第十八話 騎士養成学校見学会
コツコツコツと硬質な足音を響かせながら廊下を歩み行くパトリシア姫を始めとする見学者一行。
「姫様、さすがに授業中ですから、静かにお願いします」
「ああ、そうか。そうだな」
先頭で見学者を引率するアンブローズが後ろを振り向きパトリシア姫の耳元で囁くと、それに言葉に素直に従い、彼の後を付いて目的の場所へ向かい静かに歩く。
廊下の窓から教室を覗けば、数十名の騎士の卵が講師の話を一生懸命に耳を傾け、ノートへと書き記している。耳を澄ませば、この教室は騎士の心構えを中心に講義をしている様だ。
教壇に立つ講師は簡単な内容を小難しく語っている様で、机にかじりつく騎士の卵は殆どが頭を抱えている。パトリシア姫もその話は耳に障ったのか、険しい顔を見せていた。
小難しく語るのは講師としての威厳を保つかもしれないが、聞いている方からしてみればただの時間の無駄だと、ドアノブを掴み教室へと躍り込もうとしたが……。
「姫様、お止めください」
アンブローズがパトリシア姫の前に”スッ”と体を入れ、教室への進入を防いだ。そして、首を横に振って、軽率な行動を諌める。
「何故止めるのだ」
「よろしいですか?あれはワザとしているのです。小難しい事を言われて、自らの頭で考えなければならぬとの教育方針なのです。騎士は頭が回らなければならぬのです」
「そう言うものなのか?」
「ええ、この騎士養成学校はそのようになっております」
頭を抱える騎士の卵を見れば、パトリシア姫は後ろから声を掛けたいと思った。
アンブローズの言葉が真とするならば、パトリシア姫も相当に頭が回る事になるだろう。小難しい話を聞いて理解し、もっと簡単に説明できるだろうと考えている事がその証拠である。
「それならしょうがないか」
パトリシア姫達が小さい声ながら、廊下で騒いでしまい、教室から視線が降り注ぐことになった。アンブローズが迷惑をかけたと頭を下げた事で教室からの視線は元の教壇へと向くのだが、騎士の卵達の脳裏には、”あの綺麗な美人は誰だ”とか、”この学校にいたっけ”とか、余計な考えをさせてしまった。
金髪の十代後半で凛とした雰囲気を醸し出す女性が廊下で見ていれば、騒ぎになる事は疑いないだろう。
騒ぎになってしまったと焦ったアンブローズ達は、その場を後にして急ぎ続いての見学場所の屋内訓練場へと向かうのであった。
屋内訓練場へと近づくと、金属が打ち合う硬質な音と、そこから盛大に漏れ出る叫び声がパトリシア姫達の耳に届いた。
「姫様、かなりの人数が訓練しているようですね」
「その様ね。ナターシャも混ざってみる?」
「滅相も無いです。私ごときが出張っても、すぐに倒れてしまいます。むしろ、姫様の出番ではありませんか」
騎士の卵がどれ程の実力を身に着けているのか楽しみでしょうがないパトリシア姫は気付かぬうちに笑みを浮かべていた。しかも、屋内訓練場へと入る時には体を動かしたくてうずうずとしていた。
自らが率先して訓練に混ざりたいと思っていたが、騎士達が護衛で付き添っている手前、それは無理だと考え、ナターシャをダシに使おうとしたが、やんわりと断られて目論見は脆くも崩れ去った。
本来ならば、王城で本を読んでいればお淑やかな姫なのだがと、ナターシャやアンブローズは思っていたが、その本人は制止を振り切って遊びまわっていた為に、お転婆に育ってしまい、今では剣を振るうまでに至ったのだ。
その剣の腕も半年であるが、カルロ将軍の知り合いから学んでいるだけあり、メキメキと上達していたのである。
「こちらは一年コースの者達が訓練中ですね」
半年コースや、入ったばかりの生徒達が、刃を潰した剣を使用しての訓練を行うには一か月後からとなっている。それまでは体力作りや座学を主に身に着ける期間であるのでこの場には一切いないのだ。
半年ばかり訓練を積んでいた騎士の卵達の訓練風景から、パトリシア姫は自らと同じ位の実力を身に着けていると見ていた。アンブローズや騎士団の面々からすればまだまだ甘いと言わざるを得ないが、今の段階でここまで剣を振れるのであれば合格だと見ている。
「いかがですか?かなりやるようですね」
「訓練は凄いけど、女性は少ないわね」
「そうですね」
見渡した所、パトリシア姫との同性は五本の指で数えられる程に少なかった。一年コースの一クラス四十名のうち、二名しかこの場にはいなかった。
これが多いか少ないかで言えば、多い方であるとアンブローズは言う。
「これが実情です。一クラスに二名もいれば多い方です。いないクラスもありますし。騎士を目指す女性が少ないのもありますが、やはり、命の危険が伴う仕事ですから、敬遠するのでしょうね」
「そういうものなのか」
「そういうものです、姫様」
さすがに男性社会に女性が入り込もうとすれば、それ相応の努力が必要になる。天武の才のみでは渡って行く事は難しいのであろう。
だが、たった二名でも、目指す者がいて眼鏡に敵えばパトリシア姫としても楽に事が進められると喜んだ。
「ですが、姫様。あの二人は適当とは言えません」
「そうなの?結構打ち合えてるみたいだけど……」
互いに打ち合っている女性を眺めるが、何処が悪いのかとパトリシア姫は気が付かなかった。それは横にいるナターシャも同様で、二人で首を傾げていた。
「騎士はまだまだ、男性がほとんどです。同性同士で打ち合い、あのレベルであれば今は実力不足と言わざるをえません。もし、姫様の騎士団にふさわしい実力をと考えるのであれが、男性と打ち合える方が宜しいでしょう。まぁ、今の段階は、ですが」
アンブローズの意見に納得するパトリシア姫。
確かに、戦争や盗賊との戦いになれば、実力を備えてなければ生き残る事は難しい。その為にも練習なのだから、積極的に自らよりも強い相手に挑んでいると覚えも良かっただろう。
「それともう一つ。男性の方もですが、二人の女性との打ち合いを嫌がっているように見えます」
屋内訓練場に入り、すでに十五分が経過している。その間に三回、別の生徒と打ち合う様にと指示が出されていたが、全ての男性が女性に見向きもしない方が問題だった。
「私等の時は積極的に男女入り混じって訓練していましたね。力の無い女性はかなりの訓練をしてテクニックを身に着けるか、必死でした。私達もそれを受けるのに研究していましたしね」
騎士養成学校に通っていた当時をアンブローズが思いだして語っていた。よほど懐かしいのか、彼は上を向いて、涙を堪えている様だった。
「騎士になるにも大変なんだな」
「姫様が生まれながらに努力を課せられる事に比べれば、楽ですけどね。騎士になれないとわかれば逃げれば良いのですから」
「そうね。妾は逃げられないからな。まったく、王族ってのも大変よね」
それから、その訓練時間が終わるまで見学した後、屋内訓練場を離れて、校舎裏にある屋外訓練場へと足を運んで行った。
校舎裏には二面の屋外訓練場が設けられており、一面はかなり広く、行進訓練や少数ながらも模擬戦術訓練も出来るようであった。
そして、もう一面はかなり狭く、幅三十メートル、奥行き五十メートル程の広さしかなかった。だが、奥には数メートル間隔で金属の柱が立っており、その上には丸い的が付けられていた。
「この狭い方は何をするのだ?」
「こちらは魔法学科の訓練場ですね。的に魔法を撃ち当てる訓練をする場所です。私達は使った事はありませんが、かなりの音量が出ますので驚きますよ」
パトリシア姫に説明をしていると、校舎から杖を持った生徒たちがわらわらと現れ、彼女達を珍しい生き物を見るような眼で眺め始めた。
身なりは王女とは少し違うが、かなりの美女がその場に二人もいれば、目を向けるのも仕方のない事だろう。その二人を護衛する様に四人の男達が囲っていれば、当然それも目に付く。
生徒の格好はヴルフの知り合いの魔術師の様に軽装に外套を羽織る様な格好ではなく、しっかりとした鎧を身に着け、体格にあった剣をぶら下げていた。騎士を目指すからには戦場での生存性も必要とされると、重装備でも魔法が使える様にとの訓練も兼ねているらしい。
「おや、学長から伺っております、見学の方ですね。これから魔法の訓練の時間ですので危なくない所で見学していて下さい」
生徒たちに遅れて白髪の講師がパトリシア姫達に挨拶がてら近寄ってきた。顔には深いしわが刻まれかなりの高齢であるとみられる。魔法の講師であるがために、体力よりも精神力が大事となり、この様な知識豊富な老齢の講師がいるのである。
体力はある時点でピークを迎えるが、精神力は鍛えれば鍛えるだけ高いレベルを保てる事も一つの理由である。
「お気遣いありがとうございます。邪魔にならない場所で見学しておりますので、いつも通りの訓練をお願いしいます」
六人を代表して、アンブローズが講師に軽く頭を下げて礼を言った。
”よろしく頼むよ”と一言、口から漏らすと、集まった生徒の下へと向かって行った。
『これから、魔法の訓練を行う。前回の続きだ。それぞれ魔法を十回はなったら次の列と交代だ。得意な魔法ばかりを使うなよ、苦手な魔法をなるべく使う様に、始め!!』
生徒への挨拶もそこそこに、魔法の訓練を指示する。
十人が横一列に並び、魔法の射程ギリギリの三十メートル先の的を目がけて魔法を放つ。前回の訓練で指示されていたのか、各人の魔法の威力は最低クラスであった。的に魔法が次々と当たるが、壊れる事無く訓練は続く。
とは言え、その中でも魔法が不得意の生徒もいるようで、魔法を発動する間隔は各生徒でだいぶ違っている。
さらに言えば、杖の先端にはめ込まれた魔石の変色度合いも各生徒で異なる。深い青に染まる魔石もあれば、まだ黒っぽい色のままだったりと様々だ。
やはり、魔法の発動が得意な生徒の魔石は綺麗な青をしており、少し自慢げな顔をしている。
「とは言え、魔法の訓練とは、これで良いのか?」
「恐らく。精神力を鍛えれば使える魔力も増えるとかで、毎日毎日、ふらふらになるまで発動させるそうです」
「なるほど……」
パトリシア姫が訓練の説明を聞き、魔術師になるもの大変なんだなと感心していると、すでに数回実施訓練をしたらしく、肩を上下しながら大きく息を吐き始めた生徒達が休憩を始めた。最低の魔力で訓練を行っているとは言え、十回を何セットも打ち込んでいたのだ、無事に済むわけがない。
「いかがですかな?魔法の訓練を見学して」
”ほっほっほっ”と特有の笑い声を出しながら、白髪の講師がパトリシア姫達の下へと向かって来た。剣を打ち合う訓練は肉体的な疲労を生じさせるが、魔法の訓練では精神的な疲労を生じさせるために、見た目以上に疲れているらしい。
「魔法を打ち込む訓練など見たことが無いから、精悍であったと言えよう。この目では矢を防ぐ魔法ぐらいしか見たことが無いので、魔法の威力がどの程度なのか、予想も出来ぬのだが」
「ほう、
「あれには何度も命を助けて貰ったのでな」
パトリシア姫は正直に、今この場にいるのは魔法のおかげだと暗に示したのだ。その
「ほほう。それは素晴らし事です。
「あれは難しいのか?彼らは簡単に使っていたが?」
彼らにしてみれば、
魔術師の方は、どれだけの年月を魔法の訓練に費やしているかすら不明である。
そんな二人と、まだ半年程の生徒を比べてしまう方が酷と言うものであろう。
「
「それを瞬時に見極めねばいけないのか。難しいのも納得がいくな」
「ほっほっほっ、姫様もなかなか理解が早い様で、安心しました……っあ!」
嬉しそうに話していた白髪の講師が、思わず漏らした言葉にハッと気づいて口を塞いだが後の祭りであった。
「申し訳ないが、それを何処で御知りになりましたか?返答次第では我等に付き合って貰います」
アンブローズは左手を剣の鞘に添え、白髪の講師に威圧を加える。パトリシア姫が第一王女と知っているのは学長だけであり、講師にも身分は伝えぬ様にと言い含めていたはずであった。
だが、彼からの言葉は思いもよらない事であった。
「こう見えても、宮廷魔術師崩れでして。その末席に身を置いていた時に、小さな姫様をお目に掛けた事がありしたが、そのお歳になりましても一目でわかりましたわい」
「なるほど、それなら納得がいく。生徒たちにはくれぐれも話さない様にお願いしますぞ」
「この老人の胸に仕舞っておくことにしましょう」
白髪の講師は、アンブローズ等が登用される前に宮廷魔術師の末席に名を連ねていたそうだ。だが、自らの才能の限界を感じ、パトリシア姫が生まれて数年後に宮廷魔術師を辞め、現在の騎士養成学校で講師を務めるようになったと彼は語った。
「まだまだひよっ子には教える事が沢山あり過ぎます。来月になれば、此奴らにも実戦形式で
白髪の講師が周囲を気にしながら軽く頭を下げると、休憩を終えた生徒の方へと向かって行った。
※第一王女と知りながら、白髪の講師が何故無礼に感じる様なちょこんとした礼しか出来なかったかは、パトリシア姫がお忍びでの見学であり、身分がバレぬ様にとの配慮からです。
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