第十二話 アニパレ襲撃、迎撃其の二
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スイールは自らが乗っていた馬車列の後方、ひたひたと包囲を狭める敵に向かって歩いて行く。
すでに三名の兵士が剣と盾を構えて牽制をしているが、道幅に対して一人分の隙間が空いてしまっている。
コツコツと足音を立てて兵士達の後ろから近づき壁際に出来た一人分の隙間を埋めるべく暗闇に姿を現した。
兵士三人が対峙する敵を見れば十人以上は見え、そのうち突出しているのは杖を持った中年の魔術師だった。着物は高級であるが何処かみすぼらしく見え、見た目以上に年齢を重ねているようにも写る。
それよりも、スイールが恐れているのは彼の持つ魔力であろう。
スイールの半分より少し多い程度と見られるが、一般的な魔術師から比べれば倍の量を持つと見て良いと思えた。幼少期より訓練を重ねたエゼルバルドやヒルダと同程度の魔力量と見れば、決して下に見て良い相手でも無く警戒しなければならぬ相手であろう。
だが、彼の姿を見ればエゼルバルドやヒルダの様に近接戦闘を得意としておらず、一般的な固定砲台としての魔術師と見て間違いないだろう。
それを見れば、スイールは相手の盤面を踊らず、自らの盤に引き込む方が容易く討ち取れるだろうと考えを纏める。
「さて、何の用があって我々の馬車を襲ったのか聞かせて貰えませんかね?」
進むも逃げるもどちらも出来ず、ただ対峙するだけのジムズを護衛する兵士を視界の隅に映しながら敵の魔術師に声を投げつける。
「なんだぁ?中途半端な奴が出てきてどうするつもりだ?まぁいいか。お前達が邪魔になったから僕達が出て来ただけさ。偉い人から依頼されただけだから理由は知らないね……ん?」
魔術師を筆頭に、この場でジムズ達と敵対する相手は邪魔な奴らを始末するとだけ言われ大金を貰って依頼を引き受けただけだった。彼の言葉に嘘は無く、正直に口にしただけなのである。
だが、敵の魔術師は自分の主張を言い終えると何かに気が付いたらしく、不思議な言葉を口から漏らしていた。
「……って、お前”死神”だな!」
「何ですか?その”死神”ってのは。いくら敵対してるからって失礼じゃないですか?」
”死神”と言われ、思わず一瞬のうちに魔力を集め魔法を打ち込んでしまおうかと思ってしまった程に頭に血が上ってしまった。だが、スイールの膨大な経験則から頭に血を上らせてはいけないと、刹那の間に冷静さを取り戻した。
その膨大な経験を持つスイールであっても、”死神”と呼ばれた記憶は一切無く首を捻るしかなかった。
「なんだぁ?お前知らないのか。歴史書の中に一か所だけ出て来る魔法を五個同時に放って敵を壊滅させた奴の事だ。……歴史書読んだ事無いのか?」
「歴史書ですか……。私は歴史書に興味が無いので開いたことも無いですね。私の息子なら知ってるかもしれませんが……ね?」
歴史書に記載がある”魔法を五個同時に放つ魔術師”と告げられれば、確かに記憶にそんな事もあったと思い出さずにいられなかった。
だからと言って、それが自分であると証拠がある筈も無い。それに、同じように五個同時に魔法を放つのは過去の教え子達にもいた筈だとも思い出していた。
「お前が”死神”であるかなんて、この際どうでも良いんだよ」
「それなら大人しくこの包囲を解いて帰ってくれると有難いんですけどね」
”出来る筈も無いだろう”と口にしながら、敵はスイールに向かってさらに続けて言葉を吐いた。
「確か……名前はスイール=アルフレッド。いつの頃からかブールの街に住み着く。孤児院出身の子供を養子にして魔法を自らが、そして剣術をヴルフ=カーティスに師事させる。そして、自らは
「成程。初対面にしては随分と私達の周辺を調べているのですね」
「初対面?初対面じゃないさ。そのおかげで僕はお前を倒さなければならないんだよ」
初対面ではないと指を向けられたが、記憶の何処を探してもスイールの前に立つ魔術師の顔を思い出せなかった。
首を傾げ疑問符を浮かべるスイールに向かい、魔術師は溜息を吐きながら改めて説明を始める。
「当然、面と向かって会った事などないさ。ちょっとした戦場で望遠鏡越しにお前の顔をはっきりと見させて貰っただけだからな」
「戦場?いつの話ですか。ここ数年、屋敷に閉じ籠ってましたからね」
「
”ちょっとした戦場”……そう告げられても最近は戦場で大規模な魔法の行使をした記憶が無く考えあぐねていた。だが、壊滅的な被害と付け足されればつい最近、魔法で殲滅した記憶が蘇って来た。
「……っえと……。もしかして、ルストの警備担当のアドルファス男爵が山中で狙われた事件ですか?」
「誰を狙ったか知らんが、その通りだよ。ルストのお偉いさんを仕留めきれなかった責任を取らされて本国に帰らせてもらえなかったんだよ。僕の名前、ラザレスって聞けばわかるだろう!」
ラザレスと名前を名乗られれば、全て思い出さずにいられなかった。
アーラス神聖教国で内乱が終わり、ルカンヌ共和国を経てトルニア王国、そして、ブールの街へと戻る際に耳にしたディスポラ帝国に食客として身を寄せていた魔術師だ。
その魔術師が国元に帰れずこんな場所で、それほど重要でない使者を襲う一つの駒となってしまっていると聞けば同情せざるを得ない。だが、スイールも”はい、そうですか”と安易に首級を差し出すなどあり得ない。
逆に帝国がトルニア王国に魔の手を伸ばしている証人が現れたとほくそ笑む。腕や足の二本や三本を切り落としてでも捕まえなければ、と
そう考えてると、スイールの後方で金属同士が打ち合う音が耳に届き、戦闘が始まったと誰にもわかっただろう。
だが、ラザレス率いる十人以上の敵は音がし始めても、その誰もがピクリとも反応せずジムズの護衛の三人の兵士と全く異なった反応、--つまりは無反応である--、を見せていた。
「仕方ありませんね。魔術師の相手は私に任せてください。あなた達は道幅を有効に使ってジムズ達に敵を向かわせないで下さい。頑張ればなんとか出来るかもしれません」
「ジムズが信頼してるあんたに言われれば何とかなる気がして来たよ」
三人の兵士は絶望に似た表情をしていたが、スイールに声を掛けられ何とか地獄へ落ちずに済むかもしれぬ一本の細い
だが、敵を見ればそのわずかに掴み取っている細い紐も余りにも脆いと言わざるを得ない陣容だ。
「上手く行くと良いな~。なぁ、”死神”よぉ。さぁ、かかれ!殺しつくすのだ」
「ちっ!」
ラザレスの号令一下、彼の横に並んだ敵は一斉に三人の兵士に襲い掛かる。
ヴルフが向かった前方の様に
腕が立つと言っても体力には限界がある、そんな彼らが有利に戦いを進められるように援護するには戦闘の始まった今を置いて他には無いだろう。
スイールは敵が三人の兵士に到達する僅かな時間を使って魔力を手元に集める。
その集まった魔力にイメージを与え真空の刃を刹那の間に作り出すとすぐさま魔法を放った。
「
「
だが、スイールと対峙するラザレスも名の通った魔術師だ。スイールが魔力を集め始めた事は直ぐに分かった。スイールの意図を完璧に理解出来るほど経験は持ち合わせていない。
ラザレスの本分はあくまでも研究者であり、研究の成果を確認するために戦場に姿を現すだけなのだ。
スイールに遅れてラザレスは魔力を集める羽目になった。当然の様にスイール程の威力のある魔法を放つ事など無理がある。
同じ魔法で相殺しようにも魔力が足りなければ、魔法の残滓がラザレスに降りかかる。まずは自らの身を守ろうと、スイールが攻撃魔法に魔力を変化させていると感知すると、ラザレスは自らの前、狭い範囲に
しかし、スイールが放った攻撃魔法はラザレスに向けてではなく、三人の兵士に襲い掛かって行くラザレスが連れていた男達に向かって行った。
石畳から三十センチ程を舐めるように飛んで行く真空の刃、
「き、貴様ぁ!僕の兵隊になんて事するんだ!ずるがしこい奴め!」
「戦いにズルいも何も無いでしょうに。生き残った方が正しいのですよ。当り前じゃないですか」
ラザレスはスイールの”魔術師の相手は任せてください”と口にした言葉をその通りに受け取っていた。ラザレスしか相手にしないのだと。
だが、スイールにはそんなつもりは微塵も無く、隙あらば生き残る算段をこれでもかと使うつもりだった。それが先制攻撃に繋がっただけだった。
だから、ずるがしこいと言われても、
そして、敵四人が足元に転がり、見た目以上に狭くなった戦場で互角以上の戦いを見せ始めた味方の三人を視界に収めながら、ラザレスの相手をしようと切り替える。
「それなら僕は手加減せずに貴様を屠るとしようか!
ラザレスの杖の先端に埋め込まれた真っ黒な魔石が青く変色し魔力を彼の体内から吸い上げ、直ぐに球状の炎が出現するとスイールの足元に向かって放たれる。
それを後方に飛び退きながらスイールが躱す。
スイールもすぐさま魔力を集めると右手で握った
「お返しです!
その火球がラザレスに命中すると”ボンッ!”とつんざく音を出して破裂しスイールにまで空気が燃焼した煤臭い匂いが届いた。
火球が破裂して待っていた埃が晴れると杖を体の前に出し、髪やブーツを焦がし、顔を煤で汚したラザレスが無事な姿で立っていた。
「杖を持っていないと思ったら、それが触媒だとは驚いた。一歩
スイールが無事なラザレスに目を凝らすと、壊れ行く
「研究も何も、種明かしをすれば
今回、ジムズに同行するのにスイールは杖を持ち合わせていなかった。
それは無くしたとか歩かずに済むから必要が無い、と言ったいい加減な理由ではなく、エゼルバルドの剣に施したのと同じく、
そのおかげで杖を持ち歩かずに魔法を発動できるようになった。
その反面、強度不足の
外に目を向ければ
「それでそのスタイルって訳か。それなら剣術の腕は相当
ラザレスは嫌味の様にスイールを挑発の言葉を吐き付けると、戦闘に参加できずにいた男から一人呼び出す。
ジムズの護衛達三人はその場から誰一人通す事無く、良く奮戦していた。倒れて戦闘不能になった敵を盾に使い、敵の足元を不安定にさせる器用な戦いをしていた。
それでも、ラザレスに率いられた男達はまだ半数が戦闘に参加しておらず、このままだといつかは抜かれてジムズ達を危険に晒してしまう、そんな微妙な均衡だった。
そんな戦闘に参加せずにいる男達から一人、ブロードソードに小型の
スイールはラザレスが耳打ちする姿を見て背中に悪寒を感じた。あの男を今のうちに仕留めなければ大変なことになる、そう頭に警鐘が鳴り響くとすぐさま魔力を集め始める。一秒もしないうちに集まった魔力を魔法に変換すると、スイールの胸先に槍状に発現した炎の塊、--
十メートルも離れぬラザレスとの距離を瞬きをする間に
仕留めたかに思われたが、
スイールが対抗しようにも走り来る男に
魔術師の域を出ぬスイールでは何も出来ず走り来る男の凶刃を躱すだけがやっとだろう。それほどに剣術に関しては敵に一日の長があると見て良いだろう。
直ぐに袈裟切りに切られてしまうだろうと、迫り来る冷たい凶刃に
「し、しまった!」
ラザレスの狙いはスイールではなく、彼の後ろに控えるブールからの使者、ジムズであった。ラザレスはスイールを見習い、一人でも多くの味方を後ろに送り込もうと画策したのだ。
その一人目がスイールの横を通り抜けてジムズ達に襲い掛かって行った。
「いい勉強になったよ。ありがとうな」
通り抜けた男に向けばラザレスに背中から魔法を放たれて終わりだろう。
そう思うスイールは、ニヤケて杖を突き出すラザレスを睨み返すしか出来なかった。
※魔術師対決。強大な魔力を用いて魔法を打ち出すだけが魔術師の戦いではないことを証明して見せる!(それ、違うわよ……)
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