第十三話 昼間から現れた?まさかの暴漢

「あれ?ヒルダは何処へ行った」


 エゼルバルドがワークギルドの中へ入り報酬を受け取っただけの僅かな間離れてただけなのに、そこにいるはずのヒルダの姿が見当たらなかった。厩舎に繋ぐのは面倒とワークギルドの入り口近くの横木につないだ馬二頭は無事であり、大人しく主の帰りを待っていた。二日も共にすれば、誰が主か頭の良い馬は理解したらしい。

 エゼルバルドが戻ってくると、嬉しそうに顔を近づけてアピールしていたからだ。


 とは言え、ヒルダの姿が見えぬのは不味いと馬を撫でながら”キョロキョロ”と首を回して辺りを見ると数人が狭い路地の奥を見つめているのを見つけた。


(猫でも見つけて追いかけたのか?)


 その路地の奥にヒルダがいるだろうと、いつも通りの速度でその路地を目指した。とはいえ、その路地までは十数メートルしか離れておらず、直ぐに到着したのであるが、数人の野次馬の間を通り、前へ出る。

 エゼルバルドがその光景を見た途端、頭に血が上り思わず体が動いてしまったのである。


「貴様らァァァ!!」


 四人ほどの男がヒルダに乱暴しようとしていたのである。

 いつもは周りを気にして警戒を怠らぬ筈なのだが、少し油断していたのか、いきなり襲われたのだろう。二人の男に後ろから腕と首、そして口を押えられ行動を制限されていた。

 さらに、ヒルダの前にいた二人はズボンのベルトに手を掛けて、今にも外して脱ごうとしていた所だった。


 そんな姿を見れば頭に血が上るのは当然だった。


 狭い路地ではブロードソードも両手剣も切っ先の長さが邪魔して満足に振れないだろう。そんな事を思う間もなく、腰に常備している刃渡り三十センチもあるナイフの外れ防止ロックを躊躇なく外し、順手で引き抜いた。


「ハァァァ!!」


 一足飛びにズボンを下ろし掛けている男の後背に迫り、右の太腿にナイフを突き立て、強引に引き抜いた。


「い、いてえぇぇぇ!!」


 痛みを発する声にもエゼルバルドは容赦しなかった。後背から迫りくる敵に気付いていた二人目だったが、それで何が出来る事もなく、凶刃にさらされる事になる。

 ”サッ”と、男の後背から飛び付くと、いつの間にか逆手に持ち替えていたナイフを右太腿に突き刺した。


「うぎゃぁ~!」


 あっという間に戦闘不能にされた男達は、刺された太腿を押さえながら無様な格好をさらしながら悲鳴を上げて路地を転がり回る。


(あと二人!)


 一足飛びに飛び掛かろうとしたが、ヒルダを盾にしその場から去ろうと後ずさりを始めた男達を見て、エゼルバルドの動きが止まった。


「動くな!武器を捨てろ!」


 ヒルダを盾にした男二人は、凶刃を向けられて焦っていた。後後から奇襲じみた攻撃を受けた二人が、あっという間に動けぬまでになった事で気が動転したのだろう。僅か十数秒の出来事に対策を立てる時間があまりにも足りなかった。


 エゼルバルドは前に出していた腕をそのままに、手を開いてナイフを地面に落とす。

 男達は”カキーン”とナイフが落ちたのを見て、降参した合図だと思ったのか、油断して顔を見合わせていた。


 ヒルダをさらった事だけでも許せぬエゼルバルドだ、ナイフを落として降参するなどありえない。手を向けていたのは当然、別の攻撃手段を用いる為だった。


 一秒にも満たない時間だったが、エゼルバルドは魔力を右手の前に集めた。そして、男達が顔を見合わせた所を見はからい、暴漢の顔面目掛けて魔法を放つのであった。


風の弾ウィンドショット!!」


 集まった魔力が一陣の風となりヒルダから離れた男へと空気の弾が吸い寄せられていった。数メートルの距離から繰り出された高速の空気の塊は男の横っ面を正確に捉え見事に数メートル吹っ飛ばしたのである。


 見合わせた男が目の前からいなくなった事が受け入れられぬのか、最後の一人の思考が一瞬停止した。

 それに気づいたかどうかは不明だが、魔法を打ち放った直後にエゼルバルドの体が自然と動き、石畳を蹴って体を押し出し、最後の一人の右肩を掴むと同時に左の拳を顔面に叩きつけた。


 ヒルダを押さえていた為に吹っ飛ばしはしなかったが、ヒュドラの素材で作られた籠手で殴られたのである、無事でいられる訳が無かった。

 右の頬に拳が打ち当てられると同時に開いた口から汚く汚れた歯が何本も飛び出して行った。その一撃で脳を揺さぶられたのか、全身の力が抜けると同時に石畳に沈んで行った。


 石畳でゴロゴロと無様な姿をさらしている男達や口から嘔吐物を吐き出している男達を一瞥すると、ヒルダを足の先から頭の天辺まで見て、無事とわかってようやく安どの表情を見せた。


「一応聞くけど、大丈夫……だよな?」


 エゼルバルドが落としたナイフをヒルダが拾い上げ、”ハイ”と手渡す。


「うん、危なかったけどね。ありがと」


 ナイフを受け取って鞘に戻し、視線を他に向けると少なくない野次馬が狭い路地の入口を半円状に固めていた。その中から妙な視線を感じたのだが、殺気を込めるでもない不思議な感覚だった為にエゼルバルドはそれを無視した。

 そして、ヒルダがこの様になっていて、誰も助ける者がいなかったと思うと、野次馬も同罪だとして罰を与える事にした。


「見ているお前達も同罪だ。誰も止めやしなかったのだからな!!」


 右手を真っ直ぐ野次馬達へと向けながら魔力を集め始める。僅か二秒しか魔力を込める時間は経っていないが、腰に差してあるブロードソードの魔石を青く変色させていた。二秒とは言っても実際は、魔石の力により倍の四秒間魔力を集めた事になるのだ。


 そして、恨み言を吐きながらエゼルバルドは魔法を放った!


「同罪だ!見てるだけの野次馬なんかいらないぞ!」

「そうだそうだ!」

風の弾ウィンドショットー!!」


 煽るヒルダの声を耳にしながらエゼルバルドの手元から、七十センチほどの直径に太らせた空気の塊を野次馬達に向けて撃ち放つ。

 狭い路地から勢い良く空気の塊が打ち出され、慌てふためいて逃げようとした野次馬達に直撃して、見事という表現が正しい程に彼らを蹴散らして行った。


 二人の足元で自分達の行為を呪っている四人を一瞥すると、空気の塊が作り上げた一本の道を通り、狭い路地からワークギルドの見える通りへと出て来た。

 そこにはまだ、残りの野次馬と、吹き飛ばされた野次馬達を見ようとする野次馬が好奇心に負け向かってきていたが、エゼルバルドが”ギロリ”と殺気を孕んだ視線を向けると、”何も見てない”、”関知しない”、と顔を背けながらそそくさとその場から立ち去って行った。


 そのままワークギルドにつないでいた馬を引き取ると、アニパレの南の門へと向かって歩き始めるのであった。


「なぁ、あいつ等ってそんなに腕が立ったのか?」


 馬を引きながら石畳をいつもの速度で歩きながら、ヒルダの身に起こった事を改めて質問する。あんな腕の相手では、周りを警戒しているヒルダには指一本振れる事すら出来ないはずだ。


「う~ん、どうなのかしら?ワークギルドの前だったし、人通りが多かったから少し油断していたかもしれないわね」


 馬を繋いでブラシを掛けようと、ワークギルドにあったそれを借りようと手を伸ばしたところを後ろから襲われたのだとヒルダは続けた。馬の影になっていたからとは言え、こんな朝から狼藉者が現れる可能性を低く見積もっていたのは確かだ。


「やっぱり、油断してたのが一番なのかしらねぇ……」


 朝から油断せずに警戒をしようと改めて思い、襲われた現実を思い出し、”ぶるっ”と身震いするのであった。




 馬達の食事をと、食べられる食物を買い込みながら南の門へと進むこと二十分ほどが経った。街の境の門まではもうしばらく掛かるだろう。そんなときであった。


「それで、オレ達に何か用か?」


 エゼルバルド達は示し合わせたかのように、足をピタリと止めると後背に向き直り、初老の男に声を掛けたのである。


「ほっほっほ、気づいておいででしたか」

「そりゃぁ、買い物の度に顔を見せられれば当然だろう」

「何もしてこないから、わたしも無視してただけよ」


 見つけられた事に初老の男は嬉しそうに答えた。エゼルバルド達から見て、さも見つけてくれと言わんばかりだったので、逆にどの様に対処したものかと迷ってしまっていた。

 このまま、街から出て行って余計な火種を連れ歩く訳には行かぬと、それを排除してしまおうと声を掛けたのである。


「いや、お礼を一言、言っておきたくてな」

「何のお礼だ?」

「あの四人を叩きのめしてくれた事についてじゃ」


 今いる場所は、現場からすでに十分以上歩き二区画は離れている。お礼を言うのであれば、その場で言えば済んだのに、わざわざ離れた場所まで来なくてもいいはずだろう。

 不思議な初老の男の行動に違和感を覚え、そして、困惑しながら、エゼルバルドは外套の中でゆっくりと手を移動させ、ブロードソードに手を掛けた。


「そんな事ならあの場で言えば良かったのでは?」

「確かにな。だが、あの場ではあの四人の仲間が目を光らせていたから無理じゃった」


 ヒルダを襲っていた四人を打倒した時に感じた不思議な視線の正体はそれだったのかと納得した。

 要するに、エゼルバルドがあっという間にあの四人を戦闘不能にしてしまい、反撃も復讐も出来ぬと感じ取った為に視線を向けていただけだった。


「爺さんはその四人が痛い目に遭ったのを見て何でお礼を言おうとしたんだ?」

「話は長くなるので、要点を掻い摘んで一言で表すのなら……。あのうちの一人はワシの息子なのじゃよ」


 初老の男が口にしたのは、良くある息子のした事をとがめられなかった事だった。


 体格が良かった為に将来を見越してある程度の技術を教え込んでいた。その力を何を勘違いしたのか人を従わせる為に使ったらこれが上手く行き、あれよあれよとリーダーに祭り上げられてしまったそうだ。


 始めは何をするでもなく真面目に仕事をしていたが、ある時に他のグループと暴力沙汰になり、これを撃退してしまった。それから、彼の持つ力の暴力と、仲間と言う数の暴力を頼りに乱暴をするようになったのは。

 年がら年中ほっつき歩いているわけでは無く、”フラッ”と気が向いた時に数人と共に街を練り歩き、商品を盗んだり、若い女に乱暴したりと手が付けられなかった。


 さらに悪い事は続いていたらしく、流行り始めた麻薬にも手を出し始めていた。

 そのために真昼間から見境なく婦女子を襲い始めて手が付けられなかった。

 守備隊に相談もしたが、良い返事を得られず、如何したものかと思っていた所に、先程の事件で、エゼルバルドに返り討ちになっていたのである。


「なるほど、爺さんの話は分かったよ。お礼はありがたく受け取っておこう。それで、これからどうするんだ?」

「どうするんだとは?」


 襲い掛かった火の粉を振るい払っただけなので、お礼を言われるほどでもない。だが、初老の男が深々と頭を下げたので、頭を下げるのではなく言葉を男に返した。

 それよりも、もう一つ問題の方がこの男には大事になってくるのだが、まだ気が付いていなかった。


「えっと、この視線がわからないのかしら?今度はお爺さんに、四人の魔の手が襲い掛かって来るかもしれないのよ」


 初老の男と話し始めた時から感じた、エゼルバルド達や男に向く奇妙な視線をヒルダが教えると、”確かにそうですな”と、呟き、心配ご無用と手の平を向ける。


「ですが、気にしないでください。老い先短いこの身。知人を頼って何処かに身を隠すとします」

「老い先短いって、そんな年齢じゃないでしょう。まだ仕事が出来るほどの体付きをしてますし?」


 ピンと張った背筋、盛り上がった肩の筋肉、服に隠れているが生半可な鍛え方では維持できぬ体を持ち合わせていると見抜いたヒルダが、謙遜する初老の男に言葉を返した。

 だが、初老の男はそれ以上何も言わず、”老人はただ引退するまでですよ”と呟き、くるりとその身を反転させて街の雑踏へと消えていくのであった。


 初老の男がいなくなり、妙な視線も無くなると、エゼルバルド達は”無駄な道草を食った”と、石畳を蹴りつけながらも再び歩き出し、アニパレの南門へと足を向けた。

 そして、それからは何事もなく、南門へ到着してすんなりと街の郊外へと出ると、さっそうと馬にまたがり、街道を南に向けて進み、一路、ブールの街へと向かうのである。


 とは言え、ブールまでにはまだ一つ【ルスト】の街を経由する必要がある。二人は仲良く街道を進むのであるが、途中で乗合馬車に追いつくと野営の心配もあってか、乗合馬車に付いて街道をゆるゆると進み行くのであった。



※特に必要な話ではないのですが、とあるキーワードを入れるための話と思ってくださって結構です。

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