第三十話 地下迷宮探索 十五 地上へ

 大量殺戮兵器ジェノサイドウェポン


 実際にその本に描かれている武器の最終型がそうなのだが、これを手に入れた国は必ず研究し、実用化を目指すだろうとスイールは予想する。なにせ、数十人の力で数万人が虐殺出来るのであれば、権力を持つ者、若しくは権力欲に溺れた者はその魅惑に取り憑かれるはず。ただ、これに書かれている武器は作られた事は無く、あくまでも理論上作る事が出来るとだけあった。理由も、人権がどうの、人の命がどうのと、恐らくだが人の命を代価に攻撃するのだろうと予測出来るのであるが……。

 尤も、生活を便利にする魔力焜炉マジカルストーブを大型化して戦場に持ち込めばそれだけで殺人兵器となるのだから始末に悪い。


「それじゃぁ、折角名前を上げる機会をみすみす逃すだけじゃん。何とかならないの?」

「無いわけでは無いですけど……。でも、その方法がが良いかもしれませんね」


 勿体ぶって一度、口篭もる。スイールとしても折角、世の中が便利になる発見を埋まらせておくには忍びないと思った。


「どんな方法よ」

「簡単ですよ。このページを無かった事にすれば良いだけです。破って燃やしてしまうとか」

「「あっ!!」」


 確かに簡単な方法である。しかも、燃やしてしまえばそれを元に戻す方法は皆無。人を殺す兵器を、始めから無かった事にしてしまえば作る事は不可能だ。何故それを思いつかなかったのかと少しだけ悔やむ。

 本来は、発見したお宝を現状のまま持ち出すのが一番良いのだが、国家間の火種となるのなら、無い方がよっぽどましである。


「そうね、文字が読めるスイールがそのページを破いて燃やして頂戴。ウチらはそれに従うだけよ。後は読めない文字をどうするかね」

「ああ、それなら読めるように翻訳した文を作るから、大丈夫ですよ。少し時間はかかるけどね」


 文字が読めるなら、大陸で読める文字に直すのも楽であろう。時間がかかるとは本のページ数が三百ページ程になっているからだ。文字にするだけで数か月かかるかもしれないと。翻訳には最低でも、一年位の期間が掛かりそうだなとスイールは笑う。


「それじゃ、この本は来春以降にでも提出するにして、ノートに戻るんだが……」


 魔力機器マジカルマシーンの本を閉じ、日記帳として使われていたノートを再度取り出し話を続ける。


「書いた人によると願いが二つほど書かれているんだ。一つは隠し扉の向こうにあるお宝をこのノートを見つけた人に譲る事。もう一つはこの地下迷宮を封印して……、違うね、破壊して欲しい事だ」


 指を人差し指、中指と一本ずつ出しながらノートに書かれた願いを話していく。


「両方ともそれほど難しいことは無い。隠し扉はこの部屋を出て左側の壁にハンドルがあるからそれを回せばドアが開くらしい。地下迷宮を破壊するのは青い玉と菱形の宝石を持って地上に出れば一日から二日で全てを無に帰すらしい」


 地下迷宮を壊すのは残念だが、これ以上探索しても何も出てこないし、何より街道を襲う亜人や盗賊たちの隠れ家と利用されるのは非常に拙いと考えれば、失くしてしまった方が後腐れないだろう。

 それに、この地下迷宮はスイールでも手に負えないと思える。どこかの国家に渡せば、それこそ一国で世界を支配する事も可能かもしれない。適度に取れている国家間のバランスをわざわざ崩さない方が良いだろう。


「ん、それじゃ、この地下迷宮はここが終点って事?」

「そうなるね。必要な本は数冊だし、隠し扉の先を探索したら終わりだ。この地下迷宮を壊すのは……一番探索で活躍したアイリーンの判断に任るよ」

「わかったわ。ウチも小鬼ゴブリンの巣になるのは勘弁して欲しいし、戦争の火種になるなら、無い方が良いと思うわよ」


 アイリーンの考えを聞いてそれに従うと皆が頷く。スイールが歩き回り、隅々まで調べまわった、この多目的に使われていた部屋を出て隠し扉のある壁への前へと進む。ノートの指示通りに壁を調べるとハンドルが見つかる。


「それじゃ、開けるよ~」


 掛け声と同時にアイリーンがハンドルを回すと、壁に切れ目がスッと入り、音もなく壁が奥へと消えて行き、通路と同じ材質のスロープが先に現れる。もちろん、天井から光が照らし、床や壁を明るく浮かび上がらせる。今の通路と違うのは天井から出る光がおおよそ十メートル間隔である事だ。隠し通路の性質上、天井全てに光を出す装置を設置しなかったと理解できる。


「アイリーン、よろしく」

「りょうか~い!」


 アイリーンを先頭にぞろぞろとスロープを進む一行。そのスロープは長く、徐々にだが上に登っていく。その途中で二回ほど右に曲がっていたが、二十分程スロープを登ると目の前にドアが現れる。

 そのドアをアイリーンが調べ、罠がないとわかるとドアを押し開ける。


「あれ?なんでここに?」


 ドアから出て真っ暗闇のそこに入るとアイリーンが驚きの声を上げる。アイリーンだけが見た事のある場所。


「ここ、ヒュドラのいた部屋だ」


 ショートソードの先に生活魔法のライトで光を灯し、暗がりを照らし出す。隠し通路のドアが開いているので暗がりの入り口は明るく照らし出しているが、そこから数メートル進めばそこは暗闇の中。そして、暗闇をライトで照らせば少し向こうに解体され食べられるかわからない肉や骨となったヒュドラが積もられている。


「なるほど、ヒュドラに守られた宝ですか」

「だったら、もうないよ。と言うか、宝なんて無かったよ」

「え、そうですか?宝石とか無かったですか」

「あったのは杖とスイールに見せた魔力機器マジカルマシーンだけよ」


 アイリーンの言葉にがっくりと項垂れる。ふと足元を見れば、キラキラと光る小さな金属片がドアのそば一面に広がっていた。


「ここまで来た小鬼ゴブリンがその宝を持ち出そうとしたようですね。そこをヒュドラが急襲し、小鬼ごとその宝を屠ったと。食べてしまったか、踏みつぶしたかでしょう」


 スイールの予想では血塗られたドアを何人かの小鬼の犠牲をもって開け、このスロープに続く隠しドアを見つけたのだろうと。そして、スロープの先に奪った宝石や杖を置いたところまでは良かったが、そこにあった宝を品定めしている所をヒュドラに襲われ、小鬼達は二度とこの場所に来なくなった。そして、宝はこの場で散乱とヒュドラに食べられ、残ったのは杖と、もともとあった魔力機器マジカルマシーンだけとなった。と、予想した。

 見ていないので外れている可能性が高いですがと付け加えてであるが。


「なるほどね。宝も無くなったんじゃ、この地下迷宮も壊してしまうから、あのヒュドラはこのままで良いよね?」

「ですね」


 ヒュドラに守られていた宝。スイール達がヒュドラを解体していた時にアイリーンが探してきた杖と魔力機器マジカルマシーンとは別の宝があった。それはすでに闇に葬り去られ、この地下迷宮を作った者達がごく普通に使っていた魔力機器マジカルマシーンと小鬼が持ち込んだ杖が残されていた。ただ、スイール達にとって、魔力機器マジカルマシーンは宝石などに比べてもそれ以上に価値のある宝である事は間違いなかった。


 この地下迷宮の終点まで到達し探索を終えたスイールは満足し、それ以上を考えるのは野暮だとそれ以上の思考を止めるのであった。


 明るく照らすスロープを降りながら地下迷宮の探索を終了した事を銘々に話をしている。アイリーンは手に入れた財宝と魔力焜炉マジカルストーブに満足し、ヴルフはヒュドラと戦った事に一喜一憂している。エルザは見つかった杖を持って小躍りしそうなくらいに喜び、エゼルバルドとヒルダはヒュドラの皮で何を作ろうかと楽しく話をしている。

 そしてスイールは……。


(これだけの施設を作ったと聞いた事ありませんでしたね。まだまだ見知らぬ地下迷宮は沢山ありそうですね)


 まだ見ぬ未知の地下迷宮に思いを馳せ、顔に笑顔がこぼれるのであった。




 それから一時間程して地下迷宮の入口へと戻ってきた。アイリーンの鞄にはしっかりと青い玉と菱形の宝石が揃って入れられていて、数日もすればこの地下迷宮は存在自体が無くなってしまうだろう。


 天高く昇る太陽が、木々の中にいるスイール達に初夏の陽気を届け、地下の気温に慣れた体を痛めつける。寒さ除けの外套を脱いてはいるが、額には汗が球になって吹き出し、滝の様に流れ落ちる。タオルで拭くのも面倒と手で汗を拭って目に入るのを嫌がった。


 外に出たはいいが、色々と分からない事もあると、街道へ出るために木々の合間を縫い移動を始める。木漏れ日を浴び、森のすんだ空気を胸いっぱいに吸い込むと地上に戻ってきたのだと改めて喜ばしく思う。

 獣道を進む皆の前に兎がピョンと飛び出すと、アイリーンが一射で仕留め首を落として即座に血抜きをする。獣道に兎の血が点々となぞっていくが、今、それを追う獣達はいない。微かに匂うヒュドラの血の匂いが獣達を遠ざけるのだった。


 森の中をゆっくりと進み、一時間程で街道へとたどり着く。街道の横にシートを広げ休憩する場を設け、アイリーンが手に入れた魔力焜炉マジカルストーブを出し昼食の調理を始める。


 先程アイリーンが仕留めた兎を解体し、新鮮な肉を薄く切り分けていく。森の中に生えていた香草と調味料を振り掛け下味をつけていく。

 鍋ではなく底の浅いフライパンを用意し、アイリーンが魔力焜炉マジカルストーブに魔力を流していく。スイールがお手本を見せたが、アイリーンの使用は初めてで少しだけ調整に手間取っていた。それもすぐにコツを掴みフライパンが適度な熱を持ち始める。脂を少量垂らし薄く広げジュージューと音がし始め、そこへ下味をつけた兎肉をフライパンで焼き始める。

 その間に保存食として持っていたパンを横から切り込みを入れ口を開く。十分に焼けた兎肉を油の滴るままパンに挟み込みんで、兎肉を使ったサンドイッチが完成した。

 野菜類を使わなかったのが少し残念だが、新鮮な兎肉は十分旨味が出ていた。


「うん、久しぶりに旨いもんを食った気がする」


 少し腹の中に痛みを感じるヴルフではあるが、フライパンから立ち上る焼けた兎肉の匂いには勝てない様だ。香草の匂いも食欲を増進させる効能があるらしく、ヴルフだけでなく食が細いエルザもそれには勝てなかった。


「これ、めっちゃ便利やね」


 魔力焜炉マジカルストーブを使ったアイリーンがその便利さに舌を巻く。いつもなら、薪を拾い集めてから火をおこし、かまどの上に鍋を置いてやっとの事で料理が始まるのだが、その工程をすべて飛ばして料理を始める事が出来るのだ。

 久しぶりの肉を食べ終わり、シートの上にごろんと横になるヴルフとエゼルバルド。心地よい風と降り注ぐ太陽の光を全身で浴びる。満腹になって横になれば眠気も襲って来るというもの。二人が瞼を閉じれば数秒もしないうちに寝息を立て始める。


 それを横目に魔力焜炉マジカルストーブと掃除をしたフライパンを自らのバックパックに片付ける。眠った二人の邪魔をしない様にアイリーンとヒルダ、そしてエルザの三人は話に花を咲かせ始める。


 自らも横になろうかと思ったが、周囲の警戒をと思い、出発までぶらっと辺りを見回ろうと立ち上がり、森の近くや街道の淵までを行ったり来たりしながら時間を潰す。街道横には草が生い茂り夏を待つばかりと濃い緑色が目に飛び込む。そこに色とりどりの小さな花が行き交う旅人の目を楽しませる。


 三十分程でヴルフとエゼルバルドが起き出し休憩が終わる。ブーツを履き、シートをバックパックに仕舞い込み、休憩に使った道具を全て片し終える。

 先程までのピクニック気分を盗賊が見れば、絶好の機会だと襲ってきても不思議では無いが、今の立ち姿、振舞いを見ればそれが間違いだったと思うであろう。


「なんにしろ街に到着するのは明日ですから、ゆっくりと行きましょう」


 スイール達は、ロニウスベルグへ向け出発するのであった。




 その夜の事である。街道を進み街まで後半日となった距離で、数メートル程、脇に逸れた所でスイール達は野営をしていた。夕食が終わり、焚火を囲んで真剣な面持ちで話をしている。あまり大声を出したくなかった為、小声で話をしている。


「ヒュドラの革で作る鎧だけど……」


 地下迷宮で幾許いくばくかの犠牲、--と言っても装備であるが--、を払い、打倒したモンスター。皮膚には武器が通らず奥の手を使いやっとの事で勝利をもぎ取ったヒュドラの革を、何処で処理をし、作成するのか、だ。

 ヒュドラの革を使えば鎧の防御力は今までの比でない程丈夫になり、多少の魔法耐性も付く。それは生存性に寄与し、死ぬ確率が少なくなることを意味する。


「何処かに腕が良くて、口の堅い、信頼できる鍛冶師は心当たり無いですか?」


 エゼルバルドが声を掛ける。ここがトルニア王国であればブールの街に戻り、ラドムに頼むのが一番だろう。だが、ここはベルグホルム連合公国であり、見知らぬ土地だ。エゼルバルドとヒルダは当然ながら初めて訪れた地であるためその手の情報に疎い。そこで各地を回った事のあるスイールやヴルフ、地下迷宮をめぐるアイリーンは知り合いがいても不思議ではないと思うのだ。しかし、三人の口から出てきた言葉はどれも期待に応えられないものであった。


「そうか、スイール達でも鍛冶師の知り合いはここにはいないかぁ……」


 ヒュドラの千切れた鱗を手に持っていじりながら、エゼルバルドは呟く。胸の部分が大きく損傷している自らの胸当てが役に立たない事を憂う。早く装備を新調したいのだがそれは叶わぬのかと顔に陰りが落ちる。


「どうだろう。知り合いはいないが、ルカンヌ共和国へ行ってみるのは。トルニア王国へ帰るよりは十分早く到着出来ると思うぞ」

「なるほど、ルカンヌ共和国か。それは思いつかなかったな。自由商業都市ノルエガであれば鍛冶師も沢山いるだろう。エゼル、行ってみないか?」


 ヴルフに続き、スイールまでもがルカンヌ共和国行を提案したのだ。エゼルバルドとしても始めていく土地に心奪われるものがある。しかし、商業、つまりは金儲けを主眼とする土地で鍛冶師はいるかもしれないが、腕利きの鍛冶師を探すのは困難を極めるのではないかと考える。見つからなければトルニア王国へ帰るのだが、陸路で直接トルニア王国へ戻るにはディスポラ帝国があるために不可能で、ベルグホルム連合公国に戻って船に乗る必要がある。

 一種の賭けに近いが、いざとなれば予備の胸当てを購入して間に合わせる事も出来る。地下迷宮から出たお宝だけでも数年遊んで暮らせると考えればルカンヌ共和国へ行っても少し遠回りになるだけだ。


「そうだね、見た事の無い土地に行くのも良いかもしれない。ルカンヌ共和国へ行ってみよう」


 ルカンヌ共和国へ行く事が決まり、晴れ晴れした気持ちで皆はそれぞれ夜を楽しむのであった。

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