第三十九話 怒りの矛先と実験で生まれた悲しい敵
悲しみに沈み行くかと思ったヒルダが手にしたドレスを抱いた瞬間、彼女の肩がワナワナと震え出した。
何事が起きたのかとエゼルバルドが肩に手を置き声を掛けるのだが、塔の頂上からこの瞬間まで抱いていた悲しみが消え、怒りの心境に置き換わっていたと気付いた。
「何よ、これーーーー!!」
ヒルダが勢い良く立ち上がると同時にドレスを地面に叩きつけて大声で叫んだ。
その叫びを耳のすぐ傍で聞いたエゼルバルドだけでなく、攻撃を失敗したと感じていたアイリーンや、遅れて来たスイール達も理不尽な怒りを発するヒルダに戸惑うばかりであった。
「ヒ、ヒルダ。幾ら、ドレスを血に染めてちゃったからって、怒る事ないじゃないか?」
「そ、そうよ。ウチからも再び作って貰うように頼むからさ?」
エゼルバルドとアイリーンの言葉を聞いてもなお、肩の震えは止まず全身から怒りをほとばしらせていた。
彼女の怒りが何に対してなのか首を傾げていると、エゼルバルドが担いでいた大きな袋を奪い取り中を物色し始めた。
その中からドレスとセットで着用する肘の上まである長い手袋を探し出すとその手触りを確かめ始めた。
「やっぱり!」
「えっと、どういう事だ?」
溜息に怒りを乗せて吐き出すと手袋を触りながら、怒りの訳を話し始めた。
「エゼルはわたしが反物を買ったのは覚えているわよね」
「あ、ああ……。依頼の途中で買ったのは覚えてるぞ」
王都アールストから海の街アニパレまで行く商売人の護衛を引き受けた時に、ヒルダがその美しさに一目惚れして購入したと記憶している。かなりの高額商品であったために鮮明に、だ。
「あの反物でドレスと手袋、その他沢山をアデーラに作って貰ったのよ。ここまで良いわね」
「うん……。まぁ、オレも一緒だったからな」
ヒルダと共にアデーラの工房へ赴き、ウキウキと心弾ませる彼女を見ていてエゼルバルドもそれは楽しい思いをしていた。
毎回毎回、あれを作って貰う、これを作って貰うと数々の付属物を楽しそうに話してきて、こんなヒルダが毎日見れるともっと楽しいだろうなと思ってもいた。
「ドレスもそうなんだけど、この手袋もわたしが買った反物とは違う生地なのよ。こんなゴワゴワな肌触りじゃなく、もっと柔らかい肌触りなの!」
「って、言う事は?」
渡した反物が何処かで入れ替わっていた、そう考える事も出来るのではないかと考えたが、服飾職人が手にした反物を全く別の反物と間違える筈も無いと、その考えを頭を振って何処かへと消し去った。
「わたしが作って貰ったドレスの偽物って事よ」
「偽物?これが」
肌触りと言われてもエゼルバルドにはわからぬが、ヒルダが手を入れた手袋はサイズがピッタリであり、他の誰に合わせて作られた手袋ではないと一目でわかる。
それが、偽物と断言するのであるから、ここはヒルダの感覚を信じるしかない。
だが、一応は疑ってみなければ、間違う事もあるだろうと、間違いでないかと聞いてみるのであるが……。
「そうよ」
「でも、この袋だってアデーラの倉庫から盗み出された時の袋だし……。何処かで入れ替わったって事か?」
「もう一つ、入れ替わる場所があったでしょ」
「もう一つ?」
アデーラの工房に忍び込み、型を写して偽物を作り出す、そんな事も出来るだろうかと想像してみる。それを何処かで偽物に入れ替えた可能性をヒルダに尋ねてみたのだが、その考えには懐疑的であり、全く異なる考えを頭に思い浮かべていた。
「……!って事は、元々偽物だった?」
「たぶん、それが正解」
何処かで入れ替わったのでなければ、何処で入れ替わるのか?
ヒルダはマネキンに着せられていた時から偽物が着せられていたのだと言い放った。
そうなると、何故アデーラの倉庫でマネキンに着させていたのかと疑問が残る。
今日の予定としては、まず、エゼルバルドとヒルダがアデーラの屋敷を訪れる。
次に時間をかけて結婚式に向け着替えを行う。
そして、エゼルバルドとヒルダが馬車に揺られて教会へ戻る。
これが一連の流れだった筈で、アデーラもその通りに動いていた……筈?
「でも誰が偽物を作ったんだ?」
「当然アデーラでしょ。一着作っても、二着作っても、アデーラなら時間が余るはずよ。それに、アデーラだけじゃないけど、なんか悪意を感じない?」
「悪意?」
アデーラの工房にある倉庫で偽物になっているとすれば、初めから、いや、計画的に二着作る必要があったのではないかとヒルダは考えていたようだ。
そう、アデーラを紹介された事から始まっていたのではないか、と。
「そう、悪意よ。わたしとエゼルを抜いて、全員からね」
そう告げると、ヒルダはスイール達四人に視線だけ向けて、懐疑的に見るのであった。
「その話はとりあえず、置いておこう。本物のドレスがあるのなら、アデーラの工房に隠されているだろうし。それよりも、こいつらをどうしようか……」
「それなら、気にしないで大丈夫ですよ」
ドレスの話をいったん切り上げ、死体となった敵をどの様に処分しようかと、頭を働かせようとしたところ、エゼルバルドとヒルダの会話を第三者の様に眺めていたスイールが口を挟んできた。
「ほったらかしにして置いてもカルロ将軍の部隊がすべてを回収する筈です。何の心配もいりません」
「そうか、カルロ将軍がブールに来ているんだった。なら、安心だよ!」
頭痛の種が出てきてしまったと暗い暗い表情を見せ始めていたが、スイールの一言によりそれが解決してしまい途端に笑顔を見せ始めた。
それからもう一つ、気になる相手を敵にして、その正体を知るべく、物知りのスイールへと話しをする。
「ついでにさぁ、気になる敵がいるんだけど、見てくれる?」
「気になるですか?倒した相手で、って事ですよね?」
止めはアイリーンが刺した敵だと告げると、その本人からも確かに気になる存在だと口にしていた。
それであればとエゼルバルドとアイリーンにその敵の倒れている場所へ案内して貰う事にして、この場を後にした。
それから、道に迷いながら歩く事十分余りの後、大きな倉庫の裏口へエゼルバルドとアイリーンに案内されて到着するのであった。
「それでさぁ、この大男なんだけど……」
「大男……。なるほどなるほど……」
ぼそぼそと幾つかの単語を口から漏らすと、ガッシュと呼ばれた男の傍に片膝を付き、観察し始めた。まず行ったことは、眉間に突き刺さっている金属製の矢を抜いた事であった。
ぼろ布で丁寧に汚れを拭い去ると、矢を舐めるように調べてからアイリーンへと渡した。
さらに人にはない頬の毛などを確かめると、調べ終わったと立ち上がり、ガッシュを見下ろしながら話しを始めた。
「大体わかりました。エゼルに聞く前に、ヴルフとエルザに質問です。これらは何に見えますか?」
突然、話を振られてヴルフもエルザも答えに困り、脳裏に浮かんだ言葉を口に出してみた。
「わかる訳なかろう。お前さんがワシに質問してくるんじゃ、去年の戦争で戦った作られた兵士とでも言わせたいのだろう」
「私も、何かといわれても答えを持ち合わせていませんね。似てると言えば、猿?でしょうかね」
二人から出た答えが想像通りで満足したらしく、笑みを浮かべて”うんうん”と頷いていた。
「想像通りの答えをありがとう。では、エゼルは何と思ったのでしょうか?」
「前にスイールから亜人の種類を教えて貰った時に聞いた一種類だと思った。
さすがに優秀な教え子でもあるなと、やはり満足する答えにスイールは笑みを浮かべっぱなしになっていた。
「
「アイリーンも優秀ですね。
また、みょうちくりんな点数を付けてとエゼルバルドもアイリーンも顔をしかめる。だが、スイールを先生とした時に半分正解、すなわち、百点満点中五十点を取れる事の方が珍しかった。
「では、答え合わせを。手の平を見ると毛で覆われていません。これは足の裏も同じでした」
「それから顔や首、胸元など体毛が薄くなっています」
「なんじゃ?これで薄いのか、濃過ぎだと思うのだが?」
驚くヴルフに改めて”薄いのですよ”、と告げる。
人として見た時に、額や頬、鼻頭、そして首筋にそこから見える胸元に目を向ければ明らかに人と違う種類の体毛を有していると見る事が出来る。さらにこれだけ濃い体毛を目にすれば、毛深いでは説明が付かなくなる。
では、人ならざる者だった時はどうなるのであろうか?
エゼルバルドやアイリーンが口にした
「二人が口にした
「矛盾するけど、
そう口にしたエゼルバルドに”パチン!”と指を弾いて”正解です”と手を向けた。
「どちらから見ても中途半端と思うならば、エゼルが言った通り両方であると推測するべきでしょう。人と
ガッシュと呼ばれた男がどの様に連れて来られたかが不明瞭なため、断言だけは諦めたらしい。スイールの目から見ても、彼の特徴は明らかに二つの種族が混じり合っていると見て間違いないとしていた。
「スイールよ、少し待ってくれ。これがそのなんちゃらって猿と、人との混血だとする。お前が襲われた、いや、先程ワシと戦ったあの深緑の奴も、もしかしてそうなる可能性もあるのか?」
「戦ったって!何と?」
「こんなのが、まだいるの?」
ヴルフの話に反応したエゼルバルドとヒルダの驚く様を目にし、”これは失言だ”と口にしたヴルフに冷たい視線を向けた。
「ヴルフもその件は口にして欲しくなかったのですがね……」
「そうだったのか?申し訳ない」
「過ぎた事です。早いか遅いかだけです」
過ぎてしまった時はもう戻せぬと長い溜息を吐いた後、ヴルフの口から漏れた話題に戻った。
「私達がエゼル達と合流する前です。この地区へ入った所、私を襲った深緑の服装をした敵と遭遇しました。それが、ヴルフがうっかりと漏らした発言です。これは今となってはどうでも良くなりましたが」
スイール達がこの立ち入り禁止区域の中へ鉄格子を乗り越えて侵入した時だった。彼らを遮るように深緑の服装をした敵と遭遇し戦闘になった。
その相手が、ブール郊外でスイールに痛手を負わせた、亜人と見られた敵であったと告げて来た。
「結果的にヴルフが敵と剣を交えたのですが……」
「少し油断してな、お返しにって殴られた」
「だから、顔が腫れてるのか」
スイールの
エゼルバルドとヒルダは、合流したヴルフの頬が赤く腫れていると気付いていたが、その理由が気になっていたので、喉元につっかえていた小骨がすっと奥へと流れて行った、そんな気持ちになった。
「ワシもそいつを人からかけ離れた能力の持ち主と感じ取った。だから、あの敵も亜人、しかも混血ではないかと思ったんだが……」
「もしかしたら、良い線を行ってるかもしれませんよ」
剣を交わしたヴルフの直感が出した予想をスイールは肯定する。
スイール曰く、エルザやヴルフの祖父の様に人と言葉を交わせる亜人と、人に近いが知恵を持たぬ亜人とに分けられるらしい。当然ながら、人に近いためにその間で交配する事は可能である。
だが、知恵が足らず、自らの種族以外を敵と認識している筈の彼らは交配出来るとしても、生殖の相手とは見て取らないだろう。それに、適切な生殖が出来るとも限らない。
時折、好奇心旺盛な個体が現れ、例外が産まれる可能性も小なりとは言えあるだろう。
「そこで、何らかの理由で赤子の状態で手に入れた知恵を持たぬ亜人を人に慣らせ、彼らの能力を手に入れるために人、おそらく奴隷とされた人達と交配させたのではないかと見ているのですよ」
スイールは、”あくまでも予想ですからね”、と断りを口にしたのであった。
「全く、人をなんだと思っているのやら……」
「人を切って貼って繋ぎ合わせて、それで脳を入れ替えて、一体の兵士を生み出すよりはマシですけどね」
「そりゃそうだが、人を実験材料に使うのはどうもな……」
奴隷に落とされた人々と知恵を持たぬ亜人と交配させたと聞き、ヴルフだけでなく誰もがスイールの言葉に嫌悪感を覚えていた。もし、自らが奴隷に落とされたとしたら受け入れられるのかと葛藤していた。
そこへ、神聖教国の内戦で相対した人ならざる兵士を対象に出されてしまえば、どちらが受け入れられるか一目瞭然だった。
意識あるうちに実験材料にされるのか、殺されて実験材料にされるのかと考えればどちらも受け入れがたいのであるが……。
※ドレスについてはもう少しで(笑)
ガッシュと名付けた強力な敵ですが、知恵の少ない亜人と人との混血、そのように予想しています。これは次の章にてまた出てきますのでその時にも。
さて、混血ではないですが、実験体として切った張ったで生まれた人工兵士。
どこで出てきたかなぁ……、って思ったあなた。
”第六章 第十一話 狂気の研究者”あたりで出てきます。
その次は”第七章 第五話 ノルエガへの道 五 夜襲迎撃戦 その一”あたり
さらに、第八章 第二部の後半
そこらへんに実験体とか蜥蜴の実験体で出ています。
なんで、亜人との混血になったか?
簡単な理由なんですけどね。
えっと、いつ、説明に起こしてたんだっけかなぁ……。
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