第二十八話 アイリーン、狙い撃つ相手を見つける?

 領主館に招待された、食事会と称する慰労会から四日がすでに過ぎ去った。


 スイール達が教会の庭先で、日課である朝の訓練を行っていると、その食事会の主催だったアドルファス男爵が数人の部下を引き連れてひょっこりと顔を出してきた。

 男爵の爵位を持つのであれば使いを出して呼び出せば良いのではないかと思うかもしれないが、アドルファス男爵はそんな身分ではないと自ら出向くスタイルを貫いているのである。


「朝からとんでもない訓練ですな!我らの部下でもこれ程の訓練は付いてこれまい。さすが、ヴルフ殿ですな」


 高笑いと共にそう告げると、お供の兵士達は拙そうな表情をこっそりと見せていた。あの高笑いはルストに戻ったら、絶対に訓練が厳しくなるであろうと皆が一様に思ったからだ。彼らの脳裏には自分達が受ける激しい訓練の様子がありありと浮かび上がっているのだから……。


「なぁに、今日はたまたまじゃよ。全員揃ったし、体もなまっておるしの。まさか、訓練を見に来たのではあるまいに……。で、どんな用か?」


 一通り、気が済んだヴルフが汗を拭きながらアドルファス男爵に言葉を返した。男爵の後ろに控える者達は全てが初めて見る顔だった事が気になたのだが、それを口にするほどでもあるまいとそれ以上は口を噤んだ。


「はっはっは!訓練を見たのは偶然偶然。これからルストへと帰る挨拶に来ただけだ。命の恩人だからな」

「それなら、使いを出して呼び出してくれれば喜んで応じるんだがなぁ」


 男爵の性格からして、呼び出すなどありえないと思ったからこそヴルフは笑みを浮かべて返す。ただ、アドルファス男爵が呼び出すのであれば喜んで行くというのは本心でもある。


「またまた、手厳しい事を。まぁ、そんな訳でこれからルストへと戻ります。皆様もお元気で」

「私達もお世話になりました。機会がありましたら轡を並べて……とはならない方が良いですね」

「訓練だったら喜んで致すがな!はっはっは!」


 スイールも世話になったと男爵へと挨拶を返す。

 魔術師の意味ありげな言葉に”訓練なら”とアドルファス男爵は答える。轡を並べて共に戦うのは願ったり叶ったりであり、こんなに頼もしく思える男はいないだろうと思う。何より、敵に回せば全滅だけで済むのか見当が付かず、軽い挨拶とはいえ背中を冷たい汗が流れ落ちていった。


 口元は笑いながら、目元は敵を見るような表情をしていた所へ、三十歳ほどの好青年が男爵へ近づき声を掛けた。


「男爵!そろそろ戻りませんと、父上達が首を長くしてお待ちです」

「おお、そうか?もうそんな時間か」


 名残惜しいと思いながらも、別れの挨拶を切り出すのであった。


「では、ヴルフ殿もお元気でな」

「男爵そこ、元気でな。帰る間際に申し訳ないが、その彼らは?」


 帰り間際に申し訳ないと男爵に声を掛けた好青年もそうだが、よく訓練された兵士達が気になり、ヴルフが尋ねる。


「こいつ等はルストの街から迎えに来たんだよ。長男は留守を任せているから離れられないって、ダレンの息子、【フレデリック=ハンプシャー】を寄越してきた。もう三十路になるのに未だに結婚もせんとフラフラしておる」

「男爵!!」


 フラフラしているのではなく、”見合った相手がいないだけです!”と返していたが、結婚したくない、ただの言い訳だろうと一蹴する。

 家族のような和気あいあいとした雰囲気を見せながら軽く礼をすると、そのフレデリックに小言を耳元で言われながら、領主館へと帰って行った。


「ふぅん。なかなか格好いいわね」


 アドルファス男爵を見送るヴルフとスイールの下へ、口を挟んできたのはアイリーンだった。男爵へ告げた一言を耳に入れた彼女が声の主を気にしてすぐさま訓練の手を休めたのだが、声を掛けようとしたときにはすでに遅く、挨拶を終えて帰り行く後ろ姿しか望めなかった。


「なんじゃ?ああいうのが好みか?」

「う~ん……。確かに好みでもあるわね。結婚していないってのが気になったけど……」


 男爵が告げた、結婚しない言い訳だと告げた事が気になっていた。

 アイリーンも結婚はしたいし、いい男がいれば今すぐにでも飛んでいきたいと昔は思っていた。だが、この年齢まで独り身のままであるのなら、逆にじっくりと選んでからでも仕方無いと思い始めていた。


「まぁ、ダレン=ハンプシャーの息子らしいから、ルストに行けば会ってくれるじゃろうし」

「えぇっ!あのお爺ちゃんの息子なの!?」

「お爺ちゃんは失礼だろう」


 その話を横で聞いていたスイールは男爵に結婚していない女性がいると紹介状でも書いてみようかと思うのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイールは教会の母屋から離れ、自らのあばら家に戻ってすでに数日が経っていた。六月に入り、汗ばむ陽気が徐々に増え夏に向かっていると身をもってわかり始める季節だ。


 シスターに管理を任せていたが、街から離れた場所にあるからかそれほど入った形跡もなく埃が随分と積もっていた。それを徹底的に掃除し、綺麗な空気にするには一苦労だった。

 だが、ある程度はシスターが手を入れていたおかげで、掃除も幾分か楽ではあった。


 そんな生活が戻ってきたスイールは久しぶりに日の出前に目を覚まし、散歩に出ることにした。とは言っても、行く場所は変わらず、薬草が沢山自生している、あの沼地なのであるが。


「久しぶりですね……おやっ?」


 あばら家を出る事十分、沼地へと足を運び入れたスイールだったが予想もせぬ光景に驚いたが、この場にいても不思議でない二人に納得するのであった。


「あ、スイールのおっちゃんじゃん!」

「おっはよーございまーす」


 東の空がうっすらとしらむ日の出の時間に薬草を採取していたのは、エゼルバルドやヒルダと同じ孤児院で育った、リースとポーラの女性二人組だった。


「おっちゃんって……。昔から変わりませんねぇ、あなた達……。まぁ、いいでしょう、元気なのは何よりです。それで、今日は何の薬草を採取しに来たのですか?」

「え、決まってるじゃない、いつもの疲労回復のお薬に使う薬草よ。スイールが売ってた時から一番の売れ筋でしょ、忘れたの?」


 薬草を採る手を休めてリースが答えた。

 この辺りには三種類ほどの薬草が群生しているが、二人が腰を屈めている場所はその疲労回復の薬に使われる薬草が群生している場所である。その場所で腰を屈めていればスイールには一目瞭然であるはずなのだが、質問してくるとはその年齢でボケてしまったのか?と思わざるを得なかった。


 だが、当のスイールからしてみれば教えたことが忠実に覚えているかと、確認の意味もあったために、ボケているのかと取られてしまったようだ。


「忘れる訳ありませんよ、今でも作っていますからね。これはいない間に二人がどれだけ成長したのかを問いただす試験でもあったのですよ」

「まぁいいわ。そう言う事にしておくわ」


 止めていた手を動かし始め、採取した薬草を次々に籠に放り込んで行く。採取する薬草も必要部位だけに留め、資源の枯渇を防いでいるあたりにちゃんと教えを守っているのだと”ニンマリ”と笑顔になった。


「その手付きを見れば合格ですね」

「スイールが教えたんでしょ。あれだけ”クドクド”と言われれば誰だって覚えるわよ」


 そう怒ったのはリースよりも遠い場所で採取しているポーラが手を動かしながら答える。あちらも籠がいっぱいになり、作業終了が近づいてきたと見る事が出来よう。


「そうそう、この辺りに野生の獣が出没するらしいのよ。見つけたら退治しておいてくれる?」

「野生の獣……ですか?」


 この辺りには野生の獣など出没した事など無かったと首を傾げる。だが、スイールが視線をぐるりと沼を一周させると対岸で何かが動いた。

 大人しい草食動物を見つけ、それに指差しながらポーラへと伝える。


「ポーラ。あれの事ですか?大人しい草食動物ですが」

「う~ん、どうなんだろう。よくわかんな~い」

「そうですか……」


 対岸に見えるのであれば脅威ではないと、それ以上は視線を向けるのを止めポーラへと戻すと、彼女の横に薬草の採取が終わったリースの姿も見えた。


「スイールー!帰るから護衛お願いねー!」


 まだ、”魔法の練習もしていないのですがねぇ”と思いながらも二人からの頼みを断れる筈も無く、苦笑いを見せながらリースとポーラと一緒にブールの街へと向かうのであった。


「そうそう。二人はヒルダの衣裳は何時出来上がるか聞いてますか?」


 ここ数日、スイールは自らのあばら家の片付けなどが忙しく、教会へと顔を出しておらず、聞きに顔を出そうかと思っていたところであった。そこに二人にばったりと会い、これは聞くべきであると思ったのだ。


「ええ、聞いてるわよ。と言っても昨日の話だけどね。収穫祭に何とか間に合うって言ってたわね。でも、随分と掛かるのねって昨日も話していたのよ」

「ほうほう、収穫祭に間に合うですか……。となると、お姫様に会えるかもしれませんね」

「お姫様?」


 収穫祭に間に合うと聞くと、式はその時に同時に挙げてしまうのだと思った。そして、もう一つ、パトリシア姫から告げられた、王族が金を掛けた悪戯と思い出していた。

 腕の良い服飾の職人と聞いていただけに、完成までに四か月も掛かるなど思えず、これもパトリシア姫の計画の一つでは無いかと”ピン”と閃いた。


 完成まで日付があり、さらに収穫を祝う収穫祭の時期と重なれば、自らが乗り込んで来るだろうと確信を得ていた。

 その、脳裏に浮かんだ光景が思わず、スイールの口から漏れてしまったのだ。


「ええ、ヒルダの花嫁衣装と同時に見る事になるかもしれませんよ。あ、これは三人だけの秘密ですよ。もし漏れてしまっては、楽しみが無くなるだけではなく、お姫様が狙われるかもしれませんからね」

「おっちゃんの頼みだ。ちゃんと黙っておくよ」

「うん、まかっせなっさ~い!」

「安心できないんですが……」


 気軽に答える二人に、不安感を感じながらも仕方ないと苦笑いを浮かべるのであった。







 ブールの街へと向かおうと沼地より離れた時であった。

 突如、喋りながら前を歩くリースとポーラを追い抜きスイールが前へと出て声を上げる。


「気を付けてください!来ます」


 穀物畑が広がる道すがら、左手に小さな森が見えて来た時にスイールが杖を向けて魔法を放った。


「ちょっと、おっちゃん。どうしたのよ!」

「いいから黙っててください!」


 左手に杖を持ち替え、空いた右手で細身剣レイピアを引き抜く。朝日に照らされ銀色の刀身が光り輝く。

 リースとポーラは”黙る様に”と怒鳴られた事に文句を言おうとしたが、細身剣レイピアを引き抜き小さな森を睨み付けているスイールの異様さ感じ取り、今が危険な状態であると口を噤んだ。

 二人の手には薬草採取用のナイフがあるだけで、武器と呼べる物は何も持っていない。いつもは安全なはずの場所で、こんな状況になるとは思わなかったのだ。


「合図したら二人はブールへ向かって逃げて下さい」

「お、おっちゃんはどうすんの?」

「私の事よりも自分達の身を守ってください……。来ますよ、今です!走ってください!」


 スイールが身を低くして細身剣レイピアを小さな森へと向けると同時に、リースとポーラは一目散にブールへと向かって走り始めた。それを合図にしたのか、森からスイールへ向けてが向かって来た。


「何者か!?風の刀ウィンドカッター!」


 向かい来るをけん制しようと、スイールは一瞬で魔力を集めると、真空の刃へと変換して、そのに向けて高速で飛翔させた。

 そのは魔法が放たれるとわかっていたのか、すぐさま進路を変え銀色に光る刃をスイールへと突き立てようと振りかざしてきた。


「おっと、危ない!!」


 スイールは細身剣レイピアを向かい来るに向けて無造作に振りながら体を捻った。


「ぐっ!!」


 スイールの細身剣レイピアが”ギャギッ!!”と、鈍い音と共に弾くが、すぐに脇腹に痛みを感じた。

 戦う事など無いと油断していたスイールは、杖と細身剣レイピアを身に着けていただけで防具を一切身に着けていない。そのために、そのとすれ違う時に右の脇腹を切り裂かれていた。

 運が良かった事は無造作に振った細身剣レイピアが威力を弱め、そして深々と突き刺さる剣筋をずらしていた。そのために、致命傷を負う事だけは何とか免れたのだ。


 すぐに第二撃が来る!と身を翻して次の攻撃に備えるがそのは、振り返る事もなく、穀物畑の中へと姿を消して行った。


「あれは何だったんでしょうか?それよりもです……。回復魔法ヒーリング!!」


 痛みに顔を歪めながら脇腹の傷へと魔法を掛けて傷口を塞ぐ。服が切れ血が滲んでいるが致し方ないとそれは諦める。

 だが、鈍い音がした細身剣レイピアはと言えば、刃毀れを起こし刀身にヒビが走っており、敵の一撃で寿命を迎えてしまっていた。


「とんでもない敵がいるのですね……。あれが二人が噂に聞いた野生の獣の正体かもしれませんね。注意が必要です……」


 逃げ出したリースとポーラの二人を狙わずに、スイール自身が襲われたと思えばきな臭さを感じざるを得ないのであった。


「一人で出歩けなさそうですね……。さてどうしましょうかね?」


 細身剣レイピアを鞘に納め、溜息を吐きながらブールの街へと足を向けるのであった。



※スイールを傷つける何ものが現れたのか?

 本様にスイールを狙ったのか?

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