第二十三話 とある領主の悪巧み

 ノルエガの街中で、ヒュドラの素材を使った剣と盾のセットがオークションに出品されると話題になってから十日余り後の事である。ルカンヌ共和とアーラス神聖教国の国境から馬で東へ向かい、二日余りの距離の侯爵領にもその話題が届き、手の届かぬ商品であるが、珍しい商品に商売人達は騒然となっていた。

 その噂は領主である侯爵の下にも届き、領主の館でも届いた当日は噂で騒然となっていた。


「ところで、ヒュドラの素材で作られた武器と防具とは本当なのだな?」


 侯爵自らが執務室に顔を出した部下達に問いただしていた。執務室自体は貴族として一般的な広さを持ち、壁も装飾品も豪華すぎない。部屋の四隅に置かれた調度品も自らが身に着ける鎧や剣、そして、よくわからない前衛的な形の花瓶に生けられた花など、これも特筆するほどでも無かった。

 だが、侯爵自信は、噂のヒュドラの武器と防具に至っては、手に入れるための執念が違う方向に向いている程であった。

 そして、目の前にいる執事風の男が口を開き説明を始める。


「はい、ご主人様。その噂は本当の様でございます。ノルエガの鍛冶師、ダニエルが作り上げた剣と盾で、オークションの最低入札価格は白金貨にして五枚となります」


 白金貨五枚。この領地で年間に入ってくる収入の数パーセントだ。もちろん、払えない金額では無いが、これは最低入札価格である。競えば白金貨十枚は超してしまう可能性も捨てきれない。そうなれば領地経営などおぼつかなくなるだろう。

 それにこの侯爵領ではある計画が数年にわたって実施されており、白金貨五枚を捻出するには他の通常予算を削るしかない状態なのだ。

 さらに言えばここ数年は通常よりも税率を上げており、住民からの突き上げが厳しく何とかなだめている状態なのである。


「それにしてもヒュドラを倒した者が出たこと自体が素晴らしいな。”ヒュドラ喰い”とでも名乗れば良かろうにな。その者達も我の下に欲しいな」


 侯爵はその計画を実行するための人材を求めている。特に腕に自信のある部下は幾らでも欲しかった。その筆頭が部屋の隅でだるそうな眼で話を見守っている男である。

 そんな物には興味ないと、話にも参加をして来なかったが、ヒュドラを倒した者と話を振られた途端、怠そうな眼は急激に力を取り戻し、鋭く吊り上がった眼から見える光は側にいる者を震わせていた。


「”ヒュドラ食い”ですか、一度勝負してみたいものですな。真剣にどちらが生き残るのか、この剣を持って」


 背中に担ぐ、両手持ちの大剣の柄に手を添えて、目の前にいる侯爵に大声をあげる。担ぐ剣はエゼルバルドが持つ両手剣よりも大きく、刃渡りは一メートル五十センチもある。

 大柄な両手剣を振り、駆け回る男の姿を見れば、味方であれば頼もしく思い、敵であれば逃げ出すだろう。

 自慢の両手剣を以てすれば、ヒュドラの素材を使った盾でいかように防がれようとも、その向こうにいる生身の人間を吹き飛ばし、死に至らしめる事は簡単であると思っていた。その為にヒュドラ素材を使った盾が存在しても執着心は無いのだ。


「ところで、ご主人様。そのダニエルと言う鍛冶師は、実験体の鎧を作り上げた本人で御座います。直接接触すれば、こちらの存在が知られてしまうので拙いと思われます」

「あの鎧を作った鍛冶師?……おおぉ、我の勧誘を断ったあの男か。操られていたと思ったらそうではなかったヤツだな、思い出したぞ。スラム街に引っ込んだと報告を受けていたからすっかりと忘れておったわ」


 侯爵にはダニエルに煮え湯を飲まされたと、認識が記憶からよみがえる。そんな男はこの世から消し去りたいと一瞬、考えてしまっていた。

 作った品物は裏切らないが、人は裏切る、と。その最たる物が手に入れたお金様であろうと思うのは貴族だからかこの男の性質なのか、はたまた守銭奴なのかはわからないが。


「それよりもだ。その剣と盾を手に入れる事は出来そうか?オークションで落札できれば良いが、そもそもそちらに割けるだけの金は無いだろう」


 この男の欲望は果てしなく、いかに手に入れるかを思案するのであった。この男に長年使える執事の男も主の役に立ちたいと思案を巡らすのであるが、至った考えは単純明快であった。


「やはり私では一般的な事しか思いつかなく申し訳ございません。恐らくですが、我が主と同じ事を考えていると感じます」

「同じとなればオークションの前に奪ってしまう、か。その奪うにしても、地上に姿を現すのはよっぽどのことが無いと難しい。すでに地下の保管庫に収まっているだろう。戦争でも起こすか?」


 この侯爵も短絡にしか考えない様で、武力一辺倒な考えであった。その為に現在進めている計画も武力頼りになっているのだが。

 こんな事もあろうかと、別の部屋に待機させている”使いにくい客”を呼ぶべく、ベルを持ち、けたたましく”リンリン”と鳴らすのであった。


「お呼びでございましょうか?」


 執務室のドアが開き、メイドの格好をした黄色の髪をした女性が姿を現す。控えめに頭を下げるその姿は侯爵のお気に入りでもある。


「うむ、”エス”をここへ」

「畏まりました」


 再度、一礼をして女性が執務室から出て行く。その数分後に黒ずくめの外套を羽織った男が侯爵の前に姿を現し、雇い主の前で片膝を付いて畏まった。


「お呼びでしょうか?」

「うむ、呼んですまぬの」


 大金を使って雇っているとは言え、一歩間違えば制御できぬ怖い相手である。恐らく、ここにいる両手剣を担いでいる男でも、侯爵を守って戦えば良くて相討ちの相手で有ると考えれば、黒ずくめの男には下手に出た方が良いだろうと思っている。あまりに無茶な命令をしなければ、手駒の様に動いてくれるのでありがたい存在でもある。


「一つ尋ねたい事があってな。お主はオークションに出品中のヒュドラの素材を使った剣と盾を持ってこれるか?」


 漠然とした質問を投げかけられ、”エス”は少し考えてから雇い主である侯爵に答える。それはあまりにも漠然とした質問に、漠然とした答えであった。


「無理と言えば無理ですし、可能と言えば可能です」


 そこにいる全ての人が、不思議な顔をして”エス”の顔を覗き込む。それも当然であろう、出来ると出来ないの両方が答えとして両方が出されたのである。

 普通の人であればどちらかの回答をするだけである。何故なのかと侯爵の疑問の顔に答えるように”エス”は続けた。


「その様な難しい顔をしないで頂きたい。まず、俺一人で期限を決められ、人も殺さずとなればこれはまず無理である事は疑いようがない。ノルエガのオークション会場にある保管庫に入るのは厳しい。もし、期限を決めずに、オークション後に落札者から奪うのであればこれは俺でも可能だ」

「オークション終了となれば来年ではないか。それではあまりにも遅い、遅すぎる」


 侯爵の頬が赤くふくれ、執事に八つ当たりを掛けようと立ち上がり掛けたが、それより早く”エス”が侯爵の行動を遮るように言葉を続ける。


「でしょうね。これはあくまでも俺一人や安全に事を運ぶ算段を取った時だ。リスクが少ない手段と思ってくれ」


 ”エス”は雇い主の侯爵に無けてさらに口を開いた。まだ話しの途中であったかと侯爵は椅子に座り直す。


「要は、俺達の組織の力を使いたいのであれば、それなりの依頼と金を提示する事だ。当然、侵入する凄腕もいるし、俺よりももっと腕の立つ者も中にはいる。だが、その力を使いたければ俺達を雇うだけの金を提示する事になるだろう」


 その口調は”エス”の任務の中では達成できない。必ず成功させるのであれば今以上の金を支払えと言っているのだ。それは当然でもあった。”エス”に対する依頼も追加で発生するのであれば金を請求されるし、もっと凄腕を雇うのであればそれ以上の金が必要になる。


「期限を決め、盗み出すのであれば俺に伝えてくれ。いつでも組織に連絡を付けるさ。俺はお前から依頼された任務があるのでこれで失礼する」


 ”エス”は雇い主の侯爵を一瞥すると、礼もせず、さっさと部屋から出て行った。そして部屋に残った男達は”ふぅっ”と息を吐きだし、”エス”の憎たらしい顔を思い出した。


「何が”黒の霧殺士”だ。足元ばかり見おってからに!!」


 侯爵は金がさらに必要になるとわかると、毒づくしかなかった。だが、その金を支払ったとしてもオークションの最低金額よりも少ない事である為、背に腹は代えられないと依頼すると決めていた。だが、先ほどの”エス”の言葉を思い出せば素直に応じる事は出来なかった。


「くそっ!もっと金さえあれば上手く行くはずだったのに。これも帝国があんな所で大敗するからだ!」


 住民からは増税してまで金を巻き上げ、帝国にこっそりと協力し、そこからも金を頂く。それに、もう一つの金の流れを断ち切られ、侯爵領の財政は急激に悪化していた。

 あとは国からの支援金を当てにするしかないが、今年はもう使い方を決めてしまっているために他に回す事が出来ずにいる。新しく産業を興す事も、今のところ不可能であるために、八方塞がりとなってしまっていた。


「帝国には世話になりましたからそれほど悪く言われるのはどうかと……」

「五月蠅い!!」


 執事が口から出した言葉を途中で遮る。その口五月蠅く言われている事は耳にタコが出来る程言われて寒気がするのだ。だが、それを遮った所で、事態が好転する訳もなく、ただ悪戯に時が過ぎるだけであった。


「”エス”に頼まずミルカ、お主の部隊に頼みたいが、無理か?」

「無理です。私の部隊は戦いに特化しています。それともノルエガに戦争でも吹っ掛ける気ですか?」


 巨大な両手剣を背中に担いだ男、ミルカに間髪入れずに拒否をされた。それ以上、侯爵はミルカに強い事を言えずに黙り込んでしまう。それでも侯爵は考える事を止めなかった。


(何か、何か手はあるはずだ。あの帝国が幾つも手を打ってたように……)


 侯爵は帝国からの支援の事を初めから思い出していた。


(計画ではスフミ王国を攻めるのに後方、つまりはルカンヌ共和国から攻め込まれる二正面作戦を嫌った計画であったな。その為にルカンヌ共和国の後方、つまりは我のいるアーラス神聖教国を乗っ取る計画もあった。それに協力していたのだな、我は。我の地で教会は言うがままに動くようになり、戦力もぼちぼち揃ってきた。麻薬の販売も上手く行っていた。それが帝国が負けてからどうだ、これっぽっちも上手く行かない。麻薬の販売もだ……ん?そうか!)


 ここで侯爵は一つのひらめきから目を輝かせ、執事に向かって叫び声を上げる。


「そうだ、一つ手があったぞ。教会の司教を今すぐに呼べ、大至急だ。ミルカは屋敷で待機だ」

「畏まりました、ご主人様」

「私は待機か。では、休ませてもらう」


 執務室から司教を呼びに行くために執事は飛び出し、護衛任務を兼任する両手剣を背中に担いだミルカも執務室から退出していった。

 いま、部屋に中に残ったのは侯爵ただ一人である。先ほど思い付いた計画に思いをはせながら一人顔をにやけさせて成功する道筋を夢見るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 執事が教会の司教を呼びに出てすでに数時間。昼食を済ませ天に上る太陽はすでに折り返しを済ませ、少しだが傾き始めていた。もう八月に入ろうとしているこの時期であり、部屋は相当な高温になってしまう。街の側に河が流れているが、恩恵は侯爵の屋敷では受けられない。それもそのはずで、街の中央に位置する屋敷には、街をぐるっと覆っている城壁と屋敷の塀に阻まれるので風通しが悪いのだ。庭に木々を植える事で直射日光と熱い風をしのいでいるが、風が通らぬのはさすがにきつかった。


 そんな中、待ちくたびれた侯爵の元へ教会の司教が、”そんな服”を着込んで暑くないのかと思うような恰好で姿を現す。


「全く、いつもいつも暑苦しい。その恰好は何とかならないのか?」

「折角出向いたというのに、会った早々にその言葉か。それは街の領主としていかがなものかと思われますが?」

「その口、塞いでやろうか?」

「いえ、遠慮しよう」


 領主である侯爵と教会の司教との地位の違いは、二人の態度や口調でおおよそ見当がつくが、二人の口調は旧知の仲と言わんばかりの憎まれ口の応酬であった。外から見れば同等な仲と思われても仕方がないであろう。


「まあいい。それで頼まれてくれんか?」

「嫌です……とも言える状況でなさそうですね。一応、話だけでも聞きましょうか」

「すまんな」


 午前中の侯爵の態度とは異なり、低姿勢で話を持ちかける。この司教は部下ではなく、古くからの協力者としてここにいるだけあり、金で動く”黒の霧殺士”やミルカの様な部下とも違っていたのだ。二人の目標が一致している事もあり、同等の立場を取らざるを得ない数少ない者なのだ。


 そこで現状の計画進行状況と立場をまず説明する。計画はすでに最終段階にあるのだが、いかんせん金が足りず、税収で賄っているが、市民からの突き上げが厳しくこれ以上税率を上げる事は不可能。その他にも、存在していた収入は帝国が戦争で負けた段階で瓦解した。

 目の前の司教にもルート開拓を委託し収入を得ていたが、それも露見し、今は機能していない。ルートが健在であったとしても、商品が無ければ販売できない事を考えれば、帝国からの支援が無くなった今はどうでも良くなっていた。


「そんなわけで帝国からの支援無き今は金が無いのだ。だが、手に入れたい物が出来た以上は何としても手に入れたいのだ。それで、お主に少しばかり手伝ってもらいたいのだ」

「貴男はそんな事ばかりしているからお金が無くなるのですよ。少しは計画的に使ったらいかがですか?生活を見直すとか」

「そう言うな。我らの行動のシンポルとなりうるのだ。頼む!」


 侯爵は司教に頭を下げ、協力を仰ぐ。司教はいつもいつも頭を下げられ、無茶な事を聞いてきた。だが、それもそろそろ我慢の限界であった。

 目標は同じであってもそろそろ手を切る頃ではないかと。だが、まだこの男は使い道がある、それならば従うふりをしておこうと考える。


「わかりました。頭をあげて下さい」

「おお、そうかすまんな。では計画を話すのでそのようにお願いしたい」


 侯爵は下げた頭を上げ、司教に嬉しそうに計画を話しだすのであった。




※忘れてた伏線をぶっこんだらすべてが繋がった(予定通りだ)

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