第四十一話 事の真相(中編)

「とは言っても、まだわからん事だらけなのだ」

「”わからん”って、全く予想も付かないほどではないと思いますが?」


 カルロ将軍が”わからん事だらけ”と頭を掻きながら口にするのだが、それで納得するほどスイールは物分かりは良くない。いや、スイールだけでなく、ヴルフもそのように報告を受けても納得などする筈がない。


 実のところ、この日姿を現すまで深緑の服装をした相手と遭遇、接敵したのはスイールただ一人で、今まで表立った行動を見せずに接触した者達も皆無だった。それは街を守備する守備兵やカルロ将軍率いる騎士団も同じである。

 そのために、カルロ将軍から答えが立て板に水の如くぺらぺらと出てくることの方が逆に不思議なのだ。


 そうは言っても、守備隊へ”何者かがブールの街近郊に存在している”と告げていた筈で、何らかの調査が実施されているとスイールは考えていた。

 カルロ将軍のみならず、トルニア王国唯一の王女であるパトリシア姫がお忍びで、とは言え滞在するのであれば当然の流れだろう。

 国の最精鋭の諜報員を投入していると見れば、結果的に切られた尻尾の先端くらいは手に入れていると見ていた。


「ああ、わかったわかった。断片的な情報だ、期待するなよ」

「ありがとうございます」


 心の内を見透かすような鋭い視線を向けるスイールに根負けし、どうにでもなれと知り得た情報を話すと決めた。

 それにスイールは深々と頭を下げ感謝の意を示すのだが、その礼がむず痒く感じたのかカルロ将軍は首周りに指を入れ襟元を開け放ってから話し始めた。


「わかってる事だけだぞ。まず何から話そうか……」


 それからカルロ将軍の話が始まるのであったが、断片的な内容でしかなく、わかりやすいものではなかった。特に、何処から繋がっているのかも十分でなく、それは、ポツンポツンと濁った池の中に顔を出している岩のようであった。


 まず口にしたのはどの組織に属しているかであったが、これは全くの不明だと告げられた。王都では北部三都市が何かを企んでいると噂が聞こえてくるのだが、ブールの街に展開する勢力は全く不明としか言いようが無いと。

 カルロ将軍に集まった情報には、ブールの街周辺を視察すると発表になる前の五月頭から現れたらしいとされている。


 次に敵の狙いであるが、これも不明だった。

 だが、一つ言える事は、パトリシア直轄諜報隊ダークカラーズが動き出した直後に彼女達が襲われた事でトルニア王国、または王国に恨みか何かを企むと推測された。

 もし、アデーラの工房が目的であれば、警備の薄いその場所から簡単に盗み出していた筈だとカルロ将軍は言い放った。

 実際、トルニア王国に属する諜報員であれば朝飯前の出来事であっただろう。


 それに加え、カルロ将軍は一つ推測した事がある。


「何故、パトリシア直轄諜報隊ダークカラーズが動き初めてから、ヒルダのドレスを奪った?ヒルダには重要かも知れんが、王国からしてみれば何の価値も無いんだぞ」

「確かに彼女達の所属はパトリシア姫直属ですが、王国に属すると言えますね。やはり、その彼女達から王国に仇なす勢力と見て取れますね」

「それはわかり切った事だろう。もう一つ重要な事が隠れているのだよ。魔術師殿でもさすがに無理か?」


 ”もう一つ重要な事”と言われ、何があったかなとスイールは首を傾げて頭を捻るが、さすがに彼の脳裏に浮かぶことは無かった。

 お手上げだと両手を高く上げて降参の意を示すと、ニタリと気色悪く笑みを浮かべるカルロ将軍は続けて話し始める。


「それはな、相手の勢力が我々の内部にいないって事だ。と言ってもブールの領主館の中と限定するがな」

「それは思いつきませんでしたよ。諜報に長けた部下を持つカルロ将軍が考え付く理由ですね、さすがです」


 脱帽ですとスイールが頭を下げた姿を見て気をよくしたカルロ将軍は、浮かれて声を上げて笑うのであった。


 だが、スイールにはカルロ将軍が語った言葉の中から一節が気になり、笑顔を振りまく将軍を他所よそに考え始めた。


 カルロ将軍が発した中に”相手の勢力が我々の内部にいない”と確かに聞いた。それは深緑の服装の勢力の諜報員や二重スパイがいないと意味する。だが、王城、つまりはカルロ将軍やパトリシア姫を世話する者達の中ではどうだろうかと考えた。


 五月頭と言えば、スイール達がカルロ将軍達からパトリシア姫が悪戯を実施するから口を塞いでいてくれと命じられた時期と一致する。その前にはエゼルバルドとヒルダがパトリシア姫へ訪問しており、ブールで結婚式を挙げると伝えていた筈だ。

 エゼルバルド達が訪問し、スイール達が訪問する間にはブールへの視察が内々に決まっていても可笑しくないだろう。


 王都アールストは諜報員の数も多いだろうし、王城に二重スパイが入っている可能性も捨てきれない。しかも、王族の側近にも近しい存在とも考えられる。

 それらが深緑の服装を着た勢力に、事前に得た情報を流していたらどうなるか?


 そう考えると、注意をするべきはやはりパトリシア姫であり、カルロ将軍であるとスイールは口に出さずにいられなくなった。


「将軍、喜んでいるところ申し訳ないですが、これはかなり危険な状況であると考えます」


 笑みを浮かべて喜びを体で表現していたカルロ将軍に、真面目な顔をしたスイールが口を挟んだ。

 魔術師からのまさかの一言を耳にし、まさに寝耳に水の出来事であると意気消沈してソファーに深く座り込むと、溜息を漏らした。


「まさか、言い負かした事に対する報復か?」

「違います!そう思うかは私の話を最後まで聞いてから判断してください」


 スイールが余りの気迫で言葉を告げて来て、たじたじにならざるを得ず、彼の話に耳を傾けるしかなかった。だが、先程スイールが脳裏に浮かんだ推測をカルロ将軍に告げると、青白い顔をして低いテーブルに突っ伏すのであった。

 それから顔だけをスイールに向けて


「確かに、魔術師殿の申す通りかもしれん、それで説明が付く……」


 これは王城に帰ったら大掃除が必要だなと険しい顔になるが、情報が漏れた理由がわかり沈みかけた気持ちを何とか呼び戻した。


「それから将軍、それに関連しますが、アドルファス男爵がルストまで向かう道中で命を狙われた事も忘れてはなりません」

「そうだ!魔術師殿やヴルフが体を張っただな。そうなると、今回の奴等も北部三都市が絡んでいるな」

「付け加えれば帝国もと考えれば、ある程度は説明が付くかと……」


 カルロ将軍とスイールはそれからお互いに推測したことを話し合った。


 そして出て来た結論は、王都で噂になっているトルニア王国の北部三都市と帝国が手を組み、もしくは帝国が北部三都市を焚き付け”国土を切り取ろうとしている”、だった。

 だが、実行部隊が秘匿されたり、情報統制されていたりと、決定的な物証に乏しかった。


 今現状では、王城に侵入している北部三都市や帝国や他国と裏でつながっている者達を炙り出す事しか今は出来ぬだろうと方針を考えたのだった。


「決定的物証があれば、直ちに北部三都市など平定してしまうのだがな……。今のところは泳がしておくしかないか」


 カルロ将軍は消極的ながら方針を決めるのであった。

 ちなみに、カルロ将軍が口にした物証であるが、手紙等の文章の他に、侵入している諜報員も指している。


「後、将軍には一言申しておかなければならぬ事があります」

「ま、まだあるのか?」


 げんなりとしている所申し訳ないと前置きをした上で、立ち入り禁止区域で打ち倒した知恵を持たぬ亜人と人との混血児の存在を明らかにした。

 人より何らかの能力に秀でているが、知能に問題があると告げ、敵を研究する資料であるので大切に、と注意だけに留め置いた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 カルロ将軍とスイールの話が一段落すると、息を抜こうとたっぷりの紅茶を二人して優雅に口にしていた。


「ヴルフもそうだが、魔術師殿など、王城を外から見ている者達と話をすると有意義であるな」

「お役に立てて何よりです」


 ”ズズズッ”と誰も見ていないと思い、行儀悪く紅茶をすすっているカルロ将軍の下へメイドが言付けを持って音も無く姿を現した。


「将軍、お行儀が悪いですよ」

「い、何時の間に来たんだ?驚かすな」

「失礼しました。それで、将軍にと言うか、そちらのスイール様にお客様がお見えになっておりますが」


 カルロ将軍急へ意地悪く声を掛け、驚く様をすました顔をして楽しむメイドが二人に向けて”お客様です”と告げて来た。領主館に訪ねてきていると自負しているスイールは誰かと首を捻るが、訪ねて来ても不思議ではないあの二人を脳裏に思い描いた。


「エゼルとヒルダですね」

「はい、如何しましょうか?」


 折角訪ねて来たのだから紅茶を飲むだけの時間はあるだろうとスイールは”構いませんよ”と返事をした。


「では、お通しいたします」

「こら、無視するんじゃない!」


 エゼルバルドとヒルダであれば見知っていただけに、スイールの返事のみで二人をこの場に通すとメイドが告げるが、何の返事も返していない部屋の主たるカルロ将軍は無視されたと腹を立てた。

 このメイドに掛かれば、戦場で武勇を誇るカルロ将軍であっても形無しだなとスイールは失笑するのであった。







 一度メイドが退室し、紅茶を二、三口喉から流れる程の時間が流れると、再びメイドがエゼルバルドとヒルダを連れて現れた。

 さすがに注意しているだけあり、カルロ将軍が驚くことは無かった。


「やっぱり、ここで油売ってたよ」

「おや?よくわかりましたね。それにしても早くありませんか?ドレスは見つかったのですか?」


 紅茶のカップを置くと、アデーラの工房を訪ねたにしては時間が早すぎると思った事を聞いてみた。


「いや、そのアデーラさんがいないんだよ」

「そうよ、何時も出てくる執事もいないのよ」


 スイールの横に腰を下ろしながら二人エゼルバルドとヒルダは不在だったと口にした。それを耳にして反応したのは、紅茶を淹れようと一時立ち去ろうとしたメイドであった。


「あの、申し訳ございません、アデーラ様をお探しでしょうか?

「え、アデーラさんが来てるの?」


 メイドの言葉にヒルダは驚きを隠せず目をパッと見開いて尋ねるのだった。

 ”コクン”とメイドは頷いて丁寧に言葉を返すが……。


「それでしたら、ただいま別の部屋で商談中でございますが……」


 アデーラが領主館に来ているとわかるとヒルダは座ったばかりのソファーから立ち上がり部屋の外へ出ようとしたが、商談中だと耳にすると早まったなと頭を掻いて再びソファーに腰を下ろした。

 アデーラが商談している部屋もわからず、それに領主や貴族に粗相を見せずに済んだとヒルダは額に出た汗をぬぐった。


 実はこの時、アデーラは領主館で商談中ではなく、男装の麗人と化していたパトリシア姫と会っていた。もし、ヒルダが何も考えず虱潰しに各部屋を見ていたら、パトリシア姫がブールの街に存在しているとわかってしまい、彼女がカルロ将軍と考え抜いた悪戯の全てが台無しになる所だった。


「それなら仕方ないわね。終わるまで待ってましょう」

「商談が終わりましたらこちらの部屋へお越しいただく様にお声を掛けておきます」


 そのように告げると、メイドは深々と頭を下げ部屋を後にするのだった。

 そして、退出したメイドの代わりに成人したてと見える若いメイドが入って来ると、エゼルバルドとヒルダの前に紅茶のカップを置いて、恥ずかしそうにしてそそくさと出て行った。


 出て来た紅茶のカップを持ち、口に運び一息つくとエゼルバルドは不意を突く様にカルロ将軍へと声を掛けた。


「将軍、今回の首謀者はどなたですか?」


 突然のエゼルバルドからの問い掛けに”ビクッ”と体が反応するが、事前に用意してあった答えをカルロ将軍は口にした。


「え、何の事かね?今回は我々も被害者なのだが」


 確かにカルロ将軍が口にしたように、ブールの街を舞台に暴れ回られた事実を鑑みればその通りなのだろう。

 だが、エゼルバルドが問いかけたのは、その発端となった事象についてである。


「将軍、とぼけても駄目ですよ」


 すると、エゼルバルドが担いでいた大きな袋から、純白のキャンパスを鮮血でまだらに染まったドレスを取り出しテーブルへと無造作に乗せた。


「これは、ヒルダが結婚式で着る予定だったドレスです」

「ああ、これじゃ台無しじゃないか!で、如何するんだ?作り直してもらうのか」


 大げさに驚いて見せたカルロ将軍を見て、エゼルバルドもヒルダも何かを隠していると確信を得ていた。


「将軍はこれを見て、驚いていましたが、心から驚きましたか?将軍も貴族の出身で無いのですから、これを見てどれだけ大事になっているか分かっている筈です。ヒルダがどれだけ悲しんだか想像できるでしょう?」


 確かに驚いてみたが、まさかその様子から上げ足を取られるとは思いもよらなかった。

 だが、ここで下手に言い訳を口にしても墓穴を掘るだけであり、無暗やたらと声を出せなかった。


「さぁ、将軍!もう一着のドレスの在処を知っているのでしたら出してください!」


 カルロ将軍亜はエゼルバルドに言い寄られ、額にうっすらと汗を光らせるが、今はそれどころでなく、どうしようかと頭を働かせるが良い考えが思い浮かばずにいる。

 エゼルバルドは鮮血でまだら模様に染まったドレスを手にし、最後の一押しだと声を荒げて将軍に迫るが、最後の一声を発しようとしたところでドアをノックする音が響いたのである。




※事の真相(中編)になりました。

 次回で事の真相は終わりになりますが……。

 えっと、結婚式はどうなるのでしょうかね(笑)

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