第二十九話 地下迷宮探索 十四

 血に染まったドア。

 鮮やかな朱色の鮮血に染まった後、時間が経ちどす黒い鉄錆び臭のする血液へと変化していた。ドアの真ん中へ血液が浴びせられていて垂れた跡がおどろおどろしさを助長している。

 血液の跡以外は見えないので何かがドアに激突してはいない事だけは確かだ。そのドアを見るに、これを調べるアイリーンが少しだけ可哀そうに思える。


「ここが終点と思いましたが、まだあるとは、設計者は何を考えているのでしょうかね?」


 ドアを調べ始めるアイリーンの仕事を見つめながらスイールが呟いた。オーガーが、ヒュドラが、そして酸の湖があり、この場所で何が起こっていたのか、いや、何を行おうとしていたのか、いまだに意図がはっきりしなかった。

 世界各地で見つかっている地下迷宮は食糧の種や居住スペース、商業スペース、そして武器から衣類、娯楽まで施設として見つかっている。そこから同時期に発生した災害に対する逃げ場所、--言わばシェルターみたいな場所--、として機能するように設計されていた。

 だが、ここはそれが一切見つかっておらず、強力な敵を配置するなど用途が違うとしか思えなかったのだ。

 目の前のドアもそうだ。アイリーンが調べているが一所にしゃがみ込み、手持ちの道具で罠を解除しようと奮闘している。生活するのだけであれば、罠など必要が無いはずなのに……。


 五分経っても罠が解除できない所を見れば、この先は重要施設である可能性が高い。そこにこの地下迷宮が生まれた理由が隠されているとスイールは期待している。


「ふぅ、罠が解除できた……。こんな複雑な罠は初めてだよ」

「お疲れ様。ドアを開けてくれるかい?」

「はいよ~」


 罠が解除され、変色した血液がべったりと付着したドアをアイリーンが開いていく。このドアの蝶番も錆びにくい材質だというのに酸にさらされ続けられたのか錆が浮き、ドアが開くのに合わせて”ギギギギ”と金属にやすりを掛けるような音が辺りに響く。


(そう言えば小鬼ゴブリンは酸のピリピリした空気に痛みを感じなかったのでしょうか?)


 酸の湖の存在と錆びを結び付けて余計な考えをしていたスイールだったが、開いたドアの先を見て、頭の中で組み立てていた考えを忘れ去る程に驚きを露にした。ドアを開けた暗い通路にアイリーンが足を踏み入れた瞬間、その通路の天井が光を放ち始め、通路の全てを明るく照らし出したからだ。

 通路を直視していたスイール達の目が眩しさで目がくらみ、顔を背ける事しかできなかったほどだ。


 しばらくして眩しさに目が慣れ、ドアの奥、そして、通路を見て、また驚く。天井から照らし出す光は通路のすべてを照らし、奥の行き止まりにある左側のドアでさえ浮かび上がらせたのだ。沢山の地下迷宮に潜っているアイリーンや深い知識を持つスイールでさえもこの光る通路は初めてだった。

 もう一つ驚いたのは壁の材質だ。アイリーンが歩くとコツコツと音が立ち硬質な材料でできている事がわかる。だが、今までの通路の様に石畳や岩盤で出来た物でなく、継ぎ目のない不思議な材料で出来上がっていた。

 壁も床と同じ材質で出来ている事は確かだが、加工方法が床と少し違って見える。


「ふふふ、重要施設ですか?未知の技術を使った光に、未知の材質で出来た壁と床。これは期待できますね」


 笑いながら呟くスイール。そして前を行くアイリーンを急かす様に背中を押し、通路を進みだす。何故か黒い足跡が床に沿って付着し、通路の途中までそれが続いていた。

 罠があるかもしれないとスイールに注意をするのだが、この通路のドアにアイリーンでも解く事が難しい罠が仕掛けてあった事から、通路内に罠を設置する事はないと確信しているスイールに歩みを止めさせるのは難しいだろう。


 そして、天井からの光がサンサンと降り注ぐ通路を進み百メートル程、アイリーンとスイールの目の前に今までと違うデザインのドアが目に入る。アイリーンがそのドアを調べようと前に立つと音もたてずに右へとドアがスライドし、入口が現れる。

 ドアの先には通路と同じ様に、天井から光が煌々と照らし、部屋の全容があらわになる。


「これは、いったい……」

「実験室……では無いですね。書斎や作業部屋と呼んだ方が良いかもしれませんね」


 導かれるように入口を潜り、部屋へと入った二人が見たのは十メートル四方の四角い部屋。本棚が壁一面を支配し、カラフルな背表紙の本が所狭しと保管されている。部屋の中央には大きな机が置かれて、その上にも本やノートが積み重ねられていた。机の中央には書きかけのノートが広げられ書きかけで終わっていた。

 本棚が置かれていない壁の一角は作業テーブルが鎮座して魔力焜炉マジカルストーブが幾つも分解された姿で置かれている。


 その作業台に目を付けたアイリーンがいる魔力焜炉マジカルストーブを手に取りまじまじと見つめる。


「スイール、これなんで分解しているんだ?」


(分解?何故、幾つもする必要があるのでしょう)


 アイリーンの口から出した言葉と目の前にある魔力焜炉マジカルストーブの状態を見て違和感を覚える。分解するのであれば、こんなに幾つも分解する必要があるのかと。しかも同じ状態で積み上げられている。


(分解では無い可能性があるとすれば……。そうですね、逆に考えてみたらどうでしょうか)


 スイールの頭が高速で回転し、一つの結論を出す。


「アイリーン。分解ではなく、組み立て途中ならどうでしょう?組み立てている途中で何かあった、もしくは組み立てできなくなった、と考えればこの数も納得いきませんか」

「あっ!」


 認識の違いである。アイリーンが分解と初めに言葉にした為、スイールも分解していると思い込もうとしていた。作業テーブルの上に置かれている魔力焜炉マジカルストーブの部品は真新しかったので、違和感から認識を変える事が出来た。

 その後、作業テーブルの上にはいくつかの魔力焜炉マジカルストーブを完成させるだけの部品がある事も確認でき、人数分を持ち出すのであった。


 そして、スイールが始めに目を付けていた机の上にある書きかけのノートへと興味が移り、手に取って眺め始めた。スイールには読める字だが、横から見ているアイリーンには何が書いてあるのかチンプンカンプンだった。このノートを今読めるのはスイールを含め世界に数人しかいないと思われる。


「ふんふん、なるほどなるほど。そうだったのか」


 ページを捲るスイールの呟きだか、返事だか、良くわからない声が部屋の中で響く。机の側で読んでいたかと思えばいきなり動き出し、本棚の前へと移動したり、机に戻っては引き出しを開けていたりと、この部屋の主であるかの様な振舞いをする。

 その動きと呼応するかの様に本棚から必要な分の本、数冊がスイールの手元に集まり、一応の終わりを見るのであった。


 スイールが机の上に乗っていたノートを読み終わるまで約一時間。小鬼の集めていたお宝を集め終わり、暇をしていたエゼルバルド達もこの部屋に合流しすでに三十分以上が経過している。


「おや、ちょうどよかったです。全員集まってますね」

「気が付くのが遅い!」

「暇なんですけど」


 手に持っていたノートから顔を上げたスイールは全員集まっている事に満足げだったが、集まっていたのは三十分ほど前の為、冷たい目を向ける他の五人であった。だが、スイールが気が付いたのであれば何か説明を告げるだろうと予測は出来た。暇を持て余していた五人にとっては朗報である。


「さて、この地下迷宮に付いてわかった事をお話ししますね」


 そして、スイールの長い話が始まった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 この地下迷宮は多額の出資を経て、五年の歳月をかけて完成させた研究施設で、その研究内容は地下での食糧増産試験であった。


 地下の一定温度下で人工の光を当てて食べられる植物を育てる計画を出資者と研究員が共に研究するために作られ、それは無事に稼働した。

 一定の成果を上げるのに五年。その後は毎年のように植物を増産し、食料プラントとして成功を収める。


 それが十年ほど過ぎた時である。何処からか雑食の蜥蜴が地下の植物生産場へ紛れ込んできた。それも一匹でなく数を数える事も出来ない程無数にである。その蜥蜴が植物を食べる速度は異常で三日と持たず植物は根から全滅した。


 その雑食の蜥蜴は小さく、手で持てる程であったが、人が近づくと集団で襲い、まるで蜥蜴で覆われた様に人の肌を見る事も出来ない程に密集し、生きたまま小さな蜥蜴に食い散らかされた。それも一人や二人でなく、研究員としてその場にいた数百人、すべてがであった。人を食べ腕の長さまで成長した蜥蜴たちは食べる物が無くなり、仲間である蜥蜴を共食いし始める。


 その光景は見ている者達の心に絶望を植え付けられ、この施設を破棄する事を決めた。そして、この施設は改造され、蜥蜴が簡単に出られない様に酸の湖を作り、その池の水を抜かれない様に門番を作り、扉を封印し、最後に、この施設の入り口を地中深く封印をしたのである。




「と、以上が簡単な流れだね。最後にノートに記された日付が五六二〇年九月とある。かなり昔だね」


 スイールは淡々とノートに書いてあった事を話し、最後に記された日を読み上げた。そこでエゼルバルド達がその日付を聞いて、そんな年はないと異論を唱える。

 今は世界歴を使い二三二三年だ。そして、その前は創世暦で四〇九一年で今の世界歴に変わっている。歴史の中で五千年を超えた歴は存在しない事になっている。

 だが、スイールの読み上げたノートの日付はありえない日付、五六二〇年だ。出鱈目に話していると思わざるを得ないのだ。


「そう、本来なら創世歴があり、今の世界歴の二つが知られているね。でも、その前にも歴史があったらどうする?」


 スイールの話に付いていけたのはエゼルバルドだけで他の皆は首を傾げるだけである。そもそも創世歴より昔となれば伝説の時代であり、何年まで続いたのかわかっていない。さらに、証拠となる物証が出土すらしていないので証明できていない程だ。


「まぁ、無理も無いですね。ちなみにこの地下迷宮は八千年近く前に作られています」

「は、八千年?こんな真新しい地下迷宮が。そんなに経ってるのこれ?」


 八千年。正確には七千四百年ほど前なのだが、語呂良く八千年とした。そして、ノートをぺらぺらと捲り、その謎解きを始める。


「これを書いた人、まぁ誰か判明しませんが、その人が使った封印とは、封印対象の時間をほぼゼロにする魔法だったようです。この地下迷宮を破壊する事も出来る様に用意はしてたそうですが、近いうちに解決策が見つかるかもしれないと現状のままで封印する事にしたそうです。その為八千年近い年数が経っているにも関わらず、埃もそれほど積もらず、ドアに錆も発生して無いのです。この地下迷宮が封印を解かれたのは数か月前のようですから、封印と時間の流れを見れば真新しい地下迷宮となったらしいです」


 説明するスイールだがエゼルバルドを筆頭によくわからない顔をしているのでそれ以上の説明をする事を諦めた。


「真新しい地下迷宮ですが、本棚にこんな本が入ってました。何だと思いますか」


 一冊の茶色の表紙に不思議な文字が書かれている本を皆に見せる。中を開けぺらぺらと捲ると、アイリーンがこの地下迷宮で手に入れた魔力焜炉マジカルストーブの描かれたページが現れる。一つ一つの部品が別れており、設計図の様にも見える。

 その他のページには制御球をスケッチしたり、その構造が書かれているなど読み応えのある本であった。さらにはそれ以外の魔力機器マジカルマシーンを記載しているページもある。


「文字は読めないでしょうが、魔力機器マジカルマシーンを作成する為の参考書みたいなものですね。見た所抜けも無いようですし、魔力焜炉マジカルストーブも作れそうです。これ、どう使いますか?」


 ニヤリと笑うスイールは、持っていた本を閉じ、目の前に掲げてそれをゆっくりと横に振る。誰か、この本を取ってみろと言わんばかりに。


「どう使うかって、そんなの個人で扱える訳無い。国とか、大規模な開発手段を持っている商人に売るとか、それしか出来ないでしょ?」


 お手上げだと言わんばかりに両腕を上に上げてアイリーンが呟く。失われた技術を発見したトレジャーハンターとしての名声はうなぎのぼりであるが、その本を巡って奪い合いが始まるかもしれない。そんな渦中にいられないと思うのは当然だ。


「それなら燃やして、この本自体を発見しなかった事にするかい?魔力焜炉マジカルストーブが広がれば生活はずいぶんと便利になるし、その他の|魔力機器《マジカルマシーンだって生活に役に立つよ」

「なおさら、国が管理すべきじゃない?こんな本を見つけました。魔力機器マジカルマシーンを安く作って下さいって」


 アイリーンの言いう事はもっともである。国が管理し、作成するのであれば国民に広まるのも早いだろう。それに重要な輸出品として他国に優位に立てる。

 もっともトルニア王国程の国力を持ってなお、トルニア王国しか作れない輸出品となれば他の国からうとまれる事になるのは目に見えているのだが。


「アイリーンの言う事に賛成じゃな。国に管理を任せるのが良いじゃろう」

「オレもそれでいいかな」

「わたしも」

「もちろん、私もです。エルフの里にお土産で技術を持ち帰りたいのはありますけどね」


 と、決まりかけたのだが、ふとエゼルバルドが確認したいと質問をする。


魔力機器マジカルマシーンを何種類も作れるんでしょ。生活用品とかは賛成だけど、作ったらいけない魔力機器マジカルマシーンもあるんじゃないの?」


 エゼルバルドの質問に厳しい顔をしたスイールが呟く。それが何を意味するのか、全員が固唾を飲むことになる。


「それは……、……大量殺戮兵器ジェノサイドウェポン……ですね」

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