SS第一話 男装の麗人、街を行く(前編)

 十月一日、この日はトルニア王国では収穫祭を祝う祝日である。

 年に一度の目出度い日を迎え、王族や貴族など領主は祝辞を述べるために朝から忙しく動き回っていた。


 その忙しい中を我関せず、自らの性別を偽るような男装の麗人に姿を変えたパトリシア姫はこっそりと領主館を抜け出し、ブールの街へと収穫祭を堪能しようと繰り出していた。

 小さな腰の鞄には銅貨と銀貨がいっぱいに詰まった袋を入れ、物珍しそうに屋台を眺めながら男装の麗人は街を歩いて行く。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 事の起こりは三日前に端を発する。


「コレなんかどうかな~」


 領主館で割り当てられた自室にてパトリシア姫が一人、下着姿になり姿見を前にして次々と衣装を胸に当ててファッションショーをしていた。

 普段であれば衣装を選ぶのではなく、一から仕立てて貰うために服飾職人を呼び寄せるのだが、今回の衣装はと言うと男装の装いを目的としている事から軍服に似た動きやすそうな既製品の服を持ち込んでもらっていた。

 パトリシア姫の体のサイズは伝えてあったので、どれもが同じサイズで最終的には彼女が気に入ったデザインである事が購入の条件だった。


 上着とボトムスのセットを身に着ければ、それは何処から見ても女性には見えず、線の細い男性と見まがうほどだ。

 特に、剣術を始めてからは筋肉質になり始めた体と華美に彩られたドレスとでは、ちぐはぐな印象を与え始めていた。それは、胸元を大胆に露わにするデザインや肩から二の腕をこれでもかと露わにするデザインがそのように写りがちだった。


 肩の線ががっちりし始めたパトリシア姫が選び迷い続けている軍服然とした上着とボトムスが似合い始めていたのだ。


「カーキか紺色がお似合いかと思います。ですが、ドレスよりも似合うとは世も末ですね」


 五着まで絞った中から、その二色が似合うとナターシャが助言をする。

 ナターシャの言葉に一瞬、イラっとして睨みかけたが、助言は助かったと視線を向けるのを止めた。


 早速、試着をしてみようと、ブラジャーを外し控えめな胸を押さえつけるように布を巻き付けると、インナーシャツと襟付きのドレスシャツ、そしてインナーパンツを身に着け、カーキ色の上着とボトムスを羽織って行く。


「さすが姫様です。よくお似合いです」

「妾は何でも似合うのじゃ、よく覚えておくように」


 そして、ブーツを履き、帯剣ベルトと小物入れとして使う鞄をぶら下げて、姿見の前でくるりと一回転して満面の笑みを浮かべる。

 この時のためと二本用意した細身剣レイピアのうち、控えめな装飾の一本を選び帯剣ベルトにぶら下げる。


 そのまま姿見に全身を写し、帯剣した細身剣レイピアへ手を伸ばし引き抜くと、”ビュンッ!”と音を出しながら幾度も素振りをしてみる。

 普段使いのミドルソードからは考えられぬ速度で振られ、驚きを隠せずにいた。


「軽いとこんなにも剣速が出るのだな。これと同じ振り方では速すぎるな」

「丈夫さでは劣ります、半分の重さですから。姫様では使い難いかもしれませんね」


 細身剣レイピアを鞘に納めながら”そんなものか?”とナターシャへ答える。だが、腕にストレスがかからぬと感じれば”そうかもしれぬ”と一瞬前の自分の考えを否定するのだった。


 再び姿見に視線を戻すと、控えめな男装姿に満足してこのまま街へ繰り出したいと考えてしまう。だが、王都での出来事を考えれば、ナンパしてくる不届き者はどうにかなるとしても、屋台での買い物に一苦労しそうだと、身に着けている服装の支払いを考えながら頭を悩ませていた。


「それにしても、胸がきついなぁ」

「王妃様を思い出していただければ、姫様はまだ楽だと申し上げます」


 布を巻き控えめな双丘を均してドレスシャツを着た自らの胸元に手をやりながら見下ろすが、母親である王妃の様に”プカプカ”と湯に浮かぶ二つの塊を思い出せば、ナターシャが告げた通りだと思うが、良いのか悪いのか複雑な気持ちにならざるを得ない。

 剣を振るには王妃の様な大きな胸は邪魔であり今のままが最良だと思うが、ドレス姿ではボリュームが足らず必ず豊胸の細工をしたブラジャーを付けなければならず、豊満な胸の持ち主から生まれている筈なのにと恨みを抱いたこともあった。


 さらに、目の前に長身のナターシャが見せつける様に胸をアピールする服装をしていれば、嫉妬心を向けるには当然とも言える。


「まぁ、良いか。金貨一枚でいいから銀貨、銅貨に崩しておいてくれ」

「はい、畏まりました」


 ナターシャはうやうやしく頭を下げると、選び終えた服装の代金の支払いと硬貨の両替を行うために、パトリシア姫の部屋を後にした。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そんな三日前の出来事を思い出しながら、屋台で買い物をして広場へと足を向ける。

 それから、枯れ始めて緑色が少なくなった芝生に腰を下ろし、先程買い込んだ食べ物をガサゴソと袋から出して口に運び始める。


「マナーマナーって、五月蝿いのがいないから楽だね~」


 タレが滴り落ちる串焼きを頬張り、口いっぱいに広がるジューシーな肉を咀嚼しながら幸せいっぱいな笑顔を周囲に振りまく。無意識に笑顔を振りまきながら食べる姿を見てしまえば、猫も杓子も同じ串焼きを手に入れようと広場を離れる人々が沢山出て過密だったその場所があっという間に過疎状態になって行った。


 串焼きを食べ終わると、甘そうなデザートを取り出し口へと運ぶ。

 再び、幸せいっぱいな笑顔を振りまきながら食べる姿を見た人達が、再び屋台へと走って行く。


 人の流れを気にせずに食べていると、パトリシア姫に人影が覆いかかってきた。

 それに顔を向ければ、呆れた表情をしたナターシャが腕を腰に当てて見下ろしていた。


「姫様、誰に断って出て来たのですか?自分の御身をお考え下さい」

「ん?ちゃんと書置きは残してきたであろう」

「そうではありません!」


 書置きを残してきたのだから何か問題があるのかと茶化して見せるが、ナターシャは溜息を吐いてがっくりと肩を落とす。


「宜しいですか、自分の出自を思い出してください。お一人だけのお体では無いのですよ」

「まぁ、確かにそうだが……」

「それに、姫様に何かあれば私が怒られてしまいます。私の身も姫様次第で首を刎ねられてしまうのですから、努々ゆめゆめ忘れる事の無い様にしていただきたいです」


 十年以上も家族の様に仕えるナターシャの口から、”首を刎ねられる”と聞かされればパトリシア姫には謝るしか手段を持ち得ていなかった。

 怖い顔を向けるナターシャの機嫌を早々に何とかしなければと、謝罪の言葉を口にした。


「わ、悪かった、悪かったよ。謝るから機嫌を直してくれないか」

「そうですね……どうしましょうか」


 人通りの多いこの場では頭を下げる訳にも手を付いて謝るにも目立ってしまうだろうと軽めに謝罪するが、ナターシャは悪戯する子供の様に意地悪そうな顔を見せる。

 そして、顎を人差し指で”ポンポン”と叩きながら視線を泳がした後、パトリシア姫に向かって口を開いた。


「そうしましたら、私も収穫祭に同行いたしますね。それで許して差し上げましょう」


 そんな事で良いのかとホッとしたのも束の間、ナターシャの格好を見れば街娘の様な格好の上着に動きやすいボトムスの姿で、収穫祭を楽しむと最初から予定していたようだ。

 それを見れば”一本取られた”と、パトリシア姫は”ぺちっ!”と自らの額を軽く叩くのであった。


「わかった、それじゃ楽しむとするか」

「はい。それで、今日はどのようにお呼びしましょうか?」


 パティでは不都合があるのかとナターシャに問い掛けようかとしたが、男装の姿だと思い出した。それに、パトリシア姫の特徴の黄色い髪を銀色のかつらで隠しているとなれば、パティと呼ぶには無理があろう。


 そこで、如何するかと思いを巡らすと銀色の髪にうっすらと黄色い色が目に入り、確か似たような色合いがあると思い出した。黄色はほとんど見えないがそれが混じり、銀色が雲の様に見えたのだ。


「クラウド……」

「え?」

「うん、クラウドとこの姿の時は呼んでくれるかい?」


 満足して、自らを”クラウド”と名乗るとナターシャに告げる。


「クラウド様ですか……。ええ、強そうなお名前ですね。男装の麗人でクラウド様、ふふふ」


 思い出し笑いをしながら笑みをこぼすナターシャが不気味に思えたが、枝葉の事と思い直し、人が集まり出した広場を後にして屋台が連なる方へと向かって行った。


 クラウドパトリシア姫は一度、屋台を見て回っていたが空かした腹を満足させるためにと、食べ物の屋台を重点的に見て回っていた。それとは別に気になる屋台を発見していて、そこへと向かおうと人ごみの中をゆっくりと進んでいた。


「ここ、ここ。これが気になってたんだよ」

「お子様みたいですね」


 それは、ナターシャからしてみれば祭りに数件必ず出ている、子供の遊びのイメージが強い輪投げの屋台だった。

 食べ物の屋台と違い、奥行五メートルの敷地が割り当てられて一番奥に高難易度のピンが立てられている。


 輪投げ、実際には大人の間で蹄鉄投げが盛んに行われていた事が起源とされる。

 蹄鉄だと幼い子供が投げられぬ事象が見られたり、蹄鉄同士がぶつかり合い甲高い音が出る事から、簡単な遊びとして蹄鉄の代わりにロープを輪にして投げる輪投げに次第に変わって行った経歴を持つ。


 輪投げは、子供の頃に少しだけ遊んだことがあるが、その時はピンに入らず大泣きして母親に抱き着いてぐずっていたなとクラウドパトリシア姫は恥ずかしそうに思い出していた。

 それもいい思い出だと、気持ちを入れ替えて輪投げに挑戦してみる。


「お、カッコいいお兄さんが挑戦するのかい?後ろのお姉さんにいいカッコ見せてやれよ!」

「あ、ああ……」


 お兄さんと呼ばれたことにドギマギしながら、投げ輪五本を銅貨三枚と交換すると定位置から狙いのピンを選んで行く。


(何処がいいかな?)


 三メートルほどに簡単なピンが立ち、そこから奥に向かうと難易度が上がっていく。

 ピンの位置や長さもさることながら、投げ輪の軌道に障害物が置いてあったり、奥に進むにつれ天井が低くなっていたりと、かなりのテクニックを要する。


 とりあえず、腕ならしにと無難な三メートルのピンを狙い投げ輪を放り投げる。


 だが、誰からも手ほどきを受けずに放った投げ輪はピンの脇五センチの場所にポトリと落下しピンに当たる事無く一投目を終えるのだった。


「お兄さん、初めてかい?それじゃ駄目だよ。もっとスナップを効かせる様に輪っかを回転させなきゃ」

「そうなんですか?すみません」


 投げ輪には結び目や綴じた場所に重心があり、輪を回転させる事で軌道を安定させよと伝えて来たのだ。

 それを踏まえて、再び三メートルのピンに狙いを定め、第二投を放り投げた。

 今度は手首を返してスナップを効かせた事が功を奏し、輪っかの端がピンに引っ掛かり、ぐるぐると回転しながらピンを伝って落ちて行った。


「お兄さん、飲み込み早いね。これだったら奥のピンも狙えるんじゃないか?」

「え、奥のピン?さすがに無理でしょう」

「大丈夫大丈夫、狙ってみな」

「商売上手だね。わかった、狙ってみるよ」


 クラウドパトリシア姫は輪投げのおじさんにおだてられ、難易度の高いピンを狙う事になった。もともと、景品に興味が無く、挑戦する事が楽しみであったのでそれでも良いかと。


「えいっ!」


 甲高い声で掛け声を上げてスナップを効かせながら投げ輪を放り投げる。

 くるくると回転しながら山なりの軌道を通り、このまま飛べばピンにしっかりと入るだろうと予想された。

 だが……。


 ”ぺちっ!”


 低く迫った天井が投げ輪の行く手を阻み、ピン手前で落下してしまった。さすがに難易度が高い最奥のピンだけあって、生半可には入れさせてくれないとクラウドパトリシア姫は悔やむ。

 そして、残りの二回も最奥のピンを狙うが、天井や障害物に阻まれ投げ輪を通す事は出来なかった。


「ほいっ、残念」

「商売上手だな~」

「誉め言葉と受け取っておこう。一応、手前のピンに入って、俺の言う通りに狙ってくれたお詫びだ。この中から好きなのを持ってってくれ」


 そう言って、おじさんが出してきたのは、四メートルのピンに入った時の景品だった。子供の遊びで銅貨三枚の景品となればクラウドパトリシア姫からすれば大した事の無い景品だった。

 例えば男の子が好きそうな木剣や木を削って作ったペンダント等、がらくたも良いところだった。だが、その一つ一つに手作りのぬくもりが見て取れ、作成者の気持ちが沢山籠っているのだと感じた。

 その中から目に付いた、奇麗な石をあしらったペンダントを手に取り、”これを”とおじさんに伝える。


「ほう、なかなかの目利きだね。ほいよ、大事にしてくれよ」


 それを受け取ると、おじさんに”またね”と挨拶してその場を後にした。


「姫さ、ではなく、クラウド様。何を受け取りになったのですか?」

「ペンダントを貰ったんだ。ナターシャにあげるよ」


 先ほどの綺麗な石をあしらったペンダントをナターシャへと手渡した。

 この歳になってこれを見に付けるのはと渋ったが、周りを見てみなよとクラウドパトリシア姫が告げた。


 ナターシャがきょろきょろと見渡すと、クラウドパトリシア姫が告げてきた意味が分かったのだ。


「なるほど、確かに丁度良さそうですね」


 ナターシャが見たのは、着飾った街娘の首元に決して豪華でも華美でもない、ナターシャが手にしたようなペンダントを下げていた。

 着飾って、高価な貴金属を下げていれば、人ごみで盗られてしまうかもしれないし、落とすかもしれない。それに貴族にしか手が出ないような宝石はドレスにこそ合わせられるが、収穫祭で、しかも街娘の衣装にはとても合うとは言い難かった。


 それよりも、手作りのペンダントを作り下げる方が余程に似合う。


 そこで、何のアクセサリーも付けぬナターシャにと、似合いそうなペンダントを受け取っていたのだ。


 ナターシャがそのペンダントを首から下げてみれば、高価とは言い難いペンダントが彼女の素敵さを一段高めているのだった。


「やっぱりね。思った通りだ」

「高価な贈り物も嬉しいですが、この様な場に合う贈り物を頂き、お心遣いありがとうございます」


 街に溶け込むためだからねと照れ笑いを見せながら、再び屋台通りを歩いて行った。





※ドレスシャツ=日本でいうワイシャツです。

クラウド(cloud)色コードは#d4d9df です。銀髪のかつらなので、そこから取りました。

輪投げのアドバイスは適当です(笑)本気にしないように。


硬貨の種類です。

銀貨 = 20銅貨 (2000円)

銅貨 = 10鉄貨 (100円)

鉄貨 = (10円)

これらは小銭と思ってください。

ちなみに、鉄貨は殆ど使われてません。たまに、おつりで出てくる程度。

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