第十七話 お勉強をおさらいしよう

※2019/8/19 パトリシア→パトリシア姫に変更



 アンブローズは壁際に並んでいる幾つかの書物に指を沿わせると、その中から一冊を取り出しペラペラとめくり出した。


「それでは姫様、おさらいから入りますが、よろしいですね」

「え、そこからか?妾は面倒なのは嫌だぞ」

「駄目ですよ、姫様」

「はぃ……」


 せっかくの時間を勉強に費やさなくてはならず、パトリシア姫は暗い表情を見せて落ち込んだ。それでも容赦なくアンブローズが早速、質問を出して行った。


「まず、我が国の教育はどうなっていますか?」

「国が主導して、教育を受けさせる、で良いか」

「まぁ、いいでしょう。ではそれをどのように制度としていますか?」

「義務教育制度、だな」

「はい、正解ですね」


 小手調べとばかりに、トルニア王国の国民であれば答えられる問題を出した。識字率と計算能力、そして、王族、貴族との謁見時に恥をかかない様なマナー講座等、教育は多岐にわたる。

 ただ、子供の労働力を当てにしている親もいるので、学校は半日程度で終わらせる。その為、カリキュラムをすべて教え終わるには時間がかかり、十五歳までを義務教育としている。


「では、姫様や貴族はどのように教育を受けていますか?」

「そうだな、妾は学校に行ったことが無いぞ。家庭教師が来ていたが」

「そうですね。我が国の義務教育制度は全ての国民が、ある程度の読み書きができて、生活する上での計算が出来るまでの底上げをする制度と言ってもいいでしょう」

「ふんふん…」


 トルニア王国では生活する上での必要知識として、文字の読み書きと四則計算ができる事を推奨している。識字率で言えば九十パーセントを超えていると言っても良いだろう。その市民の生活を底上げする制度が義務教育制度となる。

 文字の読み書きや四則計算が出来れば、生活の底上げに繋がり、また働き口の有無や、お金のやり取りの透明性が個人で見えるようになる。


 たとえば、ワークギルドで仕事を探すにしても、文字で書かれた仕事内容を掲示板から抜きだして受けるのだ。朝の忙しい時間に文字を読むだけに手間を取られる職員がいれば、それだけ時間の無駄になるだろう。

 それに、報酬の受け渡しで、金額の大小を数えられなければ、損をする事になるだろう。これは買い物でも同じで、つり銭詐欺をしても気が付かないと思ってよい。


 正常な国民生活、そして経済活動を行うには必要だと制度化されたのである。


「それでは義務とはなんでしょうか?」

「えっと、しなければならない事かな」

「そうですね。義務教育制度は、トルニア王国に住む全ての人達に読み書きと計算等の教育をしなければならない事なのです。そして、国民はそれを受ける権利を有しています」

「ふんふん…」


 トルニア王国では国民に最低限度の教育をさせる義務がある。そして、国民をそれを受ける義務がある。

 実際には、すべての国民のうち子供達が学校に通ったり、家庭教師を雇ったりして教育を受けている。

 国民は教育を受ける権利を有する。つまりは受けても受けなくても良いのだ。

 だが、国には国民生活と経済活動を送る為に教育を受けさせる義務がある。


 なぜ、国民には義務ではなく、権利となっているかと言えば、学校など必要が無いと考えている国民もいるからである。とは言え、これは義務教育制度が出来たときの法文に記載された事であり、今は形骸化されている。

 今は教育を受ける事が当たり前となっているので、このままで問題が無いだろうと、法文もそのままにされているのだ。


「では、姫様は学校へは行ってませんが、読み書き、計算、マナーなどはいかがでしょうか?」

「当然、出来るな。家庭教師が教えてくれたからな」

「そうです、そこです。学校は集団で教育をする機関でありますが、学校へ行かなくても読み書き、計算等が出来れば国は義務を果たしている事になります。学校へ行くには国民は月謝等を払う必要はありませんが、専門の家庭教師を付けるには幾ばくかの給料を家庭教師に支払っています。ここが姫様が一般国民と違う所ですね」


 確かに、そうだなとパトリシア姫は頷く。

 各都市にある学校には、義務教育制度の範囲であれば無償で通う事が出来る。親がいない孤児等も当然ながら分け隔てなく学校で学ぶ事が出来る。


「では、一般的に我が国が行っている学校は何歳まで行く事になりますか?」

「十五歳までだったかな?」

「その通りですね。ではその後は?」

「後?後があるのか」


 義務教育制度では、一般的に幼年学校一年、年少学校六年、そして、中等学校三年の合計十年を一応定めている。幼年学校は予備学校ともされており、この一年はどちらでも良いとされている。

 アンブローズがその後と指しているのが、義務教育制度を卒業し、さらに高みを目指す者達が通うための学校を指している。


「当然です。ですが、ここからは学びたいとする人達がお金を出して通う場になります」

「そうか、そこで騎士養成学校に繋がるのだな」

「その通りです。かく言う私も騎士養成学校の出身です」


 アンブローズの出身が騎士養成学校であるが、このほかに高等教育学校や専門的な研究機関等も用意されており、騎士養成学校以外の高等教育機関はこの王都アールストのみに開設されている。


 ちなみであるが、騎士養成学校の月謝が発生するが、国に所属する騎士やそれに準ずる役目に着いた場合には月謝が返還される。その為に、騎士養成学校卒業後の進路は国の騎士が一番の人気になっている。


「それで、騎士養成学校とは何をしているのだ?」

「そこですね。一概に騎士と申しても、我々のように武器を用いて国へ仕えるのを目標としている者達が第一。そして、国王が抱える宮廷魔術師の下部組織に仕えるのを目標とした者達が第二ですかね」

「魔法を使える者達もそこで学んでいるのか」

「そうです。定員は僅かですが」


 騎士養成学校には基本的に騎士養成と魔術士養成の二コースが設定されている。そして、教育期間も設定されており、標準は半年コースで、その他に一年コースと二年コースが用意されている。

 一年コースは上級士官養成コース、そして二年コースは元帥養成コースと銘打ってあり、教育内容がさらに追加される。

 要するに、指揮官としての心構えと座学を追加されるのが一年コースである。そして、戦術、戦略の基礎を追加され、国王付きのブレーン予備を促成栽培してしまうとの意図でコースが設定されているのが元帥養成コースなのである。


 元帥養成コースと言っても、元帥の称号がトルニア王国には無いので、元帥とはほんとに名前だけなのである。


「ふむふむ、それならば早速見に行ってみようか?」

「姫様、お待ちください。見学に行くには下準備が必要です。事前に姫様が伺うと申しておかないと護衛が出来ませぬぞ」

「ん?ただ見に行くだけだぞ。事前通知は必要無かろうに。それにこっそり見なければ、実力はわからんだろう」

「そうでございますが。しかし、姫様の安全が……」


 何者かに命を狙われてはアンブローズだけでは守りきれぬと渋い顔をする。その顔を見れば、パトリシア姫も我儘を言いすぎたなと少し反省をした。


「それでは私が同行してもお邪魔になるだけでしょうかね?」


 アンブローズへ飲み物を置きに来たナターシャが口を挟み、パトリシア姫と一緒に見学に行きたいと申し出る。何処へ行くにも後をついてきただけに言い出した事は不思議ではないが、二人を守るには一人ではさすがに無理があった。


「ナターシャ殿、それは私に過労で死ねと申しているようなものですよ」

「アンブローズよ、騎士団から数人借りられないか?」

「姫様のお友達が同行してくれるのが一番良いのですが……、今は、それしかありませんかね……」


 アンブローズは”はぁっ”、と重い溜息を吐き、”一応相談してみます”と紅茶を飲み干して、騎士宿舎へと足を向けるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから数日後、王都アールストにある二か所の騎士養成学校の東学校へ、パトリシア姫を初めとした六名が突然の訪問をしていた。

 実は、馬車での訪問をして欲しいとアンブローズが提案していたが、言いだしたパトリシア姫はお忍びだと徒歩での訪問に固執していた。馬車で乗り付けてしまうと訪問しているのがパトリシア姫だとばれてしまうかもしれないと危惧していたようだ。護衛が四人に増え、ある程度の変装をするとの条件を付けて、しぶしぶアンブローズ達が折れて承諾したのだ。


「ここが、騎士養成学校か」


 考えていたよりもこじんまりした敷地を見て、逆に驚いていた。騎士養成学校と聞けば、広大な野外訓練場を持ち、そこに大勢の騎士の卵がそこかしこで剣を振っているのかと思っていた。


「石造りの大きな校舎と広々とした屋内訓練場が奥に見えるはずです。校舎の構えはこじんまりとしているのですがね」


 パトリシア姫の耳元でそっとアンブローズが囁く。そうなのねとうなずくと、アンブローズ達をしたがえ、校舎に向かい進んでゆく。

 石造りの校舎に目を向ければ、ガラスのはめ込まれた窓から真剣な顔をして講義に耳を傾ける記したの卵達の姿が見える。まだ一月の半ばであれば、入ったばっかりの進入生がほとんどであろう。


「アンブローズ、案内を」

「はい、姫様。まずは学長へ挨拶です」

「うむ、頼むぞ」


 校舎に一歩足を踏み入れると、何処からともなく叫び声が聞こえて来る。廊下を通って実技の訓練の授業中なのだろうが、あまりの叫び声にパトリシア姫とナターシャの二人はビクッと体が跳ねてしまった。


「あれは入ったばかりの者達の叫びですね。相当しごかれているはずですよ」

「王城での訓練とどっちが大変なのだ?」

「それはここでの訓練でしょうね。まだ体も出来ていないうちに身体能力以上の負荷を掛けるのですからね」


 どこか遠くへ視線を向けながら、感慨深くアンブローズが語る。騎士団から借り受けた三人も同じように遠くへ視線を向けているのは、彼らが通ってきた道であると語っている様であった。


「おっと、学長へ挨拶が先でした。こちらへどうぞ」


 彼を先頭に廊下を進み、校舎の奥へと進んでゆく。一階の一番端にあるこじんまりとした場所が学長室であるようだ。

 そのドアを静かにノックをすれば、ドアを通して低い声で入室の許可を出す声が聞こえた。


「失礼します」


 ガチャリとドアを開けて、アンブローズとパトリシア姫、そしてナターシャが学長室へと入ると、肩幅が広くがっしりとした体の持ち主が三人を笑顔で迎え入れた。


「ようこそ、騎士養成学校へ。姫様のお越しをお待ちしていました。学長の【ドニエル】と申します」


 学長にだけは事前に訪問すると告げてあったので、驚かれる事は無かったようだ。

 深々と頭を下げると、パトリシア姫一向にソファーをすすめた。


「見学したいと申されたときには構内が騒然とするのではないかと思いましたが、姫様の恰好を見るに、その懸念は全くなくなりました」


 どっこいしょとソファーに腰を下ろしたドニエルは笑顔を見せていた。そう、第一王女が騎士養成学校へ視察に来ると聞いたとたん、ひらひらとしたドレスで構内を見て回るのかと思っていたからである。それが、目の前にいるパトリシア姫からは全く見られないのであった。

 上等な布を使ってはいるが、何処か男物を身に着けている様な気にさせるのだ。特にひらひらとしたスカートではなく、”ビシッ”とズボンを履き、剣をぶら下げている姿を見れば、姫様とは思えないだろう。


「ドニエル学長は私がここで学んでいた時の講師の一人でした」

「そうなのか。今日は、アンブローズ共々よろしく頼む」

「お恥ずかしい、昔の話ですよ。こちらこそよろしくお願いします、姫様」


 アンブローズの発言に昔を思いだし、顔を歪めるドニエル。教鞭を振るいだした頃の話で、まだ新米講師だったと恥ずかしながらと思い出を語った。

 それでも、年相応の厳しい講師だったと、アンブローズは仲間と鬼講師の一人と過去を振り返る。


「その話はもうよろしいでしょう。構内がわかるアンブローズがいれば案内は必要ないでしょう。ご自由に回ってください」

「感謝します。学長殿」


 パトリシア姫達は立ち上がり、学長室を後にして校内へと足を向ける。


「まずは、何処を見せてくれるのか?」

「それでは一通り、校舎を回ってから、屋内訓練場ですね」


 校内を案内すべく、パトリシア姫の前を進み行くのであった。

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