第三十四話 追いかける先は街の北部エリア!

 トルニア王国の西の外れにあるブールの街、その域内に四万人もの人々が暮らす城塞都市である。

 防壁の直径は約一・五キロ程だが、街の成立時から今まで、歪な拡張のされ方をしている。そう考えると街中は網の目の様に道が出来上がり人目に付きにくい裏路地が多く、逃げるに適した場所が多々ある。

 特に街の北部は外敵から攻め込まれる場面を想定してそれが顕著であり、”犯罪者を探すなら北部”と言われる事もしばしばあるのだ。


 その北部地区へとエゼルバルドとヒルダは足を踏み入れているのだが、子供の頃に危険だと言い付けを守っていた為か、北部側にはそれほど詳しくはない。

 いつもは街の南側で殆どの用事を済ませてしまっていた為に、仕方ないだろう。


 だが、同じブールの街であると考えれば、北と南とその役割が異なろうとしていても、拡張計画は似通っていると予測を立ててみたのだが、どうもその予想が外れてしまっていると認めざるを得ない状況に陥っていた。


「参ったなぁ~。あいつは何処へ行ったんだ?」

「深緑の服装で、わたしのドレスが入った袋を持っているんだから目立つ筈なんだけどね……」


 幾ら、細い道が網目の様に張り巡らされているとはいえ、それ以外にも馬車が通れる幹線道は完備されている。そこを二人して、茫然とした表情を見せながら収穫祭でごった返す人々の合間を縫って歩いていた。


 とは言え、ただ茫然として歩いている訳ではない。深緑の格好をして大きな荷物を背負っていればそれは目立つ筈で、自らが行く先を知らなくても目撃者から情報を得られれば行き先を予想する事が出来るだろう。


 それならばと道の角や暇そうに客寄せをしている屋台に聞き込みをするのであるが……。


「これだけ聞いても目撃無しか……」

「でも、目撃が無いってのは来てないんじゃなく、裏道だけを通ってるって事よね?」


 確かにヒルダが口にした通りだった。

 人目を避け、裏通りを抜けていれば目撃者も出て来ないだろう。それに、こっそりと屋根の上を走れば、収穫祭に視線を奪われている人々の目に映る事は無いだろう。


 それを考慮しても、全く目撃証言の無い今は足を動かして情報を得るしかなかった。


 そんな二人だったが、ふと目にした光景に糸口を見つけたのだ。

 観光客の数人が輪になりおもむろに広げた案内図を見ながら、次は何処へ行こうかと話を始めていたのだ。


 エゼルバルドもヒルダもブールの街出身とは言え、全てを把握している筈も無く何処に何があるのか知らぬ事ばかりだった。それに加え、収穫祭で人がごった返していれば人の流れは通常とは違う可能性もある。

 そこから思いついたのは観光案内の地図を見て、観光客が詰め寄らぬ場所を探してみれば良いのではないかと考えてみた。


 観光案内の地図であれば、至る所で配っているので手に入り易く情報を得るのも簡単だ。そこにブールの街の地図を重ね合わせてみれば、人の寄らぬ場所を探し出すなどあっという間の出来事であろう。


 そして、思いついたが吉日とエゼルバルドは地図の入手へ、ヒルダは観光案内の地図を求めて人の流れの中へと向かって行った。


 それから十分ほどで目的の物を入手した二人は屋台の裏を借り、観光案内と地図を読み合わせていた。


 その中で、まず除外しても良い場所を見ようとすれば簡単にそれは見つかる。つまりは収穫祭の会場付近であろう。無数の人々が雑多に訪れる場所には簡単に入り込まないだろうと推測したのだ。

 ”木を隠すなら森の中”とことわざにもある様に、雑踏に溶け込めば姿は隠せるかもしれない。だが、深緑の服装をして大きな袋を持ち合わせていれば雑踏に溶け込むどころがその中で目立ってしまい、逆に目標となってしまうだろう。


 それに、スイールが一度対峙した相手も深緑の服装をしており、それは亜人ではないかと予想していた。エルザのようなエルフやエゼルバルド達の装備を用意してくれたラドムのようなドワーフと違い、人と違う特徴を持っている可能性もある亜人が、雑踏に紛れ込める筈も無いと予想する。


 その予想があるからこそ、人々の目に触れることを恐れ収穫祭の会場を避けていると思ったのだ。


「それから、兵士詰め所やその周りも排除しちゃっていいな」

「詰所の近所は沢山の人が住んでるもんね。それにお店もあるし……」


 人の住まう近所も除外の対象となっていた。

 それらを除外して行った時に、二人はある一か所に注目する事になった。


「ここって、怪しくない?」

「やっぱり!わたしもそう思ったの」


 そこは北部でも西に位置する場所で、訓練場の裏にあり寂れて人気のない場所、倉庫や人の住まわぬアパートが立ち並んでいる。

 それを見て、ふと思い出した事があった。何年も前から立て直そうとした地区が北部に存在し再開発の計画の中心地だと言う事が。

 だが、人口増加率や予算の都合から未だに着手されておらず、建物がそのままで立ち入り禁止地区に指定されただけだった。


 そうなれば、二人エゼルバルドとヒルダの行動は素早かった。

 地図を畳み鞄に仕舞い込むと、急いでその場所へと向かって行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 一方、エゼルバルド達に遅れて領主館を出発したスイール達は北部の中心へとようやく到着していた。彼等も同じように北部の地理には詳しく無く、収穫祭でごった返す主要な道を通らざるを得ず移動に四苦八苦していた。


 その中でもエルザの相棒のコノハが杖の上で暴れ鳴き、その度に周りから注目を集めれば移動もままならなかった。

 コノハを空に飛び立たせても良かったが、家々が密集して立ち並ぶ街中でエルザを探し出せるか疑問と残っていた為に、杖の上に押し留めていたのである。


 広場で噴水を背にし何方へ行けばよいかと思案をするが、スイール達も情報を持っている筈も無く茫然とするだけであった。

 だた一つの望みはパトリシア直轄諜報隊ダークカラーズが何かを見つけて接触してくれる事であるが、こんな短時間で手掛かりを見つけるなど無理な相談だろうとスイールは見ていた。


「さて、どうしましょうか?闇雲に探しても相手に出会えるはずもありませんし……」

「ホーホー!」


 顎に手を当てて如何するかとスイールの呟きに答えたのは、何故かエルザの杖の上で羽を広げて自己顕示するコノハだった。それを見て、何が気に入らないのかとエルザは首を傾げるが、コノハの視線の先を向けば一目瞭然であった。


 腕に色付きのバンダナを巻いている女がスイール達へと近づいてきたのである。


「スイール殿、お待ちしておりました」

「おや?深青ミッドナイトブルーは如何しました?」

「走り回って息が上がっておりましたので、見張りを交代しました」


 彼女のバンダナは鮮やかなオレンジ色をしており、パトリシア直轄諜報隊ダークカラーズの一人、南瓜橙パンプキンオレンジであった。

 彼女が接触してきたとなれば何らかの手掛かりを見つけて来たか、相手の居場所を探し出してきたかのどちらかであろう。


「それで、何かわかりましたか?」


 スイールは周囲を警戒すると南瓜橙パンプキンオレンジにそれとなく尋ねた。


「ここより西の立ち入り禁止地区へと入って行きました」

「立ち入り禁止地区だと?そんなところがあるのか、このブールに」


 驚いて言葉を漏らしたヴルフに、”勉強不足ですよ”とスイールが告げるとその場所の説明を始めた。立ち入り禁止区域に決定したときはヴルフがブールで活動を始めていた時期であり、スイールがその知らせを危険だからと教会の子供達の前で話していた事もあった。


「子供達の前で説明したときにヴルフもいましたよね?」

「そうだったか?」


 すっかりとぼけて頭を掻くヴルフを、アイリーンとエルザが声を殺して笑っていた。二人アイリーンとエルザは”そんな重要な事を忘れるなんて間抜けね”と思ってしまったのだ。

 忘れていた事については自らの落ち度であるが、そこで笑う事は無いだろうと冷たい視線をアイリーンとエルザに向ける。


「まぁまぁ、三人はその位にして……。それでエゼルとヒルダは如何なりましたか?」


 先に向かったエゼルバルドとヒルダを心配したスイールが南瓜橙パンプキンオレンジに尋ねるのだが、彼女は首を横に振るだけだった。


「そうですか、見失いましたか……」

「申し訳ございません」


 彼女は申し訳なさそうな表情をするのであるが、あの雑踏の中では仕方ないだろうと思うしかなかった。本来ならば見失うのは諜報部隊失格であるが、今回は初の実戦であり掛ける人数も人口に対して少なすぎた。


 だが、二人の事だから何か手掛かりを掴んでいるかもしれぬとスイールは考える。現にスイール達がこの場で南瓜橙パンプキンオレンジから手掛かりとなる情報を聞いているこの時にはすでに立ち入り禁止地区へと向かっているのであるから、スイールの思考は行動の先を見据えていると言っても過言ではなかった。


「で、如何するの?ウチも追い掛ける?」

「当然ですね。ですが、ここからは二手に分かれましょう。アイリーンは南瓜橙パンプキンオレンジと行動を共にして下さい」


 アイリーンの脚力なら南瓜橙パンプキンオレンジに引けを取る事は無いだろうと見ていた。それに彼女の主武器は長弓ロングボウであり、隠密行動を取らせた方が良さそうだと思いついたのだ。

 当のアイリーンはその意図が読み切れていなかったが、何か考えがあるのだろうとそれに従うことにした。


「わかったわ。それじゃ、先に行くわ」

「お願いします。ヴルフ、エルザ、私達も向かいますよ」


 アイリーンと南瓜橙パンプキンオレンジが先行して走って行くのを見送ると、スイール達も追い掛けるように西の立ち入り禁止地区へと向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルド達やスイール達が北部に入り、その西の立ち入り禁止地区へと向かい始めた頃、その地区の一つの大きな建物に、これまた大きな袋を抱えた男がこっそりと入ってきた。

 大きな建物、つまりは広大な倉庫であるが、そこを男は通り抜けて明かりが漏れるドアから倉庫の付属物のような小さな部屋へとさらに入って行った。


 小さな部屋、と言いながらもそれは倉庫に比べたらであり、奥行き六メートル、幅四メートルもあれば小さな、もしくは狭いとは言えないだろう。

 その部屋の中央に二メートル四方の四角いテーブルがあり、男はその上に担いでいた荷物を軽々と下ろした。


「おう、お疲れさん。これが例のブツなのか?」


 同じ深緑の服装をした者達がテーブルに置かれた袋を珍しそうに眺めている。その中の一人が”これが?”と問いかけて来たのだ。


「奴等が忍び込んで盗み出していたので、それは大切な物と思われます。ですが、背負っていて感じたのですが、嵩張かさばる割に軽いのです」


 そこにいた誰もが不思議な顔をしていたのだが、それは持ち込んだ男の言う通りで、上質で大きな袋に入っている割には、テーブルに下ろした動作が軽いと感じた。軽いと言う事は、貴金属や武器等から外れていると考えても良かった。

 それに加え、ここまで軽いのであれば、高級な食材とも全く異なると見ていた。


 男は大きな袋を奪いここへ持ち込む事を最上の任であるとしていたので、中身を見る時間を持ち合わせていなかったのである。


 それならばとある一人がその袋に手を出して口を開け、中の荷物を取り出してみた。

 すると……。


「何だ?これは」


 そこから現れたのは純白のドレスと、対になったタキシードであった。男物のタキシードは畳まれていたが、ドレスはスカート部が広がる様に作られ、そのおかげで大きな袋が必要であったとわかった。


「おい、これが奴等が持ち出した重要物なのか?」

「俺を疑っているのか?担いでいる女を気絶させて奪ったんだ、間違える訳ない!」


 その女以外に何かを持ち出した人物は皆無であったと力説するのである。


 だが、そのドレスとタキシードを見て、一人の男は首を傾げていた。何故これが奴等が危険を冒してまでも持ち出したのかと。

 ドレスの価値はそこまでわからないが、タキシードに使っている生地は一巻きで大金貨が飛び交う高級品などではなく、せいぜい金貨でおつりが貰える程で一般市民が購入出来る中級品であった。

 そう考えると、デザインや作りは手が込んでいるが、ドレスも同じ生地を使っているのではないかと考えるしかなかった。


 要するに、領主館に出入りしているカルロ将軍の手の者が奪うには下級品過ぎたのである。

 男はテーブルに並べてあるドレスとタキシードを前にして、顎に手を当てながらしばらくの間、思考を巡らせとある一つの結論を導き出していた。


「……もしかしたら、罠かもしれんぞ」

「罠?はめられたと言いたいのですか?」


 これが罠であれば、男達の隠れ住まいを探し当てる手掛かりを奴等に与えてしまう事になる。まだここにドレスとタキシードが持ち込まれて僅かの時間しか過ぎていないと考えればここを引き払うべきであろうと説明していった。


「わかったか?直ちに撤収準備だ。外にいる奴は街の外へと脱出する様に告げるのだ。十人ばかりはここの後始末に残れ」


 男が激を飛ばすと、自らの役割を果たすべくその部屋を後にし、飛び出して行くのであった。




※今回も状況説明回みたいなもんですね。

 次回から戦闘回に突入です?

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