第三十九話 保身に続く謀(はかりごと)

「退いてくれ、退いてくれ!」


 赤々と燃え盛る太陽が地の果てに隠れ、篝火が解放軍の陣地を照らし始める時間になり、総大将のグローリアが荷車に乗せられ陣地へと帰ってきた。


 一度、エゼルバルドと合流したグローリアを運ぶ部隊だったが、担架も人を運べるほどの布も持っておらず、非常にゆるゆるとした進行速度で足を進めていた。

 その為、エゼルバルドが一度陣地へと戻り、荷車と二十程の兵士を連れ出して合流してからの帰還となった。


 すでにエゼルバルドの回復魔法ヒーリングにより傷は簡易的に塞がっているが、失った血液や体力を戻すには自力が必要であった。目を覚ますには相当な時間を要するだろう。

 グローリアを助け出すと同時に、捕虜にした敵の将は”ファニー”と名乗り、彼女もまた膝裏の傷を塞がれ、命を失う危機は脱していた。


 本陣の天幕に連れ戻ったグローリアはベッドに寝かされ、一定のリズムで胸を上下させて寝息を立てていた。


「それにしても、総大将が追いかけるとは思わなかったな……」

「ご無事で何よりでしたが……」


 ヴルフとヒポトリュロスの二人が揃って溜息を吐いて、安堵した表情を見せる。敵将二人なら逃がしても作戦上問題は無かったはずだが、何があってグローリアを動かしたのか、全くわからなかった。側にいたエゼルバルドも、追いかける必要性を感じないと声を掛けていたが、残った敵の五体を兵士だけに任せられないとその場に留まり、グローリアの代わりに指揮を執っていた。


「指揮官としての自覚が足りない事と、命令無視ってところかな?」

「作戦では敵将は討ち取らなくても良かったのですからね」

「とは言え、敵将を一人捕らえる事が出来たんじゃ、相殺して賞罰無し……で良いか?」

「私もそれに賛成ですね。彼女を失うのは、損失ですからね」


 作戦上は敵の化け物兵を討ち取った事で成功となったが、それ以上を求めたグローリアを罰しなければならない。これは将たる者でも同じで、守らなければ強兵には程遠い。だが、敵将を捕らえる事が出来た功績を考えれば、少し甘い罰則の解放軍であれば相殺が等しいだろう。


「ともかく、グローリアが起きてからだ。それと、今夜は夜襲が怖い。申し訳ないが見張りを増やしてくれ」

「敵将を取り戻しに来る可能性がありますか?」

「わからん。敵にどれだけ動かせる兵力が残って、あの者がどれだけ大事かにもよる。ワシの仲間をあの周りに待機させておく、とりあえずはそれで十分だろう」


 ”それでは早速手配いたします”とヒポトリュロスが答えると、天幕から颯爽と出て行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「何なのよ、この鎧は!!」


 数少ない女性の兵士、--補給部隊にいる数人をあわせても--、とアイリーンとヒルダは捕虜とした敵将ファニーの鎧を脱がせようと手を動かしていた。鎧の部位がそれぞれ繋がっており、順番に外さなければならぬ構造であり、四苦八苦していた。

 その中でもアイリーンは脱げない鎧に毒を吐きつつ、殺してしまおうかとも思ったが、周りの女兵士共が黙々と手を動かしている中ではその様な事も出来ず、ただ悶々としていた。


 鎧が脱がされると意外と華奢な体があらわになり、それを隠すために寒さに耐えうるだけの地味な外套が支給され、後ろ手に縛られたまま捕虜用の天幕へと入れられた。周りを木の策で囲まれ、一般の兵士用よりは少し大きめに作られている。

 中央よりやや奥に木の杭が地面に刺さり、そこにロープでつながれ逃げられない様にされている。


「さて、幾つか聞きたいことがあるので答えて欲しいのですが……」


 ヴルフよりメモを渡されたスイールが、敵将ファニーに質問を投げかける。本来であればヴルフやヒポトリュロスが望ましいのだが、グローリアが意識を失い、夜襲に備える必要があるので代理としてスイールに白羽の矢が立ったのだ。

 それにもう一つ、スイールが頼まれた理由はであるが、解放軍の兵士達は農民上がりで敵将ファニーを目の敵にして殺してやると意気込んでいる兵士が半分ほどいたのだ。その様な兵士達に任せられなかった事がもう一つの理由である。


「幾つか聞きたいことがありますが……と言っても答えてくれるかは微妙だと思います。答えてくれるとこちらとしてもありがたいのですがね」


 嫌味ったらしくスイールが声を掛けるが、ファニーは顔を横に向け、目を合わせずにいる。


「さて、アドネの街には今、どの位の兵士がいるのでしょうか?」

「……」

「あ、黙秘ですか、別に構いませんよ。大体の兵力はわかっていますから。我々の本体にと言いますが、川向うにですが、おおよそ千五百程出したと見ています。この陣から見えるのですよ、本体の戦場がね。そして、こちらに向けられたのがたった百です。あの化け物共しか出てこないと見れば守りに付いている兵士は少ないでしょうね。千でもいたら、その半数はこちらに向けていた事でしょう。ですので二千から二千五百の間、でしょうかね」


 すまし顔で黙秘をしていたファニーであったが、渡されたメモを見ながら告げた兵力が、的外れでない事で、彼女を焦らせ顔を強張らせていった。


「その顔を見るとだいたい合っていそうですね」


 と、メモに一筆記載し、次の質問に移った。


「そうしたら、兵士の配備状況ですが、そちらも話してくれませんかね?」

「話す訳が無いだろう」

「まぁ、当然でしょうかね」


 ”参ったなぁ”と呟きながら、ポリポリと頭をかく。


「あと数日でアドネの街も落ちるでしょうから、答えなくても良いそうですよ」


 ”その後は縛り首ですから”と、告げるとスイールはさっさと捕虜用の天幕から出て行ったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ファニーがスイールに尋問を受けていた頃、アドネの街に帰還したヴェラは、ミルカの下へと向かい膝を付いて出撃し敗北した事を謝罪していた。その姿は、敗戦の責任を取ろうと言うのか罪人の服を着込んでおり、いつ首を切られても良いとの覚悟でいたのだ。


「お前に責任を押し付けようとはしないから安心しろ。それより、ファニーが捕まったのが痛いな……」


 百体もの制式リザートテスター兵士を借りながら敵を殲滅する所か、逆に全ての兵士を失ってしまい責任を取ろうとしていたが、ミルカはそれ以上の言葉を告げなかった。この負け戦も同然な不利な戦いで一人の将を切り捨てる程ミルカは愚かでは無かった。

 もし、ヴェラが命令違反などで兵士を失っていたのなら、たとえ誰であってもミルカは許さずに腰の剣を振るっていた事だろう。

 それに加え、防壁から望遠鏡で眺めていた兵士からファニーが捕まったとの報告も受けており、手駒が不足しつつあると思わざるをえないのである。


「それにしてもだ、敵は火を用いた……。よもや弱点が漏れていた訳ではあるまいな?それに”血濡れ”がいた……か」


 ミルカは何故、リザードテスターは火に弱いのだろうかといつも思っていたが、よもや、戦場で大規模な炎を急激に発生させるとは考えていなかった。あのリザードテスターも実験体もそうだったが、火を恐れる。松明の火であっても、篝火であっても、そして、指先から発せられる生活魔法の小さな種火であっても、変わらなかった。

 実用化され、百体も作られた制式リザートテスターであったが、火を効果的に使われると途端に動きが鈍くなり、酷い時には命令を受け付けなくなる。


 実用化した後も幾度も弱点を克服させようとしたが、手掛かりをまったく掴めずに今まで来てしまったのだ。実用化されたとは言うが、実際の所、まだまだ実験段階であったのだ。


 ”血濡れ”が存在する部隊であれば、必然的に”神速の悪魔”の存在を考慮する必要があり、正面から戦えばどちらかに軍配が上がるかは決定的であった。


「ですが、弱点を敵が知っていれば、初手から火矢なり炎の魔法を使うなりして、効果的に撃退していたと考えます。たまたま、火を使った作戦を思い付き、焼こうとして実行に移しただけと思いますが」

「そうだな、初の出撃では敵は火矢を撃たなかったからな。弱点を知っていたのなら、二度目はありえなかったはずだ」


 目を瞑り、ヴェラの報告から今後の事を思い描くのだが、どうやっても勝てる見込みのない戦いが目の前で展開される光景しか脳裏に浮かばなかった。それに加えて、捕まったファニーも捨て置けないと考えれば、答えは一つしかないのだ。


「ところでヴェラよ、この戦いどう思うか?」


 ミルカは立ち上がり、今後の方針をどの様にするか決めるために、ヴェラの耳元で囁き心情を聞くのである。


「と、申しますと?」


 驚きの表情をもってミルカを見返すのだが、その口元だけを見ただけでも本気度が窺える。すぐにでもアドネの街は陥落し、解放軍の占領下に置かれてしまうだろうと見ているのだと。


「わ、私はあまり持たないと考えます」

「ほう、それは何故だ?」

「私の指揮が悪く、リザードテスター部隊を失った事が響くかと」


 なるほど、とミルカが呟く。


「確かにヴェラの言う事は一理あり、それは引き金になるだろう。明日か明後日にでも陥落するかもしれん。それでだ、作戦があるのだが……」


 ミルカはヴェラを呼び、彼女の耳元で囁きを始めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 すでに日付も変わっており、見張りの兵士以外は全てが寝静まっている。夜になり雲が天を覆い始め、特徴ある二つの月から人々を隠してしまっている。

 戦争中であるために街灯の類は全て消され、少しでも軍需物資を残そうと街灯の燃料も節約されている。


 その暗がりを白い灯りを頼りに一人の男が、隠れる様に気配を殺しながら街を歩いている。そして、一軒の建物へとたどり着くと裏口からゆっくりとその身を入れて行った。


 ここはアドネの街のとある酒場。表のドアはすでに閉められ、鎧戸も降ろされ中からの光は完全に漏れずにいた。

 店内には極力まで落とされたランタンの火で幾人かの屈強な人々がグラス片手にオレンジ色に輝く飲み物をあおっていた。


「おう、誰かと思ったらアンタか」


 この場所を知る者は少なく、入ってきた男もこの場所を知る数少ない一人であった。

 その男に向かって、丸テーブルに座っていた一人がグラスを持ち上げて挨拶する様に声を掛ける。そして、グラスを口元に近づけると、グイッと残っていた液体を喉へと流し込み、灼ける様な感触を楽しむ。


「なかなか時間が無くてな。オレにも一杯くれないか?」


 カウンターへと声を掛けると、直ぐにバーテンダーがグラスに入った液体を男の前へ音も立てずに置いた。


かんばしくないな」


 グラスを口に近づけ、チビチビと傾けると少しづつ口に流し込んで行く。目の前の男は貧乏くさいな、と茶化すが何時もの事だと無視して話を続ける。


「虎の子の部隊が全滅した」

「と、すれば時間の問題か……」

「ああ、その通りだ。何もしなくても陥落するが、防壁を壊される前に受け入れるべきであろう」


 チビチビと口に運んでいたが、急に”グイッ”と半分ほどを喉の奥に流し込み、燃える様な感覚を体が思い出し歓喜の悲鳴を上げる。もっと飲みたい所であるが、あと半分で終わりになると残念に感じる。


 南東門は敵の主力と対峙して膠着しているが、散発的な攻撃とは言え巨大投石機カタパルトがいつ防壁を打ち崩すか予断を許さない。それに加えて、南西門に出ていた虎の子の部隊、--リザードテスター部隊--が全滅してしまったのだ。芳しい訳が無い。


「それでどうする?」

「明日だな。俺は部下と共に防壁の上から敵を見張る。敵が攻めてきたら守衛の兵士を説得し開けさせ、街へと招き入れる」

「それだと罠と思うかもしれないぞ」


 グラスの淵を指でなぞりながら、”それなんだよな”と男はそれ以上の案を持ち合わせておらず、どうしたものかと考えあぐねる。


「それよりも、街に住む俺達も手伝えば早く終わらないか?」

「あぁ、それは頼もうとしていたんだ。さすがに俺の部下二十人だけじゃ足らんだろうな」

「後は旗を掲げるとか、それか、門が開いたらアンタが直接招き入れるとかどうだ?」


 男はカウンターに向かって”もう一杯”とグラスを掲げて、注文を入れる。

 すでに赤ら顔をしており、バーデンダーはそろそろ体に差し支えますよ、と言いつつもグラスをテーブルへと置く。


「その位だろうなぁ。それで、街の人の参加はどれだけできそうだ?」

「かなり……。たくさんと思ってくれ」


 来たばかりのグラスを一気に煽ると、大船に乗った気持ちで待ってろよと告げる。


「わかった。明日は期待しているぞ。おっと、俺達の部隊はお守りだと偽って黄色い布を左腕に巻くから、攻撃するんじゃないぞ」

「攻撃しない様に伝えるようにする。左腕に黄色だな」


 頼んだぞと最後に一言告げると、残っていた液体を全て飲み干し、裏のドアから出てい行くのであった。

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