第二十七話 夜襲から次の作戦へ……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「少し待て待て!もう一度、言ってくれ」
ラルナ長河に面する一都市ハイムの郊外で一万七千の部隊の中心の天幕でグラディス将軍の声が響いた。
「シュターデンを攻める敵軍に向けていた我が別動隊は途中夜襲を受けて撃退するも、パトリシア王女殿下を失い、ロトアへ引き返しました」
「何たる事だ……」
そこにいる誰もが沈痛な面持ちをしていた。
シュターデンを敵が攻めるのは領地を広げるのではなく、トルニア王国軍を分けさせ戦力を削ぐためだったとグラディス将軍は結論付けた。
二万の軍勢から三千減らし、さらにパトリシア王女を失ったとなれば、兵士の士気も落ちてしまうかも知れない。逆に人気が高かったために、復習の念に燃える兵士が現れるかも知れない。
かも知れないづくしだが、どうなるか予想もつけられないのが現状だった。
報告によれば、敵がパトリシア王女が身に着けていた”白亜の鎧”を持ち帰ったのを目撃したものがいたらしい。しかも、赤く血に塗れて……。
預けてくれたカルロ将軍に顔向けできないどころが、国王に何と言っていいか、いや、この首を差し出すしかないとも考えられる。
補給部隊に長年従事し、機を見るに敏とならしたビゼン補佐将の下なら安心して補給の勉強できるだろうと送り出した事が裏目に出たと、臍を噛んだ。
「それで、王女の騎士達はどうした?」
「そ、それが……」
「どうした、言ってみろ」
どもりながら報告する諜報員に向けて怒りを孕んだ視線を向けて、ようやく口を開きだした。
「悪く言うつもりは無いのですが、散り散りになって誰も見当たらないとか。敵前逃亡を図ったとみても差し支えないかと……」
「一騎も見えないと言うのか?」
「は、はい……」
グラディス将軍はがっくりと肩を落とした。
王命でパトリシア王女の騎士団を創設したが、女だけの騎士団がここへきて仕事を投げ出して逃亡した。そう思えば、何故設立に反対しなかったのかと悔やまれてくる。
「まあ、仕方ない。ロトアへ逃げた兵士はこちらへ向けさせろ。鳥でかまわんだろう、連絡するのは」
「畏まりました」
諜報員は頭を下げて天幕からさっさと出て行った。
そして、諜報員と入れ替わる形で伝令の兵士が天幕へと現れた。
「申し上げます。ブールからの援軍、こちらに到着いたしました」
ブールを出発した五千の兵士が到着したのである。
率いるのは領主アビゲイルの息子であると告げた。
「そうか、アビゲイル様のご子息が。疲れているだろうがここに通してくれ」
「はっ!」
そう言われると思ったのか、伝令の兵士がサッと天幕の外に出るとすぐに男を連れて戻って来た。
「お久しぶりですね、グラディス将軍」
「アスラン様。お久しぶりです、見違えましたぞ」
「いやいや、ただ暇を持て余して、剣を振ってるだけですからね」
王都やブールの街などで度々挨拶する仲であるので、挨拶も当然軽めになろう。
だが、グラディス将軍の表情がすぐに暗くなってゆくのが気になったのか、アスランはその理由を尋ねてみるのだが……。
「パトリシアが死んだと?」
アスランが驚くのも無理ない。
国王の娘ともなればアスランの姪だ。王都へ行けば必ず顔を見てくるほどに綺麗だと思っている。少々、男勝りなところがあるが。
「それは間違いないのか?将軍!」
「ええ、諜報員の話では血濡れて赤く染まった”白亜の鎧”を持ち帰ったと報告がありました。それに、騎士団も何処かへ逃げたようだ」
「何たることだ……」
久しぶりに出会い喜んだのも柄の間、再び天幕は沈痛な面持ちで満ちて行く。
だが、アスランは父親から、努々忘れるなと出がけに言われた事を思い出した。
(確か、パトリシアと縁故にしている者をブールから送ったと言ってたな……。あのパトリシアが縁故ねぇ……。親父が直々に出すくらいだから相当な変り者だろう。あの魔術師の様に……)
ブールには不思議な感性の持ち主の魔術師が住み着いていると領主館にも届いている。しかも、その魔術師はちょくちょく領主館で目撃されている。領主の私室へと出入りする不思議な光景を。
そんな父親が直々に命令を下す相手であれば、何が起きても不思議ではない。
そのように思ってしまう。
”白亜の鎧”を見かけたと言うが、それを何となく不思議に感じるのだった。
(あれ?”白亜の鎧”と言ったな。パトリシア本人はどうした?それに騎士団が一人も戻らないなどあり得るのか?戦場で散った主人の仇を討つのならば誰かの耳に入ってきても可笑しく無い)
そう思えば、姪のパトリシア王女が姿を消して何かを企んでいるのではないかと考える。
「あの~将軍、一つ宜しいですか?」
「何か?」
「我らの連れて来た兵士をパトリシアの捜索に当てたいのですが?」
グラディス将軍は”捜索”と聞き、何故、無駄な事をするのかと不思議に思った。
しかし、身内では無いが自分の姪が倒れたと聞けば少しでも探したいと思う気持ちもわからなくも無い。
それが兵を出してまでもする事なのかと疑問に思ったのだが、自らの首が掛かっている状況で遺体を探し出せば首の皮一枚繋がるかもしれないと打算してしまったのだ。
その考えを持てば、断るなど下の下であろうとすぐに許可を出す事にした。しかも、今まさに捜索隊を出そうかと手の平を返して。
「実はな、王女様の捜索をしようかと思ったのだが、兵力を割いてしまえば討伐に支障が出ると思っていたところなのだ。なにせ、アスラン様が来る直前の事でしたからな」
「ありがとうございます」
「そうだな、千……だと作戦に支障が出てしまうかもしれんから五百ではいかがかな?」
「それで構いません」
パトリシア王女の捜索が二人の間で決まると、早速命令書がその場で作成されアスランに渡された。
それを頭を深々と下げながら受け取ると天幕から去り、ブールから連れてきた軍へと戻って行った。
(ふ~。これで何とかなるかも知れんな。だが、別動隊三千はミンデン攻略には間に合いそうにないな……)
「ブールの隊も到着した。明日一日休みを取ったらミンデンに向けて出発するぞ。全軍に伝達」
疲れ果てた表情をして、椅子にどっかりと腰を落とすのであった。
グラディス将軍の天幕から飛び出したアスランは早速自陣へと舞い戻ってきた。
「ジムズ、ジムズはいるか?」
陣地を叫びながら歩き回り、設営途中の天幕へと近づくと一人の男が近づいてきた。
「これはアスラン様。お早いお戻りで」
「”お早いお戻りで”では無いわ。ちと話がある、付いて参れ」
「はい」
領主の息子であるアスランと、古くからブールで働きあと数年で六十に届こうかとする珍しい組み合わせの二人が陣地の端で言葉を交わし始めた。
「これから言う事は他言無用で頼む」
「それほど大事なのでしょうか?」
「ああ、そうだ」
ジムズであれば迂闊に噂を広げる事など無いだろうと頼みごとをするのである。
これがもし、他の人物であれば、実力はあるかもしれないが深慮が足りなかったり、深慮があっても行動が伴わないなど、帯に短しの状態なのだ。
このジムズは老齢に足を突っ込む程になっているが、バランスの良い能力を持っていた。今回、父親に無理言って傍仕えに借りて来たのであるが、それが正解だったとこの時に改めて思ったのである。
「パトリシアが死んだ」
「えっ!」
「ジムズ、声が大きい。いや俺は死んだと思っていない」
「そうなんですか?」
そうじゃないだろうと思いながらもアスランはさらに続ける。
「パトリシアには彼を送ったのは知ってるだろう」
「そういえばエゼルを送ったって言ってましたね。それが?」
まだわからないのかと頭を抱えたくなったが、無視して続きを口にする。
「それじゃ、パトリシアの騎士団が何処にも見えないそうだ。これでもわからんか?お前はあの魔術師と交友があるんじゃないのか?」
そこまで聞き、”ああ、なるほど”とジムズは手を打つのだった。
簡単に言えば、パトリシア王女が死んだ、エゼルバルドを彼女の下に送った、そして、騎士団が一人もいない、この三点がわかって初めてジムズの脳裏に繋がりを持てたのだ。
「確かに、エゼルを送って、騎士団が見えないとなれば不思議ですね。何か考えがあるのかもしれませんね」
「やっぱりそう思い付くか」
そうして、グラディス将軍から受け取ったばかりの命令書をジムズに渡してブールからの軍の総大将として命令を下すのであった。
「到着したばかりで疲れている所申し訳ないが、兵五百を引き連れて捜索に向かってくれ。兵五百の内、五十を騎馬隊で構成する事も忘れるな」
「五十も騎馬隊を連れて行って宜しいのですか?」
「復唱は?」
「はっ!兵五百を連れて……この場合はエゼルの方が宜しいですかね?」
ジムズは口に出して、兵士の誰かに聞かれたら噂が噂を呼び、あらぬ事で軍が瓦解してしまうのではないかと口籠った。
アスランもそれを瞬時に理解して同意する。
「そうだな。隠しておいた方がいいだろう」
「では、改めまして。兵五百を連れてブールの市民、エゼル捜索に直ちに向かいます」
「それでいい。では、くれぐれも、王都に向かおうとするなよ。我らの目的は反旗を翻した北部三都市軍
アスランに敬礼をすると、野営の準備に入っている自陣の中へと掛けて行った。
それからわずか一時間後には、ジムズを指揮官とする五百の捜索隊がブールの陣地より発進して行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁはぁ、撒けた……のか?」
半分に折れたブロードソードを握り締め、暗い森の中を南へと駆けて行く。
二十人もいた兵士は既に誰の姿も無く、残されたのはエゼルバルドただ一人だった。
「さすがに無茶しすぎたな……」
エゼルバルドはパトリシア王女が身に着けていた”白亜の鎧”を取り戻そうと、少ない手勢で奇襲を掛けていた。
だが、それが失敗して半分程の兵士と共に逃げていたのだが、その兵士達も敵の凶刃に倒れてしまった。
森に身をゆだねて木々を盾にしながら剣を振り、追っ手を切り捨てたまでは良かったが、丸一日森の中を彷徨い、食料も無い状況で途方に暮れようとしていた。
水袋があるため水だけは何とかなり、喉の渇きだけは覚える事は無かった。
そして、森の中の食べられる草を無理やり口から流し込み、飢えをしのいでいる状況だった。
「この剣も限界だな……」
折れたブロードソードを見つめながら溜息を吐く。
もう一本、ブロードソードを身に着けているが、そちらは鞘から抜く事さえできず剣の役を果たしていない。
鞘を壊そうにもなぜか鞘まで非破壊属性が掛かっている始末。使えないと知った時から途方に暮れて既に数年経ってしまっている。
背中に両手剣を背負っているが、森の中で振ろうとすれば過去のトラウマから手を伸ばす事が出来ずにいた。
「後は敵の剣を奪うか、ナイフを使う、か……」
半分になったと思っていたブロードソードの刀身は二十センチも無く、腰に装備しているナイフよりも短いと比べてみて初めて分かった。
これならナイフの方がマシと、ブロードソードを捨ててナイフに切り替える。
「でもこれで、敵も信じただろうか?」
エゼルバルドは無暗やたらと無謀な戦いを行いたくなかったが、パトリシア王女の”白亜の鎧”を奪い返すところを見せなければ、パトリシア王女の”死”を敵に信じ込ませないと思っていた。
要するに”主の遺品を取り返そうと躍起になる兵士達”、それを演じたのである。
この計画を実施するには、命は既に捨てたと思って欲しいと決死隊を募ってはいたが、指揮するには心が病みそうだと感じてしまう。
勝ち戦であれば無駄死にではないが、まだ勝敗も決していない状況では何とも言えない。
気に病みながら足を動かし続けていると、森の出口へとたどり着いた。
「何とか、出て来れた……か?」
エゼルバルドが夜の帳が降りた闇の中へ、森の中から這い出ようとした所で彼のブーツを伝って無数の足音が地面から響いてきた。
人の足音、そして蹄の音。それほど早くは無いが、疲れて寝不足なエゼルバルドが一人ではどうしようもない人数だ。
「全くこんな所で……ん?」
その足音に、いや、足音が聞こえてくる方角に今までと違う違和感、いや、高揚感を覚えた。
南に向かっているのは確かであろう。切り株の年輪の向きに月の方角を見れば間違いはない。南から向かって来るのであれば追っ手ではないのではと思えてきた。
それに、蹄の音がしてくるのだ。
エゼルバルドが見つけたパトリシア王女の”白亜の鎧”を掲げた部隊に騎馬隊は見えなかった、隊長が乗るだけだしか。
それであれば、これだけの蹄の音を響かせながら来る筈が無い、と。
殺されるなら仕方ないと、森から出て両手剣を抜き放った。
月明かり照らされ、鈍い光を放つエゼルバルドの魔法剣。
切っ先を僅かに地面に付けて体力温存を図りながら騎馬がこちらへとくるのを待ち続ける。
どこかへ行くかと思いきや、森の手前に立つエゼルバルドを見つけてゆっくりと向かい来る。
きらりと光る
だが、騎馬がエゼルバルドの数メートル先まで近づくと
「え?ジムズ」
間抜けな声を出してしまったのは、ここが死に場所だと覚悟を決めたエゼルバルドであった。
※前回の回答編。
パトリシア王女の死は当然囮。その囮を確たるものにするためにエゼルバルド率いる一団が戦いに赴いたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます