第五十話 暗闇の中へ、魔術師の戦い

 扉を抜けた暗闇の先は岩をブロック状に積まれた人工的な通路がスイール達の目に入って来た。通路の形状は幅三メートル、高さ二メートルもの広さで、アーチ状の天井が目を引き何処の地下迷宮でも見たことが無いとヴルフとアイリーンは驚いていた。

 形状もさる事ながら、その組み上げ方もわからず、かなりの技術力を持ち合わせた者達がいたと思われた。


「こんな通路は見たことが無いぞ」

「確かに、今、現存している地下迷宮では見た事はありませんね」

「って事は、スイールは知っているの?」


 ”ええ、まぁ”とスイールが何となく声を返すが、要領を得ないとヴルフもエゼルバルドも、そしてアイリーンもヒルダも、詳細を聞くべく責め立てたのだ。


「わかりましたわかりました。ちゃんと説明しますから落ち着いて下さい」


 ”はぁ”といつもより深い溜息を吐いてから、スイールは話を始めた。


「知っていると言っても、書物に記載してあった記事を読んだだけです。ここより南方の大陸にある地下迷宮があったそうです」

「あったそうですと過去形語るそぶりから、すでに無いと」

「そうです。今から数百年も昔には崩れて埋まってしまったらしいです」


 スイールが”ゆっくり”と語ったのは、その地下迷宮への入り口につながる通路がこのようなアーチを持った形状をしており、山の中を一キロにわたって貫いていたと言う。見つかった地下迷宮はその後、火山の噴火により入り口が完全に塞がれ、今はもう見ることも出来なく、書物に残る資料のみであると言う。


「その通路も、中から作られたのか、外から作られたのかははっきりしなかった、のだと」


 簡単に説明を受けて四人は頷きを返すが、重要な事に気が付いたアイリーンが口を開いた。


「ちょっと待ってよ。それじゃ、この通路の奥って地下迷宮に繋がっているんじゃないの」


 スイールの話が真実であれば、まさにこの先には地下迷宮が存在して、広大な空間が広がっているはずであった。深くにまで階層が続けば捜索は困難を極める可能性もあり、先頭を行くアイリーンの顔が歪むのは当然であろう。


「この先がどのような地下迷宮になっているかは行ってみないとわからないな。だが、暗いだけで安定した空間は有り難いと思わんか?」


 いつ崩れるかわからない洞窟を進むよりは、安定した空間を保持する地下迷宮を捜索した方が頭上の心配をしないで済み、精神的に楽であろう、と。


「そうね、その通りだわ。兎に角進むわよ!」


 そうして、アイリーンを先頭に人工的に作られた通路を奥へと進み続けるのであった。




 再び、進みだしてから五十メートル程で、立派な装飾を施された柱が両脇に立つ、真っ暗な口を開けた入り口へが見えた。光を向けると地下へと続くスロープが見えるが、行く手を阻むかの様に暗い闇が立ち塞がる。

 そのスロープこそが地下迷宮の入り口であり、アドネの領主が潜伏する場所へと続く道であろう。”虎穴に入らざれば虎子を得ず”と言う通り、五人は意を決してスロープを下り始めるのであった、アイリーンを先頭にして慎重に慎重を重ねて、である。

 しかし、半径の大きい螺旋状のスロープと下りきってもなお敵の姿は見えず、すんなりと地下迷宮へとたどり着いてしまったのだ。


 地下迷宮の空間へ足を一歩踏み入れると、知っている地下迷宮と違い、光の届かぬだだっ広い暗闇が広がっていた。今まで踏み入れた地下迷宮では、真っ直ぐや横に通路が続いていたのだが、そのどれとも似ていなかった。

 スロープを出て真っ直ぐに二十メートル程進めば行き止まりで、僅かな高さのへりが設けて無ければ、真っ逆さまに落ちてしまいそうに落ち込んでいた。

 そこから左右を見れば湾曲しており、直径二百メートル強の円形をした回廊であった。


「ほぉ、これはすごいもんじゃのぉ」


 回廊ギリギリの縁から、眺めていたヴルフが広大な空間を見て感嘆の声を上げる。彼の先に見えたのは真っ暗な空間だけであった。


「ねぇ、あれは何?」


 それに異論を唱える様にヒルダが指した方向、その指先へ視線を向ければ、わずかにであるがオレンジ色の光が見えた。揺らぎの無い安定した光からランタンを灯しているとわかる。


「ま、不味い!灯りを消すんじゃ!!」


 咄嗟の判断で縁から後背へ飛びのくと、ヴルフの声に吸い込まれる様に二つの魔法の光が一瞬のうちに掻き消され、五人は真っ暗な闇に囚われたのだ。

 光の主に見られていぬ事を祈りつつ、ヴルフ達五人は手探りで縁を掴み、先程見た光を見つめなおす。

 五人の見た目ではランタンの光まではおよそ百五十メートル。そして、小さな光の周りでうごめく影を幾つか見つけ、建物とその場を往復している姿を確認できた。


「あれは何をしているのだろう?」


 暗さに目が慣れ始め、はっきりと人の影とわかり始め、往復しているのは何かを運びだし無造作に積み上げて山にしていた。影の大きさからかなり大きな山となっているが、人との対比を考えると一・五メートルと推測できた。


「それよりも、あそこまでどうやって行くの?」


 ランタンの光が見えるフロアまで高さは百メートルはあるだろう。縁を越えれば数十メートルも落下して命を危険にさらしてしまう。だが、この様な地下迷宮であれば下のフロアに降りる階段が何処かに存在するはずだとスイールは考えているようで、いかに見つからない様に探し出すかを考えていた。


「でもさぁ、さっき扉にいた兵士はランタンを持っていたよね?堂々とランタンを点けて降りて行けば、近くまで行けるんじゃないの」

「そ……!!」


 エゼルバルドの提案にアイリーンが大声を出して叫びそうになるが、慌てて手で口を塞いで声を殺して頷き返す。ヴルフもヒルダもその他に代案が浮かばぬ事からそれに同調するのだが、にスイールだけは渋い顔をして難色を示した。


「う~ん、それだと見つけてくれと言ってるようなものですが……」

「どうせ、どこかで見つかるんだから、同じだよ」


 暗い闇の中で渋い顔をしているスイールを皆が予想するが、こそこそするよりは大胆に行動してもわかり難いはずだと、スイールが押されるようにしぶしぶと了承する。


「それじゃ、ランタンを持ってくるわ」


 暗闇でも目の効くアイリーンがひとっ走りと、洞窟内に作られた扉の場所へランタンを取りに向かった。


 アイリーンがランタンを手に悠々と戻ってくると、そのランタンに火を灯した。それだけでは光量不足だとヴルフは自らの武器に生活魔法の灯火ライトを弱く掛け、白い光を灯す。


「それじゃ、出発する。なるべく壁際を進むぞ、と言いたいが、階段が何処にあるかわからんから光で足元を照らしながら行くぞ」


 ヴルフの掛け声にアイリーンとヒルダを先頭に、左方向へ足を進める。それにヴルフが続き、スイールとエゼルバルドが殿を務める。

 三十メートル程進んだ縁に下のフロアへと降りる階段を見つけた。そして、階段を降りれば、二十五メートル下のフロアへと到着。先ほどのフロアと同じように回廊状になっていた。だが、上のフロアと一つ違う所は目の前に降りる階段が存在していたのだ。


 階段は高さ一メートル程の縁が落下防止の為に作られているが、敵のランタンのオレンジ色の光から丸見えなのだ。

 とは言え、ここで躊躇し足を止めて回廊を灯す光が立ち止まってしまえば、何故動かないのかと怪しまれてしまうだろう。堂々と光を灯して移動すると決めたのだから、そのままランタンのオレンジ色の光をゆらゆらと灯しながら階段へと進む。

 一歩一歩、確かめながら階段を下り、一フロア、二フロア、三フロアそして、四フロア降りるとランタンの光と同じレベルに立つ事になった。




「おや?兵士達が来ると思っていたら見慣れぬ者達ですね」


 階段を降りてすぐ漆黒の闇から掛けられた声に驚きアイリーンランタンの光をかざすと、ゆっくりと向かい来る一人の男を見つける。そして、オレンジ色に照らされた男を見れば、紺色の外套に深く被ったフード、そして、スイールと同じ程の身長と頭の高さまである長い杖を突いて現れた。杖の先端に掛けられた生活魔法の灯火ライトが魔石に輝きを与え怪し気な輝きを放っていた。


 そして、右手で掴む杖で”コツコツ”と石畳へ突きながら歩く姿はスイールのそれとかぶり、同じ魔術師だと見られた。

 ”兵士達が来たのか”と口にしながら現れれば、アドネ領主のお抱え魔術師であると確信した。


「何よ、ここでわたし達を通せんぼ?」


 アイリーンの持つランタンに光に映し出されたその男に軽棍ライトメイスを向けながらヒルダは問い掛けた。

 そして、光を向けられた為か、男は怪訝そうな顔をして言い返した。


「そうですね、そうしても面白そうなのですが、後ろに楽しみを分けて差し上げないといけませんのでね。一人二人で我慢をして差し上げましょう」


 男は杖を高く掲げヒルダを睨み返す。男との距離は十メートル弱、一足飛びで軽棍ライトメイスを叩きつければ十分届く距離だが、ヒルダはあえてそこを動かなかった。


火球ファイヤーボール!!」

魔法防御マジックシールド!」


 男が魔法を発動した同時に、ヒルダの背中側からも同様に魔法を発動させる魔力を感知したのだ。そう、スイールが男の魔力を感知し、魔法を防御するための盾をヒルダ達の前に展開した。


 男の頭上から直径五十センチ程の火の球が、ヒルダに弾き出される様にに飛び出して襲い掛かる。だが、火の球はヒルダの手前、五十センチ程の距離で透明な壁にぶつかり激しい音を出して霧散した。


「いきなり魔法を放つとか、とんでもない挨拶ですね」


 霧散したとは言え、空気の焼ける匂いが漂うその場所へ、ヒルダの後ろから左手で握り締める杖で石畳を”コツコツ”と突きながら、スイールが”ズッ”と前へと歩み出る。

 スイールの杖の魔石は、いまだにスイールの魔力の残滓が残るのか、オレンジ色に光るランタンに照らされ、薄暗いながらも青い色が覗いている。


「はんっ!同じ魔術師って奴か。そんな傭兵上がりで魔術師やってる奴が、貴族お抱えの魔術師に適うとでも本気で思っているのか?」


 男は再びで握った杖を高く掲げ魔力を練り出した。スイールもまた魔法が打ち出されると予想し、で握った杖を顔の正面へと突き出し魔力を練り始める。


「この男の事は私に任せて領主の下へ急いでください。先ほどの魔法でこちらで戦闘が起こり始めたと気付いたはずです」


 男から顔を背けることなくヒルダ達に声を掛ける。魔法を扱うヒルダやエゼルバルドはスイールの逼迫ひっぱくした状況に手を貸そうかと考えるが、エゼルバルドとヒルダの二人で魔法合戦をしても勝てないスイールが、こんな所でられるはずが無いと指示に従う事にした。

 そして、向かう前に一つだけエゼルバルドは鞄から何かの容れ物を取り出すと、生活魔法の灯火ライトを掛け、石畳へころがし光源を作り出した。


「わかったわ、スイールも気を付けてよ」

「後で話を聞かせて貰うからね」


 ヒルダとエゼルバルドが声をスイールに声を掛けると、ヴルフとアイリーンと共にランタンの光の下へと駆けて行った。


「おや?見逃すのですか。私はてっきり後ろから魔法を撃ちこむとばかり思っていましたが」

「俺を煽っているのか?もし、あいつ等に魔法を撃ちこんでもお前が防御するとわかっているしな。それに、あんな奴らよりもお前を相手にした方が面白そうだから、かな」

「ただの自信家では無い…・・・訳ですか」


 自信家で自分の能力を過信しているのか、魔術師同士の戦いを楽しもうとスイールに向かう。エゼルバルドの残した光源が男の顔を白く浮かび上がらせるが、歪な表情で笑っていて何かの快楽に取りつかれている、そんな風にも思えた。

 だが、先程の火球ファイヤーボールを見ても、ただの自信家ではなく、あるレベルに達した実力を内包する、気の抜けぬ相手である事は確かだった。


火球ファイヤーボール!!」

氷の槍アイスランス!」


 男の炎の球に対し、スイールは氷で出来た槍をぶつけて魔法を相殺させた。とは言え、魔法の難易度で言えば初級の火球ファイヤーボールに対し中級の氷の槍アイスランスで対抗せざる得ないのは炎と氷の特性であった。初級の氷の針アイスニードルでも相殺は可能であったが、同量の魔力を注ぎ込んでも押し負ける可能性があったのだ。その為、発動の難易度が上がるが中級の氷の槍アイスランスを使わざるを得なかったのだ。


「ほほぉ、やりますね」

「なぁに、いつもの事ですからね」


 そう、スイールはいつもの事だった。毎日ではないが、エゼルバルドとヒルダと模擬試合をして二人の魔法を相殺させる様に訓練を積んでいるのだ。それも何年も続けてである。

 それからすれば、単発での発動で、しかも会話をしながら悠久の時間を思わせる魔法合戦など難しいことは無かった。

 だからと言って、殺そうと魔法を放つ相手に気を緩めるなど出来る相談ではない。


「たった二発とは言え、俺の魔法を相殺するとはなかなかやるな」

「あれを難しいと思える方がどうかしてますよ。あの位なら私じゃなくても出来ますからね」


 自信家の男を煽るように言葉を飛ばす。男が乗るかどうかはわからないが、多少煽って乗せるのも一興だとスイールは考えてみた。そして、アドネ領主のお抱え魔術師では決して考え付かないであろう戦い方を脳裏では既に組み上げていたのである。

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