第二十三話 金貨七枚でも十分に利益が出ます

※2019/08/29 探偵事務所中のアンブローズの名前の(ルビ振り)変更


 王都アールストの石畳を二頭立ての箱馬車が”パカリパカリ”とリズムを刻みながら走り抜ける。王城より出発した馬車だが国の旗印の文様も、家紋も入らぬ無印の馬車であった。

 それにはショートカットで旅人へと変装したパトリシア姫と、汚れた革鎧に身を包んだ護衛の騎士三人が乗車していた。パトリシア姫付きのアンブローズはと言えば、行き先を知っているとの事から御者の役を拝命していた。


 馬車で走る事三十分、パトリシア姫達を乗せた馬車は目的の建物を塞ぐように止まった。


「ここです、姫様」


 アンブローズがパトリシア姫に手を差し伸べながら目的の場所だと伝える。彼女はアンブローズの手を頼りに馬車のステップを踏んで石畳へと降り立つと物珍しそうにきょろきょろと見渡す。


「ここがそうなのね」

「ええ、彼らに教えて頂いた場所ですね」


 二階建ての小さな事務所が珍しいのか、その建物をパトリシア姫は見上げている。建物の端には入り口のドアが来客を招き入れるかのように半開きにされ、パトリシア姫達の入店を今か今かと待ち望んでいるようだった。

 表に面した窓にはカーテンが引かれ中を窺い知ることは難しいが、穏やかな気配を漏らす人がいると何となく感じる。


「姫様、行きましょうか」

「ここからは姫じゃないから、忘れないでね」

「はっはっは。承知しました、お嬢様」


 アンブローズが硝子の入ったドアを開けてパトリシア姫を事務所の中へと通すと、大きな執務机に向かって頬杖をついていた男が立ち上がり、来訪客を歓迎する。


「ようこそ、”モンクティエ探偵事務所”へ。あなた様の悩みをズバリ解決いたします。ぜひともわが探偵事務所へお任せください」

「お、おう……」


 颯爽とパトリシア姫の前に躍り出た男が、跪いて簡単な口上を述べると、圧倒されたのか王族と思えぬ何とも言い難い言葉が漏れだした。


「これは、失礼しました。こちらへお座りください」

「うむ、失礼する」


 男はパトリシア姫達を部屋の中央に”どどん”と陣取るソファーセットへ座るようにと案内した。男の言葉に従い、彼女らは深く沈み込むソファーへと腰を降ろす。


「失礼いたします、お茶をお持ちしました」

「おおぉ、びっくりした」

「いつからそこへ?」


 パトリシア姫達がソファーへ座ると同時にテーブルの横に背筋を正した女性がティーカップを乗せたトレイを持ってたたずんでいる姿が視界に入ってきた。

 座る前まではそこには影も形もなかった筈で、部屋の中には事務所の男とパトリシア姫、そしてアンブローズの三人しかいなかった。それが、音も気配もなく、四人目が現れた事に、パトリシア姫だけでなく、アンブローズも驚きの声を上げたのである。


「驚いたかね。彼女はこの探偵事務所の秘書でね。いろいろと雑用をしてもらっている」


 女性がテーブルの上に綺麗な水色すいしょくをした紅茶が注がれた三人分のカップをそれぞれの前に置くと、一礼をして奥のドアから出て行った。


「それじゃ、私がこの”モンクティエ探偵事務所”の所長をしているミシェール=モンクティエだ、ミシェールと呼んでくれるかな。先ほどの秘書はアンジュだ」


 名刺を取り出しながら、自己紹介を行う。調査がほとんどだが、極稀に荒事にも手を染める事もありますよと、笑顔を見せながら小声で語った。


「こちらが、私どもの主人のパティ様です。私は従者のアンビルと申します」

「ミシェール殿、パティです、よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 パティパトリシア姫が挨拶よろしく右手を差し出し、所長のミシェールと握手をする。パティパトリシア姫は終始すまし顔であったが、それとは対照的にミシェールは常に笑顔を見せていた。


「早速ですが、お仕事のお話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

「ええ、かまいませんよ。こっちの男が詳しいので説明させますね」

「それでは失礼しまして……」


 パティパトリシア姫がカップを持ち上げて口元へと運び、飲み始めると同時にアンビルアンプローズは依頼の内容を話し始めた。


 昨日の出来事、南のワークギルドで主に依頼を受けているアマベルが追い掛けた賊について、である。彼女が追いかけていた賊は、知り合いから何かの薬を盗み取ったらしい。その後にアンビルアンプローズ達が加勢に入ったが、すんでのところで逃げられてしまった。


 そこで依頼したいのは、アマベルが追っていた賊が盗み出した薬が何であるか、及び、何処に運び込まれたのか?そして、それを盗み取った賊の正体を探って欲しい、の二点である。


「なるほどなるほど。それで、パティ様は全てを見つけて、どうされたいのですかな」

「……ん~、助けてもらった恩返し、とでも言いましょうかね」


 アンビルアンプローズの説明が長かったおかげで、すっかり冷めてしまった紅茶をすすりながら答える。庇ってくれたことに対する恩返しも一つの目的だったが、それよりも重要なのはこれから結成される騎士団への勧誘である。

 身分を偽っている関係で勧誘とは話す事は一切できないので、もどかしいと思うが……。


「わかりました。それではお調べいたしましょう。明日のこの時間にまた来てくれますか?」

「そんなに早く調べられるのか?」

「蛇の道は蛇と言いますかね。ですが、その質問にはお答えできかねます」


 アンビルアンプローズは調査にもっと時間が掛かると思っていただけに驚愕の表情をしたが、それをミシェールが見ては、”ふふふっ”と不敵な笑いを見せた。


「それで、報酬の方ですが……。金貨十枚でいかがでしょうか?」

「な、なに!?金貨で十枚とか、巫山戯てる」


 たった一日の調査で金貨十枚(日本円にして百万円相当)と聞き、アンビルアンプローズは驚嘆の表情を見せながら怒りを露わにした。金貨で支払う事になると予想していたが、まさか金貨が十枚など法外な価格設定をしてくるなど、足元を見過ぎであろうと思った。


「おや?高いでしょうか。それではこの話は無かった事に致します」

「当たり前だ。蛇の道は蛇とは言え、その金額は法外だ。もっと安くならんのか?」


 さすがに吹っ掛け過ぎたかと思ったのか、仕方ないと再度価格の提示を行った。


「それでは、金貨七枚。これではいかがでしょうか?」

「高いな。何とかならんのか?」

「これ以上は、私どもでは何ともできませんな。お引き取りをお願いします。そうそう、我々もプロですから、情報を漏らしたりはしませんのでそれだけはご安心ください」


 その様に告げると、つかつかと入り口のドアまで歩いて行き、開ける仕草をするのであった。

 そこで足を組み、口に付けていたカップをソーサーへ”かちゃん”と置くとパティパトリシア姫が口を開いた。


「アンビル、仕方ありません。金貨七枚で手を打ちましょう。それで、明日にまた来れば良いのですね?」


 ソファーの後ろを振り向いて、ミシェールに冷たい視線を向ける。その金額で仕事を頼むのだから、間違った情報を知らせたり、失敗は許さないぞとの脅迫めいた視線であった。

 視線を送られたミシェールだったが、パティパトリシア姫の凛とした視線と態度に、肉食動物に睨まれた小動物であるかのごとくに萎縮してしまった。先程までの楽観的な雰囲気と全く違い、為政者の様な雰囲気を醸し出していたのだ。

 それにはこれ以上駆け引きをするべきではないと思い、背筋に凍りつくように感覚に陥った。


「さすが、お嬢様はわかっていらっしゃる。それではご依頼の件は承りました。明日のこの時間に探偵事務所一同、お待ちいたします」

「そう、わかったわ。帰るわよ、アンビル」

「はい、お嬢様」


 入り口のドアを開け頭を深く下げて、帰路に着くお嬢様とその従者を見送るのであった。額から嫌な汗を流して……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「所長、お疲れさ……あれ?どうなさったのですか?」


 奥の部屋からテーブルに残ったティーカップを下げようとアンジュが現れ、パトリシア姫達が帰って一人になった探偵事務所で、執務机の上に足を乗せて難しい顔をしているミシェールへ声を掛ける。


「悩むのも宜しいですが、靴を脱いでからにしてくださいね」


 一応、心配しているそぶりを見せながら、”かちゃかちゃ”と、わざと音を立てながらトレイにティーカップを乗せ、テーブルを布巾でサッと拭く。テーブルが綺麗になったと満足して、アンジュは奥の部屋へと向かおうと体の向きを変える。


「アンジュよ、今来た客だが、何処の誰だかわかるか?」

「え?どこかの貴族のお嬢様じゃないんですか」


 探偵事務所前に馬車を乗り付け、四人も従者を従え、金貨十枚の高額の報酬を吹っかけたにもかかわらず顔色一つ変える事無く、淡々と話をしていた彼女は、普通に考えればアンジュが答えたとおりの答えを出してくるだろう。

 だが、一瞬見せた、あの表情を思い出せば、おのずと答えは出てくるのだ。


「違うぞ、あれは王女だ」

「は、え、ええぇ!第一王女様のパトリシア様ですか!」

「声が大きい!!」


 驚くのは仕方ないにしても、大きな声で驚き過ぎだとアンジュに注意を促す。いつも公務で表す姿と違っい、髪はショートカットで旅人のような恰好をしていれば、一瞬で見破るのは難しいだろう。とは言っても、顔をよく知る者達なら、直ぐにわかる程度なのであるが。


「全く、とんだじゃじゃ馬紹介してくれたもんだよ」

「紹介?誰がですか」


 目玉をぎょろりと動かし、視線をアンジュに向けて意地悪く話を続ける。アンジュもうすうす”あの人”か、と脳裏に浮かんできたが、あえて所長のミシェールに聞いてみた。


「決まってるじゃないか。、魔術師さ」


 にやりと口元を緩ませて口にしたその答えをアンジュに告げると、”山のような仕事~”と口ずさみながら事務所の後片付けと店じまいを行い、事務所から出掛け街へと消えて行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夜の帳が辺りを支配しそうな時間になり、パトリシア姫達は王城へと帰ってきた。パトリシア姫は自室へ戻るのではなく、アンブローズ達、騎士がたむろする食堂へと足を向けた。この時間になれば見張りに出ていた騎士が情報を持ち帰ったと考えたからである。

 そして、パトリシア姫を視界に入れた騎士がつかつかと彼女の下へと近づいて行った。


「姫様、ちょうど良い所へ。お戻りになりましたらお部屋までお伺い致そうかと考えていた所でした」

「おお、何かわかったのか」


 その騎士はパトリシア姫とアンブローズを連れて、騎士団の作戦会議室へ向かった。そのドアを使用中にすれば、基本的には誰も入って来ず、他に知られたくない事柄を話すには持って来いなのだ。当然、叫ぶように声を出せばドアから声が漏れるので小声限定ではあるが……。


「アマベル殿が共に行動しているのはカーラと言う魔術師です」

「申し訳ないけど、それはすでに知っているわ」


 アマベルの過去をアンブローズが調べた事柄の報告を受けた時にその名前はすでに聞いていたのだ。すでに知っていると、報告をしていた騎士に言葉を告げるが、驚くでもなく報告を淡々と続けた。


「その報告が上がっているのは知っています。本日、新たに判明した事柄を報告致します」

「ごめんなさいね、話の途中で切っちゃって」


 茶々を入れたことに素直に謝るパトリシア姫。

 少し前なら、謝るなどしなかった彼女が、最近は自らが失態を演じた時に謝るなど何の心境の変化が起こったのかと皆が不思議に思ったほどである。だが、今はそれが普通となり、パトリシア姫の人気が騎士たちの間で急上昇中だったりする。


「あ、いえ。その、取られた薬ですが、魔術師のカーラが持っていたそうで、本来であればその日のうちに叔母に飲ませる予定だったそうです」

「そうだったのか」

「さらに、その薬の原料は月下見草げっかみそうの葉を使っていたそうです」


 知り合いの叔母に飲ませる薬を取り戻そうとしたのね、とアマベルの行動を賞賛しようかと思った時に、月下見草げっかみそうの葉が何の病気に効くのか、何処かで聞いた事があると首を傾げる。

 ぶつぶつと、ああでもない、こうでもないと喉まで出かかった言葉をとっかえひっかえ漏らしていると、騎士が持っていた書物のとあるページを開き、パトリシア姫へ手渡した。


「そうそう、思い出した!これよ、これ」


 開かれてページの表題を見てパトリシア姫が声を上げた。月下見草げっかみそうの葉を使わなければならぬ病気は石化症で、症状が進めば手足が石のように動かせなくなる。軽い症状であれば、薬を一度処方して貰えば治るが、重症者には何度も薬を与える必要がある。

 アマベルと二人の会話を聞いていた騎士の報告の続きでは、症状が重く、そろそろ命の危険があると推測していた。


「確かに、石化症の薬は王都では出回っていないな。重症となれば、一本どころではなく、複数を運んでいたのだろう」

「アンブローズ殿の申す通りでございます」


 その報告を聞き、腕を組んで深慮するパトリシア姫。

 早く解決せねばならぬのに明日にならなければ必要な情報を得られぬと、歯がゆい思いがこみ上げて来るのであった。

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