第五話 部下は酒場で大暴れ。隊長は裏からこっそりと

 エゼルバルド達が依頼を受けてから数日後。

 どんよりと鈍いくすんだ金属のような色の雲が垂れ込める夜に、彼等はブールの街から北に一時間ほど進んだ、河辺が見える集落の周辺で身を隠していた。


 ブールの北にある都市、ルストへ向かう街道から外れた集落は木々に囲まれひっそりと存在していると言ってもいいだろう。河辺には数人で乗る船が何艘も結ばれ、漁業で生計を立てていると予見できるが、内偵では漁に使った形跡が見えず偽装された漁村であると判明していた。

 さらに、今にも崩れ落ちそうな家屋に混じって、新たに建てられた酒場があり、屈強な男達のみがたむろしている姿が見られた。


 では何故、この集落に調査の目が向いたかであるが、屋台で使われる食材の輸送経路に不可思議なところが散見されたからだ。見つけたのは偶然であったが……。


 通常、食材の輸送となると商人を通して購入するか、自らが育てている食材を使う事がブール周辺では一般的である。

 ブールの諜報員達が怪しいと睨んだ倉庫へと、搬送された食材は当り前の様にブールの北門を通り抜けていた。それは何ら不思議な事ではない。


 しかし、北門を通って納入される食材がブールの街周辺で生産しにくいとしたら如何だろうか?”えっちらおっちら”と街道や水運を利用して、途中の街を経由し運び込むのが通常の行動なのだが、それらの荷物は忽然こつぜんとブールとルストの間に現れるのだ。まるで、空を飛んで来たかのように、だ。


 人の重量程であれば、怪鳥を捕まえ調教し、同じことが出来るかもしれない。しかし、輸送する食材はかなりの重量であり、それは不可能だ。

 その謎を解こうと、さらに調査を行った所、夜陰に乗じて船から荷揚げをしていたと判明。荷揚げに屈強な男達が必要であるために、女が見えなかったのだろう。


 当然、この集落を拠点に活動をしてるのだから偶然を装って集落を訪れる事も可能だ。

 ブールの守備隊の鎧を身に付けて堂々と調査に乗り込んだ事もある。

 それでも集落で暮らす男達の生活は変わる事は無かった。


 調査しているとわかっている筈なのに何の反応も見せぬ相手に不気味さを感じつつも、ここ以外に有力な手掛かりは掴めず、仕方なくわからぬ相手の意図に乗る事にした。


 敵の意図に乗るからには生半可な戦力では返り討ちに遭う可能性も捨てきれなかった。

 しかし、部隊を動かすとなれば事前に察知され、手掛かりを全く掴めぬまま逃げられる可能性が高い。


 それに、狭い集落で大部隊を動かすなど非効率的な行動が出来る筈も無く、少数精鋭で突入するしかない。そこで白羽の矢が向けられたのがブールで腕自慢として名の知れたスイールやエゼルバルドだった。


 スイールはブールの街では名の知れた魔術師で実力を知る者は多い。領主館の関係者で月に一度、面会する必要がありブール周辺に住んでいる事は確認されている。

 そして、エゼルバルドも同じように実力を認められた剣士で、今は中等学校の剣術指南役として月に何日か、教えに通っている。

 そのような理由から、数人で隠密行動を取らせるには適した人材なのだ。




 そして、彼らが今、見張っている場所は数軒の家が立ち並ぶ集落の北側。

 反対の南側はジムズが連れて来た【イオシフ】と【ミルトス】が率いる二部隊、合計十二名がジッと機会を窺っている。


「久しぶりの現場は緊張するな~」


 エゼルバルドの横で身軽な格好をした老齢の男がぼそりと呟いた。

 それに反応したのは、こちらも久しぶりのヒルダである。


「ジムズさんが久しぶりって、今まで何してたんですか~?」


 守備隊の隊長の任を解かれ、領主館で街の防衛に関連する仕事をしているらしく、毎日が書類との慣れぬ格闘をしていると告げる。その傍らで二日に一度、新人守備兵に交じり剣を振るっているだけと、にこやかに口にした。

 そうは言ってるが、本当はただの人手不足で昔取った杵柄だからと駆り出されただけだった。


「そんな訳で久しぶりだから宜しくな。一応、ここは俺が指揮を執るが咄嗟の判断は個人に任せる。それくらい出来るようになったんだろ、エゼルよ~?」

「どうだろうね。まぁ、寝転んでるスイールよりはマシだと思うよ、今日はね」


 会話をしているジムズとエゼルバルド、そして、ヒルダの後方十メートルで仰向けに寝そべり、雲に覆われ見えぬ月や星々を思っているスイールを見やった。

 何時にもまして、やる気の無さそうなスイールに溜息を吐いた。


「あれは大丈夫じゃ。ワシの補佐とするからの」

「裏口から逃げる敵を捕まえるだけだから大丈夫じゃないの?」


 多少は心配しながらもヴルフとヒルダは何かを考えているだけだと楽観視していた。


「それはヴルフに任せる。なるべく手を出させないようにこっちで頑張ってみるけどな」


 ジムズが”当てに期待している”と暗に示すと同時に南側から合図の光が走った。


「それじゃ、行くぞ。ヴルフとスイールは予備戦力として待機。この後の判断は二人に任せる」


 ヴルフ達に指示を出し、草むらから身を屈めながら這い出ると、そのまま目標の建物、--この集落に一軒だけ存在する食堂を兼ねた酒場--の裏手へとジムズとエゼルバルド、そしてヒルダの三人で向かって行った。


「ん?何時もの剣と違うな」


 ジムズはエゼルバルドが抜き放ったブロードソードを見て、不思議だと首を傾げた。

 彼が子供の時に見つけたブロードソードはジムズも知っていて、見た目が違うと気が付いたのだ。


「あれは鞘から抜けないから、今はそっとしてある」

「何だそりゃ?まるで意思を持っているみたいじゃないか」


 意思を持っているようだと口にしたジムズの感想通りだった。

 エゼルバルドとヒルダの結婚式の後から、自らを封印する様に鞘に閉じこもってしまい、武器としての用を足さなくなっていた。

 さらに、魔法を使おうにも魔石も反応しなくなり、仕方なく魔石の付いた腕輪をしている。


「ここで待機だ」


 目的の建物の脇に三人は身を隠すと窓にそっと気を向ける。

 煌々とした灯りを漏らす窓からは、楽しそうな笑い声が漏れ聞こえ、いつも通りの騒がしさを雑音にして喚いていた。

 そこからこっそりと酒場の表を見れば十二人の部下達がひたひたと迫っていた。


 ”打ち合わせ通りだ”とニヤリと笑顔を見せると、ジムズ達は裏手へと回り込み、唯一の出口を見張った。

 裏手の小さな出口は、三人で十分に封鎖出来る程だ。ヴルフとスイールがいたら手を余してしまっていただろう。


 それからしばらくして表の入り口からジムズの部下が予定通りに押し入り、ざわめく声が耳に届いた。

 だが、予定通りに事が進んだのはそこまでで、今、裏の出口から漏れ聞こえてくる音はジムズの部下達に抵抗する戦闘音だった。


 予定では表の入り口からジムズの部下が押し入り、裏の出口から逃げようとする相手を一人ずつ相手にする作戦だった。

 その予定が崩されれば仕方ないとジムズは無見込む事にした。


 ドアのカギをヒルダの軽棍ライトメイスで叩き壊すと、ジムズがドアを蹴破り中へと踊り込んで行った。ジムズに続けと、ヒルダ、エゼルバルドの順で飛び込んで行く。


「これはどういう事だ?」


 ジムズが踊り込んだ裏の出口から酒場までわずか数メートル、しかも一本道。誰にも会わずに酒場まで来てみれば、飲んだくれていた客とジムズの部下達が乱闘騒ぎを起こしているだけだった。

 客は服装がまばらで一貫性が無かった。だが、その客がジムズの部下達に抵抗する様は、服装に反して統一された動きをしていた。


 酒場では客がその場に残り抵抗を続けていたが、肝心要のバーテンダー等、経営者側の姿が全く見えなかった。


「ジムズ様!」

「イオシフか。いったいどうした?客の姿しか見えんじゃないか」


 連携して当たる二部隊のうちの一つを率いるイオシフがジムズを見つけて近寄ってきた。彼からは何故、ジムズがここに姿を現したのか、疑問だった。


「裏の出口を見張っていたんじゃないんですか?」

「裏には誰も来んかったぞ」

「えぇっ?」


 イオシフはバーテンダーやウェイター等数人が裏手に逃げて行く姿を見て、裏の出口を見るジムズに任せておけば間違いないだろうと、酒場の中を制圧に力を注いでいた。

 だが、酒場の客に抵抗を受け未だ制圧出来ぬ状況とジムズの姿を見て、自らの指揮の拙さに顔を歪めた。


「そうしたら、奴らはどこへ消えたんだ?隠し扉でもあったのか?」


 制圧中の酒場をイオシフに任せて、ジムズは裏の出口へと駆け出した。そして、出口に近づいた時、何処からともなく爆発音が耳に届くと同時に廊下の壁を突き破って熱風がジムズ達三人を襲うように吹き込んできた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジムズの連れて来たイオシフとミルトスの二人の部隊が酒場に突入した時まで時間をさかのぼる。


 鈍い金属のような色をした雲を見上げていたスイールが突如、上体を起こして”ぶつぶつ”と独り言を口に出し始めた。

 先程までのやる気の無さそうな表情から一転し、楽しそうな玩具を与えられた子供の様な表情を作り出していた。


 その表情に心当たりのあるヴルフは溜息を吐きながらスイールへ視線を向けた。


「で、今回は何を見つけたんだ?」

「え?なんでわかったんですか」

「死線を潜り抜けた仲だろう。そのくらいはわかるさ」


 ”これは失敗しましたね”とヴルフから吐かれた言葉に返しながらゆっくりと立ち上がる。

 スイールは地面を伝わった微かな振動に違和感を覚えていた


「多分、こっちだと思うんですけどね……」

「おい、何処へ行こうと言うんじゃ?」


 ヴルフに視線を向けるでもなく、地面に視線を下ろしながらゆっくりと歩きだすと集落の外れに一つだけ不自然に建つ小屋へとやってきた。

 十メートル程、河辺から離れた建物の周りには船が陸に上げられて積まれている。一見すれば、船修理の工房だと見て取れるのだが……。


「この倉庫みたいな小屋がどうしたってんだ?」

「まぁ、見ていてください。とりあえず、中に人がいないか確認してからです」


 ”ガタガタ”と建付けの悪いドアを強引に開け放って無人だと確認すると、少し離れた場所で小屋に向かって杖を向ける。


「ちょっとまで、何もないところで魔法なんか使ったら、誰かに見つかるだろうが」

「大丈夫ですよ。そのためのヴルフでしょう」


 こうなると、何を言っても始まらぬとブロードソードを抜いてスイールの斜め後ろに陣取った。ここに至って無駄な事はしないだろうな、と願望を表情に浮かべながら。


 スイールはヴルフの視線を後方に感じつつ、魔力を集め始める。

 木造の簡素な造りの小屋は火球ファイヤーボール一発で燃え上がるほどに脆い。だが、スイールの周囲に発言した炎の魔法はランク一の簡素な魔法ではなく、ランク二の火槍ファイヤーランスも発現していた。


 脆い建物に距離も射程内でれば、そこまで高威力の魔法を放つ必要はないのではないかとヴルフは思っただろう。


 だが、スイールはヴルフの思考を無視して、一発目の火槍ファイヤーランスを小屋に向けて放った。

 開けたドアから火槍ファイヤーランスが進入し、着弾するとともに爆発を起こして小屋を燃え上がらせた。


 一瞬のうちに小屋を炎の海に飲み込ませたスイールは、発現させていた二発目の火槍ファイヤーランスを躊躇なく燃え上がる小屋に打ち込んだ。

 再び、”ドカン!!”と爆音と共に炎が大きく立ち上ると、自らの仕事はおわったとばかりにヴルフへ話しかける。


「さて、これで大丈夫な筈ですからジムズを手伝いに向かいましょう」

「大丈夫って、何をしたんだ?」

「簡単な事です。今回、押し入る建物から掘られた脱出路を潰しただけです」

「だけです、って……。どこまで非常識な奴なのか……」


 スイールの行為に頭を抱えてゴロゴロと地面を転がりたい衝動に駆られるが、よく考えたら”変り者”だったと思い出し渋々と受け入れた。

 それから何故、穴が掘られていたかがわかったかと聞けば、偶然にも掘られた穴の上で寝転んでいたからだと説明して来た。もし、スイールがやる気に満ちて今にも踏み込もうと態勢を整えていたら、発見は無かっただろうと。


 その説明をしているうちに、スイールは細身剣レイピアを抜いてヴルフと共に酒場の裏手の出口へとやってきた。

 ジムズもエゼルバルドも、そしてヒルダの姿も見えないとあれば、建物の中で暴れている筈だとヴルフはそっと裏の出口から覗き込んだ。


「ほう、これが敵か?」


 裏の出口から続く細い通路で服のあちこちを黒く焦がした男が二人、観念した表情で縛られていた。


「こいつ等が黒焦げなのは魔術師の仕業だな?」


 ひょっこりと顔を出したヴルフとスイールに気が付いたジムズが早速、茶化す様に声を掛けて来た。

 それにスイールはただ笑みを浮かべるだけで、肯定も否定もしなかった。


「まぁ、いいや。何処かへ逃げただろうと後を追おうとしたら、壁が壊れて熱風が吹き込んで来たんだ。あれには驚いた」

「そうそう、ジムズさんが反対の壁に叩きつけられてたからね。その後に顔を真っ黒にしたこいつ等が這う這うの体で這い出してきたのは笑ったけどね」


 ジムズとエゼルバルドの話を総合すると、スイールの放った火槍ファイヤーランスは地下の脱出路を伝わり相手の二人を襲い、戦意を失わせるまでに至った。

 地上で火槍ファイヤーランスが爆発したことで大半のエネルギーがその場で失われ、地下を伝わったのが一部だったのが幸いし、二人の命を繋ぎ止めたようだ。


 逃がした筈の大物を捕まえ、これで調査が進むだろうとジムズは”にこにこ”とご機嫌だった。移動時にはスキップを踏んで、空へと飛び上がってしまうのではないかと思うくらいに。


 それから、黒焦げの二人を担いで酒場へと戻れば、イオシフとミルトスの部隊が襲い掛かってきた客を叩きのめし、制圧を終えていた。

 だが、彼等は返り血を盛大に浴び、敵には生きている者達は皆無だった。精鋭部隊の十二人がここまで苦戦し、誰一人の生存者を残さなかった現場は彼等にも初めてだったようで、誰もが悔しそうに顔を歪めていた。




※久しぶりに現場に復帰したジムズ。

 いつぶりの登場でしょうか?(多分、2章が最後かな?)

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