第三十二話 え?第三の勢力が出て来た
「も~!あんな事言うから気になっちゃうじゃない」
屋根の上を走るヒルダの足が何時もに比べて鈍っているのは、エゼルバルドが服装に注意をと言われた事に端を発する。
口では”ドレスを追う方が先決よ!”と口にしていたが、そこは恥じらいを感じる年頃の女の子とすれば、ワンピースの裾がひらひらと流れ舞う姿がどうしても気になってしまうだろう。
そんな彼女は今、ワンピースの裾を手で押さえながら追い掛けている。
誰が見ても、仕方無いと言えば仕方無い。そう思うだろう。
「仕方無いだろ。下着を見せながらなんて横から見てられないんだからさ」
ヒルダはその気遣いに頬を”ポッ!”と赤く染めるのだが、今はそれどころでは無いと顔をエゼルバルドから反らした。
「そっぽ向いてないで降りるぞ」
「も、もう!わかってるって」
二人は追い掛ける怪盗
すぐさま周囲に視線を巡らせ人の気配を探るのだが、二人が視線を向けた先に飛び込んできたのは全く予測し得なかった、赤白の外套を羽織った怪盗
表の通りから外れている裏通りには、倒れている真っ赤な姿の泥棒以外には誰の姿も見えず、何故倒れているのかと不思議に思う。
だが、その不思議さに躊躇もせずヒルダは倒れている彼女を仰向けにして胸倉を掴み、揺らしながら大声を浴びせて行った。
「こら~泥棒!起きろ~、わたしのドレスを何処にやった~!!」
泥棒の頭を前後に”ガクンガクン”と揺さぶりながら声を掛けるヒルダの必死さが良く表れているのだが、それは逆効果ではないかとエゼルバルドが横から声を掛けて止めさせる。
「お、おい。それじゃ死んじゃうよ」
「わたしのドレスを盗って行ったのよ、少しぐらい良いじゃない。それにドレスを何処にやったか吐かせないと」
前後に揺さぶるのは諦め、それでは気を付かせようと頬に平手打ちを加えようと手を上げた。
「う、ううぅ……」
気を失っていた泥棒が気が付いたらしく、うめき声を上げながらゆっくりと瞼を開けて行く。そして、彼女の視線の先に、大きくヒルダの顔を見ると”ヒヒイィィ!”と、怯えた声を上げた。
「ちょ、ちょっとアンタ!わたしのドレスは何処へやったのよ。さっさと出しなさい!」
「ググッ!!」
襟首を掴み絞め上げながら”ドレスを何処へやった”と迫るヒルダだが、首を絞められうめき声しか上げられず、その絞めている手を解いてくれと言わんばかりに”パンパン”と叩く。
あっと思い、ヒルダは絞めている手をほんの少し緩める。すると、その泥棒は”ゴホゴホッ!”と咳込みながら、”持っていかれた……”と声を漏らした。
「ちょっと、持っていかれたって何なのよ!」
「待て待て、そんなにしたら喋れないじゃないか」
再び襟首を締め上げるヒルダをその泥棒から離し、エゼルバルドはショートソードを抜いてヒルダの代わりに低い声で話し始めた。
「さて、逃げられると思うなよ。で、盗って行ったドレスは何処へ行った?正直に答えれば突き出すだけで勘弁してやろう」
「……」
仮面が外れ、澄んだ瞳を明後日の方に向け汗をだらだらと垂らしていた。そして、しばらくの沈黙の後に小声を出し始めた。
「……と、盗られ……ました…」
「と、盗られた?お前が盗んだ物を誰が盗むって言うんだよ!」
ショートソードを”ズイッ”と首筋に近づけ、答えを促すのであった。その泥棒は鋭く尖った刃に身を震わし怯えるのだが、首を刎ねられるのだけは御免だと、”ぼそりぼそり”と話し始めた。
「……こ、ここに降りた時に、待ち伏せをされてた……」
「待ち伏せ、誰がだ?」
「…それはわからない。だけど、深緑の服装をしていた事……だけはわかった」
「深緑ですって?」
泥棒が口にした
その深緑の格好の相手に襲われたスイールは
それに加え、その身体能力を見るに亜人である確率が高いという。
だが、スイールを襲った相手と、この泥棒を待ち伏せした相手が同じとは如何しても思えなかった。スイールを襲った相手であれば、一刀の元にこの泥棒を切り捨てていただろうと感じていたからだ。
そうだとすれば、スイールを襲った相手の仲間、とヒルダは予想するのである。
「ん?何か気になるのか?」
「い、い~え~。それよりもどっちに行ったか覚えてる?」
ヒルダはそれよりもと話題を変え、盗まれたドレスを追おうと相手が逃げた方角を尋ねてみる。少しでも覚えていれば、まだ
「……た、多分…あっち……」
まだ朦朧とする意識の中、その泥棒はある方向に指をやり、無念そうな表情を見せるのであった。
「北?」
その泥棒が向かっていた先と真逆の北を指し示したのだ。
あと少しで防壁に達し、逃げ出すのもわけない距離に来ていた筈なのだが、それをせずわざわざ北に向かったと知れば、当然ながら違和感を覚えるのは簡単だった。
自らに殺意を向けられて脅され、身体的な能力も低下し、若干とは言え意識が朦朧としている中で偽りの言葉を述べているとも考えられぬとすれば、泥棒とは言えども信じるしかないだろう。
「今は一刻を争うから、この泥棒は置いていこう」
「え~、置いてっちゃうの?」
「仕方無いだろ、どちらかがここに残るなんて今は出来ないだろう」
「まぁ、そうだけど……」
泥棒とは言え、今にも倒れそうにしている人を放って助けぬのだと後ろ髪を引かれる思いを抱くヒルダだったが、泥棒には慈悲も無しとエゼルバルドに従い盗まれたドレスを追い掛けようと気持ちを切り替えた。
未だに地面に横たわる泥棒が気になるヒルダだが、後ろを気にしつつも駆け始めたエゼルバルドを追い掛けるのだった。
「大丈夫だよ。泥棒が簡単にくたばる筈も無いさ」
「そうだと良いけど……」
倒れる泥棒の無事を祈りながら、”結婚式のドレスを盗んで天罰が下ったんだよ”と言い切るエゼルバルドと共に泥棒が指し示した方角へと走って行くのであった。
エゼルバルドとヒルダが泥棒から離れ、それが示した方角へと走り去ったその後、その泥棒へ明るい緑色の服装をした一人の女が近づいてきた。
そして、その
「おい、大丈夫か
「あ、あぁ。
「我々以外に
それに彼女達に敵対する勢力を認識していながら、思わぬ現状となってしまった今を悔いるのであった。
「た、多分そいつらだ……。”深緑の服装”の奴らは身体能力がずば抜けている。……訓練不足の我々には……残念ながら対抗できる手段はまだ無い……」
「そうか……。それならば、カルロ将軍に相談して対策を練ろう」
「一旦戻ろう、動けるか?」
「あぁ、何とかな。それにしても奴らはかなりの腕を持っている。
「大丈夫だ、
”それなら安心だ”と答えると、痛みを感じさせぬ動きで走って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「フハックジョーーン!!」
「ちょ、ちょっと汚いわね!手で押さえるとかしなさいよ」
教会のリビングではエゼルバルドとヒルダの帰りを待ち望むスイール達が着替えを用意してくつろいでいた。
予定では、あと半日ほどで
そのまったりとした空気の中で、ヴルフが大きなくしゃみをしたのであれば、誰もがびっくりするのも致し方ないであろう。その対面に座っていたアイリーンには唾が飛んできたらしくこめかみに青筋を立てていたのであるが……。
「すまんすまん。何の前触れも無くくしゃみが出てしまったので、押さえる暇もありゃせんかったわい」
「
「スイールは心配性だな」
頭を掻いて乾いた笑いを漏らすヴルフであったが、急にくしゃみが出たと自分自身も驚いていた。何時もなら、くしゃみが出そうならば、鼻がムズムズとしている筈だと。
「ん?誰だ」
笑みを浮かべていたヴルフだったが、リビングのドアに良からぬ気配を感じ取ると身を乗り出しドアへと視線を向けた。
そして、ゆっくりとドアが開き姿を現したのは濃い青の服を着た女性であった。
「おや?
スイールが声を掛けると彼女は首を横に振って答えた。
「申し訳ございません。皆様のご助力を仰ぎに参りました」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって失敗したって事?」
「少し事情がありまして、半分成功、半分失敗とカルロ将軍が仰ってました」
”何だそれは?”とそこにいる皆が
「”深緑の服装”を着た勢力が仲間を襲い、例のアレを持ち去りました」
「スイールを一度、襲ったきり姿を現さないと思っていたら、この収穫祭に合わせて出てきたか……」
ヴルフが右手に拳を作り、左の手の平に打ち付けて気勢を上げる。
「それで状況はどうなっていますか?」
「
こうも事件が舞い込むのかとスイールは呆れ顔で溜息を吐いた。そして、子供達の晴れ舞台をこうも汚されては許せる筈も無いと腰をゆっくりと上げて行く。
「わかりました。晴れ舞台を潰されては叶いません。ヴルフ、アイリーン、エルザ、行きますよ」
「そう来ると思ったわい」
「ま、当然よね。暇つぶしにもなるし」
「出るのは構わないのですが、方針は?」
スイールが珍しくやる気を見せて激を飛ばすと、それに同調してヴルフにアイリーン、そしてコノハを杖の上で遊ばせているエルザはすくっと立ち上がる。
「決まっています。相手を見つけ次第、返り討ちにして殲滅です。一人、二人残っていれば良いでしょう。
「お~怖。スイールが敵じゃなくって、ウチはホッとしたわ」
殲滅すると豪語し怒りを露にしたスイールの言葉を耳にしたアイリーンが肩を
それからしばらくして、装備を整えたスイールを始めとした四人は
「まずはエゼルとヒルダに装備を渡さないといけないかな?」
ヒルダのドレスはともかく、カルロ将軍達に対峙するような部隊がブールに展開されている事態を重く見たスイールは、指示を受けようと領主館を目指していた。そして、対峙する相手が手練れてあると感じていたスイールは無手で出て行った二人に最低限の対処ができるようにとエゼルバルドのブロードソードとヒルダの
「そうじゃのぉ。何処かで合流できれば御の字なんじゃがの」
「コノハに上から探してもらうってのはどう?」
「う~ん、多分出来ないわね。それよりもこの人達の方が詳しいんじゃない?」
アイリーンが杖の上で気持ちよさそうに目を瞑っているコノハに白羽の矢を立てようとしたが、訓練をさせていないコノハには無理だと告げる。その本人(本鳥?)は”何か呼んだ?”と、首を曲げて赤髪の女性に顔を向けるのであった。
そんなコノハに微笑ましい目を向けながら、エルザはブールの街を駆け回っている先頭を行く
「多分、我々が合流する方が早いかと思いますが、どうも我々の一人が接触しあまり良い印象を与えていないようなので厳しいかと存じます……あ、領主館に到着しました」
領主館に到着した言うと、裏の細い入り口から
※怪盗、緋色の薔薇は早々にダウン……。ですが、彼女らは怪盗ではなく、その役目をしていただけ。では、彼女らを襲った連中は?
それは次からのお楽しみ~。
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