第十話 ノルエガ到着

 空を飛び回り圧巻の空中戦を魅せていた鳥達の争いが終わり、エルザにフクロウの相棒が出来るという良い意味でのハプニングがあった。その後も順調にノルエガの北門へと馬車は進み、無事に到着することが出来た。

 道が悪いのは慣れたのだが、エルザの肩に止まっているフクロウにはその音は少しだけ不快の様で、終始、目を閉じていたのだ。


「ちょっと嫌な音みたいね。【コノハ】にはちょっとキツイのかな」


 エルザがフクロウの顎をコチョコチョと触ると気持ちよさそうに目を細めていた。そして、”もっともっと”とエルザに体を寄せて催促する。その姿が愛らしくいつまでも眺めていられるのだが、聞きなれない言葉を呟くエルザにヒルダが尋ねる。


「ねぇ、エルザ。一つ聞いても良い?」

「なに?ヒルダが珍しいわね」

「コノハって、そのフクロウの事?」


 ヒルダがそっとフクロウを触ろうと手を伸ばすが、


”がぶっ!”


イタッ!」


 撫でようと手を伸ばしたところを鋭いくちばしで噛まれ、人差し指の先が嘴の痕が出来て赤くなっていた。餌をあげたり、エルザと一緒にいれば慣れるだろうとエルザは言うのだが……。


「この子、まだ触らせてくれないみたいね。名前はさっき決めたのよ。恐らくコノハズクだから、コノハ。コノハ、ご挨拶は?」


 コノハと呼ばれたコノハズクはエルザの言葉がわかるのか、器用に首を動かし頭を下げていた。その仕草も何とも言えず、噛まれたヒルダもそれで許してしまうほどであった。


 コノハの可愛さを皆が実感していると、馬車はノエルガの入り口へとたどり着き、入街の検査が始まった。乗っている人の検査は身分証やワークギルドカードなどを確認してすぐに終わったのだが、乗せていた紺色の鎧についていろいろと質問を受けた。


「この鎧はなんだ?売り物……ではないよな」

「野営をしていた時に襲ってきた敵から奪った装備です」


 オディロンが正直に答えるのだが、異様な見た目に別の何かがあるのではないかと勘繰る兵士達。パッと見ただけではよくある全身鎧フルプレートなのだが、注意深く見れば異様に大きな胸当て、人よりも長い籠手など、怪しさ満載であった。


「こんな物、お前たちが、いや、誰が使うというのか?」

「そこは私からご説明します」


 オディロンが兵士に説明をするよりも詳しい自分が説明するのが一番だと、馬車からスイールが降り兵士の元へと歩み寄る。彼を見た兵士は怪訝そうな顔をするのだが。


「お前には聞いてない、下がってろ」

「いえ、所有しているのは私ですから、彼では交渉の対象となりえません」

「と、言って逃げるのだろう?」


 疑うのが仕事とはいえ、正直に話そうとしている一市民に対する態度なのかと疑問に思ってしまう。だが、スイールはその兵士の態度は正しいと思っているので怒りを表に出し敵対するような事はせず、逆に味方に付けたいとも思っていた。


「そんなことはしません。むしろ、この鎧を分解、調査したいのでどなたか立ち会いをして欲しいとさえ思っています」

「立ち会いだと?こんな大きいだけの鎧を調べると。お前は正気なのか」


 兵士は疑うよりも、頭が可笑しいのではないかと疑問に思う様になってきた。そして、この可笑しな人物に関わるとろくな事にならないのではとも。そして、早くこいつから解放されたいと思う様になってきた。

 スイールの思惑とは外れてしまうのだが、結果的に早く解放されることになったのだ。


「ええ。この鎧には私たちの知らない、何らかの技術が使われているとわかっています。ですが、分解せずにはそれが何かを知る事はできないのす。技術を私たちで独占しても良いのですが、折角、鹵獲した技術です、儲け話の一つにでもなるのではないかと思ったのですが……。調べてくれる鍛冶師が見つかるまで預かって頂くのも悪くないのですが?」

「あー、わかった。立ち会いもいいや。その鎧を調べて何かわかったら、上司に報告してくれ。街の中央にある警吏官の建物まで行けば、わかるように報告はしておくから」

「ありがとうございます。それでは、私達はこれで失礼します」


 スイールは頭を下げ兵士から離れ馬車に乗る。兵士達の冷たい視線を受けながらノルエガの街中へと馬車は進んで行くのであった。




 ノルエガの街中は今まで見た街のどれよりも活発に人々が動き回り、何処よりもにぎやかであった。さすがに自商業都市と銘打っている訳では無いとスイール達が感心していると、馬車の後部窓を開けてエルワンが話し掛けてきた。


「見た目は自由に商いが出来る素晴らしい都市です。しかしその陰では商いに敗れた商人などが負債を抱え、至る所にいます。私はまだ商売が成功していますからこうして馬車にも乗れて、国外にも出ることが出来ます。裏通りに行けばお金の無くなった商人が住んでいるスラムがあったり、また、負債を返せない人々が犯罪者となってしまう事もあるのです。見た目には素晴らしいかもしれませんが、競争に敗れればひどい目を見る、表裏一体の都市でもあるのですよ」


 エルワンが説明しながら裏路地の入口を見てほしいと目を向ければ、そこにはぼろぼろになった布、--始めはきれいな着物だった--を、身に着け、今日の飯のタネを探している人々が多数散見されるのだ。

 ワークギルドの依頼を受け郊外に出るのでもなく、街中で雑用をするのでもなく、再度商売人としてのし上がる為だけにその場にいるのである。根底には、商売人よりも下の存在になりたくない、とそのプライドが邪魔をしているだけなのだがと、エルワンが話す。

 それでも商売人として才覚が無いとわかった一握りの人々は、別の職を求めて、例えば郊外で農業に従事したり、ワークギルドで仕事を探したり、または街を守る兵士になるなど、別に生計を立てている人も多い。


 エルワンに言わせれば、その裏路地で地を這っているのはただの甘えで、何の価値も無い人々だと言われても仕方がないそうだ。一攫千金を夢見続けるだけの成れの果てであると。


「商売人も辛いですね。失敗すればすべてを持って行かれますけど、またやり直しが出来るのでまだましですね。私達は一つ失敗すれば命を失う職業です。自由はありますが、商売人とどちらがいいかと言われれば、答えに苦しみますね」


 スイールの言葉は、この場を凝縮していると言っても良いかもしれない。


「確かにそうですな。おっと、そろそろ私の店が見えましたよ」


 言うが早いか、クロディーヌの操る馬車はエルワンのお店の前に、道行く人の邪魔にならない場所へと音も無く止まるのであった。

 お店の中から数人の男女が合図も無く出てくると箱馬車の前に並び、そこから降りる人を今か今かと待ち構える。御者席からクロディーヌが飛び降り、馬車のドアを開けると、旅で凝り固まった体を揺らしながらエルワンがぬっと姿を現した。


「お帰りなさいまし、あなた」

「「お帰りなさい、ご主人様」」


 先頭で頭を下げているのが、エルワン婦人の様だ。エルワン本人も四十代で、迎えた婦人も同じくらいの年齢だった。その割には肌も綺麗で、年齢に見合わないスタイル。四十代ですと言われても、もっと若く見られるだろう。


「うん、やっと帰ってこれた。お前の顔を見る事が出来てうれしいよ」


 人の目も気にせず、愛しい人を抱きしめる。道行く誰もが、その光景に驚き、そしてうらやむ目を向けるが、ここは天下の大通りである。クロディーヌが後ろからそっと囁くと、我を忘れて抱擁の真っ最中だった二人は他人行儀に顔を赤くして、またやってしまったとの表情を浮かべた。


「我々の護衛もここまでで終わりですので、依頼書にサインをお願いしたいのですが」


 二人の抱擁が一段落して、スイールが鞄から取り出したワークギルドへの報告書にサインを求めた。


「そうであったな。今回は非常に助かった。小鬼ゴブリンからも救ってもらったし、先日の襲撃も活躍したと聞いている。私の護衛として専属に欲しい位だが、他国の市民を強引にノルエガに鞍替えしてくれとも言えないしな。世話になったな」


 スイールから受け取った依頼書にサインをすると、寂しそうに言葉を交わすのであった。


「そうだな、選別……とまではいかないが、宿を取るのであろうから紹介だけしておこうか」

「それは助かります。あと、この鹵獲した鎧ですが、鍛冶師を見つけるまで何処かにおいてもらえませんか?」

「はっはっは、お安い御用ですよ。それなら納屋の奥にでも置いておきましょう」


 宿の紹介をしていただけるのは非常に助かった。場合によっては一か月から二か月も街で世話になる可能性が高い。安心した宿に泊まる事は、これからの行動に必須なのであるから。


「スイールさん達にはお世話になった。ジャメルの棒状万能武器ハルバードの訓練もしてもらったし、俺達の実力はまだまだだって事もわかった。実りのある半月だったよ。また、一緒に仕事をしたいくらいだ」


 オディロンは右手を差出した。


「こちらこそ、ありがとう。同行できて楽しかった。しばらくはここに滞在するだろうから見かけたら声でもかけてくれると嬉しい」


 オディロンの手をぎゅっと握りしめながらスイールは話した。

 そして、エルワンから宿の招待状を受け取ると、エルワン達に手を振り名残惜しいと思いながらもその足で宿へと向かうのである。




 エルワンのお店から二十分程歩くと宿屋街に到着する。街の中に宿屋は点在するのだが、その中でも十数件の宿が固まっているここは宿屋街と言われている。その為、旅人などがノルエガを訪れた際には、真っ先にこの場所が紹介されるのである。


 そこから一軒の宿を見つけ出し、入っていくのである。


「いらっしゃいませ。【上質の睡眠亭】へようこそ。お泊りですか?」


 エルワンから紹介された宿、上質の睡眠亭。この宿にも例外なく酒場兼食堂が併設されているが、食事は量は少し多いくらいで味は可もなく不可も無くらしい。宿の名前にもなっている上質の睡眠、その名の通り、各部屋に設置されているベッドには一ランク上の寝具が敷かれており、価格以上の睡眠を得ることが出来る。それが自慢となっている。


「ええ、泊まりです。エルワンさんからの紹介で来ました。六人ですけど、二人部屋を三つお願いしたいのですが」


 事前にどの様な部屋を取るか歩きながら話をしていた。今回は一か月以上、泊まる可能性もあり、一人一部屋でどうかとスイールが話をしていたのだが、エゼルバルドはヒルダと一緒でいいと言いだし、アイリーンもエルザと同室で構わない、ヴルフも一人で寝るのは旅らしくないと言い、その結果が三部屋となった。

 それを伝えると、部屋は十分空いているので大丈夫ですよと、すぐに三つの部屋の鍵を渡された。どれだけ泊まるか不明だったため、七日滞在で料金を支払っておく。地下迷宮の宝から比べれば、一か月泊まるのであっても安いものであった。

 ちなみに、エゼルバルドとヒルダの泊まる部屋がダブルベッド仕様で部屋の料金は少し安く、他はシングルベッドが二つの部屋であった。


 宿の部屋でそれぞれが荷物を置いて体をほぐしていると、窓からは日が落ちる頃だと感じる。空は青から紺色に変わり、雲はオレンジ色に染まり始める。

 六月もそろそろ中旬を迎える頃であり、昼間が長くなる時期でもある。それにもかかわらず周囲が暗くなり始める時間とは、すなわち、夕食の時間でもある。部屋に入り一休みしたいと思っていても、体は食べ物を要求してくるのである。そして、六人は揃って酒場へと集まったのである。




「それじゃ、無事……無事って言うのかな?まぁ、ノルエガに到着し、護衛も終わったという事で乾杯~!」

「「「「「かんぱ~い!!」」」」」


 七日ぶりの宿での食事に皆が喜び、無事に到着できたことに感謝する。

 久々の酒をグイッと飲み干すヴルフだが、飲み方が変わったのか、強い酒よりも味を楽しみにしている様で香りの強い酒を飲んでいる。

 スイールは相変わらずのワインをちびちびと足高のグラスから口へ運んでいる。

 エゼルバルドはエールを、ヒルダとエルザは果実酒を料理と一緒に楽しんでいる。

 ヴルフと共に、依頼後の酒を楽しみにしていたアイリーンは蒸留酒、特にウィスキーを冷たい水で割って楽しんでいる。

 料理の味は普通であり、これと言った特別な品は見当たらなかった。だが、酒場を兼用しているだけあり、置いてある酒の種類はそれなりに多かった。それぞれが自分に合ったお酒を注文できる位にだ。


「サインを貰ったから、明日にでもギルドに届けて完了の報告をしておきますね」


 ちびちびとワインを口に運ぶスイール。量もまだまだ飲んでおらず酔うには程遠いが、気分が上々になるには十分な時間であった。

 それから、十分な食事を楽しみ、空になったお酒をもう一杯頼むのであった。


「明日からはどうしましょう、早速、鍛冶師を探しますか?」


 再度、目の前に来たワインをちびちびと飲みながらスイールが皆に聞いて回る。


「遊んでいても始まらんしな、探すのが良かろう。だが、明日くらいは各自の自由で良いのではないか?流石に明日は寝ていたいのじゃが」


 馬車疲れとでも言うのか、狭い場所で運動もそこそこだったため、体を伸ばして寝ていたいのが本音だった。半日ほど寝て、その後は体を動かして調子を戻したいのだと。


「それ賛成!明日は寝てるわ、ウチ」

「私はこの子をじっくり見たいから、ちょっと郊外に出るわね」


 疲れた表情を見せたアイリーンが賛成し、エルザは左の肩に大人しく止まっているコノハに干し肉をあげながら私用の為に使いたいと、それに賛成する。


「じっとしているのも性に合わないから、街でも見て来るよ。ついでに鍛冶師も探しにね」

「エゼルが行くのならわたしも行くわよ。たまには二人で出かけるのもいいんじゃない?ふふふっ」


 二人の世界に入り込みそうなエゼルバルドとヒルダをスイールは阻止しつつ、翌日の予定はそれぞれの自由にゆだねると告げる。最期にデザートとして出てきた仁果類のパイを食すると、睡魔が襲って来たのか、六人はそれぞれの部屋に戻りベッドの中へと入り込むのであった。




※ 柑橘類は良く知られていますが、リンゴは何類なのかと調べたら仁果類(じんかるい)だそうです。仁果類のパイはアップルパイとでも想像してください。

 その他には核果類(かくかるい)と言うのもあるそうです。代表的な果実はびわだそうです。

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