第六話 ジムズの報告会

 エゼルバルド達がブールの北の集落に討ち入った時から十日が経った。


 魔術師のスイールは、あれからも書斎に籠りもくもくと何かを研究し、日課の朝の運動以外は外に出る事も無い。食事時に根詰め過ぎは良くないと告げるのだが、”問題ない”とだけ返され、暖簾に腕押し状態だった。


 この日も同じで書斎に籠り切りのスイールを置いて、エゼルバルドとヒルダ、そしてヴルフの三人はエレクを連れて領主館のジムズの下を訪れていた。


「まずは、腹が減っただろうから昼でも食べくれや」


 エゼルバルド達の前には質よりも量、豪華さよりも量の料理が多数並べられている。当然ながら、エレクを除く三人は大口を開けて食べ始めているのあるが……。

 そんな食事風景の中でヒルダの膝に座りゆっくりと咀嚼するエレクを、好々爺のような暖かい視線でジムズが眺める。


「ホントにお前達の子供なんだな~。結婚したのも驚いたが、エゼルやヒルダが父親母親をしてるってのも驚く。そりゃ、俺も歳を取る訳だ」


 ジムズも昔からの知り合いで結婚式に顔を出していたが、あの小さかった子供がこんなになってと泣いていたのを思い出す。

 実際、ジムズには小さいながらも孫がいて、たまに会うのを楽しみにしているのだ。


「おっと、そろそろ報告行くぞ」


 テーブルのお皿が粗方からになったのを見計らいジムズが書類を引き出しから取り出し、トントンとそろえると自らの前に丁寧に置きそれに視線を落とした。


「まずな、あの魔術師に警告しておいてくれ、小屋を燃やすなとな。集落に住んでた奴等があの酒場に集合していたから良かったが……」


 集落の外れの小屋をスイールの魔法で燃やされた事を注意をして来た。

 小屋の周囲には草や木などの可燃物が無く、高出力の魔法で燃やされたので短時間で燃え落ち被害が広がらずに済んだのだが、全てを灰にされ何かが隠されていたとしてもわからず仕舞いだったと溜息を吐いていた。


 それでも、あの小屋に脱出用の通路が通っていたのは内偵でもわからずにいたので、相手に逃げられず、お手柄とも告げられた。


「だから、良し悪しが一つずつで加点無し」

「仕方あるまい……」


 ジムズはスイールの報酬に金額が加算されないと告げる。ここにスイールがいれば、文句の一つもすぐに聞けそうだが、いない者は仕方がない。ただ、書斎に籠るスイールがくしゃみをしていそうだと誰もが思い浮かべたのは共通の認識だった。


 それに付随して、集落の住人は十数人しかおらず、踏み込んだその夜も酒場に住人全員が集合していた。内偵で判明していたとは言え、何故、毎夜毎夜集まっていたのかは謎のままだった。


「で、とっ捕まえた奴らに優しく声を掛けたら話してくれた訳よ」

「それ、絶対優しくないでしょ」

「確かにな」


 ”優しく聞き出した”、とジムズは口にしたが、それを真に受ける者などこの場には一人もいない。むしろ、その逆でありとあらゆる手段を用いて聞き出したのだろうと、虜囚に同乗する始末だ。


 そうして、得られた情報にはとんでもない事が判明した。


 まず、あの集落は人がおらず無人だった場所であり、すんなりと占拠出来たと言う。これは情報通りなのでジムズ達も聞き流していた。

 ブールに近く街道からは見えず、そして、大河沿いで輸送に便利だと何重にも秀でた場所だった為に便利とみえたからである。。


 建物も手直ししただけでそのまま使っている。別なのはあの酒場とスイールが燃やした小屋を新しく建てたくらいだ。

 スイールが躊躇なく燃やしたのもその辺が絡んでいたのかもしれないが、当人は何も語らぬので真実は今も魔術師の胸の内にある。


 集落利用価値は拠点である事を除けば、食材の加工場、物資の中間貯蔵所だ。

 特に屋台に卸す食材を加工するには絶好の場所だった。

 食材にある物を混ぜる加工も、当然ながらここで行われていたらしい。


「それで、出て来たのがこいつだな」


 再び引き出しを開けて取り出したのは革袋で、袋を開けると眩いばかりに光を反射する白い粉が入っていた。


「集落を調べ始めて真っ先に見つかったのがコレだよ。倉庫いっぱいに無造作に積まれて奴らにも価値のないものだったらしい」


 これが何かと虜囚を尋問したところ、一種の性欲増進剤であるとあっさりと口にした。

 大人でティースプーン三杯ほど、子供でもその半分で性欲が突如膨れ上がって理性を失い、異性を襲い始める。

 もし、異性がその場に存在しなければ、同性であっても襲われる危険性は捨てきれない。


「これが昼間に犯罪が多くなった原因なんだ~」

「そう。これを屋台で売る料理に混ぜておいて、数回口にすると時間をおいて白い粉の効果が表れるって寸法さ」


 この白い粉は”危険な麻薬”と認定し、研究に少量残して残り全ては穴を掘りそこで焼却処分にされた。ここでようやく、治安回復の宣言をジムズは口にした。


「この白い粉は十年以上も前から知られていたらしく、貴族が面白半分に使っていたと報告を受けた。ただ、こんな使われ方をされたのは初めてだがな」


 時間を持て余す貴族が、夜の営みに新鮮さを感じられなくなり手を出す麻薬の一部に、この白い粉が用いられる事が多々ある。

 この白い粉が優れている点は、致死率が非常に少ない事と常習さが少ない事だろう。

 ティースプーン三杯を水に溶かして飲用するだけですぐに効果が現れる事は実験で明らかになっている。そして、その効果も三時間ほどで切れ、高揚感を全く得られぬのだ。

 そんな性欲増進剤を飲用し続けたいかと言えば、答えは否と被験者は口にしていた。


「そんな訳で、この件はお終い。ちなみにエゼルは使って見たいか?」


 白い粉が入った革袋の口を念入りに閉めながらエゼルバルドに視線を向けるが、ブルブルと首を横に振って必要無いと答える。

 こんな所で首を縦に振るなどできる筈も無いし、そもそも、相手に不満などない。それに、彼を睨む視線が怖い。


「ま、当然と言えば当然か。俺も使いたくないからな。カカカカ!」


 声に出して笑うジムズに”それなら言わないでくれ”とエゼルバルドとヒルダは冷たい視線を向ける。


「さて、ここからが本題だが……」

「今までは何だったの?」


 ヒルダが驚きの声を出したがそれをさらっと流すと、引き出しから別の革袋を出して開いて見せた。


 先程は真っ白い粉だったが、これは直径が五ミリほどの小さな錠剤が溢れんばかりに入っていた。しかも、毒々しい桃色をして如何にも体に悪そうだと誰もが思った


「では、ここでエゼルとヒルダに当日を思い出して貰いたい」

「えっと……、何を?」

「殆ど戦わなかったけど、何を思い出せばいいのかしら?」


 ジムズに言われてエゼルバルドとヒルダは顎に拳を当てて、その日の行動を思い出してみた。

 建物の裏手にジムズと共に回り込み、逃げ出そうとする相手を捕まえる算段をしていた。その作戦を取ったが、逃げてくる相手がおらず仕方無いと裏口から押し入って酒場へと躍り込んだ。そこでは酒場の客と切り合いをしている兵士達の姿があった。

 そう、思い出してみたのだが……。


「そう、そこだ。何で誰もが逃げずに兵士とり合ってた?」


 じっくりと見据えていた訳でもないが、兵士達は手加減してなるべく殺さぬようにと苦労して戦っているようだった。

 それにしても、誰もが逃げ出さずに兵士に向かって行ったのは不思議な光景だった。


 エゼルバルド達には当然ながら盗賊団討伐の経験があるが、彼等は親分に従い盗みや殺しを行っている。その盗賊団でも手に負えぬ相手に喧嘩を売るなどしないし、自らの命が大事だと逃げ出すこともある。


 そして、極め付けはアーラス神聖教国での内乱での出来事だろう。

 良く訓練された兵士であっても、指揮官でさえも敵わぬと思えば武器を捨てて一目散に逃げだして行った。一対一の戦いはともかく、集団でも敵わぬと思えば逃げ出しても何の不思議もない。


「誰も彼もが兵士に戦いを挑んで行った?」

「そういう事だ。それで、この錠剤の話に入るんだがな……」


 ジムズはそこで一服入れて紅茶を啜った。

 彼自身、お茶の味に無頓着で、それこそ毒が入ってなくて喉を潤せれば良いとの考えを持っている為か、それなりの地位を貰っているにもかかわらずこの食事の席での紅茶はそれほど美味しいと思えなかった。

 実は出された紅茶はブールに出回る標準的な紅茶であったが、どこかの紅茶好きな魔術師のおかげで、エゼルバルド達は紅茶の味に敏感になっていた。


「そんなに渋い顔をせんでもいいだろう。まぁ、いいや。話しの続きな」


 紅茶の味に顔を歪めたが誰にも分らぬ程だろうと思ったが、ジムズに見抜かれ苦笑するエゼルバルド達。

 それをさらっと流して錠剤の効用について話しを始める。


 この錠剤は、酒場の脱出路の酒場側入り口に棚を設けて、そこに少量が保管されていた。少量と言ってもジムズが取り出した革袋十個分はあったが。それでも、白い粉に比べればあまりにも少量であり、隠されて保管されていれば重要な証拠だと誰でも気が付く。


「でだ、こいつが何か証拠の書類も何もなくて、聞き出すに骨が折れたのだよ」


 トントンと肩をたたき、ぐるぐると首を回してどれだけ苦労したのかを自慢していた。


「だが、実行したのは尋問官だろう?」


 冷たい視線を向けながらヴルフはそれが当然だとばかりに言い放った。


「確かに、指示しただけだけどな……」


 それは言わない約束だろうと、ジムズは苦笑するしか無かった。

 だが、本当の意味での報告は、この時点からだったと気付くのはジムズが発した次の言葉を耳にした時だった。


「こいつを何に使うかだが……。まぁ、一種の洗脳……だな」

「!!」


 洗脳されるとしても、一見しただけでわからぬ程だと語った。

 普段は極普通に生活をしている。

 喜怒哀楽がはっきりとして、一般的な生活を送るには何の不自由も無い。


 ある切っ掛けを用意しておけば、その時に洗脳によって植え付けられた行動を実施する事になる。そう、兵士に踏み込められたときに逃げずに戦え、そして死ねと……。


「酷いもんじゃな……」

「人をなんだと思っているんだ」


 人を人とも思わぬ所業に誰もが顔を歪めた。


「それに、もう一つ。これは別に洗脳した者達に上書き、いや、追加で洗脳できるらしい。例えば、記憶をある程度操作した後に、兵士達から逃げずに戦えと……な」


 その事実を聞いた途端、ジムズの脳裏にブールの街で起こっていたとある事件が思い出された。それは行方不明者が出ている事実だ。

 と言っても、数は十人前後であり、数万人が暮らすブールではよくある事件と片付けられる事もある。


 実際、郊外に出て獣に襲われて行方不明になったり、盗賊に襲われたりする人数とそれほど大きな差は無く、そんなところだろうと思われていた。

 しかし、酒場で討ち取った相手を調べるうちに、行方不明になった人々が交じっていると気が付いた。


「記憶を操作して過去を忘れさせてから、別の洗脳、いや、命令を植え付ける。恐ろしすぎるな。まさに悪魔の所業だな」


 ヒルダの膝上からヴルフに遊び相手が移ったエレクをあやしながら口を開いた。エレクは不思議そうな顔をするが、遊んでくれる相手にすぐに笑顔を見せる。


 ジムズ達が手に入れた情報や物証はそれが主で、他は食材のレシピや購入元など彼らの出自を決定する証拠は何もなかった。

 後は、同じような事件を起こしている場所や錠剤の製造元等を割り出すしかなく、これ以上は手の施しようが無いとジムズは言い切った。


「でもさぁ、捕まえてるんだからもっと聞き出せるんじゃないの?」

「それが、無理なんだよ」

「無理?」


 いったい何が”無理?”なのだろうと首を傾げてジムズの発言を待つ。


「だって、あいつ等……死んじまったから」

「死んだって、拷問をやり過ぎたとか?」


 ジムズは首を横に振ってエゼルバルドの質問を否定した。

 確かに何も語らぬ虜囚にきつく当たった、いや、拷問したが死なぬように傷を回復させながら慎重に事を運んでいた。

 その拷問に耐えかねてある程度まで口を割ったのだが、二人共が同じ質問をされた途端、暴れ出して自ら壁に頭を打ち付けて首の骨を折り自殺したと言う。


「って事は、捕まった奴らもその錠剤で洗脳されていたって事か?」

「そうなるな。何処のどいつが指揮を執ってるか知らんが、明らかになっても良い情報と、秘密にしなければならぬ情報と分けてるところが巧妙だよ」


 これ以上はお手上げだと、ジムズは頭の後ろで腕を組み溜息を吐いた。


「依頼についての情報開示はここまで。後はまだわからん。って、事で無事に報酬を渡せるな」


 別の引き出しから四つの革袋を取り出すと机に置いた。

 それぞれが銀貨と大銀貨がたっぷり入って重そうな音を立てていた。


「今日来ていない魔術師の分は分けてある少なくしてあるから間違えるなよ」


 そう言うと、三人に革袋を渡した。

 ついでにスイールの取り分だとエゼルバルドに色付きの紐で縛った革袋を渡されるのだが、どう見てもそれの方が高価に見えるのは気のせいだろうかと、笑いながら首を傾げて見せた。




※麻薬による洗脳。怖いですね~。

 現実であったら、どうなるのでしょうかね。

 架空の異世界で起こっている事なので人権など殆ど無いので、人体実験し放題?

 エゼルバルド達がいるブールの街など、トルニア王国では禁止されていますので。


 次回はまた別の場所に移ります。エゼルバルド達はいったんお休みZZZzzz……

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