第四十一話 少年達からの情報、そして調査開始

 魔術師は顎に手を当てて、どの様に質問をしようかと迷っていた。

 別段迷う質問内容では無いのだが、目の前でたむろする子供達、いや、少年達にどの様に話そうか……である。

 見た所、十一、二歳でトルニア王国では中等学校で勉強をしている年齢であろう。

 この国では教育は個人任せ。学校はあるのだが、月謝が発生し、学びたくても学べぬ子供達も沢山いるのだ。目の前の少年達の様に。


 最低限の読み書きは出来るかもしれないが、四則計算を行えなければ硬貨を渡したとしても騙されずに会計できるかが心配なのである。


「なぁなぁ、おっさんよぉ~。黙ってないで早く聞けよ。その金で飯を食いに行くんだからよ」


 なんとも口の悪い少年達であろうと魔術師は肩をすくめるが、ここで言い争っても仕方ないと諦めて質問を始めるのであった。


「まぁ、良いでしょう。さっそく、ここを治めている自称伯爵について聞きたいのですが?」

「治めてるってなんだよ」

「そこからですか?つまりはこの街で一番偉い人の事ですよ」

「そうならそうと早く言えよ」


 ”治める”がわからないとは、文字の読み書きも厳しいかも知れないと、頭を抱えたくなってきたのである。


「なんか知らんけど、あちこちで立ち入り禁止にしてるな」

「そうそう、この前まで誰でも入れた場所に兵士を置いて入れなくしてるよ」

「何故かって聞きましたか?」


 少年達は街中で封鎖している地点が増えていると口々に叫んでいる。それも、一か所、二か所ではなく、口ぶりからすれば無数にあるらしい。


「わかんね。それ以外には親分に通じてる奴が、お金をもっと持って来いって騒いでるよ」

「ほんと、迷惑だって~の、こっちは」

「仕事もしていない君達にお金を持って来いって?だから、私みたいな旅人の財布を狙っている……」


 昨日の夕食後に、後ろから子供がぶつかってきたのは何故かと思えば、それが理由であった。まぁ、上前を沢山持って来いってのは、常套手段だから末端の少年達は拒否できないのであろう。


 それを魔術師が口に出すと少年の一人が逃げようとしていたが、石畳に杖を叩き付けると、ビクンと体が跳ねて大人しくなった。


 こんな少年達でも道路掃除や下水の掃除、それか荷物運びでも仕事があれば生活出来るだけの路銀を稼げるはずだと考える。

 まぁ、この街で子供に仕事があるかはわからないのであるが。


「で、親分と言うのは、その自称伯爵様て合ってるのか?」

「それはわかんね。わかるのは、兄ちゃんだけだから」

「兄ちゃんねぇ……」


 この少年達をこき使うヤツラがまだいるのかと、魔術師は暗い気持ちに陥る。

 裏社会でこんな少年達も組織に組み込まれ、金を持って来いと脅される。恐らく、持ってこられないと酷い目に遭うのだろう。

 少年達の目を見れば、死んだような眼をしているのですぐにわかるのだが、それにしても酷い。孤児院でもあれば、また別なのであろうが、この町はどうなっているのか、本当に不思議である。


「その、兄ちゃんとやらは何処に言ったら会える?」

「さぁ……」

「知んね」


 一様に知らぬと返してくる少年達に頭を抱えたい持ちで一杯になる。まさか、連絡が付かないと聞かされるとは思わなかった。必ず一人は連絡要員を作ると思っていただけに、魔術師の落胆するさまは見ていても直ぐにわかる程であった。


「その兄ちゃんは置いておくとして、他に、町で大きな動きはなかったか?」

「大きな動き?」

「町の真ん中のお屋敷に沢山の大人が集まってるってやつでもいいのか?」


 魔術師は軽く頷いて、にっこりと笑う。


「そうそう、そんなのでいい。君達が関わってても、無くてもね」

「そうしたら、町の東西南の倉庫だな」

「倉庫?そこにも集まってるのがいるのかい?」

「そんな所だね」


 少年は少しだけはぐらかしていた。

 町に来た官吏が怪しいのは尖塔の入り口に陣取っていた兵士達の話から分かっていたが、少年達から官吏の屋敷や倉庫に沢山の人が集まっているのは気にした方が良いだろう。

 何にしても、そこを調査しなければ始まらないだろう。


 調べる場所を見つけたと笑みを浮かべていると、少年達が魔術師を睨んでいたのである。


「そうか、助かったよ」

「って、事はそのお金は貰えるんだろうな」

「当然、これは君達の物だ。正当な報酬として渡そう」

「じゃ、早速寄こせ……って何故くれねえんだよ!」


 少年達に渡そうと思ったのだが、一つ確認するまで渡す訳にはいかない。少年の一人が魔術師の手から硬貨を奪おうと手を伸ばしたが、魔術師はそれを良しとせず、体を斜にして少年の手を躱した。


「渡す前に一つ確認だ」

「もう、教える事はねぇよ」

「いや、渡すのはやぶさかでは無いが、君達は計算が出来るのか?」


 魔術師は各地を回っていて、裏路地でたむろする目の前の少年達の様な子供を見てきていた。小さい時からスラム街や裏路地で生活していれば、教育を受けられることは少なく、文字の読み書きも当然だが、四則計算も出来ないでいる。

 それ考えれば、トルニア王国の政策は国力を上げるのに役立っているし、最低限の確認をしなくても良かった。


「そんな事関係ねぇだろ」

「いや、関係ある。このお金をお前達が受け取ったら、そこの食堂に行くだろう」

「それがどうしたってんだよ」

「どれだけ注文できるか、わかってるのか?」

「それは店の親父に聞けばいいだろう」

「それで一食だけで終わりか?この二枚で四人が何日も食べられるのに?」


 大銀貨を二枚手に持ってかざしている魔術師の顔を、少年達は不思議そうに覗き込んできた。

 やはり理解していないのだな、と魔術師は溜息を吐いて少年達を諭す様に話を続ける。


「君達がこんな所で屯する事になったのは、学が無いためだ。もし、文字の読み書き、そして、四則計算が出来れば上納金を納めるとしても、必要以上を納める必要がないはずだ。人からお金をせしめるよりも、人から計算の仕方を教わる方がよっぽど有意義だぞ。今からでもそんな人を探すべきだ」


 少年達にそう告げると、大銀貨を少年達に放り投げる。本来なら直接手渡したいと思ったが、そのまま少年達に体を掴まれ押さえられてしまうかもしれないとの考えが脳裏を過ったのだ。


「そうそう、これもあげよう。私が君達に説教じみた事を言ってしまった詫びです」


 たいした価値の無い指輪であるが、売れば大銀貨数枚になり少年達には大金を手にする事が出来る。これを使って更生してくれればと思う魔術師であった。


「情報、ありがとう。なるべく、勉強をする事ですね」


 少年達に最後の言葉を掛けると、身を翻して裏路地を後にした。ただ、魔術師の帰り際に、”足し算くらいできるさ”と少年達の誰かが口にしたのを聞き逃さなかったのだが。


 それから、夕食まで時間があったので一度宿に戻る事にした。


「あら、お早いお帰りだ事」

「ただいま。ちょっと時間が余ってしまったので、一度、部屋に帰ろうと思ったのですよ」


 魔術師は時間が余ったとばかりに、宿の女将と雑談を始めた。そのまま部屋に籠っても良かったのだが、少しでも情報が欲しいと思ったので、それとなく探ってみる事にした。


「ところで、この町の景気はどうですか?見た所は物価も安定しているようですし」

「まぁ、物価は安定しているよ。とは言っても、商売人の努力でだけどね」


 食堂も、貸しボート屋も、町の露店も値段が上がっているとは見られなかった。だとすれば、売り上げの中から税金がむしり取られていると考えても良いのではないかと考える。

 むしり取られてるのであれば、売り上げも落ち、生活水準も下げざるを得ない。かなり困窮している可能性がある。

 一つ、カマをかけてみようと、口を開いた。


「その話しぶりだと、儲かっていないとお見受けしますが」

「全く、その通りなんだよ。このままだったら、ウチも来月から値上げしなきゃならなくなるんだよ。しかも銀貨一枚分もね!」


 銀貨三枚であれば、十分宿として競争力があるが、それに一枚加わって、銀貨四枚だとかなり厳しいはずだ。お客が泊まらなくなるだろう。質は悪くても、銀貨三枚の宿に流れる事、必至だ。


 魔術師が驚いていると、女将さんは、”チョイチョイ”と近づくように手を振ってきた。女将さんの指示に従って顔を近づけてみると、耳元で喋り始めた。


「大きな声では言えないけど、官吏が税金を上げてるんだよ」

「官吏が?」


 官吏。つまりはこの町を統治する責任者だ。

 魔術師は表では驚きを現すが、内心ではやっぱりと拳を握って喜びを表す。少年達が魔術師に告げた、この街での出来事を証明する女将の証言に踊り出しそうになっていた。


「本来であれば、この国の税率はノルエガの議会で決めるはずです。ノルエガでも税率が変わっていない事を考えれば、官吏が私服を肥やしてそうですね」

「やっぱりそう思うかい?でもね……」


 そこで、女将は魔術師から顔を放し、いつも通りの笑顔で続きを話した。


「痛い思いをしたくないから、黙って税金を払うしかないのさ」


 諦めたように暗い表情を見せて、魔術師との会話を終わらせるのであった。

 それは反発した仲間が目の前で痛い目に遭っていたと察するに十分な表情だった。

 そして、部屋に戻ろうとする魔術師に一言、注意を促す。


「夜は出歩かない方が良いわよ。捕まったら何されるかわからないからね」

「ご忠告、感謝します」


 ”そんなへまはしないですよ”と思いながら女将の忠告に手を振って答えると、自分の部屋へと戻るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 吐き出す息が真っ白になる深夜。魔術師は女将の忠告を聞きながらもそれを無視し、部屋を抜け出してうっすらと明かりの点く廊下を、音を立てぬ様に通り抜けて宿の外へと出る。

 石畳に夜露が降りて、気温の下降とと共にうっすらと白く光を返すまでになっていた。足を一歩踏み出せば、白い地面の中に魔術師の足跡が黒く残る。


 海からの湿気った空気が町全体を包み込んでいるために一時間もすれば魔術師の足跡は完全に消えてしまうだろう。

 だが、それまでは足跡が残るので尾行には向かない町でもある。


 杖を握るが、石突で石畳を叩かぬ様に注意して足を進める。足音だけでも”しん”とした町に響くので注意が必要となる。


 注意深く魔術師は足を進め、目的地である自称、貴族官吏の邸宅へと近づく。あと少しで門が見えるとわかっていたが、思った以上に警備が厳しく、それ以上近付けなかった。

 これが、彼女宝物探究者であったなら、裏手の塀をあっという間に乗り越えて、敷地へと入って行くに違いない。


 だが、今回は誰の手伝いも無い一人である。その彼女宝物探究者は依頼を受けて忙しいらしい。そして、子供達お似合い夫婦はその手伝いで出ている。

 それに、事前情報から一人であっという間に事が済むと思っていただけに、目の前の状況が恨めしく思う。


 取り合えず、警備員の数だけ頭に入れてそこを後にするのであった。


 次に向かったのは東の倉庫群だ。人が多く集まっていると少年達から情報を得たその場所の一か所だ。三か所もあるから、そのうち一か所でも当たって欲しいと思う。


 魔術師は不思議に思う事がしばしばあった。

 この町はノルエガに比べて小さく、人口は五千人行くか行かないかと言われている。トルニア王国の様な身分証制度が無いので完全な人口は把握できていない。


 その五千人程の町で、兵士の数があまりにも多いのだ。夜間なので、今は詰所に籠っているのだろうが、昼間はそこかしこに兵士が立っている印象である。

 そして、情報を得た少年がいたような裏路地に兵士が見えなかったのも気になったのである。これだけの兵士がいれば、裏路地も警備でき、あの少年達の様な家無しも生まれなかった可能性もある。


 その件は、後々考えるとして、魔術師は東の倉庫群へと到着した。


 倉庫群とは言っても、何百もの倉庫が乱立している事は無く、小ぢんまりした倉庫が数棟建っているだけである。


「見た感じは、兵士は多くないな。と言うよりも兵士が見えないか……」


 辺りを見渡しても、動き回る兵士は見えず気配も無いとなれば、夜間に動きはないのだと思われる。一通り、倉庫群を見て回り、何の手がかりも無いとわかると肩をがっくりと落とすのであった。


「空振りでしたか……。まぁ、そういう時もありますね」


 まだ時間もたっぷり残っていると、南の倉庫群へと足を向けた。




 三十分程掛けて、南の倉庫へとやってきた魔術師は肩をがっくりと落としていた。


「これは無いでしょう。いったいどうやって、人を集めると言うのでしょうか……」


 倉庫群を見て思わず毒を吐いてしまったのである。

 見た目はごく普通の倉庫が数棟作られているだけである。だが、その入口が水路に面しており、船を使って出入りしなければならぬのだ。


 裏には出入口もあるが、明らかに船の出入りを主に作られ、海からの荷揚げを目的にしていると見られる。

 そして、ここにも兵士は見られない。


「完全に外れ、と言う事でしょう」


 南の倉庫群に来るまでに時間が掛かってしまい、西の倉庫群は明日に持ち越そうと魔術師は考え、疲れた体を休めるべく宿へと足を向けるのであった。




※勉強が出来なくても、方角がわからなければ仕事や生活に支障をきたすので、子供達は懸命に方角を覚えます。

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