第三十八話 グローリアVSファニー、女の戦い

 グローリアは焦っていた。


 目の前にいるたった一騎の騎馬にこれ程の重圧プレッシャーを感じる相手にはたして勝てるだろうか、と?一方的に屠られるだけではないか、内心で臍を噛む。

 さらに、左肩が馬から落とされた衝撃で痛みを発し左腕がほぼ使えない状態であり、さらに馬も無く敏捷性に欠ける。体のあちこちを打ち付け、痛みもあったが左肩の痛みに比べれば微々たるものである。


「チッ!」


 一つ舌打ちをして、長槍ロングスピアの切っ先を敵に向ける。何とか動く左手はそっと添えるだけでほとんどは右手でその重量を支えている。金属でできた長槍の柄であるが、中空構造により重量を軽減してある特別性だ。中身の詰まった金属に比べれば折られる確率は高いが、それよりも振り回しやすさを考えての事であった。

 もっとも、ある程度の肉厚を残した中空構造ならば、強度的に劣る事は無いのであるが。


 それよりも、左腕が使えないのであれば右腕一本で長槍を振り回さなければならず、振り回し方を変えなければならなかった。


「ふん、貴様を相手にする時間は無いのだ」


 目の前の騎馬は一言、グローリアに言葉を掛けると、馬の手綱を操りグローリアの横を十分離れて勢いよく走り抜けようと駆けだした。

 だが、グローリアは何を考えたのか、もしくは体が勝手に動いたのか、グローリアは長槍を馬に向かって投げ付けたのだ。

 咄嗟の事でグローリアもどうやって投げ付けたか自分でもわからなかった。だが、走り去ろうとした敵の馬に向かって回転がかかった長槍が投げられ、それが馬の足に絡み転倒させたのだ。


 先程、グローリアの身に起きた事と同じ事が、敵の身に起きたのだ。全身鎧フルプレートに身を包んだ敵は馬の鞍から投げ出され、重量物を着込んでいたためにすぐに止まる事が出来ずにゴロゴロと数メートル転がり、やっと止まった。


「ふん、恐れ入ったか!!」


 ゴロゴロと転がる敵に悪態をつきながら、左肩の痛みに顔を歪めながら次の一手を仕掛けるために背中の長剣ロングソードを引き抜く。

 グローリアの横を抜けられていたら、指先程の大きさに消えゆく敵を眺めていただろうが、今は剣を杖代わりにして立ち上がる敵にもう一撃食らわそうと、つたない足取りで敵へと足を進めている所である。

 地面を転がされたが、手元に長剣が残っていて幸いであった。


 グローリアは軽量鎧、しかも金属をあまり使わぬ革鎧を身に着けていたために、放り出された衝撃で体を痛めただけだった。対して敵は金属の全身鎧フルプレートを身に着けていたために、放り出された衝撃よりもその後にゴロゴロと転がった時に、鎧から衝撃を受けて体を痛め、全身打撲と言える様相であった。


 左腕が使えないグローリアと全身に打撲を負った敵とどちらが強いか、そんな事はどうでも良いが、今は目の前にいる敵を何とか屠ろうと足を進めるのであった。


「ここで討たせてもらう」


 左肩の鈍痛に顔を歪めながら、十歩ほどの距離でグローリアが声を上げる。まだ十歩もあれば敵に攻撃を仕掛ける事も、そして受ける事も可能であろう。その判断は間違いではないのだが、馬から投げ出された二人には十歩はまだ遠い距離であった。


「ふん、貴様ごときに遅れを取る私ではないわ!」


 ”ガシャン”と硬質な鎧の音を響かせながら、敵が足を一歩踏み出して来る。兜の面を下ろしているため声が籠っているが、女性特有の高い声が耳に入ってくる。尤も、鎧を構成する板の造形から見ても男性用ではない事は見て取れるのであるが。


「その命、貰った!!」


 十歩の距離を普段より遅い脚で駆け、グローリアの長剣が敵の頭の付け根、--つまりは肩口から入る袈裟切り--、を狙い振り下ろされる。左腕が使えないからと言って片腕で使えない重さの長剣で無かったことが幸いした。多少は威力は落ちるが、正確に敵の首を捉えたはずであった。

 だが、相手も攻撃の意図を読み取り、長剣でグローリアの一撃を受け止めたのだ。その受けに移行する速度はグローリアの予想を上回り、普通の相手であれば鎧の隙間から一撃を受けて命を散らしていたはずであった。


「ふん、私にそんなへなちょこ剣は通じぬ。もっと鋭い攻撃をするのだな!」


 鍔迫り合いでも兜の面の中はうかがい知れぬが、剣の腕は並々ならぬものがあるとグローリアは向けられた言葉から感じ取った。

 グローリアもヴルフ等から訓練を受けており、多少は目で追いつけるはずと思っていたが、まだまだ修行が足りないと感じざるを得なかった。この内戦が終わったら、もう一度剣の訓練のやり直しだ、とは思うが、今は目の前の敵に集中しなければと、脳裏にこびりついた考えをかき消した。


 お互いの鍔から”ガキン”と鈍い音が出て、二人は少しの間合いを開け、剣を向け合う。片手のグローリアとしてはあのまま押し込みたかったが、左腕が使えぬ不利を有し、剣術の腕は敵が上だと思えばあのまま鍔迫り合いをしても勝てない相手と諦め、一度距離を取ったのだ。

 だが、鍔迫り合いでは左手はそっと添えるだけであったが力負けはしておらず、完全に不利な状況ではないと自覚した。

 敵は先程馬から放り出された衝撃で力が入っていないと見られた。それならばと、グローリアは次の一手に出る。


 右腕を小さくたたみ、切っ先を敵に向け数歩の距離を詰めて行く。敵もその姿勢から突進をするだろうと予想しており、剣の軌道はあっさりと剣で受け流され躱された。だが、これは予想された敵の行動であり、ここからが本番だと考えていた。

 そのまま敵に体当たりを掛けるために右肩を前に出し突進を掛ける。それも読まれていたのか、敵は体を少しだけ回転させるとグローリアの攻撃を数センチの距離で躱す。


 これも読まれていた!いや、これも予定通りの反応だと、グローリアの口元は斜めに上がりニヤリと笑っていた事だろう。躱されたと同時に敵の頭を狙い、剣を振り上げたのだ。グローリアの剣が受け流され、予定と全く違う場所へ誘導されていたら、振り上げる事も出来ず、後ろから剣で切られ命を失っていただろう。

 だが、その様な事にはならず、敵の視界の外、つまりは兜の視界のその外からの攻撃を敢行したのである。


 だが、グローリアの剣が降られる角度はかなりの下からであり、首を落とす事は出来なかった。かろうじて敵の兜の淵に引っかけただけの結果になった。


 それでもグローリアの一撃は決定的な一撃となり、敵の兜が夕方の真っ赤な太陽に照らされ輝きながら宙を舞ったのである。


「なっ!!」


 体を前転させ敵との距離を稼いでから振り向いたグローリアは驚きの声を上げた。敵に一撃を与えた手ごたえは掴んでいたが、兜が飛んでいたとは思わなかった。そして、敵の顔、いや、戦場に似つかわしくない髪がグローリアの心を揺さぶるのだった。




『……心残りは俺をこんな…体にした黄色い髪…の女に一太刀も当て…る事が出来なかった…事だな』




 グローリアの脳裏に助けられなかった、いや、神の下へと旅立った同僚のフィオレンツの言葉がこだまする様に頭を駆け廻った。


 ”黄色い髪の女”


 フィオレンツが一太刀も浴びられずに悔しがっていた相手、場所こそ違えどフィオレンツが偵察に出ていたアドネ領だ。それなりに剣を振るえたフィオレンツ、彼以上の相手で黄色い髪の女など早々いる訳もない。

 そうであれば、フィオレンツの仇、--討った所で生き返る訳も無いが--、に一矢報いたい、グローリアはそう思ったのだ。


 兜を飛ばされ視界が広くなった敵は黄色い髪をなびかせながらグローリアを睨みつける。しかも先ほどはそれほどでなかった殺気を迸らせ、重圧プレッシャーを与え続けている。


「貴様、二か月半前、ある男を切った事はあるか?」

「二か月半前だと」


 グローリアが重圧プレッシャーに負けじと、敵にフィオレンツが切られたであろう時期を問い質す。そして、何かを思い出したように話した。


「あぁ、そう言えば何か切り捨てた覚えがあるな。我等の内情を盗み見ようとした五匹ほどのネズミを退治したんったかな。あぁ、その中にお前の恋人か何かだったのか?」


 淡々と話す敵に、グローリアの怒りが沸点を超え今にも爆発しそうな勢いであった。剣を向けながら肩をワナワナと揺らし、グローリアも敵に殺気と言う重圧プレッシャーを浴びせる。

 今まではただ倒すべき敵であったが、今はフィオレンツの仇として倒すべき敵だと改める。


「違う、彼は結婚を控えていたんだ!!」


 グローリアは数歩の距離の敵に向かい地を蹴ると、一足飛びに間合いを詰め長剣を右から横なぎに一閃する。


 ”キンッ!”


 再度、グローリアと敵の剣が交差し、鍔と鍔が激しくやすりを掛ける如く”ギリギリ”と鈍い音が耳に届く。それに負けじとグローリアは左腕にも力を込めて敵を追いつめる。もう左腕など使えなくなっても良い、そこまでの気力を込めているのだ。

 敵も負けじと力を込めるが、先程の全身を襲った打撲により力を入れることが出来ずに押され気味となる。それでも、剣をずらし力を逃がすとグローリアとの距離を取り、長剣を振るう。グローリアの耳元で”ビュン”と風切音がすると、流れるような銀髪が宙を舞った。


「死ぬ覚悟の無い奴が騎士など片腹痛いわ!!」


 三度みたびグローリアの長剣が振られるが、今度は受けられもせず敵の目前を通り過ぎるだけであった。決定的な隙とは言えぬ僅かな隙が生み出され、敵の反撃を許してしまった。


 敵が振り上げた切っ先がグローリアの胴を捉え革鎧を抉るように切り裂き、鮮血を撒き散らす。だが、グローリアが一瞬だけ体を捻ると同時に、長剣を手放した事がた事がグローリアの命を救った。あのまま切られていればグローリアは今頃、長剣の切っ先が内臓にまで達し息せぬ骸と化していただろう。

 とは言え、グローリアは体こそ痛みを感じる程度の傷であったが、振られた切っ先が顔面を切り裂き、右の目元を縦に切り裂いていた。

 革鎧を切り裂いて切っ先の速度が鈍った事が幸いしたのか、頭骨を切り裂く事は無かった。


「ギャアァァーー!!」


 左肩を痛め、体を切り裂かれ、そして顔面までもが切り裂かれたグローリアは成す術もなく、そして痛みに耐え兼ね右目を押さえながら”ゴロゴロ”と、地をのたうつミミズの様に無様な格好で転がりまわっている。


 敵は疲れの為か、それとも痛みの為か、長剣を杖の様に地面に突き刺し、その身を支えながら、のたうつグローリアを憐れむような眼で見下ろす。そして、一歩ずつ足を動かし、グローリアの側まで寄ると止めを刺そうと剣を逆手に持つ。


「今度生まれ変わる時はもっと腕を磨くんだな」


 そして、グローリアに最後の一撃を振り下ろそうと剣を腕を高々と伸ばした時であった。


「ぎゃん!?」


 突然、敵の姿勢が崩れ痛み出す。


 それはグローリアが腰に差してあったナイフで、近づいた敵に最後に一矢報いろうとナイフを振り回したからであった。グローリアは全身の痛みと、右目を押さえている事からナイフを鞘から抜き我武者羅に振り回す事が最後に出来る攻撃だった。この場で命を失うのであれば、最後に一撃と思った結果である。

 我武者羅に振ったナイフが偶然たまたま鎧の継ぎ目、届く範囲である膝裏に刺さり、止めの一撃を偶然たまたま、防ぐ結果となった。




 二人の決着が痛み分け、--グローリアの方が重傷であるが--、となった所で後続の歩兵部隊がその場へ、やっとの事で到着した。


 先ずはと、歩兵達の数人がグローリアを助けるべく敵から引き離す様に救助し、血を流す顔面をグローリアが腰の鞄に納めていた緊急用の包帯でグルグル巻きにした。体を切られた傷はこの場で治すよりも、陣地へ引き返した後でも間に合いそうだと簡単な手当だけを行った。

 そして、足の裏を刺され、逃げようとした敵の女を数人の歩兵が取り囲み、後ろ手に縛り取り押さえたのである。


「グローリア殿、話せますが?」


 兵士の一人が”ウーウー”と唸り声をあげるグローリアに声を掛けるが、気絶する程の傷を負わされ、意識も混濁状態であったために返事を返す事も出来なかった。

 後は、全てが陣地へ戻ってからだと兵士達は考え、グローリアを数人がかりでゆっくりと持ち上げ、暗くなってゆく天を睨みながら足を進めるのであった。



※この回の結末はずいぶん悩みました、敵のファニーを殺してしまおうかと。

結果的に両人とも生きる事になったのですが……。

甘いですかね?

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