第二十五話 護衛の任務終了。ブールへ到着

※第1章、第零話 プロローグを追加してます。

 そちらも読んでいただくとありがたいです。



「今日はベッドで休めそうですね。さすがに体が悲鳴を上げています」

「あれだけの敵を相手にしたからな。それに十倍の敵を弔うに、ワシ等も駆り出されたからのぉ」


 馬車が心地よい蹄の音を響かせながら進み、彼らの目的地のブールの街が遠目に見え始めた頃、首や肩をぐるぐると回しながら疲れを見せるスイールが体の痛みを訴え始める。

 アドルファス男爵率いた馬車列が山林を進んでいる途中で敵軍に襲われたが、犠牲を出しながらも撃退し、その処理を丸一日手伝ったのだ。いくら鍛えているとは言え、慣れぬ作業に体が悲鳴を上げ、歩く事さえ面倒と思ってしまう程に疲れていた。


 それを聞き答えを返したヴルフも同じだと、首を押さえながらぐるぐると回しながら疲れたと厳しい作業を思い出していた。


 何時もならアイリーンが愚痴をこぼしながら会話に入って来ても良いのだが、エルザと二人、もたれ掛かりながらいびきを掻いている姿を見れば、昨日の作業がどれだけ大変だったかとわかるだろう。


 ヴルフも十数人を屠ったし、アドルファス男爵の兵士達もそれぞれが数人の敵を撃退していた。

 だが、その中でもスイールが放った魔法による敵の被害は桁違いだった。一人で数人を撃退できれば良い戦場で、たった一人の魔術師が数百人を、部隊としては三分の二の命を奪い去れば英雄として目を向けられるのは当然だろう。


 しかし、たった一人に数百人もの命を奪い去った圧倒的な力を目の当たりにした兵士の中には畏怖の目で見る者も現れるが、その場は自らの命が助かった事を喜び、”敵に回らずに良かった”と自らを納得させるしかなかった。


 その数百の物言わぬ骸となった敵兵士を、三十人にまで減ったアドルファス男爵の兵士達が街道脇に穴を掘り埋めて行くのは、どれだけの労力が必要なのかとうんざりするだろう。

 現に、最低でも一人が十人以上を埋めなければならぬと知ると、従事する兵士達は眉間にしわを集めて嫌々ながら手を動かすのだった。


 それで作業が終わるかと言えばそんな事は無く、敵の魔術師の手によって街道に作られたクレーターを埋め戻し、馬車が通れるまで固める作業が残っている。

 作業を行う頃には数台の商隊の馬車が通りかかり、彼らも仕方ないと手伝ってくれたのだ。


 全ての作業が終わり、街道が通れるようになったのは丸一日が経過し、さらに夕方であった。


 その苦労を思い出せば馬車に揺られて高鼾を掻けるなど幸せではないかと思えるが、そんな幸せな時間も終わり近づきつつあると、スイールは視線の先に存在感を出し始めるブールの街の防壁を睨むのであった。


「ほら、二人共起きてください。もう着きますよ」


 ぐっすり寝ている所を悪いと思いながらも、もたれ掛かって鼾を掻くアイリーンとエルザを揺すり”起きてください”と声を掛ける。


「あぁ~っと。おはよう、スイール」

「おはようございます。到着ですか?」


 眠い目をこすり欠伸をしながら目を覚ました二人は同じような時間の感覚を覚えたらしく、朝の挨拶を口にしていた。ここ数日、曇天模様で感覚が狂い気味なのはわかるが、馬車に乗っているのだからそれはどうなのかと思い、ふと笑みがこぼれてしまう。


「ふふふ、おはよう」

「しっかりせんかい!夜にもなっとらんわ」


 ヴルフの一言を聞き、きょろきょろと見渡すと頭を掻いて胡麻化そうとするアイリーンと顔を赤らめて恥ずかしそうにするエルザの対比が微笑ましい。


「そっか、馬車に乗ってたんだ……」

「まもなくブールにつきますよ。ほら」


 スイールが馬車の進む先に指先を向けると、アイリーンとエルザは窓を開けて顔を出した。


「へ~、結構大きいのね」

「想像以上よ」

「そりゃぁ、国家が直接支配してる重要な街だからな。守りは固いぞ」


 辺境の街であるにも関わらず、それを一周する長大な防壁が守る様は見る者を圧倒する。

 立地的には特徴のない、高原の入り口に建設された戦略的に意味のない都市とその目に映るかもしれないが、その実は南に位置するリブティヒの最後の砦として建設された防衛都市であった。

 今はその痕跡を見る事はできないが、建設当時はもっと頑強な要塞のような砦であったと伝えられている。


 頑強さで言えば数百年前の歴史書に残る砦が勝るかもしれないが、現在の多くの人口を抱えるブールの街もそれに劣らず威圧感を与えている。


「そんな事よりも、今日は開店休業で宿屋に直行よ!」

「そんな事よりって、初めて来たのよね?」

「今日も元気ですね?ですが、その希望は叶えられそうにありませんよ」


 先ほどまで大鼾を掻いて爆睡していたアイリーンが、まだ休み足りないと宿屋への直行しベッドへ飛び込みたいと願っていたのだが、窓の外で聞いていた兵士に聞かれていて、希望には沿えないと口を挟んで来た。


 スイールやヴルフも同様に宿屋に直行し惰眠をむさぼりたいと考えていたが、アドルファス男爵の護衛の任に就き、さらに五百人からなる一軍の大半をスイールが壊滅させたとあれば、いくら自由に出来る金が少ない男爵といえども”はい、そうですか”と彼らを何もせずに解放するなどあり得なかった。


 それに加え、今回はアドルファス男爵からの依頼だけで無く、国家を統べるトルニア王のパトリシアや国家の守りの要であるカルロ将軍からの口添えがあったのだ。それこそ、何の礼もなく帰すとあれば王族や貴族としての体面を疑われかねない。


「領主館へご案内する様にと、男爵からもきつく申し付けられていますからもうしばらくはご一緒していただきますよ」


 窓越しにそう口にする兵士はどこか嬉しそうにしていた。


「うへぇ、まだ休めないの~」

「致し方ありませんね」

「一緒にいた己を恨むんじゃな」


 露骨に不満を露わにするアイリーンに、スイールやヴルフは諦めるようにと諭すさまを、エルザは微笑ましい表情で見つめるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それからしばらくして、アドルファス男爵率いる馬車列は長大で重厚なブールの防壁を潜り、街のほぼ中央に位置する領主館へと滑り込んだ。


 事前に通知を受けていた領主館では、アドルファス男爵達を迎え入れる準備を当然のように済まされており、スイール達にも十分な休息が取れるようにとふかふかの布団を敷いたベッドが用意されていた。

 夕食の支度が済むまでしばらく休むようにと言われれば、不満を露わにしていたアイリーンも態度を改めて笑みを浮かべる。


 王族や貴族をもてなす迎賓館の役目を持った領主館であるから、当然ながら湯浴みの設備も整えており、ベッドで一休みする前に一目散に駆け込んで行った。


「やっぱり、公衆浴場とは違うわね~。のびのびできるわ~」

「私はああいう質素な方が落ち着きますけどね」


 男女に分かれた浴室はそれぞれがかなりの大きさの部屋となり、数十人が一度に湯浴み出来る程である。とは言いながらも、人数の関係で数人が入れるだけの小さな浴槽が用意されているだけで、大きな浴槽には水も張られていなかった。

 見せびらかしたい貴族ならいつでも浴槽に湯を張るのだろうが、必要以上の贅沢を嫌うアドルファス男爵の意向と思えば納得できるだろう。


「あら?どなたかと思えば、護衛のお二人ではありませんか?」


 濛々と立ち上る湯気の先から声を掛けて来たのは、アドルファス男爵の次男の婚約者のコレット=オレンジ嬢だった。浴槽の縁に腰かけて、玉のようなつやつやした裸体をこれ見よがしにと向けている。


「えっと、貴族のお嬢様……よね?」

「アイリーン失礼よ、コレット嬢でしょ」

「こんなところでお会いしたのですから、一人の女性として見て頂くと嬉しいですわ」


 ほんのりと上気し始め、血色の良い赤く染まり始めた笑顔を向けられれば、同性と言えども悪い気はしないだろう。

 アイリーンとエルザはそれに倣えと同じように足を浴槽に入れて縁に腰を下ろした。


「お二人には旅の最中、お世話になりましたわ。あなた方がいなければこうやって湯浴みなどしていなかったかもしれませんからね」

「ウチらは護衛の任にあたっただけだから、礼を言われる事なんかないわ」


 それが当然とアイリーンは答えるが、何となく浮いた台詞を口にして背中がむず痒くなった。とは言いながらも、街道を埋め尽くす一軍を目の当たりにし、死を意識せねばならぬのは彼女も同じだった。あの場に魔術師スイールがいた事こそが死地を脱した一番に理由であるのだから。


「まぁ、そう仰らずに。でも、あの方は途方もないお方ですわね。たった一人であんな大軍を壊滅させてしまうのですから……」


 コレット嬢達は馬車の中で震えていただけで、戦いが終わってから帰結の理由を知り、アイリーン達に感謝の意を伝えていた。あの状況を生き抜いたのだから何度でも礼を口にしても感謝しきれないと思っていたのだろう。

 だが、コレット嬢の一言にアイリーンは頷く必要があった。


「思い出してみれば、スイールってとんでもない魔術師よね~。一人で何百人もの人をやっつけて、争い自体を終わらせるなんて」

「そうですわね。頼もしいですが、あの方が敵に回ると想像するだけで、背筋が凍る思いがしますわ」


 アイリーンとコレット嬢でスイールの凄さをあれこれと口に出していた。


「そうそう、あんたはスイールと知り合いだったんでしょ。何時、知り合ったの?」

「え、わ、私?え、えっと、何時だったかなぁ……」


 二人の話を聞くことに徹していたエルザへアイリーンは話を振ったのだが、突然話を振られてしどろもどろに答えを出し始める。


「た、確か……」

「「確か?」」


 気になるエルザの答えを聞こうと、二人は前のめりに顔を近づけて、目をランランと輝かせていた。噂話を聞くような二人に圧倒され、何とか声を出すのだが……。


「十年ちょっと前……だったかしら?」

「十年と言ったら相当昔じゃない。その時のスイールって格好良かった?」


 エルザはどもりながらも答えを捻り出すが、コレット嬢はそこで”そうなんだ~”と興味を無くした。それとは逆に、アイリーンはさらに質問を投げかけてきた。

 しかも、一番答え難い質問であり、過去を知るエルザはどの様な答えを出すか、思案する。そして……。


「えっと、どうだったかしら?スイールって、昔っから見た目が変わらないから……」

「そ、そう……。老けてたのね」


 可もなく不可もなく、そして、なんともでも取れる答えを口にして誤魔化した。


「ふ~ん。昔っから年齢不詳だったのね~。まあいいわ、後で聞いてみよ~、っと」


 アイリーンはそう言うと、狭い湯船に向かって”ザブンッ!”と頭から潜って行った。さすがにその行動を苦々しく見るコレット嬢は”マナーが無いわね~”と、呆れていたが何物にも左右されぬ胆力を羨ましくも思っていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あれ?二人も来てたの?」


 湯浴みから上がり、濡れた髪を生活魔法のそよ風ウィンドを当てながらスイール達のいる客間へと戻ると、見慣れぬ格好をしたエゼルバルドとヒルダの姿が目に入ってきた。

 エゼルバルドは蝶ネクタイに黒いスーツを身に纏い窮屈そうにしているし、横に並ぶヒルダは地味目の深緑色のドレスで首までを隠し足首まである長いスカートに一喜一憂している。


「やあ、久しぶりだねアイリーン。エルザも元気そうだ。さっき、手紙が届いて呼び出されたんだよ」

「急に届くんだもん、驚いたわよ」


 エゼルバルドとヒルダは、アドルファス男爵が早馬でブールの街へと到着すると領主館へ連絡をした時に、合わせて知らせをしてきていた。スイール達が街の入り口を潜っていた時にはすでに領主館で着替えをしていた。


「私の息子達が世話になったんだ、招待せずにするなどありえんだろう。それに、姫様からの言伝もあるからな」


 アイリーンとエルザの後ろから”ぬっ”と突如顔を出してきたアドルファス男爵がそのように口に出してきた。彼もすでに騎乗していた戦闘着から糊の効いた宴会用のスーツに着替えを終えていた。


「おや、男爵自らが顔を出すとは珍しい。準備は滞りなく終わったのか?」

「ヴルフ殿、準備は滞りなく進んでおりますよ。今回は姫様より預かったをお渡しする役目を承っておりましてな」


 一通の封がされた封筒を懐より取り出して、エゼルバルドへと差し出した。


「えっと、これは?」

「パトリシア王女様より出発前に渡されました。道中、何かがあればお渡しできませんよと伝えたのですが、”心配いらん、お前は渡す事だけを考えていればよい”と予見したような事を口に出しておりましてね」


 それであればとパトリシア姫からの手紙をエゼルバルドは丁寧に受け取り、それをまじまじと眺める。

 トルニア王国の透かしが入った封筒に、パトリシア姫の印が押された封印が施されている。一般市民が一生掛かっても、目にする事すら出来ぬそれには、エゼルバルドとヒルダ宛の宛名が記されている。

 それをおもむろに開け、中の数枚の封筒を取り出しエゼルバルドは目を通してゆく。


「よく、こんな事、調べられたなぁ。さすがと言うしかないよ」


 パトリシア姫からの手紙をヒルダに渡しながら、エゼルバルドはそう呟くのであった。




※手紙の内容は次回!

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