思っている」

「王女様のお言葉、嬉しく思います。エゼルバルドは我らにとっても失いたくない、彼を助けた事を誇りに思います」


 天幕では凛とした王女の風格で話す姿にジムズも違和感を覚える。

 当然、そのから面と向かって感謝を伝えられれば自然と笑みがこぼれて来る。


「それにヴルフ殿もよくぞ来てくれた。感謝してもしきれない」

「気にせんでくれ。頭で考えるよりも体を動かした方が楽だからな」


 ヴルフにも感謝の意を伝えて、天幕の中心で皆をぐるりと見渡してから”さて”と口に出して話を始めた。


「ボセローグ中将にゼレノエ少将、度々申すが指揮権を渡して貰って感謝する」

「いえ。王女様の策略に乗ったまでですから」


 ボセローグ中将が顔を向ける。

 元々ボセローグ中将を大将、ゼレノエ少将を副将として三千の部隊を率いていたが、パトリシア王女を狙われたとみて部隊を動かそうとした。

 しかし、パトリシア王女にこれからの計画、--エゼルバルドの入れ知恵だが--を聞き、全軍の指揮を姫様に渡し、細かな采配をボセローグ中将とゼレノエ少将が引き受けたのだ。


「とりあえずは第一の作戦は成功と見て宜しいかと思います。続いて第二、第三の作戦と続けて下さい」


 第一の作戦が成功とエゼルバルドが告げる。

 それは、エゼルバルドが兵士を引き連れパトリシア王女の”白亜の鎧”を奪い返す作戦だった。だが、作戦が成功しようが失敗しようがそれはどちらでも良かった。

 敵に、パトリシア王女を失い鎧を取り戻そうとした兵士がいたと印象付ければ良かっただけだった。


「それでは、準備が整い次第渡河を始める。その後、本隊ととアニパレとルスト連合部隊に連絡を出す様に。パトリシア直轄諜報隊ダークカラーズは忙しくなるぞ!」


 パトリシア王女が第二、第三の作戦の実施を宣言すると、各将は席から立ち上がり部下達に指示するためにと天幕を出て行った。




※はぁ、何とか合流しました。

 えっと、次は……。戦闘かな?

※オレ:エゼルバルド

 俺 :ジムズ

 ワシ:ヴルフ

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