第四十七話 孫娘に頭の上がらぬ好々爺とその孫娘の記憶

「じいさん、じいさん。お客さんだよ!!」


 ”ドンドンドン!!”とドアを叩く音を響かせながら、大声で叫ぶ門番。案内して、金が貰えると知っただけでこの変わりようだ。

 村の中では頼りになるかもしれないが、旅人などがうっかりと来てしまったら、また同じようになるのではないかと思うと、金貨を報酬で渡す時に釘を刺した方が良いとヴルフは考える。


「何じゃ!五月蠅いヤツめ!もうちっと静かに出来んのか!」


 ”バンッ!”と、突然ドアが開き、その勢いで吹っ飛ばされ地面に尻もちを付いて降りしきる雨の中に倒れ込んだ。ズボンは”ドロドロ”に汚れ、雨に濡れて惨めな姿をさらしている。


「いきなり開けるなよ!」


 ”よいしょっ!”と、反動を付けて立ち上がり、ドアから出て来た老人に怒りをぶつける。その後、”ドロドロ”になった自らの姿を見て、洗濯が大変だと落ち込むのであった。


「騒々しいからそうなっただけじゃ!と、言うかこの者達は何じゃ?」


 腰が曲がった老人で、門番を吹っ飛ばすほどの力を持ったこの老人は何者かと、ヴルフは不思議な感覚を覚えた。白い顎髭を蓄え、額に刻まれるしわを見れば相当な老齢であり、間もなく神からの迎えが来るのではないかと思うほどだ。

 だが、顔や腰の曲がり具合から見ても、不思議なほどにパンパン”に服が膨らみ、ヴルフの腕と同じ以上の太さを持っていた。


「だから、お客さんだよ。領主の行方を知りたいんだとよ!」


 地面にしこたま打った尻をさすりながら話した。まだ痛むのか恐る恐るであった。


「なんじゃ?領主がどうしたって。まぁ、良い。知ってる事は話してやるから入って来い。じゃが、五人も入れんから一人じゃ。そこのお前、入って来い」

「ワシだけか?」

「そうじゃ、何人いても変わらんだろう」


 ヴルフを指名すると”チョイチョイ”と手招きして、老人はヴルフと共に屋敷の中へと入って行った。残された者達は門番の案内で村唯一の酒場へ案内され、そこで雨をしのぐことになった。




 老人に招かれ屋敷へと案内されるヴルフ。玄関を潜り狭い廊下を通り抜け、向かった部屋は五メートル四方の客間で、片隅には火が入った暖炉と暖取りやすい様にソファーセットが置かれていた。

 だが、そのソファーセットは部屋の端に寄せてあり、部屋の大部分は何もないスペースが占めていた。


「さて、何から話せばよいかのぉ……」


 ヴルフに背を向けている腰を曲げていた老人であったが、部屋に入るなり腰を”ピン”と伸ばし、みなぎる生命力をヴルフに見せつけた。そして、右腕をムチの様に振り回し、ヴルフの顔面へと手の甲、--俗に言う裏拳である--、を叩き込もうと攻撃を仕掛ける。

 さすがのヴルフもいきなりの攻撃に面食らい、体を弓の様に反らして躱すのが精一杯であった。そして二、三歩後退りして棒状武器ポールウェポンを後ろへ放り投げると、両手を顔の前に出し、老人を睨みながら構えを取った。


「ほっほっほ!やはり見込んだ通りじゃ!」


 言うが早いか、ヴルフより五センチも背の高い老人が間合いを詰めながら右の拳を真っ直ぐ顔面へと叩き付ける。ヴルフは左手の甲で老人の拳を受け流すと同時に右拳を老人の左頬へ叩き込もうと弓なりの軌道で叩き付ける。

 老人の攻撃はヴルフが体を捻って躱し、また、ヴルフの攻撃は老人が力強い左手で捕まえてしまった。


 老人は右手を引き、再度ヴルフへと拳を振り抜こうとするが、今度はヴルフが左手で捕まえ、二人は互いの拳を掴み合い睨み合う。

 だが、老人はここで終わってなるものかと、掴んでいた左手を離すとヴルフの左手目掛けて手刀を浴びせようとする。だが、その攻撃を読んでいたヴルフは、自身の左手を開け放って老人の右手を離すと、二歩飛び退く。そして、再び攻撃の構えを取り、攻撃のタイミングを窺う。


「おじいちゃん!!」


 老人の後背にあるドアが、”バンッ!”と開かれると同時に、十二、三歳ほどの”ひらひら”する深緑のワンピースを着た少女がトレイを持ち入って声を荒げた。

 その声に殴り合いをしていた二人は”ビクン”と体が跳ね、勝負はそこで終わりとなった。


「おじいちゃん。いつも言ってるでしょう、いきなり殴り掛かっちゃ駄目だって。お客様を何だと思っているの、まったく……」


 ”ブツブツ”を文句を吐き出しながら、呆れた表情を見せて低いテーブルにトレイを置く。そして、磁器のカップを一つ、二つとソーサーに乗せてテーブルに置くと、ポットから琥珀色に輝く紅茶を注ぎ始める。


 声を荒げられた老人は、少女に向かい申し訳なさそうに頭を掻いていた。


「ほら、お客様をおもてなししなくちゃいけないでしょ。おさなんだからしっかりしてよ。いつもいつも、腕が立つ旅人に勝負を挑むんだからぁ!」

「はっはっは、すまんすまん」


 少女に一言謝ると、出迎えた時の姿勢と同じに腰を曲げ、よぼよぼの老人の様に振舞い出す。そして、ヴルフをソファーへと促した。

 ヴルフも一息入れるために、ソファーに座り紅茶に手を伸ばすが、ヴルフは飲みやすいとしか感想が出てこなかった。これがスイールなら幾つかの感想を漏らすはずだと、少しばかり残念に思うのだ。


「スマンのぉ。腕が立つ者が来るとどうしても勝負したくなってなぁ。それに孫娘も可愛いだろう」

「おじいちゃんっ!!」


 殺気を出してヴルフを殴りつけた老人と目の前で孫娘に頭が上がらない老人とで、同じ人間だとは思えぬ変わり様に、ヴルフは面食らっていた。

 だが、その孫娘の少女に怒られる様は何処か楽し気であり、微笑ましい気分にさえ、させてくれた。


「すまんの、いきなり殴り掛かった事はこの通りだ」


 老人が頭を下げると同時に少女もその後ろで同じように頭を下げる。あのまま殴り合いに発展しなかっただけ良かったと思うようにし、”気にしないでくれ”と一言返し、その件は終わりにした。

 そして、ヴルフは早速とばかりにアドネ領を発端にした戦争について聞き始める。


おさは、この戦いは何処までご存知ですかな?」

「戦いとは領内で起こっている戦争でございますか?」

「如何にも」


 老人は腕を組んで唸り声を上げると、申し訳なさそうに答える。実際、アドネの街から徒歩で半日程の村でも、それほど多くの情報は入って来ない。その為、知っている事は限られるてしまうのだ。


「実を申すと、この領内で戦争が起こった、くらいしか知らんのだ。だが、村の若者衆が半分くらい、と言っても二十人程じゃが、戦うと参加しに行ったきりでそれ以降はさっぱり……」


 予想の通りかな、とヴルフは思うと老人に向けて口を開けた。


「その戦争は、終わりでアドネの街は解放された。この領内での戦争は終わって、隣の街で戦っているだけだ。それも、時間の問題なのだ」

「おお、そうしたら、若者衆が戻ってきますかね?」

「恐らく。生きていればだが……」


 戦いに参加し、神の下へと旅立った若者を多数見送って来たヴルフは、嘘偽りなく返すしかなかった。もし、嘘をついて、全員が無事に帰って来ると言って、ぬか喜びさせても禍根を残すかもしれない、と。


「そうですよね。戦争ですからね」


 一度、喜びを表した老人が、ヴルフの言葉を聞き気を落とした。それでも、全員ではない事を今は祈るだけだと手を合わせて神に祈りをささげている。


「それで、税も見直しが入るはずだから、今後の使いを待つと良い」

「ああ、それは喜ばしい事です。余計な税を払って、来年の種すら残らないのでは村に住む全員が飢えるだけでなく、今後の事にも関わりますからな」

「そこでだ。ワシ等は税率を上げた張本人の逃げた領主を追っているのだが、立ち寄りそうなところは知らないか?」


 それを聞き、老人は腕組みをしながら頭をひねり考えるが、領主とただ言われてもピンと来るものが無く、唸り声をあげるだけで申し訳なさそうな顔をしていた。

 領主と言えばこの辺一帯を統治する権利を持つ権力者であり、小さな村々ではその姿を見る事さえ一生に一度有るか無いかであろう。その、見た事の無い領主の事を聞かれてもすぐに浮かび上がる事など無かった。


 老人が悩んでいる姿を見て、ヴルフが諦めかけた時、その後ろに立つ少女が口を挟んできた。


「私、わかっちゃったかも~」

「なに、わかったか?さすが儂の孫娘じゃ!!」


 ”ニシシ”と笑顔を見せる少女を褒める老人。親馬鹿ならぬ、爺馬鹿にその場が”ほっこり”と和む。ヴルフも少女の言葉が決定打であって欲しいと祈るばかりである。


「ほら、おじいちゃん、よく豪華な馬車があっちの方に向かうじゃない。あれじゃないの?」

「お~お~お~!そう言えばよく見かけると村の者が言ってたな」


 少女が”あっちの方”と腕を振りながら話を続け、老人が思い出したかのように首を動かし相槌を打つ。

 ”あっちの方”と指されても、ヴルフはそれどの方角を指しているのかわからず、困惑してしまう。とは言え、出て来た貴重な情報に顔を崩さずにはいられなかった。


「して、”あっち”とはどちらなのか?」

「おお、スマンの。ここから北東方向にもう一つ村があってな、よくそっちに向かっているそうだ。道が村に向かってるから直ぐにわかるはずじゃ」


 今は作物が刈り取られ、一面に茶色の畑が広がっている道を行くだけで次の村へとたどり着けると丁寧に説明を受けた。それだけあれば大丈夫だろうと早速向かおうと、腰を上げようとしたヴルフを老人が制止した。


「しばし待たれよ。次の村は儂の知り合いが長をしておる。紹介のふみをしたためるのでそのままでお待ちくだされ」

「申し出有り難くお受けします。何か、お礼になるものでも……」


 老人の申し出に何かお礼になればとゴソゴソと懐を探るが、その手を止める様に老人と少女が言葉を続けた。


「お礼などいりゃぁせん。戦いが終わって、無事な若者衆が帰って来るとわかっただけで大丈夫じゃ」

「そうよ、それに税率を上げっぱなしの領主をやっつけてくれたんだもの、みんな喜ぶわよ」


 老人と少女の溢れんばかりの笑顔に、ヴルフは救われた気がした。領主はとんでもない奴であったが、領民は毒されておらず人当たりの良い人々がいっぱいだと、ヴルフはうれしく思う。

 グローリアが戦うと宣言した後で、仕方なしに戦いに参加した記憶があるが、こうも感謝されるとむず痒い気がしてくる。トルニア王国で騎士として戦っていた時には得られない言葉であったと聞けば、今の生活もまんざらではないと思える。


 そして、老人が一筆したためた文を受け取り、防水の皮袋に入れてからバックパックへと仕舞い込む。

 これで次の村へと向かう準備が整ったと、老人と少女にお礼を言うと”村の酒場でお仲間が待ってるはずじゃと”老人から場所を聞き、屋敷から出て行く。

 玄関を出て少女が笑顔でヴルフを見送っていた。それに答えようと手を振り、村の酒場へと雨の中を足早に駆けて行った。


 一人、雨に濡れた外套を羽織り村の酒場の自在ドアを開けると、何やら騒がしい声がヴルフの耳へと届く。雨露に濡れた外套のフードだけを外し、酒場を一瞥すると、騒がしい原因を見つける。

 そこにはエゼルバルドと村の若者が腕相撲をしている所であった。


「何をやっとんじゃ?」

「あ、話は終わったのですか?見ての通り腕相撲ですよ」


 見慣れた黒髪短髪で長身の男、スイールに声を掛けると、にこやかな顔でヴルフに答えた。


「暗い雰囲気だったので、内戦が終わったと話をしたら、この騒ぎですよ。あの若者が村一番の力自慢だと言うので皆で勝負を挑んでいる所です」


 よく見れば、涼しい顔をして真っ直ぐ腕を立てている若者に、これでもかと真っ赤な顔をして渾身の力を込めているエゼルバルドが挑戦している。エゼルバルドもかなり力を付けているが、ヴルフに比べればまだまだ力負けするほどであるから、これは順当なのであろう。

 村の男女共、仲良く力自慢を応援し、ヒルダとアイリーンは共にエゼルバルドを応援しているが、贔屓目ひいきめに見てもエゼルバルドが劣勢であろう。


 そのうちに、力自慢の若者が徐々に腕を倒し、ついにはエゼルバルドの手の甲がテーブルに突き刺さる。

 力自慢の若者は腕に力こぶを作り出し、”フンッ!”と笑顔で筋骨隆々の肉体美を見せつける。十一月で雨が降るこの寒い中を、ランニングシャツ一枚で汗だくになる若者が眩しい、とヴルフは溜息をもらした。


「そのくらいにして置け。話は済んだから出発するぞ」


 負けて悔しそうなエゼルバルドと応援していたヒルダとアイリーンの三人に声を掛け、逃げた領主を追い掛けるぞと急かす。


「ああ、話は終わったんだね」

「お前たちが楽しそうにしている最中に話をしてきたさ!」


 遊んでいた四人を見て、内心”ムッ”とするが、殴り合いをしていた自分も遊んでいたと思っても良いかと怒りを露にはしなかった。


 エゼルバルド達がこれで去るとわかった村の若者たちは勝負をしていた彼らに笑顔で握手をして、”また来いよ”と声を掛けて来た。さすがのエゼルバルドも腕が痛いのか、力を使い果たしたのか、”腕相撲はもう勘弁してよ”と返した程である。

 村の若者に手を振り酒場を出ると、村の門番へと金貨を渡すと同時に一言釘を刺し、村の長に教えられた方角へと馬を走らせるのであった。

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