第二十六話 影で動く者達の手がかり?

「エゼル、その手紙はなんじゃ?ワシ等に関係があるのか?」


 アドルファス男爵から受け取ったパトリシア姫からの手紙を読み終わり、神妙な表情をしているエゼルバルドを不思議に思ったヴルフが声を掛ける。

 表情といい、口から洩れた言葉といい、ヴルフには気になって仕方がなかった。


 そしてエゼルバルドは、顎に拳を当てて唸りながらヒルダへと視線をチラリと向けると、頷いた彼女を見て溜息を吐きながらヴルフに向かう。


「パトリシア姫と会ったときに、彼女の騎士団と模擬戦になったんだよ」

「ほう、模擬戦か。ワシ等も挑まれたが、まだまだじゃったがな。成長の余地があるのは大変に素晴らしいと思ったがの」


 ヴルフにも挑戦としたと耳にするとエゼルバルドは頭を押さえた。結果が見えているだけに溜息を出そうとするが、それよりも説明しなければと気を取り直す。


「ヒルダと騎士団団長が、手合わせをしたときに魔術師が魔法を打ち込んで来たんだよ」

「おや、それは酷いですね。模擬戦に第三者が絡んでくるとは、騎士の風上にも置けませんね」


 あの時はヒルダを守るためと頭に血が上っていた事を思い出した。ヒルダが咄嗟に魔法防御マジックシールドを発動させ事なきを得たが、自らも火槍ファイヤーランスで攻撃に転じようかと思った程だった。


 だが、パトリシア姫の手紙を読み、あの時は腑に落ちぬ事ばかりが起きたと、改めて思ったのだ。


「あの時はパトリシア姫やカルロ将軍が間に入ってきて謝罪があったからそれ以上は考えなかったけど、よくよく考えたら可笑しな事ばかりが起こってた。それが手紙に書いてあったんだけどね」


 そして、ヒルダが読み終えた手紙をスイールとヴルフが受け取り読み進めると、簡単にであるが、今日月の内容が記されていた。


『久しぶりじゃな。いや、先日会ったばかりか。

 この手紙が無事に届く事を祈っておる。まぁ、お主の師匠連中が付いているのだ、余計な心配かもしれぬが。


 先日の模擬戦は妾の騎士団が失礼をした。その事について改めて謝罪をしたかったのだが、あいにく城より離れられぬ身であるので手紙にて失礼をする。


 お主らに魔法を放った者を徹底的に調べ上げた。そうすると面白い事が判明した。お主らには面白くもないのだがな。


 休日にどこぞの者かが接触し、訓練中に”全く別の場所から攻撃を仕掛ければ訓練になる”と吹き込まれたらしい。初めはそんな事は無いと話を聞く気にもならぬと突っぱねていたらしい。その後、どうやったか知らんがその話を本当の事の様に信じ込まされ、ついにはあの事件を起こしてしまったのだ。


 許してくれとは言わんが、そのような理由が判明したのだ。


 お主らの事だから、ここまで説明すればどのような勢力が行ったのかは察しが付くだろう。

 無事に式を挙げられる事を遠きこの地より祈る事とする。


 パトリシア=トルニア』


 渡された手紙を読み終えたスイールは溜息を吐き天を仰いだ。


「よからぬ勢力がいつの間にか闊歩し始めていたようですね。王女の騎士団は結成間もないですから、そこを狙われたのですか……」

「だが、嘘を信じ込ませるとはどうやったのか?見当もつかんわい……」


 結成間もない訓練に明け暮れる騎士団員に狙うとは、抜け目ないと思わずにいられない。

 採用されれば、厳しい訓練に心を折られぬ必要があり、生半可な気持ちでは付いて行けぬ。そんな場所へ忍び込む事はパトリシア姫達の対抗勢力には無理が生ずるだろう。

 それに、女性のみの採用に応募するには、適切な人材が揃ってないと考えてもいいだろう。


 それならば、採用された騎士団員に接触し何らかの方法で味方に引き入れてしまえば良いと考え、計画したのだろう。


「それが半分成功し、半分失敗したのでしょう。巻き込まれたエゼルバルドとヒルダにはご愁傷さまとの言葉しか向けられませんが……」


 半分ほどをスイールが口にした所で、全く別の場所からの視線が突き刺さって来る事に気付き、そちらへ顔を向けると鬼の形相に変わる寸前のメイドがこめかみに青筋を立て、仁王立ちで睨みつけていた。


「男爵も男爵です。ご用意を急ぐようにと伝えて来て下さるとお任せしたのに、この体たらくは如何した事で御座いましょう。すでに着替えておられるお二人は宜しいとしましても、未だに旅着のままではお食事にお呼びすることも難しいでしょう。ハイハイッ!ミナサマ、急いでお着替えください。手が必要でしたら、この通り、沢山いますから気にせずにお呼びください」


 甲高く張り上げた声と有無を言わせぬ重圧プレッシャーに気圧され、そこにいた誰もが身をすくめ、男女別々の衣裳部屋へと向かって行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 恐ろしいメイドの視線を受けてから数時間後、窓からは見える光景はすっかりと日が西の空から隠れてどっぷりと夜の色に包まれていた。部屋の中へと視線を移せば、天井から吊り下がったシャンデリアに幾つものランタンからの淡く揺らめく光が照らし出していた。

 その他にもテーブル上に置かれた流滴状のランタンも同じように淡い光を出している。


 長いテーブルの上座にはアドルファス男爵が構え、その左右を次男のデリックと三男のラング、そして、ラングの婚約者のコレット=オレンジ嬢が囲っている。


 それから、少し開けて下座にはスイール達が並び、一番離れた場所にエゼルバルドとヒルダの二人が着座している。

 エゼルバルドとヒルダは三男のラングとコレット嬢を助けた事には変わりないが、この日はアドルファス男爵自身に対する功績によるとして席順が決められたのだが、そのことを気にすることもなく、次々と運ばれてくる珍しい料理に舌鼓を打つのである。


 そして、運ばれてくる料理もすべて終わり、和気あいあいとした雰囲気に一石が投じられる事となる。


「今日、この場で贅沢が出来るのも、ヴルフ殿達が護衛を引き受けてくれたおかげであるな」


 食事が終わった今こそ、再び礼をするべき時だとアドルファス男爵は頭を下げる。


「ワシがいなくとも、男爵らの力だけで突破は出来たであろう。ワシの力なんてそんなものだ。それよりも、この偏屈魔術師が引き受けてくれた事こそであろう」

「誰が偏屈ですか?全く、人の事をなんだと思っているのですか?」


 一太刀も浴びる事無く、敵意を持って向かい来る敵を一人も残さず棒状戦斧ポールアックスの錆にしてしまったヴルフが謙遜して答えを返す。十数人の敵を倒しただけよりも、敵の息の根を止め攻撃を諦めさせた魔術師スイールの方が上であると。

 そして、偏屈なといわれたスイールがそれに反論を口にするが、護衛の依頼を難癖付けて断ろうとしたと指摘されれば、口を閉じて黙るしかなかった。


「確かに、偏屈ではありましたな」


 パトリシア姫の部屋での出来事を思い出し、アドルファス男爵は”クククッ!”と笑いをこぼしていた。


「それよりもだ、トルニア王国も平和が長く続きすぎたかもしれん。良からぬ事を内に秘めた内部の敵が出ただけでこの綻び様……。我々は歴史の転換期を見ているのかもしれませんな」


 アドルファス男爵が王都での出来事や、ブールの街への道中で起きた襲撃を思い浮かべながらそのように言い放った。

 掴んでいるワイングラスを”くるくる”と揺らしながら言葉を吐く様は何処か寂しげでもあった。その中でも歴史のと口にする当たりがどれだけ深刻なのかを伝えている。


「ですが父上、転換期といいますが、本当にそうなのでしょうか?これだけ国としてしっかりとしていれば、王都でほんの少し事件を起こしただけで国が亡ぶとは思えないのですが……」


 横で聞いていた次男のデリックは、あり得ない話だと一蹴しようとする。実際に国が亡ぶなとあり得ない、と見るのは誰から見ても頷ける。それこそ、父親のアドルファス男爵の言葉が突拍子もなく、そして過激に聞こえるだろう。


「確かにデリックの言う通り、ちょっとやそっとでは国が亡ぶなどありえんだろう。たとえ、王国で、いや、王都で何件も事件が起これば人々は不安になり永住の地と定めておらん者達はそこから離れるかもしれない。それはそこまでだろう」


 ”それでも”とデリックが口に出そうとするが、それを制止して再び口を開く。


「それと同時に敵が攻め込んで来てたらどうする?いや、違うな。現実的な話、北部三都市が呼応して独立するとしたらどうする?デリックは聡明だが、視野が狭い。もっと情報を集めねばならんぞ」


 その言い方は決定的な情報を得ているような口ぶりであった。特に、スイールはそう思わずにはいられなかったが、その後、アドルファス男爵の口からそれ以上は語られることはなく、ただ、大量の酒が彼らの胃袋に納まるだけだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そして、どのようにベッドにたどり着いたかも記憶にない翌日。夏に向かう太陽の光が部屋を照らし始め、気持ち良い朝を迎える。


 とは言いながらも、振舞われた酒の量を考えれば、誰もが頭を押さえているのではないかと思えるほどであっただろう。

 この男を除いてである。


「ふぅ、さすがに昨日は飲みすぎたわい……」


 窓から差し込める太陽の光に目を覚ましたヴルフがベッドから飛び起きると、肌触りの良い寝間着をあっという間に脱ぎ捨てると、誰の目から見ても美しいと見える筋肉美を晒す。

 下着姿のまま体を温めようと腕や足をゆっくりと動かし始める。ジワリと体温が上昇したと感じると、それで終わりにし何時もの服を着こんで行く。


 目的地に着き、胸当ては必要かと思案していると、もそもそと起き上がる気配を感じる。


「おう、おはようさん。気分はどうだ?」

「ああ、おはようございます。いつも通り早いですね。これと言って気分が悪いとは思えませんが?」


 上体を起こし、青白い顔をしている魔術師に気遣いの言葉を向けるのだが、何時もの通りだと笑って返した。それならと心配するほどでもないとそれ以上は言葉を飲み込んだ。

 それよりもかすかに漂ってくるえも言えぬ匂いに、ヴルフは意識を引かれてしまう。


「それは重畳。それよりも腹が減らんか?」

「ヴルフはいつも通りですね。確かにこの匂いを嗅げば誰でもそう思うでしょう」


 特別な場所にいるにも関わらず、いつも通りにするヴルフに”くすっ”と笑いが漏れてしまった。


「そう笑うな。エゼルを起こして朝食にありつくとするか」

「そうしましょう。朝と言ってもいつもよりだいぶ遅いですからね」


 これだけ声を上げて会話をしている傍で、未だに毛布に包まり寝入ってるエゼルバルドを見れば、どことなく大物感を感じざるを得ない。だが、実のところ、単に振舞われた酒を飲み過ぎていただけなのであるが。







「領主の館なのに客室まで匂いを漂わせるってどうなのよ!」


 これは廊下を歩きながら”いい気持ちで寝ていたのに、目が覚めてしまった”と怒りを露わにするアイリーンである。


「あれだけ飲まされたんだもん。メイドさんに起きて下さいって言われるよりはマシだと思うけどね、わたしは」


 漂う匂いに誘われ、自然と目を覚ました事で、怖いメイドに叩き起こされるよりはマシとヒルダは好感を持っていた。それが二人の意識の違いでもあったのである。


「エルザはどうなのよ?」

「え、私?私はその前に目が覚めてたから……」


 アイリーンとヒルダのどちらの意見に賛同するのかと、笑みを浮かべて二人の会話を聞いていただけのエルザに視線を向けるのだが、思ってもいない答えにただ愕然とするだけであった。


「あ……そうなのね…」


 がっくりとアイリーンが肩を落としたところで、三人は食堂へとたどり着いた。


 そして、テーブルへと目を向けると、アイリーンを夢から覚ました原因である、匂いの元がしっかりと置かれてレードルが飛び出していた。


「もういいわ、全部食べつくしてやるんだから!」


 そういいながら、アイリーンはテーブルへと付き、朝食を始めようとするのである。


「ほら!ここが匂いの元だ。って、なんじゃ、もう来てたのか?」

「来たばかりよ。お皿には何も乗ってないでしょ」

「食いしん坊のお前の事じゃ、すでに食べ終わっているかと思ったわい」


 アイリーン達がテーブルに付いたすぐ後に、スイール達三人が食堂へと入って来た。また騒がしく入って来たなと露骨な表情をしていたアイリーンに向け、ヴルフが揶揄からかい気味に話を振るが、何時もの通り真に受けて怒り気味に返す。


 ヴルフはそれを笑いながら聞き流し、さっと自らの席へと腰を下ろす。

 それを見て、”また、やられた!”と臍を噛むが、すでに遅く言い返す瞬間をすでに逸していたのである。




※やっと、この章の初期に出てきた事象の原因を出す事が出来ました。

なんで、このタイミングになったかって?

それは書きだめててただ単に忘れてただけです(笑)

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