第九話 ノルエガへの道 九 空中戦
明け方までの天気が嘘のように、とはならず、雨が上がりの曇天模様の下で馬車旅を再開している。
深夜未明から明け方にかけて襲い掛かる謎の敵を撃退し、剥ぎ取った鎧を研究の為に馬車の空きスペースに乗せた。それと共に、遺体となった、敵の化け物を穴を掘って火葬して見送った。人として生き、人ならざる者として再びの役割を受け、戦って立派に死んだのだ。戦士として見送るのが礼儀であろうと、皆の一致した意見であった。
金や宝目当ての盗賊に、このような事はしないのだが、化け物にされたのだ。化け物となった当人は、死んでも死にきれない程の恨みを持っていたのだろうと思わざるを得なかった。
火葬したのはもう一つ理由があった。依頼主であるエルワンと小間使いのクロディーヌに見せない為でもある。オディロンは、人の仕業と思えないこの遺体を見せるべきでない、と主張したのだ。メンバーのソロンでさえ吐いたのである。エルワンもクロディーヌも間違いなく耐えきれないはずであると。
そして今、ガタゴトと揺れ走る馬車の中で、回収した鎧の一部分と格闘しているスイールの姿があった。目の前には鎧の一部分、それも胸に当たるブレストプレートが置かれている。その寸歩を測ったり、手に持って重量を感じたり、叩いて音を聞くなど今できる限りのことをしている。実際は鍛冶師の手で分解してみない事にはわからない事も多いだろうが。
「ヴルフ、悪いがこれを胸に当ててくれるかい」
スイールの目の前に座るヴルフに、紺色のブレストプレートを手渡す。胸当てのみであるが、
「ん、これは重いな。あいつらはこんなのを身に着けているのか?」
渡されたブレストプレートを胸にあてがい、その重さと大きさに違和感を覚えた。先ず、見た目だが、ヴルフの体の幅と合っていない。ブレストプレートの幅が左右共に十センチほど広く作られ、ヴルフの肩が見えない。
もう一つ。ヴルフは右肩が出るようにブレストプレートを左にずらし、腕を前に胸の前に回すが、わかっていた通り腕が短く届かない。実際は短いではなく、鎧のサイズと腕のサイズがあっていないのだ。さらに、胸の中央が異様に出っ張っている事も一つの理由だろう。
「どうですか?面白いでしょう」
ヴルフがブレストプレートを体にどう合わせようか四苦八苦している所を、スイールが子供の様な無邪気な顔で話す。まるで悪戯好きの子供が、悪戯を成功させた時の様に。
「巨体だと思っていたが、ワシよりもよっぽど大きかったんだな、あの化け物は」
「ですが、背の高さはエルザよりも少し高いくらいですよね」
エルザに目を向けると、彼女の身長が百八十五センチ程で、目の高さに化け物の顎が来ていると話した。そこから換算すれば化け物の背は百九十五センチ程となり、サイズ的には人を逸脱するほどではなかった。スイールは二メートルと目測で計っており、その位は誤差の範囲と語たった。
そこでヴルフが胸に当てているブレストプレートを見ると、横幅は彼の肩をを隠す程の幅であるが、高さ、つまりは首から鳩尾辺りまでは、違和感を感じないのである。
ヴルフの驚く顔を見ながら、足元の化け物が身に着けていた籠手と脛当てを出し、脛当ては自らの脚の横に置き、籠手はヴルフに手渡した。
「これを身に着けてみろと?」
こくんとスイールが頷く。
ブレストプレートを床に置き、受け取った籠手を一瞥して驚いた。手首から肘までが、ヴルフの二倍近くの長さがあったのだ。
籠手は手の部分と手首から肘当てまでの一体型である。腕の内側でサイズ調整を少しできる程度で、それ以外の調整、--長さの調整であるが--は、不可能であった。
「どうですか?驚いたでしょう。腕周りは太くなっていますが、大きな違いはその長さです。それだけの長さがあれば、その鎧を身に着けて両手剣を自由に使う事も出来ますよ」
そして、とスイールは自らのブーツを脱ぎ、化け物が履いていた
「これでおわかりでしょう。あの化け物はバランスよく纏められていましたが、この鎧を着るために肩幅は広く、腕は長くなるように変えられています。足の長さは変わらないですが、筋肉は大幅に強くなっているはずです」
脚甲を外し、自分のブーツへと履き替えながらスイールの話は進む。そして、床に転がしたブレストプレートをナイフで”カンカン”と、二回叩くと、金属に空洞がある様な反響音が響いた。
「これが
そこまで説明するとスイールは嬉しそうな顔をしている。何かを発見した子供の様に。
そうそう、大切な事を忘れていました、と付け加えて、話を続けた。
「この鎧の相手と戦う時は頭を重点的に狙ってください。弱点はそこしかありませんので」
話を締めるのであった。
紺色の騎士達を撃退してから四日後、獣達が襲い掛かる中を何とか切り抜け、エルワンの商隊は、自由商業都市ノルエガへ到着するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「もうすぐ到着しますよ。あれが自由商業都市ノルエガです。ご主人様のお店がある都市ですよ」
真っ青な空の下、眩しそうに手でひさしを作りながら御者をしている小間使いのクロディーヌが嬉しそうに声を張り上げる。何時から行商に出ていたか聞いていないが、数か月の旅を終えて懐かしさがいっぱいなのであろう。涙声にはなっていない所を見ると、旅慣れているとは思う。
「もうすぐ到着しますね。スイールさん達にはお世話になりました」
箱馬車の後部窓を開け、オディロンがお礼を言う。だが、スイールは到着していないので、まだ依頼は完了してませんから、と笑って返すのであった。
それもそのはずで、ノルエガが見えたと言っても、高い場所から遠目に見えただけであり、到着までまだ二時間はかかるのだ。
「まだ、安心は禁物ですよ。山から離れるように移動しているとは言え、獣達が襲ってこないとも言えませんし、盗賊が来るかもしれません。もしかしたら、別の所から襲ってくる可能性も捨てきれませんから」
「ちょ、ちょっと、スイール!不吉な事は言わないでよね!!」
スイールの言葉にアイリーンが叫ぶ。何もない時にうかつに発言すれば、それが現実のものになる場合が多々ある。なにが原因なのかわからないが、トラブルを呼び寄せるのだ。そう、今のスイールの発言も。
「なんか通った!!」
いち早く気が付いたのはエゼルバルドだった。太陽の光を遮る幌に一瞬だがそれが遮られ、何かが通り過ぎたのがわかった。馬車の後部から顔を出し、上空を見上げると二羽の鳥が格闘しているのが見える。
エゼルバルドにつられるように馬車に乗る皆も顔を出し上空を見上げる。幌馬車の前部から四人、後部から四人が顔を出している光景は少しだけ滑稽に見えるのだが、それを言い出す人は今はいなかった。
「それ程と起きくないですね。ガルーダかと思ったんですが、マッハですかね?もう一羽はこの昼間にフクロウですか?」
マッハ、それは体長一メートル程のハヤブサ型の怪鳥である。肉食で地上にいる小動物や自分よりも小さな鳥を餌にしている。広げると四メートル程になる羽根を持ち、
そう、マッハの目の前では小さなフクロウが嘴や鋭い爪から逃れようと懸命に逃げいている姿が見えたのであった。
マッハが鋭い爪をフクロウに突き立てようと有利な高さにその身を置くと、重力による落下速度に自らの羽ばたきを加え、目にもとまらぬ速さでフクロウに襲い掛かる。フクロウはそれを躱すために翼を畳み、その身を小さくして体をひねりマッハの攻撃を羽毛一枚で躱し切った。
「フクロウ凄い。あの素早い攻撃を躱すなんてなかなかやる!!」
マッハの攻撃を躱したフクロウに黄色い感嘆の声を上げるのは、ヒルダでもアイリーンでもなく、エルザであった。自然と共に生きるエルフのエルザが自然の摂理に背いてまで生きようとするフクロウを見て、何を思っているのかはエルザしかわからないが、フクロウが懸命に生きようとしているのだけは感じ取ることは出来る。
だが、自らが生きるための糧を得ようとするマッハもそれは同じであろう。二つの懸命に生きる生き物が、上空でぶつかっている現実をまじまじと見せつけられている。
それでも上空では、マッハの加減を知らない攻撃が次から次へとフクロウに襲いかかる。速度を生かせないのであれば格闘で爪を、そして嘴をフクロウに叩きつける。マッハの攻撃をほんの少しその身を捻るだけで躱しているがそれも限界が来る。
マッハの爪がフクロウを捉え空中に血の華が咲きほこったのであった。フクロウは墜落を始め、地上へと落ち行く。それをマッハが追い駆けるが、フクロウもまだ生きる気力を失った訳では無かった。
地上へ墜落する寸前に最後の力を振り絞り、翼を広げ地上すれすれを滑空し逃げ出す。マッハもまた同じように追い掛けるが、地上すれすれでは体の大きいマッハに分が悪く、地上すれすれを追いかけるのを断念せざるを得なくなり、高度を取りながらフクロウを追い掛ける。
フクロウは逃げる。そして、目の前には見た事のない物体が存在し、それに飛び込んだ。羽を動かし急ブレーキをかけるが間に合わず、白い何かにぶつかると、フクロウは目を回し、そのまま落ちて行った。
フクロウが飛び込んだ物体を見たマッハは、これ以上の追跡は困難と見て、獲物を逃した悔しさを鳴き声にしてから高度を上げ、数回その場を旋回すると山の方へと飛んで行った。
フクロウが飛び込んだ見た事のない物体とは、エルワン達が乗る商隊の幌馬車であった。幌馬車の中に飛び込み、そのまま幌にぶつかり皆の前に落ちたのだ。
それを喜んだのは食糧が手に入ったと思ったオディロンのパーティーメンバーのフランツとジャメル。早速解体しようと腰のナイフに手をかけようとしたが、
「今まで戦っていた戦士だ。このまま食糧とするには惜しいし、まだ息もある。私に頂けないか?」
そっとフクロウを抱き抱え、エルザが皆に告げる。フクロウは見た目よりも体が小さく食料としても全員に回らないであろうとも考えたのであろう。それに、目を覚ましたら逃げるであろうとも考えていた。
だが、それにはマッハに負わされた傷が深すぎ、そのうち命を落としてしまうであろうとみられた。
エルザはそっとフクロウに手をかざすと、魔法を発動させた。
フクロウが生きる力をまだ持っていれば回復するだろうと、
「ふふふ、こうして見るとこいつも可愛いではないか」
「こいつは何て言うフクロウだ?」
先ほどまで食糧にしようとしていたジャメルがフクロウを見ながら尋ねる。
「コノハズクの仲間かな?ここに耳みたいな毛が立っているであろう」
フクロウ、--コノハズクなのだが--、の頭を撫でながら、耳の様に立っている特徴ある毛を見せる。食糧にと思っていたジャメルもフランツもその可愛らしい顔立ちや特徴のある耳のような毛を見て、先程の食糧になるという考えは何処かへ吹き飛んでしまったようだ。
それから十分程経ち、エルザの腕の中で大人しかったフクロウが目を覚ました。頭をぐるっと一周回して、ここは何処だと尋ねている様だった。きょろきょろとした挙動に、居合わせた一同がほんわかとした空気に包まれていく。そんな空気を感じたのか、エルザの腕の中で大人しくしていたフクロウは少し暴れてエルザの拘束から逃れると馬車の床へと降り立ち、自らを抱えていた者をじっと凝視する。
「元気になったな。もう帰ってもいいのだぞ」
エルザは幌を一部開け外へと誘導するのだがその場から動こうとはせず、エルザをそして、馬車の中をぐるっと見渡す事を繰り返している。そして何を思ったのかフクロウはバサッと一度翼を羽ばたかせるとエルザの左肩に飛び乗る。
脚の先から頭まで二十五センチ程のフクロウがエルザの顔の横できょろきょろと辺りを見わたし、首を前後に振り、お辞儀をしている様に見える。
「これは一種のあれですね。エルザは懐かれたましたね」
フクロウの安心したような顔を見ればエルザに好意を抱いている事は間違いないなかった。それに、ここにいる人を怖がらない所を見ると、敵として認識していないとみるべきだろう。
エルザを自らの主人、若しくは保護者として付き添う事に決めた様だ。
「ふふふ、お前は私が気に入ったのか?お前の分まで餌は用意できないときは自ら取ってくるのだぞ」
鞄からとっておきの干し肉を数枚出すと、肩に乗るフクロウの目の前に差し出す。フクロウは手を傷つけないように器用に嘴を動かして干し肉を
※ べたな展開で申し訳ないですが、エルザにペットが出来ました。このペットが活躍するかは微妙ですが、癒し担当として活躍してくれることを願っています。
鳥型の敵は第三章 一話に次いで二回目の登場だったはずです。
次回には名付けをします。べたですけど(汗
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