第四十二話 噂の真相(後編)

「開いてるぞ、入ってこい!」


 真っ白なキャンパスに赤くまだら模様に汚されたドレスを目の前に付きつけられ、言い寄られていたカルロ将軍は、突如聞こえたノックの音にこれ幸いと飛び付きその来客を部屋へと招き入れ事態の打開を図ろうとした。

 当然ながら、カルロ将軍が発した言葉はエゼルバルドやヒルダの耳にも届き、ちらりと来客が来ようとするドアへと視線を誘導されるのである。


 だが、開かれたドアのそこには、二人エゼルバルドやヒルダが会いたいと切望する人物が現れたのである。


「失礼します。私に会いたいって人が来てるって聞いたのです……が!?」


 その人物が驚いたのは当然だった。

 メイドから、カルロ将軍の部屋に面会したい人が見えているので終わり次第お寄りください、などと言われて来てみれば、本来会う予定出なかった顔見知りの二人がそこにいたからである。


「やっぱり、アデーラさんだ!探したのよ」


 ヒルダがソファーから立ち上がり、話を聞きたかった相手に会え嬉しそうに声を上げる。

 それから、エゼルバルドがカルロ将軍へ突き付けているドレスを”バッ”と奪い取ると、ドレスを縫い上げたアデーラの下へ”タッタ、タッタ”と小走りに向かう。


「ねぇ、アデーラさん。本当の事言って」

「うっ……?な、何かな」


 赤くまだら模様に汚れた真っ白なドレスを目にし、驚きの声を上げる。

 ヒルダに偽物と言われても、それは紛れもない自らの作品であり、それが意図せぬ汚れを付けられてしまえば気分も萎えるのは当然の帰結だ。


「このドレス、渡した生地で作ってない、よね?本物は何処にあるの?」

「そ、それは……」


 ヒルダが話したい人物に会えた喜びから、自分を騙した詐欺師を見つめる視線を躱す事が出来ず、何と言い訳をしようかと考える。


「それと誰が首謀者か、誰の指示に従ったか、答えてくれますよね?」


 ヒルダの横に現れたエゼルバルドからも追及されれば口を割るのも致し方ないと思った。本当の事を口にしてしまおうか、と。

 だが、計画を立てた人物の最後の仕上げが”まだである”と聞いていれば、ここで口を割るより、自らを悪人に仕立て上げてしまった方が得策だと考えたのだ。そこには、自らを盾にすれば後の報酬を上乗せされるかもと打算が働いたのも事実である。


 そう思えば、行動に移すのはアデーラには容易かった。

 二人から一歩後ろに下がると顔の前で手を”パンッ!”と打ち鳴らし、そのまま頭を下げた。


「ゴ、ゴメン。そのドレスを作ったのは私なんだ。会心のデザインだと思ったら居ても立っても居られなくて思わず二着目を作っちゃったんだ」


 アデーラは自らが首謀者であると語り謝ったのである。

 もともと二着作る予定であったが、ヒルダから提案されたデザインが秀逸に写り、どうしても二着目を手元に置いておきたいと思ったのは事実だった。計画が実施されれば手元に二着目が残る筈であった。

 だが彼女の計画は、ヒルダが掴んでいるドレスを見た瞬間に破綻してしまったのだ。


「私の悪い癖で、綺麗な衣装を見ると手元に残しておきたくなるんだ。私の工房に残されたサンプルは、実はみんなそうやって作ったんだ」

「そうなんですね……」


 アデーラから正真正銘、ヒルダが袖を通す筈だったドレスが残っているとの言質を掴んだと内心ホッとする。だが、本来あるべき人の手にそれが無い事が今は問題となっており、再びアデーラへ言葉を向けるのである。

 しかし、アデーラの視線の先に写った者は、人ではなくまさに鬼と表現するに値する表情をしていたのであった。


「ではお聞きしますが、わたしのドレスは工房で無事なのですね?」


 殺気をほとばしらせたヒルダの問い掛けに、シスターと年齢の近いアデーラでさえも身を震わせて、おどおどと答えを口にするしかなかった。


「は、はい。ぶ、無事に保管してあります」


 まさに蛇に睨まれた蛙であり、強大な意識に飲み込まれるかと思ってしまった。彼女の口からドレスが無事だと告げられると、殺気は瞬時に息をひそめ、暖かな春の風がそよそよと纏わり着いてきたのかと思うのであった。


「そう、わかったわ。そう言う事にしておいて、今から引き取りに伺いますね」


 鬼の表情から一転して、この世の春と思われる表情になったヒルダから、季節外れの嵐に包まれる様な雰囲気が醸し出されていた。


 ドレスが無事と聞いたエゼルバルドは、結果的にヒルダが暴れ出さぬ事にホッと胸を撫で下ろしていた。だが、彼が睨んでいた首謀者を口にすることなく、ヒルダの機嫌が直ってしまった事に臍を噛んでいた。


 エゼルバルドが思うには首謀者はカルロ将軍だと睨んでいた。だから、この領主館に来てヒルダのドレスを見せながら問い詰めていたのである。

 とは言え、カルロ将軍の今の表情を伺えば、将軍がエゼルバルドが思い描いていた首謀者に近しい人物だと断定するだけだった。


 ともあれ、ヒルダのドレスとエゼルバルドのタキシードが戻ってくれば、無事に結婚式を挙げられ、一世一代の大イベントは終わりを迎える事になり、肩の荷が下り重圧プレッシャーから解放されるだろう。

 重圧プレッシャーから解放されるのはエゼルバルドだけでなく、楽しみにしていたヒルダも実はそれを感じていたのは内緒であった。


「それじゃ、スイール。ヒルダと一緒にアデーラさんの工房へ行ってくるから、先に教会に戻ってて」

「ええ、わかりました。シスターにはドレスが戻ると伝えておきますね。それでは将軍。私はこの辺で失礼します」


 スイールはエゼルバルドからの言付けを聞くと、この部屋の主であるカルロ将軍へ頭を下げ教会へ向かおうとこの部屋を後にするのだった。


「それじゃ、アデーラさん。よろしくお願いしますね」

「え!?あ、あぁ。工房に向かおうか……」


 スイールを見送ったエゼルバルドとヒルダは結婚式の衣装を受け取ろうと、アデーラに工房へ向かうようにと催促した。それに戸惑いながらも返事を返すと、馬車に乗り工房へ向かうのであった。


 その馬車には当然ながら執事の男が乗り込み、無事な姿をエゼルバルドとヒルダに見せていた。その時にエゼルバルドは何も問わなかったが、無事な姿が逆に計画的に何かをしていたのだと裏付ける証拠であると感じたのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 来客が全ていなくなった室内で一人の男が天井を凝視しながら盛大に溜息を吐いていた。


 最初に訪れた来客との会話では有意義な情報交換を行えたと思えたが、予期せぬ二組目の来客に背筋が凍る思いをしていた。

 これも当初予定していた、計画が実行段階で大幅に狂った事に原因があるのだが、それを見抜けなかった彼の組織にも一因があると言わざるを得ないのだった。


 だが、それも何とか切り抜け、最終段階を残すのみとなり、成功させるしかないと思っていたのである。


「おい、カルロ~。すまんな、迷惑かけたみたいで」


 ドアをノックするでも無く、”マナー?何それ”と言った様にこの部屋に男装の麗人が姿を現した。


「姫様、何度も言いますが、居城ではありませんので誰が見ているかわからないのですよ。ドアをノックするくらい、息を吐くように何時でも何処ででも、行う習慣を身につけてください」

「え~、面倒臭い。この格好の時くらい、大目に見てくれても良さそうではないか?」


 姫様、要するにトルニア王国、第一王女のパトリシア姫が男装の麗人に変装しているのだ。その姫様が口を開くなり、カルロ将軍の前でくるりと回り、その姿を自慢げに見せていたのだ。


「宜しいですか?いくら男装しているからと言って、その立派な衣装を身に着けているのですから、ドアをノックせねば御身の出自を疑われますよ。男爵を爵位に持つ貴族が身に着ける服装なのですから、中身が教育も受けていない何処かの破落戸ならずものと間違われてしまいますよ」

「確かにそれは不味いな。うん、わかった。次からそうしよう」

「……本当にわかっているんですか?」


 何時もの通りに説教をしようかとしたが、今はそれどころでは無いと説教を諦めた。パトリシア姫に説教をしても、半分聞いていれば良い方だと思えば、愚痴をこぼしていた方が幾分かマシであった。


「それで、明日にあの二人エゼルとヒルダの結婚式が組まれるはずですが、本当に実施するんですか?」

「ここまで来て、計画を断念するのか?」

「確かに、計画の……ですが元々は悪戯ですからね。もっと大きな理由から申しているのですよ」


 それから、カルロ将軍はスイールとの話で得た推測を説明し始めた。




「なるほどね……」


 カルロ将軍からの説明を聞き、難しい表情をするパトリシア姫であったが、その内の幾つかに心当たりがあったのだ。


「北部三都市についてはお前に任せるが、居城に出入りしてる人達って大丈夫なの?」

「出入りしてる人達?」


 パトリシア姫が何に心当たりがあったかと言えば、食材を納入している商人達の事であった。ブールの街へ向かうと決め、発表の一か月前に知りえた者達は多いだろう。だが、パトリシア姫とカルロ将軍が決めた計画当初に知り得た人物となれば限られてくる。

 しかし、それを耳にしても、無暗やたらと話す人達は皆無だろう。しっかりと調査し、その後も諜報部隊が定期的に調べているのであればそこからの線は薄くなる。


 パトリシア姫やカルロ将軍が接触し、心を許す存在と言えば王族や高位の存在だろう。それに加え料理人や身の回りの世話係も存在する。

 その者達が情報を故意に流していないと断定した場合、パトリシア姫が遠目に目撃した場面がふと脳裏に浮かんでいたのである。


「そうよ、例えばね、食材を納入している商人がうっかりと、いえ、違うわね。こっそり聞き耳を立てていたらどうしましょうか?」

「なるほどね、その手があったか!」


 聞き耳を立てていただけでなく、世間話として食材の納品量やその納品時期、そして、長期間の予定から推測する場面もある。いつも居城に納入する量から推測して、誰が不在になると予測出来るだろう。


 急な戦争では無理であるが、今回の視察のように予定していれば、納入する商人達に予定を話す事もあるだろう。


「姫様はその場面を目撃したと?」

「う~ん、目撃したのは城の裏じゃないんだけどね~」


 パトリシア姫が目撃したのは居城ではなく、騎士団員を探している途中での出来事であった。騎士養成学校へ足を運んでいた時の事である。ふと迷い込んだ校舎裏で聞き耳を立てている商人の姿を目撃していた。

 その後に声を掛けようとしたが、時すでに遅く、彼らは立ち去った後だった。


 その時の聞いていた内容はそこまで大きな情報ではなかったので表沙汰にはならずに済んだようであるが、それが居城で起こっていれば一大事であると、カルロ将軍に告げたのである。


「その件は分かりました。私の方で調べるよう手配をしておきます。全く不可能、とは言いませんからね」

「情報が漏れると不味いからのぉ」


 パトリシア姫はニヤリと笑みを浮かべ、したり顔を見せると”これでこの話はお終い”と次の話題に変えようと部屋の隅に視線を向ける。

 その視線の先からこっそりと現れたのはパトリシア直轄諜報隊ダークカラーズではなく、カルロ将軍直下の諜報部隊の一人であった。


「報告、宜しいでしょうか?」

「頼む」


 カルロ将軍が一言口にすると、諜報員は淡々と報告を始めた。


「急ぎの報告のみになります。城門から出て行く不審な者達を四組、捕らえました」

「ん?不審だと?」


 カルロ将軍は不審人物と耳にし、嫌な予感を脳裏に過らせていた。


「はい……。その者達は捕らえたのち毒の様なものを飲み自害してしまいました」

「やっぱりそうか……」


 破落戸の様な不審人物であれば一度暴れたのち、大人しくなりしばらく頭を冷やして解放となるのだが、国家や組織から派遣された者達であれば情報漏洩を鑑み、自らの命を絶つなど不思議ではない。人の命などその程度なのである。


「ですが、対応した騎士達から話を聞くと、それぞれが捕らえるに苦労したと申しております。特に怪我人が相当数出まして、治癒魔法の使い手を直ちに派遣して頂きたいほどです」

「ああ、魔術師は直ぐにでも派遣させよう。だが、騎士達がそんな怪我を負う程の手練れだったのか?」


 カルロ将軍がその様に問いかけると、諜報員の男は首を横に振り静かに答えた。


「いえ、手練れと申すより、身体能力が高いと申した方がよろしいかと……」

「なんと!」


 諜報員の男が言うには、人成らざる跳躍力の持ち主や俊敏性、そして膂力をそれぞれ持ち合わせていたらしい。


「人成らざる……いや、人を超越したか」


 カルロ将軍はスイールから耳にした知恵を持たぬ亜人との混血児の存在を思い出していた。軽く耳に入れただけだが身体能力が人を凌駕しているのだと。


「そいつらを研究用に運び入れろ。ついでに魔術師の仲間が倒した奴も何処かに転がっているはずだ。後は良いか?」

「はい、詳しくは後程報告がありますが、私からは以上です」


 そう告げるとカルロ将軍の退出命も聞かぬ間に部屋から消えるのであった。


「とりあえずだが、近々の脅威は去ったようだな」

「これであの二人エゼルとヒルダの結婚式に顔を出せるわね」

「ほどほどにしておいてくれよ」


 男装の麗人となったパトリシア姫に、溜息交じりに自重の言葉を送るのであった。




※事の真相後編。

 長々と書いてきましたが、パトリシア姫が計画の首謀者です。

 ドレスを二着作って、が当初の計画でしたが、それが潰れてしまったので、彼女自身の手による最後の計画の実施です。

 何となく、オチが見えていると思いますけどね~。

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