第九話 アドネ南東、廃砦の戦い

「それでは先に出発する」

「上手くやれよ」


 構築中の陣地の入口で先行して出発するヴェラとファニーの隊を見送るミルカ。二人はミルカの一隊が搖動で攻めている隙を狙い、解放軍と称する農民共の砦を横から急襲する部隊として動くために先行するのだ。

 先行するのは大きく迂回をし、砦右の壁が崩れて見張りの少ない場所から突入する作戦のためだ。おおよそ一時間の先行で搖動の本隊が砦の前面に取り付けるとに睨んでいる。


 ミルカ率いるアドネ領軍は二千余り。そのうち百を補給部隊が占めているので、実質は千九百しか兵員はいない。その中でもヴェラとファニーが率いる別働隊は騎馬十五、とその後ろに乗る魔術師十五、そして混乱に乗じて砦の門を開ける軽歩兵二百の合計二百三十である。

 そして、ミルカの第二隊大将率いる搖動部隊は騎馬百三十五、軽歩兵五百、弓隊五百の千百三十五である。


 それだけで砦を落とそうとしているのだから、歴史家から見れば頭のねじが外れている、と言われるだろう。だが、正規の訓練を行い精鋭揃い、しかも武器も豊富にそろって士気も旺盛だ。

 それに対するは、蜂起したばかりの戦いも知らない農民の寄せ集め軍である。砦に籠っているからこそ陽動作戦を用いるが、だだっ広い野戦であれば作戦など無く、騎馬と歩兵部隊、そして弓隊があればすぐに決着がついてしまうだろう。




 ヴェラとファニーのアドネ領軍の別働隊が出発してから間もなく一時間経とうとするとき、ようやく、ミルカの搖動部隊が陣地を出発した。

 ヴェラとファニーの隊は大きく迂回して右側面へと出たが、ミルカの搖動部隊は正面の丘を左に迂回するだけとした。


「では、我々も出発する。早足で移動せよ!」


 馬にまたがり長槍ロングスピアを高々と掲げ、後ろに続く兵士たちに向かって檄を飛ばす。それに呼応し、続く兵士たちはやっと俺達の出番が来たとばかりに声を上げ、自らの士気を鼓舞したのであった。


 ミルカの騎馬を先頭に、早足の部隊は一斉に動き出し、砦の前へと姿を現したのであった。


 九月十二日の十時頃であった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「報告します。先ほど砦正面に、アドネ領軍の姿を捉えました」


 こちらはアドネ解放軍を名乗るアレクシス=ブールデ伯爵が率いる砦である。そして、今、大将室にいるアレクシス伯爵は第一報を思いがけない土産を貰ったかのような顔で聞き返したのだ。


「アドネ領軍が来ただと。いくらなんでも早すぎる、何かの間違いではないか?」

「いえ、確かです。アドネ領の旗印も見て取れました」


 アレクシス伯爵は自らの描いた想像とかけ離れた、アドネ領軍の対応速度に驚きながら、頭を働かせるのであった。

 実のところ、この砦に将と呼べるような者は少ない。アレクシス伯爵は領民の事を思うばかりに自らが領民を率いるべきと思っているが、戦いの経験はほとんど無いのが実情だ。

 他の拠点にも家名持ちの貴族はいるが、その誰もが戦いは苦手としている。


 尤も、この時代に大規模な戦争が起こらず、盗賊退治に少数の兵士を動かすに留まっていたである。


「仕方がない、弓に自信のある者達を優先して守備に就かせろ。矢の補給をさせるのも忘れるなよ」

「はっ、直ちに」


 アレクシス伯爵の対応は、戦いの知識を持ち合わせていない事を考えれば優秀であったと言えよう。それは相手が無能だった場合に限るのだが。

 相手はアドネ領軍、しかも常に鎧を着て戦っているミルカが指揮を執る精鋭部隊である。その相手が指揮官不在の、いや、烏合の衆の領民たちが敵うわけがないのだ。




 その最前線、砦の壁に位置する守備隊は百数十人規模で矢を構えてアドネ領軍を待ち構えている。敵の姿は守備隊の肉眼ではっきりと捉えられ、攻め手の数もしっかりと数えられるまでに近づいていた。


「たった千でどうかなると思うなよ。こっちは八千もいるんだ。ここを落としたかったら三万は用意するんだな!」


 将となる者達はいないが、現場で指揮を執る現場指揮官を多少置いている。この指揮する男も付け焼刃の兵法をかじっているために、攻め手の数が少なく侮っていた。

 よく、城を落とすなら三倍の兵力が必要、と言われるが、兵士の質が均衡している場合であると条件を付けるべきであろう。正規軍と寄せ集めの農民では質があまりにも違い過ぎたのだ。

 それを忘れて、戦争が成り立つほど甘くはない。


 アドネ領軍が砦の手前二百メートル付近で横一列に軽歩兵、弓兵と並び、その後ろに騎馬が”ポツリポツリ”と散開して並ぶ。

 そのうちの大将旗を掲げた兵士と供に一騎の将が前に出て叫びだした。


「アドネの領民に告げる。私はこの部隊を任されたミルカである。お前たちの行為はアドネの領主に逆らう行為である。今、戦いを止めて門を開いて、投降するのであれば命の保証をしよう。今までの財産も保障する。どうするかを十、数えるうちに決めるがいい」


 ミルカの叫びに動揺する砦守備隊。そして、砦の中でミルカの声を聴いた領民達にも動揺が走る。

 解放軍内は、死すら恐れずに解放軍に参加した者達もいるが、流されて参加した者も多い。死しても武器を離さず戦うと決意した者達は、それに断固反対するように叫ぶのだが、”どうしようか”と、悩み動揺する者達も多くいるのだ。

 だが、その動揺もアレクシス伯爵の言葉に消されるのである。


「何を巫山戯た事を言うのか!お前たちは忘れたのか?誰が税率を七割にまで上げた、誰が搾取した。それを考えてみろ。アドネの領主だろう。その、アドネの領主に従う犬を向けた来たアドネの領主が憎いだろう。お前達はアドネを良くするためにここにいるのだ、それを忘れるな!」


 アレクシス伯爵の叫びに耳を傾けた領民達はそれに歓喜し、声を上げて士気を高めていった。そして、勝てる算段の無いまま、アドネ領軍と解放軍はぶつかるのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「さて、時間だ。始めるとしよう」


 ミルカは突出した位置で掛け声を掛けると戦端がすぐに開かれた。


「手筈通り、攻撃開始だ」


 長槍ロングスピアを高々と上げ、自らの部隊に声を掛けると、軽歩兵と弓隊はゆっくりと前進を開始した。

 軽歩兵と言うが、身に着けている鎧が薄手だったり、守る場所が限られているだけだ。それに手には長槍と少し大きめの円形盾ラウンドシールドを装備しているため、攻撃力と防御力は共に申し分ない。


 そして、統率の取れたアドネ領軍は二秒間に一歩と遅い速度で砦に進み始めるが、解放軍との差がここでも出始めた。

 そう、まだ二百メートルも離れているのにもかかわらず、砦の守備隊は矢を放ち始めたのだ。腕の立つ弓使いが放てば二百メートル離れていても攻撃の手段として有用だ。だが、弓が得意な者達を優先的に配置した砦守備隊だったとは言っても、狩りが少し上手い程度であるので、ほとんどの矢は敵兵に届く前に地に落ち、攻撃にすらなっていなかった。


「酷いな、これは」


 ミルカが思わず溜息を吐くほどに解放軍の攻撃は酷かった。自分達が攻撃できる範囲を知りもせず、矢を消費するだけの攻撃に目をそらしたくなった。

 そんな攻撃を見かねたミルカは、搖動部隊の役割を果たすべく部隊の前進を止め、横一列に並んだ部隊の陣形を変え始めた。


 横に十人、縦に十人、合わせて百人の塊を五個、弓も同じく、百人の塊を五個、それぞれ縦に並べる。その五個の塊を矢じりの形の陣や、鶴翼の陣へと変えたりと矢の届かない場所で好き放題に並べなおしたりしていた。

 その最中でも砦からは矢が雨のように降り注ぐが、一本も届きはしない。


 その行動が三十分も続く頃には砦の守備隊の集中力も切れ、そしてアドネ領軍が攻め込んでこないとの油断もあり、守備隊の気持ちに隙が生まれ始めて行った。


 その時である。アドネ領軍の別働隊が動き、砦の崩れかけた場所へと魔術師を後ろに乗せた騎馬十五騎と軽歩兵二百が殺到したのだ。

 まず、機動力に勝る騎馬隊が砦に殺到、移動中に魔力の集中を終えた魔術師が崩れかけた壁に向かい一斉に攻撃魔法を放った。火の球を出す簡単な魔法であるが、魔力を集中した時間が長く、そして、十五人の魔術師が一点に集中して攻撃をかけたため崩れかけた壁はその一撃を受けて大きく崩れ、砦の内部に続くように大きく破壊されたのである。


 ”ドカン!”と耳をつんざく音と共に、崩れた壁を確認すると、ヴェラは魔術師の乗った騎馬隊を、ファニーは馬を下りて軽歩兵隊をそれぞれ率い、目標に向けて動き出した。


 ヴェラの魔術師を乗せた騎馬隊は砦の内部に侵入、速力と魔術師の力を使い、内部から火を放ち始め、食糧貯蔵庫を探しに走り回る事になる。

 ファニー率いる歩兵隊は、壁の上部に上り砦の守備隊を駆逐するために全力で疾走する。




 砦の右手方向に新たな動きを見たミルカは、別働隊の作戦が上手く進んだことを察知し、歩兵は前面に出し楔形の陣へ、その後ろに弓隊を配置し、横五列の方陣へと素早く陣形を組み替えた。その行動は見事で一瞬のうちに思い描く陣形へと切り替わり、頃合いを見てミルカは前進の命令を出す。


 砦の壁の高さはわずか三メートルしかなく、人数をかけるのであれば正面からでもあっという間に登ってしまえるだろう。だが、今は右方向から長槍を構えて壁の上を全力で走る味方がその目に入ってくる。


 正面から迫る敵兵と左から突撃してくる敵の歩兵による攻撃に、守備隊はまともな命令を受けられず、好き勝手に攻撃を始めた。

 浮足立った攻撃など、正規の訓練を受けているアドネの兵士には広い草原を行くようなものであった。砦の守備隊はあっという間にすべてが蹴散らされ砦から放たれる矢は一本も無くなった。


 そして、砦を頑強に守っていた門戸はアドネ領軍の手により開け放たれ、アドネ領軍の侵入を許すのであった。

 搖動部隊として率いていたミルカの部隊は、この時点で主力部隊へと切り替わり、砦の内部で暴れまわる事になる。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「部隊を纏めろ、それぞれ武器を持って反撃するのだ」


 アレクシス伯爵が声を上げ、逃げ惑う領民達に声を掛けるが、浮足立った素人軍を立て直すことは容易ではなかった。アレクシス伯爵も同じように砦の後方へ後方へと、供を連れて逃げ出す事だけが今、出来ることであった。


 そのうちに何処からか火の手が上がると、その一角は天をも焦がす大火となり、砦の何処からでも見えるまでになった。その場所は砦にいた者なら誰でもわかる場所であり、戦の要となる食糧貯蔵所であった。


 現代の戦ではいざ知らず、戦うためには食糧と武器が必要となる。そして、もう一つ重要なのが将の存在である。

 アレクシス伯爵が大将を務めていたが、それ以外の現場を指揮する将がいなかったために簡単に別働隊の接近と攻撃を許してしまったのだ。その別働隊が砦内部に侵入し、食糧貯蔵庫を突き止められ、魔術師の攻撃にさらされたのだ。


 ここまでされればアレクシス伯爵もこの砦を放棄し逃げ出すしかないと、命令をする事も出来ずにアドネの街と逆に位置する南西の門から逃げ出すしかなかった。砦内にいる領民も同じで、我先にと南西の門に殺到する。


 ほぼ最初に砦の外に出ることが出来たアレクシス伯爵は、砦から少し離れた場所で砦を見守るが、門から出て来る領民は多くなかった。狭い門に殺到する数千の領民を、追いかけてきたアドネ領軍が追撃し、かなりの人数を打ち取っていた。


 逃げ惑う領民、そこに攻撃を仕掛けるアドネ領軍、兵士達も好き好んで領民達を死に追いやりたくはないが、命令を受ければ、のんびりとした日常を取り戻すためにと、手を動かし続けた。


 ある領民は槍に突かれ、ある領民は矢に貫かれ、そしてある領民は魔法によって焼かれた。そんな領民が数千出る頃、動く者が見えなくなると戦いは終結した。




 攻め手のアドネ領軍は怪我人こそ幾らか出たが、致命傷を負った兵士は皆無で無傷の勝利と言ってもよかった。それに対する解放軍は半数近くの四千人余りが致命傷か命を落とし、そして、その場から逃げ出した者達を含めれは六千人余りの領民が、この場から姿を消し、砦に貯蔵してあった食糧の殆どを焼かれてしまった。


 少し離れた小高い丘の上で待つアレクシス伯爵の元へは、わずか二千人弱が合流したに過ぎず、初手から手痛い敗北を期してしまった。これを立て直すには骨が折れそうだと、逃げてきた領民を纏めると、他の拠点へと進み始めた。


 アレクシス伯爵が次の拠点へ着くまでに敗北の原因を思い出そうとするが、なぜあれだけの人数がいた砦を数時間で落とされたのか彼の頭では考えが及ばなかった。

 尤も、アレクシス伯爵が前線で指揮を執っていたとしても、おそらくだが同じ時間で敗北していたことだけは確かであろう。何にしろ領民を兵士として訓練する時間も、役割を決める時間も、そして部隊を指揮する将を用意する事もすべてができておらず、必然的な敗北であった。


 そして、アレクシス伯爵率いる敗走軍は南東へ進路を取り、川沿いに出て南下する街道をたどるのであった。




※訓練してない烏合の衆なら、こんなもんでしょうか?

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