第三十三話 現在の状況は?

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 エゼルバルドとヒルダがアデーラの服飾工房を訪ねようとした早朝まで時間をさかのぼる。


 領主館を遠目に見張っている一団が数か所に分かれ存在していた。そして、いつ動き出すのかと痺れを切らし始めていた。

 視察と称してカルロ将軍が領主館を訪れ、収穫祭の初日に姿を現した切りで、目当てのパトリシア姫の姿を見つけられていなかったのだ。

 領主館で働いている執事やメイドもこの時ばかりは休みを交代で貰い収穫祭を楽しんでいた。彼等をその一団は見ていたのだが、肝心の姫が現れていなかったのである。


 そんな彼等の苦労が報われる事象が起こったのはその収穫祭の三日目の早朝だった。人目に付きにくい裏の出入口より色とりどりの衣装に身を包んだ女達が現れた。


 退屈だった監視にやっとの事で巡って来た、敵の行動を探る糸口が現れたと彼等は喜びを表していた。


「おい、動きが見えたぞ!」


 望遠鏡で見ていた一人が思わず口に出して仲間に知らせる。すでに太陽も防壁の上に顔を出し、家々から朝食を作る煙が立ち上っている時間に動き出すとは怪しい、と睨みを効かせている。

 彼が睨んだ通り、色とりどりの衣装に身を包んだ女達はそれぞれが別々の場所へと向かい走り去る姿が見えた。そして、これはチャンスとばかりに男達は互いに合図を送ると即座に後を付ける手筈を整え、収穫祭で人が溢れ始める街へと消えて行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイール達は人気の無い裏口から領主館へと入り込むと、そこにはカルロ将軍やパトリシア姫、そして護衛となる数人の騎士が揃っていた。

 だが、その中で一つ、違和感を感じ驚いた事象があったのだ。それは、自慢の黄色い髪の上に銀髪のかつらを被り、凛々しく男装していた事であろう。胸を潰しタキシードを羽織った姿に誰が女性と見るだろうか?


「姫様、スイール殿とお仲間をお連れしました」

「ご苦労。しばし休んでおれ」


 男装の麗人となったパトリシア姫が王子に成り切り、口調も勇ましく深青ミッドナイトブルーへと告げる。

 そして、カルロ将軍と共にスイール達へと向き直り溜息を吐くのであった。


「既に報告は聞いているだろうが、厄介なことになった。妾の計画が邪魔されてしまったのじゃ。その相手が何処の誰かと聞けば、スイールよ、お主を襲った相手と聞いたが……」

「恐らくですが、襲ってきた相手と同じ集団かと思われます」


 起こってしまった事象もそうだが、厄介な相手に目を付けられたとスイールは溜息を吐く。あの高い身体能力を持つ相手はなるべく対峙したくなかった。


「時間がないから手短に。すみれ紫バイオレット説明を!」

「はい、姫様。現状ですが、お二人エゼルとヒルダは近くまで来ていまして、アンブローズ様と数人の騎士が領主館の前で合流すると思われます」

「ん、アンブローズ殿が来ているのか?」


 パトリシア姫が我儘を言い、狩りに出た時から護衛として付き添っていたのがアンブローズである。人柄もそうだが、実力も兼ねそろえておりヴルフの認める実力者の一人だ。

 そんな彼が王都を出て、このブールに来ているとなれば驚かざるを得ないだろう。


「アンブローズは妾の騎士団の教官なのでな。それに加えて騎士団の次期、大隊長候補でもあるから、連れて来ないわけにはいかんだろう。おっと、話の腰を折ってすまんな、続けてくれ」

「はい。それで敵ですが、少なく見積もっても十数人、多くて二十数人、三十人はいないと思われます。これは領主館の周りを探っていた敵の数から試算したのですが……」

「なるほど、三十人弱が敵にいる可能性がある……ですか」


 深緑の服装をした相手が敵に回るとなると相当な苦戦を強いられると思うとスイールは顎に手を当てて神妙な顔をした。初めての接触ファーストコンタクトで手痛い一撃を貰っていれば、誰もが渋い顔をするだろう。


「だが、あれほどの手練れがそうボンボンいてたまるか!そこはワシに任せ置けばよい」

「ヴルフの言う通りだ。だが、一人で行動するな。念には念を入れ、必ず二人一組で動くのだ」


 心配するスイールの肩を”ポンッ!”とヴルフが叩いて、敵は任せろと告げる。それに加え、カルロ将軍からも一人で対処せずに、手練れには複数で当たれと、この場にいる者に、そして、情報を伝達する彼女達にも指示を出すのであった。


「それで敵ですが、我々から奪った荷物を持ち、ここよりもさらに北を目指しているそうです」

「一応、各門は封鎖したので、無暗やたらと街の外へ出られんはずだ」


 敵の行動を監視しているすみれ紫バイオレットの仲間が、動向を監視しているらしく、この場に情報が次から次へと集まってきている。それに加え、カルロ将軍の指示で街の外へと出る門は全て封鎖していると、既に手を回してると告げて来る。


「随分と手回しが良いではないか、カルロよ」

「なに、私がこの場にいるんだ。街の守備を指揮下に置くのは同然であろう。それに重要人物を守らんでどうする」

「……重要人物って誰の事?」


 その手回しの良さにヴルフが呆れるが、王都での守備をこのブールの街に展開しているだけであった。ただ、慣れた王都の兵士ではなく、ブールの兵士を動員しているので意思疎通が完璧とは言い難いのだが。

 それでも、国の直轄都市であるので他の都市に比べれば馴染みやすいと言えよう。


 そして、カルロ将軍が口にした”重要人物”との言葉にアイリーンが反応して首を傾げた。国王のご息女であるパトリシア姫は重要人物に当たり、守るべき者であろうが、カルロ将軍はそれ以外を指していたように聞こえた。

 アイリーンの言葉に反応したのか、カルロ将軍は”にこにこ”と笑みを浮かべて自らに指を向けるのであった……。


「……えっと、……エゼル達はそろそろ到着かしら?」

「はい、到着のお時間です」

「こら、無視するんじゃない!」


 アイリーンはカルロ将軍の仕草を視界に入れなかった事にして、すみれ紫バイオレットに到着の時間を尋ねてみると、合流しなければならぬ時刻となっていた。

 それを合図に、アイリーンのみならず、スイールやヴルフ、エルザまでもがすまし顔をして部屋から出て行こうと足を動かし始めるが、それが気に入らぬカルロ将軍は思わず叫び声を上げてしまっていた。







 堂々と領主館の正面から出たスイール達は目印となるアンブローズを探した。カルロ将軍の護衛として同行している彼はその任にふさわしい美麗な鎧を身に着けている筈ですぐに見つかるだろうと高を括っていた。

 だが、スイール達の視線に入ってきたのは美麗な鎧を身に着けた姿ではなく、何処にでもいそうな一般人の服装をしたアンブローズだった。さすがにその恰好では瞬時に見分けが付かず、スイールは失笑を漏らしていた。


「アンブローズさん。お久しぶりです、お元気ですか?」

「おや?皆さんもお元気そうで」


 何の変哲もない挨拶を交わしていると、井戸端会議でもしそうな勢いであると思ってしまう。それではいけないと、頭を振って平穏無事に過ごす何時もの気持ちを振り捨てるのであった。


「そろそろ、エゼルとヒルダがこの場に姿を現すと思うのですが……。アンブローズさんの姿では見つけられぬ可能性もありますね」

「あぁ、この服装ですか?鎧姿では市民に良からぬ印象を与えてしまうだろうと、鎧の姿は禁止されましてね」


 領主館に一人で美麗な鎧を身に着けて立ち尽くしていたら、収穫祭で目立ってしまうと領主館のメイドに注意を受けたと告げてきた。妻帯者のアンブローズだからこそ、にこにこと笑顔を見せて返事を返したに違いないと思えば、場が和んだ。


「と、そう言ってる間に現れましたな」


 アンブローズと会話をしていると、南側から掛けてくる二人エゼルバルドとヒルダの姿が視界に入ってきた。

 その二人もスイールを始めとした仲間を見つけると何事かと足を止め、息を切らせながら不思議そうな顔を見せるのであった。


「良い所に来ましたね。二人にはこれを渡しておきましょう」

「わざわざ持ってきてくれたの?」

「借り物の剣じゃ、不安だったのよね」


 スイールは二人エゼルバルドとヒルダにブロードソードと軽棍ライトメイスを手渡すと、武器に不安を持っていたらしく笑みを浮かべていた。


「もっと装備を持ってこれれば良かったのですが……」

「これだけでもあれば、あいつ等を追えるよ」

「そうよ、私からドレスを奪った奴なんか、ギッタンギッタンにしてやるんだから!」


 そう告げると、二人エゼルバルドとヒルダはすぐさま探しに行こうするのだが、”少し待ってください”とスイールが制止した。

 エゼルバルドとヒルダは止められて不満を見せていたが、何らかの理由があるのだと”ハッ!”と気付いた。


「もしかして、何か情報を掴んでいるんじゃ……」

「そりゃそうだ。お前達が走り回っている間にもカラーズから情ほ……モガモガモガ!」


 エゼルバルドがズバリと尋ねてみると、ヴルフから興味深い話が漏れ聞こえてきたが、アイリーンが慌てて彼の口を塞ぎ話を遮った。

 何やら怪しいとエゼルバルドが詰め寄ろうとするが、その前にヴルフの口を塞いだアイリーンが疑問に思った事を話して来たのだった。


「御免御免、ヴルフが舞い上がっちゃってるみたいで、変な事口走っちゃったみたい。カルロ将軍の所に情報が集まってね、二人がピンチになったって聞いたのよ。それで、ウチ等が出て来たってワケよ」


 怪しすぎるアイリーンの行動に不信感を覚えつつあったが、それよりもヒルダのドレスを追わなくてはと思い、話の続きを催促した。


「それで、今はここから北に向かっているって言ってたから、どこかにアジトでもあるんじゃないかな?これはウチの予想だけどね」

「わかった、北だね。じゃ、ヒルダ急ごう!」

「は~い。皆にはあとでお話があるから、よろしくね」


 追い掛ける相手がどの方角へ逃げているかと聞いたエゼルバルドとヒルダはスイール達に一言残して街の北部へと向かって行った。

 二人エゼルバルドとヒルダが視界から消えたと見たヴルフは、口を押えていたアイリーンから強引に離れ文句を言い放った。


「こら!ワシの口を塞ぐんじゃない、殺す気か!?」

「だってアンタ、余計なことを口走るんだもん。そりゃ慌てて口を塞ぐにきまってるでしょ。大体何よ、とか口走っちゃってさ」


 口を塞がれたヴルフが怒るのも当然だが、彼の口から漏れ出た言葉にアイリーンが怒るのも当然だった。パトリシア姫が仕組んだ計画が実行中であり、少しでもあの二人エゼルバルドとヒルダに情報を与えないことが先決となっていた。

 それなのにも関わらず、ヴルフの口からヒントとなる言葉が出てしまえば口を塞ぐしか無くなってしまうだろう。


 だが、今回は口を塞いで会話を止めたアイリーンにも非があり、ヴルフ、アイリーンのどちらが悪いかは半々であると言わざるを得ないだろう。




 ここで、ヴルフが口走ったカラーズであるが、何を指すのかを説明しよう。


 カラーズ、正式にはパトリシア姫直属の黄色ナイツ・薔薇騎士団オブ・イエローローズ内で採用した諜報員五人を纏めてパトリシア直轄諜報隊ダークカラーズと呼んでいるのだ。

 五人はそれぞれ色を持ち、エゼルバルドとヒルダの前に現れた泥棒、怪盗緋色の薔薇スカーレットローズを演じた緋色スカーレットを初め、明緑ミントグリーンすみれ紫バイオレット深青ミッドナイトブルー南瓜橙パンプキンオレンジである。

 本来は腕や足首にワンポイントでそれぞれの布を巻いているのだが、今回だけはわざと目立つようにと上着とズボン、そして、外套を同じ色合いで統一していた。


 その全身同色で表していた姿も、上手く計画が運ばぬ今は周囲に溶け込む服装に変わってしまっているのであるが。


 ~~閑話休題~~




「それでは我々も情報を得てその都度、報告に参ります」


 二人エゼルバルドとヒルダを見送ったスイール達の下へ、何処からともなく現れた一人の女性が近づいて来て、スイールの耳元でぼそりと言葉を告げた。


深青ミッドナイトブルーですか?先程とは随分と印象が違いますね。私達も後を追いますので何かわかりましたら、知らせてください」


 左腕に青いバンダナを巻いた女性へと答える。

 答えを聞いた深青ミッドナイトブルーは軽く頷きを返すと、スイール達に先行し、街の北部へと向かって行った。


「それでは私達も向かうとしましょう。必ず、二人一組で行動してください、敵にどんな手練れがいるかわかりませんから。それに、手に負えないと思ったら何とかしようとせず逃げてください。幾ら何でも市民を虐殺するとは思えませんからね」

「確かにそうじゃな。一人で動くには、ちと心細いな。あの二人エゼルとヒルダがいてくれれば状況も変わったろうになぁ」


 足を進めようとした所でヴルフは居ない二人を恨みがましく思う。だが、いない者は仕方ないと溜息を吐くのであった。


「ウチ等から先行しているんだから、そこは心配しなくてもいいんじゃない?ねぇ」

「ええ、私もそう思います。今回は私もへまをせずに上手く対処して見せます」


 楽観的に捉えるアイリーンに振られたエルザだったが、手痛い失敗をして捕まった過去を思い出し、今度こそと力を籠めるのであった。


「それでは時間もありませんから、早速向かいましょう」


 そう告げると、領主館の脇を通り街の北部へと向かうのであった。




※今回は状況説明回でした。

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