第十四話 ブールへの帰着、久しぶりの故郷へ

「一緒に行かせて貰ってありがとうございます」


 アニパレを出発したエゼルバルド達が野営時に、同行させてもらった乗合馬車の御者に礼を言っていた。彼らの目の前にはアニパレで馬の食糧にもなる様にと保存できる根野菜を提供し、それを使ったスープが温められている。


「いえいえ。こちらも護衛をして貰って助かってるからお互い様ですよ。でも、駆けて来たのには肝が冷えましたがね」


 先を急ごうと馬に急がせていた所、乗合馬車の御者や乗客に盗賊かと驚かれてしまっていたのだ。寒さも緩み、暖かくなる五月に入れば道のどこかで旅人が野営をしているだろうと見ていたのだが、それよりも早く乗合馬車を見つけて渡りに船だと喜び勇んで馬に駆けさせてしまったのはエゼルバルド達の落ち度であろう。


 その、お詫びもかねて食材の提供をしていたのである、安いお詫びであったが。


 アニパレからブールへ行くには街道を南に進めば到着するのだが、間にルストと言う小規模な街があって、そこまでで馬の足を使っても二日は掛かってしまう。安全に野営をするにはどうしても二人では心配だったのもあった。


「この辺はアニパレとルスト、二つの街に挟まれてるから比較的安全なんだ。盗賊なんかはここ数年、いや、もっと聞いたことないな。だが、狼とか出るようになるから夜は神経を使うんだよ。でも、火を焚いていれば大抵の動物は寄ってこないから安心っちゃ、安心だがな。たまに怖いもの知らずの動物もいるけどよ、ヒヒヒヒ」


 アニパレから南へと進路を取ると、徐々に風景が変わり丘や森林などが増えてくる。これは山の方角へと向かうので当然だった。そして、産業も平野部で行われていた穀物の栽培が少なくなり、木こりなどの林業が増え始める。

 その証拠に、彼らが通っている街道は大河の側に作られていて、太陽の光をきらきらと反射する水面を、何艘もの船が大量の材木を乗せて下っている光景を目の当たりにしていた。


 御者の、”火を焚いていると比較的安全である”との言葉を信じながら、夜は更けて行くのであった。




     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 東の空から真っ赤な太陽が昇り始め周囲の気温を奪い取って行く。”ぶるっ”と一度身震いをしてからかまどの火から目を離すと夜の色が薄れ、朝の色に染まり始めていた。

 大きく欠伸をしながら体を伸ばすと体のあちこちから”ばきばき”と聞き慣れた音が耳に届く。


「もう朝か……」


 首を回しながら、ボソッと呟くが、まだ誰にも聞かれていない。ただ、自分達の馬に聞かれているだけだろう、気にする必要もない。

 時間はまだ早いが朝食の準備を始めようと、麻布から根野菜を取り出しスープの準備を始める。その他には珍しく買った卵をたたき割り、オムレツでも作ろうかと溶き始める。


 野営に合流させてくれた礼だと思えば安いもんだと、買っておいた卵をすべて使う勢いであった。


 傍らのテントに目を向ければ、隙間からいまだに夢の中にいる相方の茶色い髪が目に入る。どんな夢を見ているのかと気になるが、あずかり知らぬことだとかまどに視線を戻す。


 味を付けたスープが沸き立ち始めると辺りに鼻孔をくすぐる匂いが漂い始める。

 それで目を覚ましたのは、テントを使わずに寝ていた御者の男達であった。


「ああ、おはようございます」

「おはよう。よく眠れましたか?見張りは暇でしたよ」


 最後の時間に見張りをしていたエゼルバルドはそう報告した。血生臭い匂いも、獣の亡骸も見えねば、その通りだったのだろうと頷いておく。




 それから三十分ほど過ぎる間に、乗合馬車の乗客が目を覚まし、最後にヒルダがもそもそとテントから這い出して来た。

 目を”トロン”と眠そうにして、”おはよう”と挨拶をしてきたが、心まだここに在らずとすぐにでも夢の中に逆戻りしそうな雰囲気だった。

 エゼルバルドの前に当番で起きていたので仕方ないと言えば仕方ないのだろう。


「ご飯食べたら少し寝てていいぞ。テントはオレが片づけるから」

「ん~~、そうする~」


 手で目をこすりながらエゼルバルドの横に腰下ろすと朝食を貰って、食べ始めた。何時になく眠そうであり、このまま馬に乗せてしまうと途中で寝て落馬してしまうかと思うと無理をさせる訳には行かなかった。

 テントを畳む時間だけでも目を瞑れば、気分もはっきりしてくるはずだと、炙ったパンを”モキュモキュ”と小動物のように頬張るヒルダを微笑ましく眺める。


 エゼルバルドは自らの朝食を済ませると、ヒルダの横になるスペースだけ残して野営を撤収させる。バックパックに荷物を入れ、食材の入った麻袋を馬に乗せる。

 馬達が元気に水を飲み終えると、丁度ヒルダが大欠伸をしながら”のそっ”と起き出した。


「もう大丈夫か?」

「ん~~?大丈夫じゃない?」


 その返事なら大丈夫だろうと安心する。

 一緒に野営をしていた乗合馬車はと言えば、既に出発してしまった後でエゼルバルド達はその後を追うべく、残りのシートを回収すると馬にまたがり出発して行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それからエゼルバルドとヒルダは馬にまたがり街道を進み、夕方近くにルストの街へと到着する。


 ルストの街は人口が一万五千人ほどの人が住む小さな街だ。住民の八割の者達が農林業に従事している程で農業中心と言ってもいいだろう。

 それほど特色のない街であるが、ブールとアニパレに挟まれ宿場町の役割を持っている。それもあって、税収には余裕があるので治安維持に必要な兵士の数が、住民との比率から考えても、トルニア国内屈指の割合を誇っている。


 とはいえ、そのルストに大きな用がある訳でもなく、一泊しただけですぐにルストの街から出発したのである。

 それから、三日目の夕方である。

 二人の目に懐かしい風景が小さく現れ、それが徐々に大きくなって見えて来たのである。


「おお、懐かしきあの城壁!!」

「何、馬鹿な事を言ってるのよ!」


 記憶に残る台詞を思わず口に出してしまったエゼルバルドに冷たい目を向けながら呆れたように呟くヒルダ。思わず口に出てしまったが、彼女からしても懐かしい光景だった。


「あの城壁の色、懐かしくないか~?」

「確かに懐かしいけど……。それよりも早く中に入ろうよ!日が暮れちゃうよ」


 言うがが早いか、ヒルダは馬の腹を軽く蹴り付け馬を走らせる。それに続けと一拍遅れて、エゼルバルドも馬を駆けさせてヒルダを追い掛ける。

 そして、北門へと到着すると馬を降りて、数人が並ぶ列の最後尾に付いた。


 夕方の時間でありすんなりと順番が回って来て荷物などの検査が始まった。門番たちの顔を見るが、利用しない北門だけあり、見知った顔が見なかったのは残念だった。


「ようこそ、ブールの街へ」

「ただいま……、なんだけどね」


 身分証を見ながら歓迎の言葉を掛けるが、そうではないと答えを返され”そんなの知らないよ”と困惑する表情を見せながら身分証を返してくる。ぶっきら棒な言葉使いで街内へ通る許可を出してした。

 そして、申し訳なさそうに肩をすくめながら馬を引いてブールの街へと入って行く。


 街の中はまもなく日が暮れる時間であり、そろそろ店じまい、仕事終わりに近づきそわそわとし出していた。西の防壁近くの街はすでに日陰になりオレンジ色の光が家々の窓から漏れ出しているだろう。

 普段通りに向かおうと思うが気持ちが焦り、石畳を早足で進み抜けて襲い足並みの人々を追い抜いて行く。


 二人が良く知る教会の前に付いた時には日が暮れて、すっかりと夜の世界が訪れていた。

 教会の横の雑草交じりの庭を通って母屋に到着すると、訪問の鐘を鳴らした。


「突然帰ってきたら、驚くかな?」

「きっと驚くわよ」


 鐘を鳴らしてしばらく待つと、玄関ドアの向こうで”どたどた”と騒がしい足音が聞こえてくる。ああ、”この音こそ、懐かしき故郷の音だ”と懐かしさに浸っているとドアが開いて白髪が増えたシスターが現れた。


「はいよ、こんな時間に……、って、あんた達かい……」

「シスター、それは無いんじゃないですか?」

「な~に、そろそろ帰って来るんじゃないかって思ってたからね」


 シスターからの余りの言葉に”がっくり”と肩を落とす。だが、それに負けじと気を取り直して改めて口を開いた。


「ただいま、シスター」

「ただいまです」


 懐かしき育ての親に軽く頭を下げる。


「はい、お帰り。とりあえず入りな」


 ぶっきら棒に言いながらも、嬉しそうに目尻を下げながら二人を招き入れる。

 外套を脱いで埃を”サッ”と払いさり、孤児院だった教会の母屋へと入って行く。


「ああ、お前さん達の部屋はそのままにしてあるからすぐ使えるよ。布団も時々干してるからかび臭いなんてないから安心して使ってくれ」


 エゼルバルド達が身に着けている物騒な装備品のまま、皆の前に出ないでくれと暗に示した。尤も、言われた二人も荷物の置き場所を聞こうかと考えていた所であり、シスターからの話をありがたく思い、早速使おうとそれぞれの部屋へと向かった。


 ヒルダと別れてエゼルバルドが昔使っていた部屋に入ると、洋服タンスやベッドなど、昔と変わらぬままの姿で目の中に入って来た。

 子供の時には大きすぎたベッド、自分の背が低くハンガーラックにまで届かなかった洋服タンス、そして、お小遣いの硬貨をを何回も数えたベッド横のテーブル。何もかもが変わらぬままで置かれていたのだ。

 ただ一つ異なったのは、敷きっぱなしだったベッドのマットレスや布団が、太陽に干されて奇麗に折り畳まれて置かれていた事だ、お日様の匂いを出しながら。


 そして、荷物を置き物騒な装備品を外して部屋の片隅に奇麗に片づけてから部屋を出ると、同じように装備品を外したヒルダが彼女の部屋から出て来たところであった。

 二人揃うと仲良くシスター達のいるリビングのドアを潜った。


 リビングのテーブルには教会の主である神父とシスターと、同じ孤児院出身の女性コンビのリースとポーラが座っていた。

 孤児院を閉めた後のシスターは白髪が増えて年齢相応になりつつあるが、精神的な心労が減ったらしく顔につやが出てきていた。

 それとは逆にリースとポーラはエゼルバルドやヒルダとそんなに年齢が変わらぬにもかかわらず、疲れた顔を見せていた。


 そんな中で神父だけは相変わらずと”ニコニコ”と優しい顔を見せていた。


「ただいま戻りました」

「ただいま~」

「おおっ!二人共、旅は疲れたかね。こんなに早く到着するとは思っても、もがもが……」


 エゼルバルドとヒルダが帰郷の挨拶をすると、神父から労いの言葉が二人に向けられた。その言葉を途中まで来たシスターやリース、それにポーラが驚いた顔をして条件反射かと思うほど素早く立ち上がり、神父の口を大急ぎで塞いだ。

 突然起きたどたばた劇にエゼルバルドとヒルダは首を傾げて不思議な光景を見る目で見た。

 

 エゼルバルドはヒルダと連名で一度手紙を送っており、その中でブールに帰るときは何時になると記載していた。その記載通りに帰ってこれるなど思わなかったので、それが”こんなにも早く”と神父の口から出たのだと感じ取っていた。

 だが、シスター達は神父の口から出た言葉に、これ以上余計な事を話させてはならぬと口を封じたのである。


 そんな事とは露知らず、エゼルバルド達が居ぬ間に、より仲良くなったのだと思うだけであった。


「所で、夕食はどうするんだい?悪いけど用意できて無いんだが」

「あっ、そうか。それだったら、表に出て開いてる食堂で食べて来るよ。近所だったら知り合いだしね」


 それじゃ早速と、エゼルバルドとヒルダは挨拶もそこそこに母屋から出て、近くの食堂へと向かったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルドとヒルダが夕食を食べに出て行った元孤児院、今は教会の母屋としての機能だけになったリビングでシスターとリース、そしてポーラの女性三人が教会の主である神父を囲って険しい顔を見せていたのである。


「はぁ~、アンタはいつもそうだね。もう少し上手く出来ないのかね……」


 シスターが嘆きの声を上げた。仕草や行動で少しばかりミスを犯してもここまで険しい顔をされた事が無く、神父も困惑していた。


「そうですよ。計画がばれたらどうするんですか?」


 シスターに続けとばかりにリースも神父に迫る。


「こんな大事になるほどのが駄目になったらどうするんとお思いですか?」


 さらに、ポーラも怒りを孕んだ顔を向けて迫る。

 さすがに女性三人に迫られれば、如何する事も出来ず謝るしかなかった。


「も、申し訳ない。一応気を付けていたんだが……」

「あれが気を付けたって?」


 それから少しの間、三人から神父へ小言のプレゼントふるまわれるのであった。


 だが、シスターも幾つかミスを起こしていたのは言うまでもないだろう。

 エゼルバルド達の布団を太陽に干したばかりとか、部屋が掃除してあったとか。


 エゼルバルドとヒルダがそこまでの事をしていると思わずに、別段疑問にも思っていなかったのは、神父達にとって幸いであったと申しておこう。




※えっと、悪戯です。子供がする悪戯ではなく、いい大人がする悪戯……。

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