第八話 一方、後方に残った騎士団では

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「あの、じゃじゃ馬娘め、何をやっているのか!」


 自由商業都市ノルエガにある大聖堂の一角に設けられている、アーラス神聖教国から出向している教国騎士団の事務所で、その団長ルイスは声を上げて毒づいていた。悩みの種は幾らでもあるのだが、今回の種は発芽し、天まで届くほどに成長しきって手の届かぬ場所にあった。


 ルイスの言うとはアーラス神聖教国北部へ偵察に出した、ヴルフ達に付いて行かせたグローリアの事である。手紙と称した報告書を見れば、現地で起こっている事が詳細に書かれているが、それにつられて自分も参加するとあった。

 ルイスとしては、参加せずにさっさと戻って来て次の任務に就いて欲しいとの思いが勝っていた。だが今は、帰ってきたら思い切り雷を落とすことにしようと気持ちを切り替えた。


 グローリアからの報告では、アドネ領をめぐって領民たちの反乱が起こるとあった。それに懸念する事は幾つかあるが、先ず、領民軍は苦戦を強いられる事だ。

 領民への重税を課しているのであれば聖都で正す問題であるが、それよりも先に領民の蜂起が起きてしまえば、正す事が出来ずに内乱に発展する。今では内乱が起こる事が確実となってしまったので聖都へは軍の派遣を依頼しなければならない。


 それに加えて、内乱となれば他国が国境を侵し侵攻する危険もある。今いるルカンヌ共和国はルイスで抑える事が出来るはずだが、北部のベルグホルム連合公国と東の【アルバルト国】へは使者を送らなくてはならないだろうと考える。だが、単独で使者を送るなど出来ようもなく、聖都の指示を待たなくてはならない。


「はぁ、何でこう、厄介な仕事が舞い込んでくるのか……」

「団長、お疲れ様です」


 ”カチャリ”と紅茶の入ったカップを机に置き、声を掛けて来たリオネロ副団長を見上げながら溜息を吐くルイス団長。だが、その目に止まったリオネロ副団長の持つ書類がさらに追い打ちをかける様にルイスの気持ちを下げるのであった。


「お前まで仕事で死ねと言いたいのか?」

「私の仕事は団長補佐ですから、そんな事は言いませんよ」

「ふん、何を今さら……」


 そう言いながらもルイスは渡された書類に目を通すと、驚くような顔でリオネロを見上げた。

 それもそのはずで、これからルイスが文書を作成し、聖都へと送る伝令の兵に持たせる書類が出来上がっていたのだ、それも二通。さらに、このルカンヌ共和国宛の書類も出来上がっていた。その文章は見た限り不備など無く、後は団長のサインを記入すれば完成であった。


「ですから、私は団長の補佐なのですよ」


 にっこりと笑うリオネロが、今日は頼もしく思える。剣の腕は騎士団の中では下位から数えた方が早いが、書類作成や事務仕事、作戦考案等、頭を使う事に関しては騎士団の中で、彼の右に出る者はいない程であった。

 さらに言えば年季が違った。武の力でなる団長は数年で変わるのだが、副団長は団長が何回変わってもそのままであったりする。彼の年齢も五十歳近くだが、今だに現役なのは頭が下がるとルイスは常々思っているのだ。


 早速、リオネロが作成した書類にサインを記入し、封筒へ入れて蝋で封印を施す。聖都行きの二通と、ルカンヌ共和国の代表へ提出するための一通だ。

 早速ルカンヌ共和国の代表を訪問するかと窓の外を見るが、すでに星の見える夜となっていたため、この時間では訪問しても面会も出来ずにとんぼ返りであると予想し、次の日へ持ち越す事にした。


 だが、聖都へ送る二通については明朝に出発させねばならぬと伝令を呼び、その者達に託すことにした。ここから聖都へ向かうには船で向かう海路か、馬で向かう陸路があるが、現状で海路を使う事が出来ず、陸路で向かう事になる。そして、重要事項であるために二通を別々のルートで向かわせるのだ。

 戦争になりうる情報を一通だけ送り、途中で別の勢力に拿捕され、間違った情報にすり替わる恐れを防ぐ役割を持っている。


 そして、団長ルイスとしての業務が無事に終了すると、ベッドへと入り込み夢の中へと旅立つのであった。




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 教国騎士団団長ルイスの朝は早い。


 いつも通りに目が覚めるが日はまだ昇らず、暗い中をベッドから勢いよく飛び出す。九月の中旬に差し掛かろうとする頃、過ごしやすくなる季節であるが、まだまだ寝苦しい日が続く。ノルエガは海沿いにあり幾分か涼しいが、それでも寝不足になる団員も多い。

 ルイスはいつもいつも、”寝るのも騎士の仕事だ”と口を酸っぱくして団員に話しかけている事もあり、多少の暑さでは寝不足になる事も無い。ただ、熟睡している時間は団員よりも少ないと指摘されている事もあるが。


 そして、真っ先に着替えを済ませると、広場に出て剣を振るうのである。日が出るまでの三十分ほどであるが、太陽が顔を出す頃には、汗が太陽の光を反射し”キラキラ”と光らせてしまうのだ。その姿を見た団員は、眩しすぎると目を覆ってしまうのだ。


 汗でびっしょりになった服を着替え、体を拭いて一段落すると朝食の時間となる。朝食は団員とのコミュニケーションの時間であると、一緒の食堂で食べている。メニューも同じである。たまに若い団員から言われる事がある。


「団長がいると緊張して味がわからない」


 嫌われない為に、週に一回か二回は別の部屋で食べる事にしている。これも団員からの要望なので仕方がないといつも残念に思っている。


 朝食が終わると団員たちは訓練をするが、ルイスは書類整理の時間に当てられてしまっている。仕方ないと部屋にこもり執務机に向かうのだが、いつもここで眠気が襲ってくる。


「う~む、やはり眠い。少し寝る……スゥ……」


 ルイスの特技にもなっているのか、言葉を発している最中に寝てしまうのだ。書類整理が苦手と意識しているのもあるのだが。

 寝て数十秒経つとそこへ副団長のリオネロが団長を起こしに部屋に入って来て頭に軽く手刀を当てて起こすのが、よく見られる光景だ。


 ここまでがいつものパターンとして定着しており、誰も不思議がることは無くなっていた。

 そして、この日はルカンヌ共和国の代表を訪ねる必要があり、当日に処理をしておく必要のある数十通の書類整理を終えた後、正装をしてリオネロ副団長と共に馬車に乗り出掛けるのであった。


 石畳を走る馬車は、一定のリズムを刻みながらノルエガ共和国の代表の住む邸宅まで快調に走って行く。丁度お店が開く時間帯であることから人々の姿がちらほらと見え始め、馬車の行く手を阻む者も出始める。だが、馬車の通りも少ない事から、その者達は事前に進路から退く事で馬車の速度を緩めずに済んでいた。


 十分ほど走り、代表の邸宅へ到着すると、鉄のやじりを付けた長槍ロングスピアを肩に担ぎ、来る者に睨みを効かせた門番が馬車を出迎える。厳つい体つきの二人組はルイス達の身分を確認すると門を開け、邸宅へと進ませる。

 邸宅の玄関前に馬車を付け、執事に緊急で訪問した事を詫びながら馬車を下りる。


「これは教国騎士団、ルイス殿。良くお越しいただきました」

「朝早くからの訪問、失礼する。緊急事態に付き早速だが代表と面会したいのだが」

「それでは代表へ聞いてまいりますので、しばらくそちらの部屋でお待ちください」

「うむ」


 ルイス達は玄関横の待合室に通されると、執事は顔の表情一つ変えずに礼をして邸宅の奥へと消えて行った。残されたルイス達の前にはメイド服を着た女性が飲み物を用意している姿も見えるが、彼女も表情一つ変えずに淡々と仕事をこなしていた。


 メイドも気を利かせてアルコールの入っていない、赤い葡萄ジュースをすすめてきた。そして、飲み物を口に運んでいると執事が戻り、代表の時間が空いたのでと邸宅の奥へとルイス達を案内する。


 案内された部屋にはルカンヌ共和国の代表が執務机に向かい、何やら難しい顔をして書類を睨んでいた。それでも気配を感じたのか、ルイスが部屋に入った所で書類を机に仕舞い、ルイスへ顔を向けたのだ。


「おお、急ぎの用で教国騎士団の団長自らがお越しとは恐れ多い。そちらのソファーにでも座ってくだされ」


 ルカンヌ共和国の代表【モーリス】は執務机からソファーへと移り、執事へ飲み物を用意する様に伝える。モーリスが座ると同時にルイスもその対面に座り、副団長のリオネロがソファーの後ろに立ち、念のための護衛をする。

 元々モーリスはノルエガの一市民であるため、剣を振る事などしないのでルイスに敵う訳が無いのだが。


「それでルイス殿、直々のお話とは一体どのような事でしょうか?」


 膝の上に肘を置いて頬杖をつき、前のめりになりながらルイスに話を振る。そのルイスもあまり大声で話す事ではないと同じように、前のめりに体を出しながら難しい表情で話し出すした。


「我が国の事で申し訳ないが、北部で反乱が起きつつある。我が国との国境付近の警戒をお願いしたい。我が国から攻め込む事は無いだろうが、ノーランドへ多少の兵を置いてくれれば幸いだ」


 兵士の移動、もしくは兵士の臨時招集を要望すると、モーリスに伝える。

 モーリスへの要望は、この日出発した伝令に持たせた封書に一応だが記載をしてある。地理的にノーランドの街はアーラス神聖教国との国境に接しているため、そこが一番に攻撃を受けやすい。

 とはいえ、今回は北部地方の反乱となるので他国への侵攻は考えなくても良いが、念のため伝えたのだ。まぁ、ルイスとしては難民がノーランドへ流れついた際に早めに対処して貰いたいとの打算もあった。


「なるほど、そちらの内乱って事ですか」

「恥ずかしい事にそうなりますな」


 ノルエガでも密偵を放っているので、アーラス神聖教国の北部地域で良からぬことが起こっているとすでに知っていた。だが、ここは知らぬ存ぜぬで通し、情報収集能力を露にすることを避けた。


「我が国は民主議会制の国なので私の一存では決めかねます。ですが、議会を緊急に招集し、ノーランドの守備の強化を提出することにしよう」

「感謝申し上げる」


 ソファーに座りながらだがルイスは下げなくてもいい頭を下げた。ここで頭を下げておけば聖都からの使者が派遣された時に少しは考慮してくれるだろうとの打算が働いたのだ。


「そちらの要請ですので、後は教皇からの使者が見えた時に兵を動かした保証をしてもらう事にしましょう」

「是非、そうしてください」


 あまりにも簡単にモーリスとの会談が終わってしまったので、ルイス達が立ち上がって帰ろうかとしたところへ執事が飲み物を運んできたのであった。

 市民出身のモーリスが、飲み物が勿体ないので是非とも飲んでくれと勧めて来たので仕方ないとばかりにグイッと一気に飲み干した。


「それでは、失礼する」


 ルイスとリオネロは軽く礼をするとモーリスのいる部屋から外へ出て、玄関から馬車へと乗り込むのであった。

 そして、馬車がルカンヌ共和国の代表邸から外に出ると二人は今後の話だと馬車の中で打ち合わせをするのであった。


「今後の事だが、我々の部隊をノーランドに移すが大丈夫か?」


 教国騎士団の人員は聖都にいる人員を含めれば千名程であるが、ノルエガに駐留している人数は四十名強である。この人数で戦地に向かっても悪戯に死ぬだけであるが、騎士団や他の部隊と合流するとなればノーランドに兵を進めておけばスムーズに事は運ぶだろう。”兵は拙速を尊ぶ”と言うとある書物に書かれているとルイスは告げる。


「準備に二、三日でしょうか。船はどうしますか?」

「ノーランドに移動したいが……」


 船の操舵手は乗せているが、帆を張る水夫は騎士団が変わりを務めているので騎士団だけで移動をすれば船はこの場に留めておくしかない。だが、それよりも問題があったのだ。


「団長、ノーランドの港には船を係留する空きは無いと思われます」

「それなら仕方ないか。一度、聖都に戻るか?」

「それはしない方が良いかと。少しでも早く動ける人員は必要でしょうから」

「仕方ない、騎士団だけで移動する事にしよう。船の移動は聖都に連絡して人を寄こしてもらおう」


 騎士団の移動を決めた二人を乗せた馬車は数分後に大聖堂へと到着した。そこから騎士団の団員へ移動する事を告げた。そして、三日後に教国騎士団は船以外の武装を全てノーランドへ移動させるために、出発したのである。




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「ふむ、見張りも碌に出来ぬとは解放軍と名ばかりの農民の集団であったか」


 教国騎士団の団長のルイスと副団長のリオネロが馬車の中で部隊の移動を決めていた翌日、アドネ領軍の第二隊、二千が、解放軍が立て籠もる砦跡を肉眼で見えるまでに迫っていた。時間はまだ早朝と言える時間であるが、天気も良く絶好の攻撃日和であった。

 少しだけ山林が目の前に広がり、二千の部隊を砦跡からの視界を遮っていた。さらに部隊を展開する広さもある為、陣を作るにはもってこいの場所であった。


 砦跡と言われるだけあり、壁が所々朽ち果てており少し攻撃を加えれば崩れ去り、その場所から中へと侵入が容易であると見える。


「どうする、陣を作っている間に一当てして見るか?」


 偵察を終え、得た情報を元に攻撃を慣行するかを二人の部下に問て見る。


「敵はまだ我々に気付いていないのであれば、そのまま攻め落としてしまっても良いかと」

「私もそれに賛成です。魔術師を十人ほど投入して、崩れかけている壁に魔法を集中させれば、砦と言えでも陥落はすぐにできましょう」


 二人の意見は思っていた事と近いと感じ、少し休んだ後に攻撃を実施する事を決めた。


「よし、二人の意見を採用しよう。騎馬隊の十五騎を別動隊として魔術師を乗せて攻めるぞ。残りの騎馬隊は陽動だ。歩兵を七百と弓隊を参加させろ。残りは陣地の構築だ」


 アドネ領軍、第二隊の大将ミルカは次々と指示を出し始め、戦準備を進めるのであった。

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