第二十二話 オークションへの出品と鍛冶屋での騒動

 オークションの出品受付に来たダニエル達は、事務所に入り出品手続きをするための話しをしようと誰かいないかと声をあげる。


「誰かいるか?オークションの出品に来たんだが」


 ダニエルが事務所を入った受付カウンターで叫ぶ。

 尤も、事務所の入室に数人が気付いてダニエルを見ていたが、出品担当ではないと目を逸らしていた。それもあり、ダニエルは怒りの孕んだ声で叫んでしまったのだ。

 そして、怒りの孕んだ声が効いたのか、事務所の奥から担当らしい男性が姿を現した。


「はいはい、出品ですね。商業ギルドのカードはお持ちですか?」

「はいよ、これじゃな」


 年季の入った男性--受付さん--が、ダニエルのカードを一瞥して、”結構です”とカードを返す。その後、カウンターの下から一枚の紙を取り出し、ダニエルに記入を促した。

 ダニエルは、さも当然とばかりに、必要事項をスラスラと紙に記入していく。

 その間に、受付さんは、別の職員に指示を出し、その職員は何処かへと向かって行った。


「はい、それで宜しいです。オークションに出品する品物はそちらで宜しいですか?」


 事務所の入り口に置いてある台車の箱を受付さんが眺めると、商品を一度検品する必要があると、隣の部屋へ運び入れるて下さいとダニエルに指示を出した。彼もわかっているとの顔をして、そこへ出品物を運び入れる。


 入り口は広く観音開きのドアで、高さは二メートル程であったが、幅が一枚当たり一・五メートルもあった。両方のドアを開けると三メートル程の幅になる。

 ここまで広ければ、ほとんどの商品は運び入れる事が出来るだろうと皆はエゼルバルド等は感心するのであった。


 部屋の中には赤いシートが掛かった、高さ一メートル、幅と奥行きが二メートルの台が部屋の中央やや窓よりに鎮座しており、ダニエルは指示される事なくそこにオークションに出品する剣と盾を専用の台座と共に展示する様に乗せた。

 そこへ先ほど指示を受けた別の職員がファイルを持って部屋へと慌ただしく入ってきたかと思うと、受付さんにそのファイルを渡す。


「えぇっと……。ダニエルさんは今まで高品質の剣や鎧を出品していただきました。どれも高額の落札価格となっていますね。今回も期待して宜しいでしょうか?」


 受付さんは手渡されたファイルをペラペラとめくり、ダニエルが過去に出品した商品から期待を込めて確認を取ってきた。受付さんは、この剣と盾がどれ程の値打ちをしているかわからないので、あくまでも出品する商品の確認だけでの話であった。ここに鑑定士が運良くいたならば入札開始金額を決める事が出来たのだが、生憎とこの日は出払っており、鑑定は後日となってしまった。


 出品する商品はオークションまでこの建物で保管、管理する事になっている。受付さんは”人手がないので運んでください”とダニエルに申し訳なさそうに話した。

 ダニエルはわかっていたようで、手慣れた手付きで剣と盾を保管箱に戻し、台車を押して地下へと運んでいく。


 オークション事務所はオークション会場の一角に作られている。そこからは廊下で会場となる広い部屋とその他の施設、そして、商品を保管する地下へと繋がっている。特に、地下へと続く廊下は緩やかなスロープで繋がっており、地下へ三十メートルも降りて行くのだ。緩やかに作られているため、何度も折り返しを経て、地下の保管庫へとたどり着く。

 地下の保管庫の前には巨大なドアが設けられており、幾つかのがっしりとした錠前で封がされている。


 そのドアを開け先を見るが、廊下がまだまだ続き、左右に大きさの異なるドアが複数存在留守。そして、出品する商品の大きさにより、保管する部屋が決まる。

 ダニエルが持ち込んだ商品は小さい商品に分類され、廊下のかなり奥へと進まされることになった。これが二メートルを超える高さであったら、入り口から直ぐの保管庫へと指示されるのである。


 保管庫へ入れた商品に、ナンバリングと持ち込んだ人の名前を記載し、この日はこれで終了となった。後日、改めて商品の鑑定と出品料の支払いをすればオークション出品の受付ははれて終了となる。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルド達がオークションの出品に外出していたその頃、ダニエルの弟子のクルトの店の母屋では、奥さんのローゼを初めとする女性達が厨房に立ち、お菓子を作っていた。


 ローゼが指揮するお菓子作りは和気あいあいと皆を纏め上げ、一つの作品を作っていく。


 ヒルダが小麦粉をふるいに掛け、細かく均等にならしていく。たまに舞い上がる粉が鼻孔をくすぐると”くしゅん”と可愛いくしゃみをしていた。それからも手に付いた小麦粉で鼻頭を擦れば、当然そこに白い粉が付き、子供のような顔になっていく。


 冷たい井戸水を張った桶に金属のボウルを浮かべ、バターを細かく切断して放り込む。細かい作業に、イライラする、とアイリーンがぼやくが、美味しいお菓子の為ですよとローゼにたしなめられて、イライラを内にため込んでいた。そのボウルに、ヒルダがならした小麦粉が入り素早くヘラで練っていく。


 いつもは肩にフクロウのコノハを乗せているエルザは、今が旬の柑橘系の果物、酸味の強いミカンを剥いて中身を取り出していた。それを”コトコト”と弱火で同量の砂糖と共に煮詰めジャムを作っている。

 コノハはと言えば、床に散らばったミカンの厚い皮を口や足で穴を開けて遊んでいる。その姿は愛嬌があり、四人からは”癒しだね”と言われるほどであった。


 それらがすべて出来上がると、ローゼが型に生地を敷き詰めてジャムを乗せ、今が旬のミカンパイが組みあがった。


「さぁ、男達が戻って来るまでに焼いてしまいましょう」


 十分に熱された薪オーブンに、大きめに作ったミカンパイを入れオーブンの蓋を閉める。

 そして、余ったミカンの皮で作った果皮の煎じ茶を淹れながら、パイが焼き上がるまでテーブルでくつろぐのであった。




 テーブルに座った四人は暖かい煎じ茶をすすりながら、他愛もない雑談に花を咲かせていた。雑談はローゼに向かっての質問が多く、旦那の何処に魅かれたとか、結婚をどうやって決めたのかとか、ローゼが顔を真っ赤にしながら答えている姿は、鍛冶師の奥さんよろしくなく、一人の恋する乙女のようであった。


 それを聞けば当然ながら結婚願望が強いアイリーンは根掘り葉掘り聞きつつ、自らの行動や恰好、そして、正確に一喜一憂していた。


「ふふふ、アイリーンって百面相みたいね」


 ぼそっとエルザが呟く。あまり表情を変えないエルザに「アンタはどうなのよ?」とアイリーンがここぞとばかりに聞き返すのだが、逆に答えを聞いた彼女にとんでもない事が襲い掛かる。


「エルフの里に帰れば婚約者がいるし……」


 強気のアイリーンでも、心が打ち砕かれた瞬間だった。そして、椅子にもたれかかり正気を失った。

 浮いた話を全くしなかったエルザでさえ、この様に相手がいるのだ。いまだに決まったパートナーのいないアイリーンの心が折れるのは仕方が無かった。


 アイリーンが正気を失っている間は、ローゼとヒルダから、標的を変えられたエルザの婚約者についての質問がバシバシと浴びせられ、さすがに辟易する程であった。

 それでも、エルフの里で職人をしていたり、子供の頃から決められた相手であったり、エルフの里に帰れば結婚するとかエルザも顔を赤くして、好きな相手の事だったので嬉しそうであった。


「そうするとアイリーンだけなのね。近くにいる人で手を打てばいいのに」


 ヒルダが呟き、他の二人がうんうんと頷く。一人アイリーンだけは何も考えられずに呆然とするだけで、目の前のお茶が冷めてしまうのであった。




 それからしばらくしてアイリーンが正気を取り戻し、ミカンパイがオーブンで焼ける頃、エゼルバルド達がオークション会場から戻ってきた。

 ドアを開けると、ミカンジャムから漂う香りが部屋中に充満していて、男達の鼻だけでなくお腹をも刺激していくのである。


「ただいま、すごくいい匂いがして来るけど、お菓子を作っていたんだね」


 クルトがローゼに軽く口づけをしながら、ただいまの挨拶をする。いかにも仲の良い夫婦の見本であり、ここでパートナーのいる者達のお手本となっていた。


「お帰りなさい。少しお腹が減ったでしょう、おやつにしましょう」


 焼き上がったばかりの大きめのパイは十二等分に分けられ、一切れずつそれぞれの前に並んだ。ちなみにエゼルバルド達が六人、ダニエル師弟とクルトの奥さんの三人、合わせて九人だったが、九等分は難しかったので十二等分にした。


「無事にオークションに出してきたよ。後は審査して貰って待っていれば通知が来るはずだからね。明日から通常業務に戻れるな」


 一か月ほど、修理以外の仕事を受けなかったクルトが肩を押さえ、首をぐるぐると回しながら呟く。客からは”そんなに急ぎの仕事が舞い込んだのか?”と不思議な顔をされながらも、後回しにしてしまったために後ろめたさがあった。


 ヒュドラの素材を扱う仕事など、一生に一度有るか無いかであり、ダニエルと共にそちらに打ち込んでいた。そのおかげもあるのか、クルトの腕前も一か月前よりも随分と上がり、ヒュドラの素材を扱えるほどにもなっていた。

 これまで受けられなかった無茶な仕事もこなせるようになり、客からの注文にも自信を持って対処できると喜びもあった。


 その日は、ミカンのパイを食べながら談笑に花が咲き、平和な一日が過ぎていくのであった。


 だが、残った三切れのミカンパイの争奪戦が繰り広げられるなど、その時点では誰も想像しえなかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから数日後のオークション事務所では、上を下への大騒ぎとなっていた。

 ダニエルが持ち込んだ剣と盾を鑑定した結果が事務所に伝えられ、その素材が本当のヒュドラの素材で作られていると判明したのである。

 実際は、ヒュドラが何かは事務員はわかっておらず、その価値が天文学的な数字になる可能性に右往左往していたのであるが。


 鑑定士の説明では魔法剣でも貫けぬ、ヒュドラの素材を使った盾に、まず白金貨数枚では済まない価値があると提示された。そして、剣に関しても魔法剣に次ぐ頑丈さと切れ味を持つとされる硬度に仕上げれられ、これも白金貨一枚以上の価値がこの場であると断言されていた。


「おい、これどうするんだよ」

「知るかよ。本人は知ってて持ち込んだんだろ、そのままオークションに出すしかないだろう」


 その後、鑑定士や事務員との話し合いの末、剣は白金貨一枚、盾は白金貨四枚の合計白金貨五枚が最低入札価格だと決まる。過去の最高金額では無いが、これだけのお金が動くオークションは過去に十数例しかなく、事務員たちが大慌てで過去の資料を持ち出していた。

 その慌てた様子は、オークションに出品依頼に来た商売人などから、口コミで物凄い速さでノエルガの街を駆け巡り、一週間後には街の商売人すべてが知り、その結果、ダニエルがいるクルトの工房まで人が押し寄せる程になってしまった。




「ですから、そんな装備は材料が無いので作れないのですよ」


 クルトの工房で働く従業員が、詰め寄せるお客達に向かって声を上げるが、お客達は”巫山戯るな”、”ダニエルを出せ”など暴言を吐く一方であった。

 これでは話し合いも出来ないと、ダニエルの護衛でこの場にいるヴルフやエゼルバルドが入り口から入って行き、暴言を吐くお客達を一人ずつ店の外へと首根っこを掴み、投げ飛ばす。ダニエルやクルトもこの騒ぎには辟易していたので、二人が対応してくれたのには感謝していた。


「何だお前らは?客である俺達を止められると思っているのか?」


 お客達はヒュドラの素材を使った装備を見たり、手に入れたいと詰め掛けていたが、たった二人に店の外へ投げ出されて怒っていた。

 一人は歳が行った剣士だが、もう一人は若く成人したての剣士だと年齢や外見だけを見て実力を誤ってみてしまった。

 そして、客の一人が剣を抜き、暴言じみた言葉をエゼルバルドに吐くと、剣を振るった。


「馬鹿者がぁ!」


 左手が自由になるように設計された小型の盾バックラーで、振り下ろされる剣を易々と受け流し、右手で男の胸元を掴むと足を掛けて投げ飛ばした。エゼルバルドは男の突進力も攻撃に乗せていたので、優に三メートルは飛んで、石畳へ顔面をぶつけ無様な格好で気を失った。


 詰め掛けた客達は、それを見て騒めき、自分以外へ”お前が行けよ”など、自分勝手に振舞い始める。そして、烏合の衆と化した客達に向かってエゼルバルドは剣を抜き、言い放った。


「ここは武器と防具を扱う店だ。お前達みたいな自分勝手にただ強い武器や防具を手に入れたい者達が来る場所ではない。今度、邪魔をするようであれば容赦せず、お前達の首を刎ねる。これは脅しではない。努々ゆめゆめ忘れるなよ」


 顔面から投げ飛ばされ鼻血を出して気を失っている男、ギラリと鈍く光るエゼルバルドの剣、そして店の正面で腕を組んで睨んでいるもう一人の男、そのどれを見ても勝ち目があるとは思えないと悟った客達は、水が引くようにその場からいなくなり、いつもの常連客のみがその場へ残ったのであった。


「やはり、主らは強いの。いつもは練習で振る剣を見ていただけだが、素人の振る剣を素手で投げ飛ばすとはな。儂も装備を作った甲斐があったと言うもんだ。それを役に立ててくれよ」


 ダニエルはエゼルバルド達の強さをその目に焼き付け、納得したように店の中へと戻って行った。


 その”クルトの店押し掛け事件”の後はノルエガのみでなく、この大陸中に、いやそれだけではなく世界中にヒュドラの素材を使った剣と盾が出品されると広がり、それ目当てでノルエガに来る人が増えたのであった。




 そして、しばらくはクルトの店に剣の達人が護衛でいるとの噂がノルエガの街中に流れ、腕自慢が押し掛けるのであるが、その全てをヒルダも入れた三人で撃退したのは、また別の話である。





※白金貨=一枚で日本円にして500万円の設定。その下の大金貨=一枚50万円なのでかなりの高額商品です。


パイ生地に使われる小麦粉は中力粉の設定です。ヨーロッパの中世準拠で食べ物を設定しています。薄力粉、中力粉、強力粉と別れているのは日本くらいだそうです(近代はすみませんわかりません)ヨーロッパは通常、中力粉準拠の粉を使っているので、中力粉と呼んでいただくとありがたいです。

バターも常温にして使用と、冷やして使用とありますが、パイ生地は冷やすそうなので冷水にボウルを浮かべての作っています。


ちなみに、作中でサンドイッチがたびたび出ますが、食パンで作られたサンドイッチは登場しません。バケットやベーグルなどを半分に切って、具材を挟むタイプです。

ファーストフードで言えば、サ〇ウェイ方式とでも言いましょうか。

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