第九章 その四 魔術師ぶらり一人旅
第四十話 魔術師ぶらり一人旅と仕事
※始まりました、第九章 その四。
この”その四”で第九章は終わりになります。
もうしばらくお付き合いください。
小春日和の穏やかな中、”ガラガラ”と踏み固められた街道を乗客数人を乗せた乗合馬車が音を出しながら進み行く。二頭立ての並んでいる馬車馬も、その陽気にあてられ気持ちが高ぶっているのか御者が抑えるのが大変そうに手綱を引いてる。
海からの弱い風が御者を撫でて行くが、迷惑そうな顔は鳴りを潜めている。
「見えてきましたぜ~」
御者の声に、今にも落ちそうに放っていた眠気を何処かへ追いやると、魔術師は箱馬車の窓を開けて頭を出し、前方へ視線を向ける。すると、小さな街並みとその中央に尖がった薄いオレンジ色で塗られた塔が見えて来た。
ノルエガから西へ馬車で一日の距離にある水辺に浮かぶ小さな町。
そして、特徴ある尖塔がこの町の名所で目印でもある。
すでに日が落ち掛けてオレンジ色の光を受けている町並みの中へ”するする”と馬車は進入する。
停車場で馬車を下りて、町への入場手続きをすると”ふぅ”と溜息を吐いた。
「ふむ、やっと到着しましたか。いつも思いますが、お尻が痛くなりますね」
いつもよりも小さなバックパックを担ぎ、きょろきょろと旅人らしくあちこちに視線を向けながら”コツコツ”と杖で石畳を突いて魔術師は宿屋を探しに歩き出す。
停車場の案内に書かれていた宿屋街を目指すのだが、夕方の時間帯で帰路につく人々が町を我が物顔で広がって歩いている姿も見える。顔をしかめながら、その人達を刺激しない様にとなるべく道の端を急いで歩いて行く。
「君子、なんとかに近寄らず、ってね。ここが宜しそうですね」
ぼそりと呟くと、魔術師は宿屋へと入って行く。
「いらっしゃいませ!」
威勢の良い声が、カウンターに座る女将から聞こえて来た。魔術師が入ったら椅子から立ち上がり、笑顔を向けて来た。
年相応にしわの入った顔に、何故か安心感を持つ魔術師であった。
「しばらく、泊まれるかな?」
「は~い、大丈夫だよ。一人だね。何泊してくかい?」
部屋の予約状況を確認すると、一か月泊まっても大丈夫だと言われるが、魔術師はそんなに泊まるつもりも無かった。
「とりあえず、五泊出来ればいいかな」
「ハイよ。ウチは素泊まりで、一泊銀貨三枚だよ」
「ここに書いてある通りだね」
魔術師はカウンターの横にある料金表に目を向けた。
スイートルームは一泊金貨一枚とあったが、そんな部屋しか空いてないと困っただろうが、普通の一人部屋で安心したのである。
「そ。合計で大銀貨三枚(銀貨十五枚)だ」
「それじゃ、先に払っておくよ」
「はいよ。これが部屋のカギだ。シーツなんかは毎日変えるから、お昼までに部屋の外に出しておいてくれ。そうしたら交換のシーツを代わりに置いておくから」
女将さんの言葉を聞き、ふと忘れたらどうなるのだろうかと、聞いてみる事にした。
「忘れた時は?」
「もちろん、交換はしないさ。快適な睡眠を~」
女将さんに、ひらひらと手を振られ、受け取った鍵の部屋へと階段を登って行った。
「えっと、ここですかね」
”コツコツ”と杖の音を響かせながら階段を登り、部屋の前で向き直る。
ドアの横には括り付けのカゴがあり、ここに交換用のシーツを入れて置くのだろうと一目で理解した。
そして、鍵を差し込み”ガチャリ”と回して施錠を解除すると、ドアを開けて一人が泊まるには十分な広さの部屋へとドアを潜った。
ベッドを見れば、銀貨一枚分高い料金も納得がいくようで、満足気に魔術師はにやけていた。いつもの半分の大きさしかないバックパックを背中から降ろすと、窓の外へ視線を向ける。
先程も暗くなってきていたが、今は完全に夜の帳が下りており、町中が完全に闇に包まれていた。
赤々と光を放つ街灯と家々から漏れる灯りが道を照らし、家路を急ぐ人々を浮かび上がらせている。
「さて、私もご飯を食べに行きましょうか?馬車に揺られると何故お腹が空くのでしょうかね?」
不思議がっても始まらないと、魔術師は部屋を出てドアを施錠し宿を出て食堂を探すのである。
「えっと、こっちだったはず……」
出がけに女将さんが、”晩飯だったら、右に出てちょっと言った所を路地に入るんだよ”と魔術師に告げていたが、その目的の場所が見当たらない。どうも、道を間違えてしまったらしい。
「戻りますかな、これは……」
路地の奥を気にしながら来た道を戻り、その後は何とか目的の場所を見付け、夕食にありついたのである。
無事に夕食を済ませた魔術師は満足げに笑顔を見せて宿へと歩いて行く。
「おっと、危ない!」
魔術師は、さっと体を横に跳ねて、後ろから来た子供がぶつかるのを躱した。道を間違えて入った路地から付けられていたのだろうか。
食堂に入り、安心して出て来たところを後ろから突き飛ばすか、ぶつかってお金の入った袋をかすめ取るつもりだったのだろう。
目の前で転んでいる子供の手を見れば、行為に及ぼうとしていたのがわかるのだ。
「ここ等辺で見ないから、私を標的にしたのかな?」
「…ッチィ!!」
いまだ起き上がらぬ子供の側に歩み寄り、杖の石突きを子供の眼前に突き付ける。観念したように動かぬが、反抗的な鋭い視線は魔術師を睨みつけ、油断をしたら襲い掛かろうとしている事は百も承知である。
「何の理由があるか知らないが、不正な手段でお金を稼ごうとしても無駄ですよ。それに、人を見なければ命を縮めますよ」
杖を子供から離すと、魔術師は後ろも振り向かずに、そのまま宿へと帰って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜が明けて、魔術師は宿を出ると街の南側に脚を伸ばしていた。
街の北側は何の変哲もない町並みであるが、南側は町の中を水路が網の目のように走る海に浮かぶ街なのである。
家々の一階部分は殆どが船着き場になっており、二階が生活の場となっていた。
水路の横には歩道も完備されているが、移動は専ら小型の船を使っていた。
「いつ来ても慣れませんね~」
小型のボートを一艘借り受け、
魔術師は街から突き出た岩場にボートを付けると、躊躇なくそこへ上陸する。船でなくともぐるっと回って陸地からでもそこへ向かう事は出来るが、ボートを使った方が早くに到着するからと、操船が面倒でもボートを使ったのである。
ボートを流されない様にしっかりと岩に括り付け、岩場を上って行く。
「ふむふむ、こんな場所にいても逃げられませんよ~」
左手で杖を握りしめ、左腰にぶら下げている
岩で絶妙に偽装された小屋を見つけだし、声を掛けて行く。
だが、何の反応も無く、ただ、真っ暗な開口部がそこにあるだけでった。
「それでは、
杖の先端に、これでもかとまばゆく光る生活魔法の
「う~ん、情報が古かったようですね。ふりだしに戻る……ですか?」
魔術師は何かを感じた様で、急いでそこから飛び出て気配の方向へと視線を向ける。だが、そこには何もおらず、海の中で魚が泳いでいるだけだった。
「勘が鈍りましたかね?最近は一人で行動するのは少なかったですからねぇ……」
気を取り直して、岩で偽装された小屋を使われない様に壊そうと、
「こんな小屋は壊してしまいましょう。
二つ生み出された炎の塊はあっという間に錐状の細長い形へと変化し、それが回転しだすと凄い勢いで岩で偽装された小屋へ飛んでいった。
一本は小屋の中へ、もう一本は小屋の天井へと、吹き飛ばすために飛んでいった。
二つの
爆発と共にあっという間に崩れ去り、崩れた岩の山がそこに残っただけであった。
「さて、帰りますか。ここにいないとなれば、滞在は伸びるかもしれませんねぇ」
魔術師はボートに乗り込むと、忙しそうに
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
借り受けたボートを返却して魔術師はこの町のシンボルである、町の中央にそびえ立つ薄いオレンジ色に塗られた尖塔へと向かった。
最上階の高さは約二十メートル、そこから町を見渡せば何かがわかるかと思ったのである。
杖で”コツコツ”と石畳を突きながら軽い足取りで道を行く。機嫌はあまり良く無いが、沈んでいても仕方がないと気を取り直す。
鼻歌を歌いながらである。
尖塔へと到着した魔術師であるが、入口を塞ぐ二人の兵士を見てがっくりと肩を落とした。恐らく、立ち入り禁止となっているだろうが、念のために聞いてみる事にした。
「あの~、前に来た時は中に入れたはずですが、もう入れないのですか?」
屈強な兵士達は、やせている魔術師を見下げる様に口を開いた。
「あん?見りゃわかるだろう、立ち入り禁止だよ。はよ何処かへ行けや」
言葉遣いの悪い兵士達は、魔術師を払う様に手を動かし、邪魔者扱いする。
兵士達は前を塞ぐ簡単な仕事と言われただけだろうが、魔術師にとってみれば、登れないのは死活問題となりそうだったので、引き下がらずにもう一度、別の質問をする事にした。
「そうですか、立ち入り禁止ですか。後学のためにお聞きしますが、どなたの命令なのでしょうか?」
「ぷっ!そんなの、伯爵様に決まってるだろう。町を治めるノルエガからやってきた官吏だよ。俺達からしてみれば、自称伯爵様だけどな!」
ルカンヌ共和国で貴族を称するのは珍しいなと思ったが、自称であると聞き納得した。自分を偉く見せたいのか、昔からの家柄なのか、それはともかく、かなり匂うなと感じると、兵士の二人に軽く礼を言って、その場を後にするのであった。
(自称伯爵様ですか、これは匂いますね。プンプンと鼻に来ますよ)
魔術師は歩きながら、顎に手を当てて頭を回し始める。
(とりあえずはその自称伯爵の情報を集めましょう。一般的に働いている人達の笑顔を見れば情報は得にくいでしょうが、昨日のあの子供はどうでしょうかね?)
そうと決まればと宿の周辺の路地を入ってみようかと、足早に向かうのであった。
「えっと、この辺りでしたか……!」
昨日の夕方に使った食堂付近を裏路地に入った所で、魔術師は何かを見つけたかのように笑みを浮かべた。そして、足音を立てずに壁際をゆっくりと進み、角から顔を少し出してその先へ視線を向けた。
(丁度良いですね、彼らに聞いてみましょう)
数人の子供が石畳に腰を下ろし、疲れたかのように視線を下に向けて項垂れていた。
それを見ながら魔術師は、足音をワザと出しながら杖を”コツン”と石畳に突き当て、自らを気付かせるように彼等の前に姿を現した。
その音に、ビクンとして身が固まる子供達だったが、逃げる気力も無いのか魔術師に顔を向け睨むだけであった。
反抗的な視線を向けられて困惑するが、昨日の夜の子供と同じような目をしていたので、同じ仲間であると魔術師は一応の結論を出した。それが正解かどうかは、たいして意味を持たないのであるが。
「なんだよ、おっさん。何か用か?」
おっさんと呼ばれる身なりであるが、面と向かって言われると少し心が傷つくのだなと、一つ学習をした。それはどうでも良い事だが、少しばかり教育する必要があると溜息を吐きながら言葉を掛ける。
「おっさんですか……、まぁ、良いでしょう。君達に聞きたいことがあるんですが、答えてくれますか?」
「ただじゃ、教えねぇぞ!」
(金銭を要求してくるのは、やはり切羽詰まっている証拠ですね。上手く行けばかなりの情報を引き出せるでしょう)
その要求を逆手に取ろうと、懐から、大銀貨を二枚取り出し、目の前に掲げる。お金を持っていると彼らに示し、そして、払う用意があると告げる。
「なんだ、おっさん。金持ちだな」
「私はお金持ちではありませんよ。必要経費を出しただけです。必要な情報を聞かせてくれれば、このお金は君達の物です。そこの食堂に入って、腹いっぱい食べられるだけのお金ですからね」
そのお金を見て、子供達はごくりとつばを飲み込んだ。今にもそのお金を奪ってしまいたいと思ったのだろう。だが、それを制止して、魔術師は続ける。
「ですが、誤魔化したり、奪ったりしようものなら、君達を血祭りに、いえ、屠る事くらい簡単に出来るのですよ。その何のか良く考えてから答えて下さい」
魔術師は子供達を”ギロッ!”と睨みつけると、大人しくなった子供達へ質問を始めるのであった。
※魔術師が主人公のお話。個人の名前は出て来ません。
ここでは子供がちょっとしたキーワードとなります。
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