第六十話 戦争終結後のお話
「とうとう着いた~!!」
「やっとですか?お尻痛いです」
教国騎士団が護衛する馬車の窓を開けて冷たい風にさらされながら顔を出したヒルダが嬉しそうな声を上げる。アドネの街を出発して八日、この馬列の向かう終着地、自由商業都市ノルエガの防壁が視線に飛び込んで来たのだ。
真っ赤に燃える太陽が西の空に沈み込もうとする時間であり、彼らの馬車はギリギリでノルエガの街の中へと滑り込もうとしていた。
ヒルダの隣には右目を隠すように包帯を巻いたグローリアが着座し、ヒルダと同じような安堵の表情を見せている。
怪我人の認定を受けているために、慣れた馬に乗ることが出来ずにいるからだ。普段であれば鎧を身に付け、馬に騎乗し自らの意思で腰を上げ下げし、お尻の痛みを緩和するのだが、馬車ではそれが出来ず痛みを堪えていた。たとえ、厚手のクッションが敷かれていたとしてもそれだけはどうにも出来なかった。
もし、この馬車が王族などが使用する馬車であったら、クッションももっと厚めで高級感があり、お尻の痛みが緩和されるであろうが、安馬車にそこまでを求める事は出来ぬ相談であった。
「はぁ、やっとか……」
「ここまで来て野宿は嫌よ!」
アドネの街を出発してすでに五回は野営をしており、その度に野生動物が襲って来て、満足に休む暇が無かった事もあり、深い溜息をヴルフが吐く。馬車で移動しているのだから、もう少し楽をさせて欲しいと思うのだ。
それもあって、アイリーンが眼前に見えている防壁の中へと入れなければ暴れ出す気がしてならなかった。
「それは大丈夫です。我々の仲間が先行して門番へ伝えておりますのでご安心ください」
開けっぱなしの窓からアイリーンの嘆きの声が聞こえたのか、護衛の騎士が横にすっと並び、わざわざ声を掛けてくれた。それを聞いた途端、現金なもので護衛の騎士に笑顔でお礼をする。
「それにですね、泊る場所は大聖堂の客室となります。楽しみにしてくださいね」
「はへっ?」
安宿に泊まると思っていた彼女は予期せぬ事を聞き、その口から返事とも取れなくない、力ない言葉が漏れ出た。
アイリーンの締まらない声を聴いたところで護衛の騎士は列の定位置に戻り、その三十分後にノルエガの門を潜ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
開けて翌日、朝食の時間はとうに過ぎ、街の店が次々に開き始める頃、ヴルフ達は昨日まで乗っていた箱馬車に揺られて目的地を目指していた。石畳の上を車輪が軽快な音を出しながら進み、そのリズミカルな音を子守歌にしても、寝る間もなくその場所へと到着した。
「ほほぅ、久しぶりに来たのぉ」
「何年も来ていない気がするなぁ」
ヴルフ達の見る先には、ヒュドラの素材を加工したクルトの鍛冶屋があった。遠くから見ても朝早くから多数の客が入り繁盛しているのであった。
恐らくだが、腕の良い師匠のダニエルが店で働いている事も一つの要因であろうと推測してみた。向かいがまだ枯草が見える空き地である事から見ても、それを知る人からすれば楽な推測なのである。
その馬車ともう一台、教国騎士団の紋章が描かれた別の馬車がクルトの鍛冶屋に横付けされれば道行く人々の視線を集め、何事かと注目を集める事は必至であった。クルトの鍛冶屋に入ろうとしていた客も二の足を踏んで、動きが止まっていた。
「止まると他の客に迷惑を掛けますよ」
その馬車からルイス団長と護衛の騎士が降りて来た所で、スイールが鍛冶屋を見上げるヴルフ達に向かって店内へ入る様にと促す。そして、護衛の騎士を店の前に残し、ルイス団長とヴルフ達五人は店の中へと入って行った。
「いらっしゃ……って、いつ帰ってきたんですか?」
「おう、久しぶり。帰って来たのは昨日だ。で、お前さんの師匠はいるか?」
「奥の母屋にいますよ。妻のローゼも喜ぶと思います。どうぞ通って顔を見せてやってください、騎士の方々もどうぞ」
「それでは、邪魔するぞ」
店内の客を眺めていた所に大人数で入ってきたヴルフ達を見て驚きの声を上げた店主のクルト。数か月前に出発してから音沙汰もなく、随分と心配していたようだ。
特に向かった先は内戦が勃発したと、このノルエガにも伝え聞く所があり、鉄製品や食料などが高騰していた。
そんな事があり、無事な姿を見たクルトは”ホッ”と胸を撫で下ろしたのである。
工房を通り、裏手にある母屋でノッカーを叩きながら、そこを守るクルトの妻であるローゼの名を呼ぶ。まだ店が開いたばかりで家事仕事に追われていたローゼは、工房の裏手にある母屋のドアを叩くなど何事が起こったのかと急いで表に出て来た。
「何でしょうか……って、皆さん、……良くお戻りで」
「ローゼさん、久しぶりです。ダニエル氏はいますか?」
「はい、呼んできますから、応接室でお待ちください」
涙ぐみながら無事に帰って来た五人を向かい入れた。
ローゼは冷たい水を使っていたのか、
「おおぉ、よく無事で。戦争が起こったと聞き心配していた所だ」
「ダニエル氏もお元気そうで何よりじゃ」
ダニエルとヴルフが互いの無事を喜び、握手を交わす。そして、ダニエルが応接室をぐるりと見渡せば、知った顔が欠ける事なくこの場に見えて、”ホッ”としていた。
そして、ヴルフの手に剣を、エゼルバルドの背に盾を見付ければさらに喜ぶのであった。
「よくも剣と盾を取り返したもんじゃ。大変だっただろう」
「確かに大変だったわい。何度死ぬと思った事か……」
ヴルフとエゼルバルドが持ち込んだ剣と盾をテーブルの上に置き、銘々が好きな場所へと椅子を持ち腰を下ろした。それをダニエルが手に取って眺め、フムフムと頷いてからテーブルの上へ戻した。ダニエル自らが作成したと確認したのであろう。
「まず、私からですが、ご迷惑をおかけしたことをお詫びします」
遅れて入って来たルイス団長が、アーラス教の式典を悪用され、被害に遭ったダニエルとヴルフ達に向かい頭を下げた。剣と盾を持ち出された事に対するお詫びとして口にしたのである。
ダニエルもヴルフ達もここに戻ってきた事で、謝罪を受け入れこれ以上の謝罪は必要ないと伝える。
「もう一つ。これは取り返す依頼の報酬です」
腰の袋を一つ、確認しながら取り、ヴルフへと手渡す。軽々と持ってはいたが、ヴルフが受け取ったそれは”ズシリ”と重く、思わず手からこぼれ落ちるかと慌ててしまった。
出向いた先でグローリアに追随する形になったとは言え戦争に参加してまでも取り戻した事に対する危険手当も入っているのだろうと予想をしてみた。もしかしたら、グローリアを怪我だけで戻して来た事への感謝の気持ちかもしれないが、ルイス団長は報酬である事以外は何も語らなかった。
その後はダニエルとルイス団長、そして、ヴルフ達でノルエガを出発して、帰って来るまでの出来事を土産話として話し、それが延々とお昼過ぎまで続いたのであった。
「後は装備の点検をお願いします。またお寄りしますね」
「うむ、わかった。任せてくれ」
帰り際にダニエルへとヒュドラの装備の点検を依頼し、その日は滞在の宿屋を探すためにヴルフ達はクルトの店を後にするのであった。
ちなみにグローリアはこの後、聖都アルマダまで教国騎士団と共に船で帰り、左目だけで生活するためのリハビリを受けるのであった。残念だが、教国騎士団の仕事は耐えられぬと告げられ退団を余儀なくされてしまった。
これは年が明けてから、しばらくしてからの出来事である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
年が明けて世界暦二三二四年、一月某日。ベルグホルム連合公国の某所で七人の男達が円卓に座り顔を合わせていた。暖炉に薪が積まれ轟々と炎を出しており部屋は暖かいのだが、薄暗い部屋は暖炉の赤い炎だけでは彼らの顔は距離もあり、誰なのかはわからずにいた。
「緊急で集まって貰い、申し訳ない」
「おいおい、こっちは待たされてたんだ。変な事を話し合うんじゃ容赦しないぞ。帰って軍事行動に出てもいいんだぞ」
「まぁまぁ、話を聞きましょうよ。緊急で集まるなど余程の事でしょうから」
この集まりの音頭を取った男が全員の前で立ち上がり挨拶をしたが、よほど待たされ腹に来ていたのか食って掛かろうとする男もいた。
だが、他の男達がそれをなだめて、何とか話を進めるのであった。
「まず、去年の帝国の侵攻を思い出してもらいたいのだが……」
「あれは我が国は大変であった。後ろから援護を頂いて何とか勝ちに出来た」
「我が国もあそこで帝国が倒れてくれたからこそ、今の平和があると感謝しておる」
去年の帝国の侵攻とはディスポラ帝国が突如、スフミ王国へと十万の兵を進めた事を意味する。それに答えた一人の男は当然ながらスフミ王国の関係者で、もう一人はおそらくだがディスポラ帝国と国境で接しているルカンヌ共和国の関係者と思われる。
「その侵攻は直接関係ないのだが、それ以前と以降で各国の麻薬の蔓延状況はどうかとお考えいただきたい。我が国もかなりの売人を捕縛したが、その前後から急激に減った筈だが……」
「そういえばそうだな。我等もそうだ」
「我々が摘発したルートは、そちらの国が関係しているはずだが?」
最期に発言した男が、音頭を取る男に怒りの声を向ける。だが、それも予想の内とさらに話を続ける。
「確かにわが国が関係した、これは事実。だが、国ぐるみではないとだけ申しておく。これは我が国の去年起った内戦での出来事。その中心となった街の教会関係者が独自のルートを作り流していたことが判明したのだ」
自国で起こった落ち度をこの場で公表するなどあり得ないと、ここにいる全員が驚きを隠せずにその男へ視線を向ける。暖炉の薪が”パチパチ”と弾ける音だけが部屋を支配し、そして数分が過ぎようとしていた。
「……わかった。その件についてはこれ以上追求しない事とする。これで良いか?」
「それなら我が国も同じとしよう」
と、そこにいた皆が同じように追及しないと言葉にした。
各々の思惑もあるだろうが……。
「すまない。それでだ、その麻薬を運ぶルートは我が国のとある協会がしておったが、本をただせば帝国から運ばれて来た麻薬が原因であった。その売上金が当然ながら帝国へと流れ、戦争の資金へもなっていたと思われる」
「そういう事か。まぁ、追及しないと言った手前、賠償金を求めたいが、そちらも内戦の処理もあるだろう。だからこその非公式の会議なのだな」
「それもあるが……」
男は一度話を切ると、さらに続ける。ここからが実は大切なのだと、部屋を見渡して。
「我々は、それらすべてがディスポラ帝国で宰相の地位にあったあの男が計画したものと推測している」
証拠が揃わずに、内戦で手に入れた情報だけのために断言するだけの材料が得られず推測としている。だが、これは確信を突いているのではないかと考えた。
「あの男とは、あれだろ。すでに失脚し、名誉職に就いたあいつ」
「それなら問題ないだろう」
「名誉職に就いて、表に出て来ることなどあり得ないだろう」
だが、それに対して他の男達は、もう危険が無いのだと、記憶から消え去ろうとしており、名前さえも出てこなかった。ただ、名誉職に就いたとだけ記憶していただけであった。
「だが、考えて見て欲しい。我が国の一都市と結託し麻薬を蔓延らせ、その売上金を国庫に入れ、そして、戦争の資金としたほどの男が黙っているだろうかと。名誉職に就いただけで野望を諦めるとお思いか?我々はそうは考えなかった。必ずどこかで地位を奪い返し、再び野心を燃えたぎらせるだろうと。これこそが非公式であるが急ぎ集めた理由でもある」
馬鹿馬鹿しいと半分の男達は思っている。特にディスポラ帝国から遠い国はその傾向が強い。それとは別に、国境を接する国の男は”一理ある”と頷きを返していた。
「そうだな、失脚して名誉職となったが、生きていれば職務に復帰はある……か」
「その通りかもしれんな。安心する事なく情報を集めるべきか……」
「ふん、我々は協力せんぞ」
「ああ、結構。情報は自ら集めてくれればそれで良いからな」
最後に意見が真っ二つに割れてしまったが、概ね当初の予定通りの半数ほどが自らの陣営に呼び込む事が出来、”ホッ”と胸を撫で下ろす。全ての国で
だが、彼はここで重要な情報を開示しなかった、内戦の最終局面で目撃された人ならざる人の存在を。
一つはそれを作り出すための技術がすべて失われてしまった事。作り出した本人もそうだが、指示した者もすでに精神を病みただ息をしているになっている事。
もう一つは強大な力を持っている為に他国が研究して力を持たれることを危惧した。当事者たる彼は技術も資料も失われた今、研究を諦めなかったが成否に関しては絶望的だと思われている。
それも含め、存在自体が他国へと広がらずに、さらに質問も出なかったと胸をなでおろすのであった。
この会議から数年後、それは現実となるのだが今は机上の空論であるとの認識がまだまだ強いのであった。
※別に合従連衡策を出したかったわけでは無いですが、結果的に合従策となってしまいました。どの国がどちらの陣営に加わるかは今は明らかにしませんが、その内に本当に出て来ますのでお楽しみに。って、かなり後ですが。
一応、これで第八章は終了です。第三章から続いたフラグは全て回収したつもりです。意図的に回収してないフラグもありますが。次は少しコミカルな章にするつもりですので次章もよろしくお願いします。
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