第九章 その一 エルザ=プレヴェーテの冒険

第一話 エルザ、苦手な船に乗る

※第七章の最終話から続く話です。エルザが主人公の短編になります。


 世界暦二三二三年八月二十五日。

 ここはルカンヌ共和国の自由商業都市ノルエガ、船が出入りする港湾である。


 八月の”ギラギラ”と照りつける太陽が船へと急ぐ人々を容赦なく襲い、額から、そして背中からも汗を吹き出させている。それは桟橋で見送る人々も同様であり、誰もが等しく浴びせられている。


 先程まで、旅の仲間との別れを悲しんでいた一人も同じで、暑さをしのぐ為に光を通しにくい外套を羽織りフードを深く被っているが、汗は容赦なく額から流れ落ちて行く。旅の仲間と別れ桟橋を通り、外洋を航海する船内へと急ぐ。

 ”ぱぁっ”と風が吹けば額から流れ出る汗を吹き飛ばし、体に心地よい空気を運んでくれる。だが、その風に身を任せていれば深く被っていたフードが外れてしまい、特徴ある尖った耳がなびく銀色に輝く髪の間から”ちらちら”と姿を見せる。


 どう見ても、高身長の美しい外見を有するエルフが船に乗ろうと桟橋を歩いているとしか見えないのだ。


 そのエルフ、--エルザである--が、仲間から目を逸らし、自らの向かう先へと目を戻した時、数メートル前を行く男の手提げ鞄から、金色の髪らしき物がほんの少しだけ、はみ出して見えた。あれは何だろうと思う間もなく、男は船内へと姿をすべり込ませていったので、それが何かと結論は付けることは出来ず、ただ脳裏に残るだけであった。


 エルザが船内へと入り込み、甲板から桟橋を見渡せば、旅の仲間が船を見上げていた。水面より数メートル高いその場所は、見上げるとの表現がピッタリであった。

 甲板から顔を出したエルザに気が付いた旅の仲間へと、腕を大きく振って最後となる別れの挨拶を済ませる。その後、すぐに船はもやいを解き放ち、静かに桟橋から離れると港から出航して行った。


 波の少ない港内をゆっくりと進む船から身を乗り出せば、踵を返し港を後にする旅の仲間が目に入る。自らの受けた依頼を片付けに向かうのであろう。

 エルザは祈る、また会う時まで壮健なれ、と。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「う~、ぎぼぢ気持ちわるいよ~」


 出航し外洋に出たとたん、エルザは船室に籠り唸り声を上げていた。忘れていた訳では無いが、自らが船の旅に弱くすぐに気持ちを悪くするのだと。

 先ほど、旅の仲間から貰った薬を一粒飲んでいるので、しばらくしたらその気持ち悪さも収まるだろうと思うのだが、それまで続く気持ち悪さはどうにかならないかと思ってしまう。

 丸い窓からは”キラキラ”と輝く水面が白い波を立てているが、それが面白いのか相棒のコノハズクのコノハが首をくるくると回しながら見つめている。ベッドに寝そべり唸り声を上げる主人を横目に見ながだ。


「何でアンタは平気なのよ~!」


 ついこの間まで野生であったコノハに訴えても仕方ないが、愚痴を言う相手もおらず、申し訳ないと思いつつもコノハに甘えてしまっている。気持ち悪さが収まったら干し肉でもあげようと思うが、干し肉と考えただけでも、何かが込み上げてくる気がして、直ぐに考えを戻した。


「とりあえず、水よ!」


 気持ち悪いが、何も胃に入れないよりはマシだと、コップの水を少しだけ口に含み喉を湿らせて行く。それが良いかわからないのだが、先程よりは随分と楽になってきたと上体を起こし、コノハへと視線を向ける。

 コノハはまだ丸い窓から外を見ていたが、エルザが起き上がったと見るやベッドへと飛んで来ては頭を擦りつけて甘えてくる。


「ちょっと待ってね。……はい、どうぞ」


 ベッドの側に置いた袋から干し肉を一切れ取り出し、コノハの口元へと差し出すと、それをくちばしで掴み、足の爪を器用に使って引きちぎりながら美味しそうに食べ始める。鋭い嘴と爪は獲物を狩る武器でもあるが、今は餌を食べる道具に過ぎなかった。


「ねぇ、これからの十五日、どうしたらいいと思う?」


 自由商業都市ノエルガを出航し、エルザの故郷であるエルフの村のある港まで約十五日。南西へと船を進めなくてはならず、海流と風向の関係でそれだけの日数がかかってしまうのだ。来る時に比べ五日も余計にかかってしまう船旅にエルザは辟易するが、村へと戻らなければならず、仕方ないと自らの運命を呪う。

 それを食事中のコノハに問い掛けるが、食事の方が重要だとエルザに見向きもせずに黙々と干し肉を千切りながら飲み込んでいる。


「悩んでても仕方ないか。気持ち悪さも無くなったし、船の中を探検してみようかな。アンタも付いてくるでしょ」


 最後の一切れを飲み込んだコノハに語りかけると、言葉が通じたのか”ホーホー”と嬉しそうな返事を返して来た。言葉を理解できる筈も無いと思いつつも、エルザが立ち上がり杖を手に取ると、コノハは翼を”バサッ”と動かし杖の先端へと飛び乗った。


「それじゃ、行ってみようか!」

「ホーホー!」


 コノハに声を掛けると、貴重品を持ち船室のドアをエルザは潜り廊下へと出る。


「えっと、先ずは甲板に出てみようか」


 ドアに鍵を閉めて、廊下をゆっくりと進むエルザ。外洋に出られる船とは言え、廊下は狭く、人が何とか擦れ違い出来る広さしか無い。揺れ動く船に足を取られないように廊下を手すりを頼りにして、何とか階段までたどり着き、階段を上がって行く。

 よろよろ歩くエルザ、当然ながら杖の動きは安定感に欠き、先端に止まるコノハは翼を広げて落ちまいとバランスを取っている。この主人はもう少し安定した歩き方をして欲しいとコノハは愛くるしい顔を向けているが、必死な主人は気付く様子も見えなかった。


「はい、着いたよ。風が気持ちいいね~」


 甲板へと到着したエルザ達を迎えたのは、潮の匂いが混じる海風であった。いつもは船室で唸っているばかりであるが、貰った酔い止めの薬が良く効き、初めて海風が気持ち良いと感じた。こればかりは、薬をくれた仲間へと感謝を述べたいと陸地へと手を合わせるのであった。


「おや、お嬢さん。可愛い相棒を連れでお散歩でござるか?」


 甲板へ出たエルザが船尾方向へと振り向くと、何とも不思議な格好をした男がそこに立っていた。黒目黒髪で胸まである髪を頭の後ろで縛って纏めていた。ブーツを履いているが、上着は前合わせで腰辺りを帯で締め、短い曲刀をそれに差していたのである。

 ”人である”と思うが、先程までいた街では見かけぬ格好にエルザも驚くしかなかった。


「えっと、どちら様で?」


 初対面の相手に思わず首を傾げて尋ね返してしまった。旅をしていれば敵も味方も沢山いて、用心するに越したことは無い。


「おっと、これは失礼しました。拙者、赤川 兼元あかがわ かねもとと申す。兼元と呼んで下され。今は諸国漫遊の旅をしておる」

「私はエルザ=プレヴェーテ、見た通りですわ。この子はコノハ」


 エルザがちょこんと頭を下げるが、自分よりも二十センチも背の低いこの男には違和感しか湧かなず、見下ろしているのがどうも居心地が悪かった。

 エルザの”見た通り”とは自らの尖った耳を指して、察してくださいとの意味でもある。


「ほう、エルフの方でござったか。エルザ殿は船でどちらまで行かれるのかな?」

「……それを聞いてどうされますか?」


 馴れ馴れしい言葉に警戒心を露わにするエルザ。逃げ場のない船上で、異性から行き先を聞かれるなど、何があっても可笑しくない。それに、コノハも体を大きく膨らませ、威嚇をしており、どうも胡散臭い匂いがしている。


「いやいや、考えている様な事は何もござらん。ただ興味があっただけで、ホントに何もござらん。不安を与えて申し訳ない」


 兼元は頭を下げてエルザに謝罪をする。


「綺麗なお嬢さんに口が滑りました」

「お嬢さんって歳じゃないですけどね。恐らく、あなたの五倍は生きてますよ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、エルザが杖の先で兼元の脛を”コツン”と叩く。その叩く様は存分に嫌味を感じさせ、兼元は”ゾッ”と背筋が凍る感覚を覚えた。


「まあ、いいわ。一人じゃ暇だしね。ところで……、あなたのその恰好は何処の人なのかしら?」


 完全に気を許してはいないが、とりあえず話だけは聞く事にしようと、一番気になった見た目に話題を変えた。コノハも威嚇を解き、膨らました体はすっかりと影を潜めてるのも、気を許す決め手であろう。

 ただ、階段を上がったすぐの人がいない場所での話は止めておきたかった。甲板を食堂スペースへと移動しながら、兼元の珍しい恰好を下から舐める様に見上げて行く。


「御配慮、痛み入ります。拙者は遥か東の国の出身でござる。普段はこのブーツとやらも履かずにいるのですが、さすがにこの辺りでは履かずにはいられぬので」


 片足を上げてくるぶしまでを隠すブーツをエルザに見せる。茶色のオーソドックスな靴ひもで縛るタイプで、だいぶ履いているのか靴底がすり減っている。もうしばらくしたら交換時期かメンテナンス時期に入るであろう。

 エルザがそう感じていると、食堂スペースへとたどり着き、ドアを開けて中へ入る。


「あら?この船はなかなか豪華なのね」

「そうでござるか?」


 すでに数組の乗船客が飲み物などを注文してくつろいでいる所へ凸凹コンビが入室したものだから、皆がエルザと兼元を注目した。これが逆に男の背が高ければ、”入って来たな”で終わりであるが、女のエルザが二十センチも高いと来れば、誰からも注目を浴びよう。それにエルザの連れたコノハズクのコノハの可愛さに部屋にいた女性達からの注目も凄かった。

 動物の入室制限は特にないのでコノハも堂々とテーブルの上に陣取り、一人の乗船客の真似をして胸を張っていた。実際はエルザのペット扱いなので運賃は取られていないのであるが。


 声を掛けた手前と、兼元が飲み物を奢るとエルザへ告げると、カウンターへ向かって行く。一人になったエルザは、コノハへと干し肉を与えると、その姿が可愛いのか、子供が数人コノハの下へ、我先にとテーブルへかぶりつき愛らしい姿をその目に焼きつけている。


「ねぇ、おねえちゃん。振られたの?」


 コノハを見ていた女の子がエルザへと顔を向けて口を開いた。彼女には、何を言っているのか理解が出来なかったが、そう言えば先程声を掛けてきた兼元と一緒に部屋に入ったと思い出すと、真顔になって女の子に返した。


「違います~。先程、声を掛けられたばかりです。そういう関係は一切ありません」

「そうなの?」

「そうです。私にはれっきとした婚約者がいますから」


 胸を張って女の子に話すと、”へ~”と感心している様であった。だが、それを聞いたのか、戻ってきた兼元が飲み物の入ったコップを両手に持ち震えている姿がそこにあった。


「あら、飲み物有難う」

「…あ、あぁ……」


 生返事を返しながらコップをテーブルに置く兼元。一人旅と思っていたが、まさか、婚約者がいるとは思ってもいなかったようで、ショックを受けていた。これは完全に兼元の自業自得であるが、一目惚れに近かったためにショックは意外と大きかったようだ。

 その後の話も、うわの空で聞いているのか、返事に覇気が感じられなかった。


 コノハが干し肉を食べ終わり、子供たちの好奇心が終わりを告げ親元へと帰ると、エルザもそろそろ船室に戻ろうと席を立った。


「それじゃ、またね」

「…あ、あぁ……」


 ニコニコ顔で兼元へと挨拶を済ませると、コノハを杖の先端に止まらせ食堂スペースを出て、自らの船室へと戻って行った。

 一人残された兼元はエルザの笑顔と対照的に、顔には沈んだ気持ちが表に出ていたのであった。


(はぁ、婚約者とはね。エルフだから年齢もわからないでござるか……)


 溜息を吐き、エルザの向かう先を見守る兼元の表情は晴れなかった。


(ん?何でござろう、この違和感は)


 兼元の視線の先には二人の男が飲み物を煽っている姿が見られる。それ自体は不思議なところは全く無かった。ただ、こちらに背を向けている男はスキンヘッドで毛髪が無い。そして、情物の服に身を包んでいるが、明らかに普通の人以上の筋肉を有しているとわかる。

 なぜ、それがわかったかは、兼元がそのような体付きをしているからである。筋肉の付き方からしてしなやかに体を動かし、素早さで敵を翻弄するような戦いを好んでいると推測した。

 戦いを好むかは、その男が何を考えているか探らなくてはならないのだが。

 その男に違和感を感じたが、ただ、船の旅をしているだけかもしれぬと、無暗やたらと疑う事は頭から捨てる事にした。


(拙者はエルザ殿と話しが出来れば、退屈な船の旅も楽しめそうだから良しとするか)


 兼元は先ほどまで目の前で座っていたエルザの笑顔を思い出しながら、飲み物を”グイッ”と煽り、まだ暇だからと船内を探検しに向かうのであった。

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