第二十四話 正体は城の中の人

 翌日、午前中の公務と訓練を終えたパトリシア姫は、お世話係のナターシャと早い昼食を取っていた。


「訓練をすると早くにお腹が減っていけないわねぇ。何とかならないのかしら?」


 訓練が終わって体の汗を拭き取ったばかりであるために、公務用のクルクル縦ロールの金髪かつらを身に着けず、運動しやすい恰好のまま、ナターシャへと愚痴をこぼしてた。

 訓練をしなければ、別段、お腹が空く事など無く何時もの時間でも間に合う程なのだがと少しだけ悩んでいた。尤も、訓練をすればお腹が空く事は何時もの通りであるので、ただの愚痴をこぼすだけなのであるが。


「お昼前に少し、お腹に入れるのが宜しいかと存じますが。それか、朝のお食事の量を増やされるかですね」


 一応、愚痴とわかっていながらもナターシャは真面目に考え、返答をする。この辺りがナターシャがパトリシア姫に信用されている所でもある。


「何にしても無理って事ね。残念だけど」

「姫様のご要望にお応え出来ず残念です」


 出来ない事は仕方がない諦め、ナイフとフォークを再び取り昼食へと向かう。

 その途中、”そう言えば”と、突然思いだした様にナターシャへと話しを振る。


「そうそう、食事が終わったら宮廷魔術師の師団に手紙を届けて欲しいのよ。それが終わったら装備の用意をお願い」

「何かあるのですか?」


 動かしていたナイフとフォークがピタリと止まり、パトリシア姫へと視線を向ける。


「忙しくなる気がするのよね。今日か明日、しかも夜遅くよ。それと回復魔法ヒーリングが使える魔術師が一人欲しいの」


 話しながらもパトリシア姫は平然と手を動かして口に運んでいる。


「畏まりました。食事が終わりましたら早速お届けいたします」

「ありがとう。でも、魔術師達の食事が終わった後を見計らってでいいわよ。その間に、アンブローズ達と打ち合わせをしてくるから。それにしても、食事は一人で食べるより、あなたと食べると美味しいわね」

「勿体ないお言葉です」


 離れたテーブルとは言え、同室で食事を姫と付き人が食事を取るなどあり得ないのだが、ナターシャと二人の時は全く気にする事なく食事をしている。

 それもあってか、二人で食べると美味しいと言われ、からかわれていると勘違いをするナターシャであるが、パトリシア姫は本気で思っていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王都アールストの石畳を二頭立ての馬車が走り抜ける。昼から降り出した生憎の雨が石畳に溜まり、水たまりを抜ける度に水しぶきが宙を舞う。

 昨日と同じ時刻に走り抜けているというのに、天候が違うだけで見える景色が全く異なって見える。そして、同じように探偵事務所の前で馬車が止まり、馬車から外套を羽織った女性が”サッ”と降りて、室内へと足を踏み入れる。


「ようこそ、私の事務所へ。雨の中、大変でしたね」

「なぁに、わら……っと、私は馬車に乗っていだだけだし、大変なのは供のほうであるが」


 探偵事務所の所長、ミシェールの招きに、外套のフードを外しながらパティパトリシア姫が答える。馬車から事務所のドアまで数歩の距離であるが、雨に打たれてはならぬとナターシャから”必ず外套を羽織る様に”と口を酸っぱくして言われなければ、この短時間のためだけに外套などはおる事は無かっただろう。


 パティパトリシア姫アンビルアンブローズが事務所に揃い、二人が外套を脱いで外套賭けへと引っ掛け、昨日と同じようにソファーへと座った。

 そして、すらっとした足をパティパトリシア姫が組んで向かいのミシェールを睨む。


「早速、大口を叩いた答えを聞きしましょうか?」


 斜に掛けた鞄から革袋を取り出し、テーブルへと置くと”チャリン”と硬質な音がミシェールの耳に届いた。支払う準備は出来ていると示す事で、いい加減な報告では済まさぬと態度で示した。

 流石のミシェールもその態度を見れば、生半可な報告は出来ないと唾を飲み込む。


 ミシェールが報告を始めようとしたとき、昨日と同じようにアンジュが奥の部屋よりティーセットをトレイに乗せて現れ、湯気の立つティーカップをそれぞれの前に置いていった。

 アンジュは奥の部屋へと戻るかと思ったが、ミシェールの後ろで牽制する様に位置した。


「それではパティ様、薬の正体からお話ししましょう」

「それは話さなくても良い、石化症を治す薬だと判明している」


 パティパトリシア姫が盗まれた薬の正体を話すと、ミシェールは顔色一つ変える事無く報告を続ける。

 報告の前に一瞬の静寂が訪れたが、それを嫌いパティパトリシア姫は左手でソーサーを、右手でカップを手にして口に運ぶ。彼女が”すんすん”と香りを楽しもうと鼻を動かせば、紅茶の香りが鼻孔を刺激し、何とも言えぬ香りを楽しんだ。


「それでは、その薬が何処にあるかですが、とある場所に今は保管されているようです」

「ん、とある場所だと?」

「ええ、です」


 ミシェールは勿体ぶった言い方でぼやかし、情報を濁した。これは彼の常套手段であり、支払いが済むと同時にその場所を記した紙を相手に渡すのだ。


「盗んだ者達は、その量が想像以上に多く、どうするかまだ決めかねているようですね。一個二個であったら、すでに地下オークションに回ってしまった事でしょう。量が多かった事が幸いしたようですね」


 アンビルアンブローズの予想した通り、石化症を治す薬はかなりの量があった様だ。カーラの叔母と言う、重傷患者を治そうと大量に用意していた。それが幸いしたとは皮肉でもあったが、まだ取り返せる段階であるとパティパトリシア姫は”ホッ”と胸を撫でおろした。


「なるほど、後は忍び込んで奪い返すだけね。アンビル、出来そうか?」

「場所と敵の人数がわかれば……」

「ちょっと待てよ!」


 パティパトリシア姫アンビルアンブローズが取り返す算段を付けようとしたところをミシェールが待ったをかけた。その声がやけに大きかったのか、パティパトリシア姫アンビルアンブローズはキョトンとした表情でミシェールを見つめ直す。


「パティ様、忍び込むって大丈夫かい?まだ、敵の情報を渡してないってのに、楽観的だなぁ」

「そうでも無いけどね。ねぇ、アンビル?」


 パティパトリシア姫から話を振られて頷くアンビルアンブローズ

 だが、ミシェールは、”これだから素人共は……”と、冷たい視線を向ける。


「あのなぁ、地下組織を大量の人員で包囲殲滅しようとしても逃げられてお終いよ。折角の薬も捨てられっちまうさ」

「そうなの?」

「”そうなの?”って、何もわかってないなぁ」


 呆れて物も言えないミシェールは仕方ないと恩を売る事にした。パティの正体が、この国の第一王女のパトリシアだと見抜いているだけに、後々に恩返しに期待出来るだろうと打算が働いたのである。


「まず、情報の対価を頂こうか?」

「わかったわ、これでいい」


 テーブルの上に置いた袋をそのままミシェールへ投げて渡すと、中を確認して懐へと収める。そして、アンジュに命じて、奥の部屋から書類を持って来させて説明を始める。


「まず、これが敵の拠点アジトの場所と間取りだ。そして、予想人員。間取りは予想だが、恐らく合っているはずだ」


 アンジュが持って来た書類のうち、敵の拠点アジトとその予想人員を記載した大きな紙をテーブルに置く。

 それをパティパトリシア姫アンビルアンブローズが身を乗り出して覗き込み、隅から隅まで目を通した。


「これは素晴らしいですな。金貨七枚が高いと感じていたが、ここまで詳細な情報を頂けるなら、妥当な所だろう」

「そうであろう。蛇の道は蛇と言うからな~、フフン」


 二人に見せた情報が”角度が高い情報だ”と褒められたことにミシェールは上ずった声で答えた。多少鼻が高くなっているはずだが、パティパトリシア姫達は紙に夢中でミシェールに見向きもせず少しだけ残念に思った。


「アンビル、どうなの?」

「忍び込むのは難しいか。で、あれば二方向から押し入らねばならぬか……」

「ところでお二人さん、このアンジュを借りたくはないか?」


 ”アンジュを借りる?”とは、何を言っているのかと怪訝そうに視線をミシェールへ移すと、彼は不敵な笑みを浮かべていた。突然名前が出てきたアンジュはと言えば、何も聞いていなかった様で、目を大きく見開いて驚きの表情をしていた。


「ふふふ、驚きましたよね。って、アンジュも驚くな!まぁ、いい。戦力にはならぬかもしれんが、気配を感じ取る力はこの探偵事務所でもかなりの物があるからな。そちらの部隊を動かすよりは良いかと存じますが、姫様……」


 突然、ミシェールからと呼ばれ眉目を寄せてにらみを利かすパトリシア姫。隣のアンブローズは懐に手を入れナイフの柄を握る。


「な、なんで……。いや、ここは探偵事務所だったな」

「ええ、こちらに来られた時から私はわかっていましたが。アンジュはわからなかったようですがね」

「それで、貴様の目的は何だ?姫様に手を出すのであれば容赦はしないぞ」


 アンプローズは正体が見破られ、一種の脅しをかけて来たミシェールにいつでも飛び掛かれる様にと重心を足に移し、前傾姿勢を取った。ティーカップが置いてあるテーブルが邪魔だが、パトリシア姫を逃がすくらいは時間は最悪でも稼げるだろうと。

 だが、ミシェールの実力はアンブローズと拮抗する程にあり、アンブローズ一人では後ろに控えているアンジュにまで力が及ばず、結果的にパトリシアを逃がすまでは行かないだろう。

 自らの命を賭してもパトリシア姫を逃すとアンブローズは覚悟を決めたのだが、ミシェールはソファーにもたれかかり、両手を広げて笑いながらそれを否定した。


「まさか!ビジネスですよ、何も要求などしません。ただ、恩を売っておけば後々に姫様と、いや、王族と繋がりを持てるだろうとの打算はありますけどね」

「何を今さら……」

「それからもう一つ、アンジュに経験を積ませてやりたいのもありますけど」


 確かに、個人経営の探偵事務所が王族や王女と繋がりを持つ事が出来れば仕事の依頼を受けやすくなるのは確かだ。通信手段が少ないこの世界では、王族との繋がりをちらつかせる事が一種の宣伝となりえる。


 ミシェールが胸の内を明かし脅すつもりは無いと聞かされても、アンブローズ達はその話を真に受けとれず、パトリシア姫を守ろうと行動に移そうとしたが、そのパトリシア姫に肩を押さられてしまった。


「待て、アンブローズ。打算……と言ったか。妾で良ければその話乗ってやろう。ただ、この国の王族を相手にするのだ、生半可に手を出したと後悔するなよ」

「姫様、良いのですか?」

「大丈夫だ、考えがある。と、言ってもこの一件が終わった後で利用させて貰うだけだ」


 人畜無害な男とは言い難いが、何かに利用できるだろうとミシェールの話を受け入れる事にした。


 まず一つ目は、隠密に長けた騎士団を作るつもりだったが、それ以外に国の方針に左右されぬ駒があった方が良いと考えたのだ。ミシェールの口調から、地下組織出身であると感じる事が出来れば使いどころは大いにある、と。。

 そして、次の理由が大きいのだが、アンジュの存在にあった。お客用のお茶を運んでくるだけであったが、彼女の身のこなしや気配の消し方にパトリシア姫が惚れたのだ。この探偵事務所から引き抜ければ一番良いが、隠密部隊の訓練教官に使ってやろうと考えた。


 これから発足する、パトリシアの騎士団の結成に、欠かす事の出来ぬ人材を集める事も重要な仕事の一つでもあった。その人材が目の前にいるとすれば、唾を付けておくのも良いだろうと咄嗟に思い付いた。


「では、交渉成立ですな」

「うむ、異存はない。では、早速、お借りしたいが、どうじゃ?」


 今だにミシェールの後ろでトレイを胸の前に抱えているアンジュに向かい話掛けた。先程のミシェールの話も突然であったが、王女の話も突然だと困惑の表情をするが、大きく溜息を吐くと仕方ないと覚悟を決めて口を開いた。


「わかりました。王女様の指示に従います。着替えてまいりますのでしばらくお待ちください。所長は私を出すのですからお客様にお茶のおかわりを出してください」


 アンジュはパトリシア姫達に一礼をすると、スカートをひるがえして、奥の部屋へと入って行った。


 それから三十分後、ボトムス姿で革の胸当てを身に着け、数本の短剣を装備したアンジュがミシェール達の下へと戻って来た。そして、外套を羽織ると、パトリシア姫達と共に事務所を出て王城へと戻って行った。




「この格好の時は、私の事はパティと呼べ。姫と呼んだら承知しないからな」

「畏まりました」


 王城へ向かう馬車の中ではパトリシア姫が呼び方に指示を出していた。

 敵の拠点アジトを襲撃するにしても、王女自らが陣頭指揮を取っているとわかれば集中して狙われる可能性があり少しでも隠しておきたかった。

 それに、少し上だが、自分の年齢に近いアンジュと仲良くなっておきたいとも内心で思っていた。


「よし、アンブローズ。敵の拠点アジトを襲撃するに人員を集めろ。決して騎士団が出ているとわかる格好をするなよ」

「承知しました。武器はいかがいたしましょう」

「お前の得意なを持って行けばよかろう。その他の武器は任せる」

「はっ!」


 パトリシア姫は、この日で全てを終わらせようと、馬車の中にいる騎士達に次々に指示を出していったのである。

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