第四十八話 最果ての村

 先程の村で十分休んだ馬達は嫌なそぶりも見せず淡々と足を運び続ける。次の村ヘは馬の脚でも四時間程は走らせねばらならず、嫌なそぶりを見せぬ馬達の働きは非常にありがたかった。軍馬で訓練を積ませたと言えども、冷たい雨が降りしきる中に体をさらす事を嫌がる馬もいることだろう。


 馬に任せて進んでいるとは言え、乗っている人も当然ながら体力を消耗する。先を急ぐからと言って昼食を先延ばしにしたのが拙かった。

 村を出てからすでに一時間経過し、誰の腹が”ぐぅ~~~”と鈍い音色を奏で、昼食の時間を知らせるのであった。

 アドネの街を出発してから一度村に寄ったとは言え、馬上に三時間も揺られていれば、腹の虫が鳴くのも当然であろう。

 急いでは事を仕損じると言うだろうと、天津湯をしのげる木陰を探すのであった。


「なかなかというか、雨除けできる木もありゃせんの~」


 穀物類を刈り終え地面が露出した畑の真ん中を貫く、踏み締められただけの道を行けば、当然であえおう。木々の生えている場所など少ない。それでも根気よく道を行けば、探し始めて三十分後に葉の落ちた木が数本生えている場所を見つけるだけであった。


「仕方ないからこの場で食事にしよう」


 木の側に馬を繋いでから、木をメインポールに見立てて屋根代わりとなる大きめのタープを設置する。人もそうだが、馬にも入ってもらおうと数枚のタープを繋ぎ合わせ、何とか全ての馬が雨をしのげる大きさが出来上がり、雨露からしのげると馬達も嬉しそうであった。


「やっと、お腹の虫が収まるわ~」


 魔力焜炉マジカルストーブの上で熱せられ、勢いよく湯気を吹き出すヤカンから湯を注ぎ柑橘系の煎じ茶を入れて空きっ腹へ流し込むと、叫びにも似た甲高い声を出して楽しむアイリーン。彼女以外も冷えた体を温めようと、先ずはと煎じ茶を体へ流し込み一時の暖をとる。


 ヤカンを下ろし、代わりにフライパンを乗せて良く熱した後、脂身の多い干し肉で油を敷き干し肉を熱する。水で戻した乾燥野菜を入れ、熱が通ったら塩コショウで味を整え、干し肉と乾燥野菜の炒め物、パンに挟む具材が出来上がる。

 スライスしたパンに切れ目を入れ、完成した炒め物を挟み込むと簡単サンドイッチの完成だ。


「空きっ腹には、何を食べても美味しいわね~」

「誰が作っても美味しいわ。空腹は最良の調味料って言わるけど、本当よね」


 アイリーンとヒルダは満面の笑みを浮かべてサンドイッチを口に運んでいる。ヒルダの一言だけを聞けば調理人への文句と思われてしまうが、その意図は全く無いのがたちが悪い。とは言え、皆が空腹だったため一様に頷き返しているのは同じことを思っている様だった。


「食ったらまた移動だが、後二時間から三時間は移動しなくてはならんな」

「次の村まで結構距離があるんだなぁ……」


 エゼルバルドが次の村までの移動距離にうんざりした顔をするが、徒歩で移動していたならば当日中に到着出来ない事を思えば楽なのに、とヴルフは思う。簡単に移動できればそれは楽であるが、そうなってしまえば旅は思い出を作る事も無く、ただの出来事や作業になってしまうだろう。

 とは言っても、今はアンテロ侯爵を追い掛ける依頼の最中なのだが……。


「それも醍醐味ってもんじゃ。食ったら後片付けをして出発するぞ」

「は~い、っと」


 既に食べ終えているヴルフの言葉に、サンドイッチを急いで腹の中に押し込み大きく伸びをすると、立ち上がり馬へと向かうエゼルバルド。馬の調子を眺め、タープを端から取り払ってゆく。

 一時間程であったが、雨をしのいで休んだので、人も馬も十分に雨の中を進む気力を取り戻した。あと、数時間は雨の中を進むのだが、タープを畳みながら雨が早く上がる事を祈るばかりであった。

 腹ごしらえが終わり、再び冷たい雨の中を進みだす。気力を取り戻したとはいえ、冷たい雨に打たれ続ける事には変わりは無く、フードからしたたり落ちる雨露を恨みを覚える。




 冷たい雨が降りしきる中、三時間程したところで雨足が弱くなり始め霧雨の様相に変わる。天を覆う黒い雲がいつの間にか白い雲となっていたが、フードを深く被っていた彼らの視線にはそれが入って来なかった。

 来た道を振り向けば、白い雲が沈みかける太陽に照らされて、地平線の近くに掛かる雲がオレンジ色に輝き始める。


 そして、正面へ向き直れば、人の営みを集める集落が目に留まり、やっとの事で目的地へと到着できると胸をなでおろすのであった。


「こんな最果ての村へようこそ、歓迎します。と、言っても何もありませんが」


 ヴルフ達の馬が村の入り口へと近づくと、リズムよく刻む蹄の音に気が付いた門番が現れ、彼等に言葉を掛けて来た。前の村の門番とだいぶ違うなと思いながらも、馬を下りて門番へと向かう。


「旅の者じゃ。村の長にお目通り願いたいのだが、出来るか?」

「申し訳ないですが、即座に案内は出来かねます。長の予定もありますから」

「そりゃ、そうだな」


 怪訝な目でヴルフ達を見ながら、信用ならぬ者共といつでも腰に帯びている剣を抜ける様にと身構える。門番から言わせれば、最果ての村に来て即座に長に会わせろと言われれば、疑いたくもなるのだとか。


 ヴルフも、それは尤もだなとバックパックをゴソゴソとあさり、一つの封書を取り出すと門番へと渡した。


「前の村の長からこの村の長への紹介状みたいなもんじゃ。会わせてくれるか?」


 念のためと一言謝ってから封書を開き、手紙の内容を一読して行く。確かに、村の長宛であり”書状を持つ者達を紹介する”との言葉が書かれていた。

 そして、信用して大丈夫だとも書かれていた。


「これを見ちゃったら、案内しない訳にもいかないな。それじゃついてきな」


 封書をヴルフに返すと、門番を先頭に村の長の屋敷、それは集落の中央にある周りの家よりも一回り大きな屋敷へと案内する。遠方から来る馬を連れた客を案内できるようにと馬房も作られており、最果ての村と言われる割に設備が整っている。先の村では、村の長の屋敷にはこれほど立派な馬房は作れらておらず、この最果ての村自体が何か不思議な雰囲気を醸し出していた。


 そして、屋敷の正面へと案内されると、門番が一際贅沢な作りのドアを”ドンドンドン”と叩き、村の長を呼び出す。


「婆さん!婆さん!お客さんだよ、出て来てくれ」


 ヴルフ達がこの村を纏めている長は女性なのかと感想を思い浮かべた所で、ドアの鍵が”ガチャリ”と外れ、ゆっくりと開く。そこから顔を出したのは二十代後半と思われる髪の長い女性であった。さすがにこの女性を”婆さん”と呼ぶことは無いだろうと思いながらも”まじまじ”と見つめるが、ヴルフ達に気付かずに門番へと声を掛けた。


「”婆さん”って大声で呼ばないの。せっかく寝てるのに起きちゃうでしょ、って、あら、お客様?」

「まだ婆さんは寝てるのか?そろそろ夕飯の時間だろ。そうそう、お客さんだ。婆さんに会いたいってよ」


 雨露に塗れたフードを取りながら、”どうも”とヴルフが頭を下げる。そして、前の村で貰った紹介状をその女性へと手渡す。


「あら?お婆ちゃんへ紹介状?珍しいわね、あの長が手紙を書くなんて」


 ”どれどれ”と封書から手紙を取り出し目を通すと、その女性が手紙を返しながらヴルフ達へと言葉を掛ける。


「いいわ、お婆ちゃんに会わせてあげるわ。五人とも入って来て良いわよ」

「五人揃って、で、良いのか?」

「ええ、もう夕方ですものね」


 笑顔を見せる女性に甘え、五人は屋敷内へと案内された。門番は村の入り口を閉じたりとまだ仕事があると、一言挨拶をすると仕事へと戻って行った。

 ヴルフ達が案内された部屋は五メートル四方の部屋で、テーブルセットが置いてある来客用の部屋、--つまりは応接室--、であった。テーブルセットもこの最果ての村に相応しくない豪華な飾りが付いていた。また、壁の飾りなども、何故このような高価な絵画や彫刻、そして草食動物の頭部の剥製が有るのかと不思議だとスイールは思ったようだ。


 応接室で待つこと二十分、さすがに我慢の限界となりそうな時間が過ぎ、一言文句を言おうかとヴルフが立ち上がりかけた時、応接室のドアが開かれて杖を突いた老婆と先程の女性が横に付き添って入って来た。


「申し訳ないね。最近は寝起きが悪くてね、勘弁しておくれ」


 一言謝ると、”よっこいしょ”とテーブルセットのふかふかの椅子へ腰を下ろした。


「えっと、何を聞きたいのかね?」


 老婆は落ち着いて、しわがれた声でヴルフ達に声を掛ける。両肘をテーブルに付き、重ねた手の平に顎を乗せて余裕のある表情は重ねた年齢からくる経験からなのか、それとも前の村の長からの紹介があったからかはわからないが、薄く開く瞼の向こうには柄も知れぬ気持ち悪さを感じる。


「先ずは、前の村の長からの紹介状とでも言うのか?そのお嬢さんも見てるが一応出しておく」

「ほっほっほ、あの爺さんに気に入られたんだね。珍しい事もあるもんじゃな。で、勝ったのかい?」


 目の前でにこやかに笑みを浮かべる老婆はヴルフの出した封書を開けるまでも無くヴルフに告げる。なんでもお見通しだとヴルフは諦めて、参ったなと頭をかく。


「孫娘が入って来て引き分けじゃな」


 村の長が突然殺気を向けて殴りかかられて、咄嗟に反撃したが共に一撃も与えられずに引き分けだと話すと、”そうかそうか”と頷く老婆。

 それとは対照的に、そんな事があったのかと驚くスイール達。その殴り合いと同時刻に酒場で突然始まった腕相撲大会でその村一番の男が優勝していたなとそれを思い出し、苦笑する。


「それでは、本題に入る。ワシ等はアドネ領主を追っているのだが、知っている事が有ったら教えてほしいのじゃが……」


 本題に入ろうとヴルフが老婆に言葉を掛けたとたん、老婆の表情が固くなり応接室の壁へぐるりと顔を向けるのであった。


「お前さんたちは、この部屋に飾ってる美術品がなんだか知っているのかい?」

「門番が”最果ての村”と言う割には豪華な美術品が揃っていると思いますよ。それにこのテーブルセットも、床に敷いてある絨毯もそうでしょう」


 老婆の言葉に返したのはスイールだった。


「そうだろうね。”最果ての村”と言うくらいだから、ちょっと行くと隣の国だよ。だけどね……、隣の国とは何の取引もしてないんだよ。じゃぁ、この美術品は何処から来ると考える?」

「私は村の収入でここまでの美術品を購入は難しいと考えますが、どうでしょうか」

「その通りだよ。村の農作物だけじゃ買えないね。だが、と言ったらどうだい?」


 老婆の鋭い目が怪しく光る。


 贈られた?

 誰から?

 この隣国と隣り合わせの少ない人口の村に何がある?

 いや、この村を活用しなくてはならない事とは?


 様々な考えが浮かび上がっては消えて行く。その行きつく先には、たった一つの事実が残っていたのだ。


「なるほど、領主から贈られた訳ですな」

「まぁ、良い線行っとるよ、若いの」

「そして、この応接室も、馬房も領主が訪ね来る時に使用する為にと、領主自らが整えたと」

「そう言うこった。この村は領主に利用されている村って訳だ。税もここ数十年納めておらんしな。と言っても、ワシの所で全て止めておるので、集落に住む者達は知らんがな」


 スイールが大まかに当てた事で、老婆はこの村の秘密を語り出した。とは言え、もう潮時だと思ったのかもしれないが。


 ある時アドネの領主は、この村の近くに一つの洞窟を見つけた。そこは領主とその側近や護衛の兵士以外は入る事が出来ず、いつも見張りが立っていて、村人が近づけば追い返される。酷い時には槍で刺され命を奪われる事さえあったと言う。

 その洞窟には年に十回、多い時では二十回以上も領主が訪れる事から、村での宿泊所や側近との会議の場を設けるためにかなりのお金をつぎ込み作られた。

 領主達が会議をするのはこの応接室で、宿泊施設はこの建物の裏に離れを作ったのだ。

 洞窟の秘密を守るために、この村の人々の移動を禁止し、村に入る者達も制限されている。今も、その命令は生きており、前の村の長からの紹介状が無ければ村に入る事すらできないでいるのだ。


「なるほど。簡単な理由はわかりました。そうなると、幾つか疑問が残りますね」

「話だけでは納得せんか。良かろう、わかる事なら話そう」


 老婆が大きく息を吐きだすと、自らの体重全てを背もたれに掛けてスイールを鋭い眼光で睨む。だが、その眼光はスイールの優しげな眼で”サッ”と逸らせて、言葉を続けた。


「第一に、何故前の村の長の紹介状が無ければならないか。第二に村人が領主の事を知っているか?ですかね」

「別に難しい事は無い。その村の長とは兄妹だったし、この村人は領主の顔さえ知らずにいる。この村に領主が来るのは決まって夜遅くだ、その時には誰も外出が出来ないからね」


 日が暮れてからは村を巡回する兵士がいて、出歩こうとする村人を家の中へ戻すのだと言う。緊急時はその兵士が伝達の役目を負うので夜間の急病人などの対処はそれで事足りるらしい。


「そうやって、この十数年、村に偽りの平和をもたらしていたんだよ」


 老婆の言葉は何処か寂し気であり、少しばかり後悔の念が読み取れるのだった。

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