第二十二話 地下迷宮探索 七 ヒュドラ現る

「何とか倒せたのかな」


 オーガーの肘による一撃を受け少し凹みのある胸当てを撫でながらエゼルバルドが呟く。手の感触から胸当ての内部を補強してある金属が歪んでいるとわかり、この胸当ても限界が近いと感じた。軽く頑丈に作られているラドム作の胸当てをエゼルバルドは気に入っており、今から作りに帰るのも大変だと半分諦めていた。ラドム程の腕の鍛冶師は探せば見つかるかもしれないと、そちらに期待するのであった。


「それにしてもオーガーか。こんなのが昔は大軍でいたんだな」


 ヴルフがオーガーの死体を見て、あまり戦いたくない相手だと溜息を吐く。このオーガーを仕留めるにあたり、ヴルフは殆ど役に立っていなかった。一撃を与えて手が痺れただけで威力偵察にもならなかった。


「この死体どうするの?こんな大きなの運べないよ」


 解体するにしても時間がかかりすぎるし、皮を持ち帰るにしてもギリギリであった。どうしたものかとスイールが顎に手をやり悩んでいると、オーガーの死体から白い煙が上がる。何事かと観察をしていると、オーガーの体から水分が抜けてミイラ化が進み、それが終わると粉になり崩れてしまった。最後にはエゼルバルドのブロードソードがカツンと倒れた。そのブロードソードに付着していた血液は、それ自体が無かったように白い煙となって霧散していった。


「もしかして、寿命を超えて封印されていたからか?生命力で維持できなくなった体が限界を超えたのか……」


 その現象が思い当たるスイールはそう説明したが、皆は理解が出来ないらしく頭を傾げるしかなかった。

 封印されていた状態では、体を維持する全てが何らかの仕組みにより凍結され、その状態で保たれる。だが、その状態でも時間は流れるのだ。

 一旦封印が解かれれば凍結された体に時間が流れ出し活動が再開できる。しかし、その生命力、つまりは命が無くなった時にどうなるかと言えば、封印されていた時間は魔法で強引に生命力を繋ぎとめていた状態である。そして、生命力が亡くなれば命が維持できなくなり、粉、--本来は灰であるが--となり消えていくのだ。


 ここでスイールは自らがはこれではないかと考えてしまうが、すぐに首を振り”これではない”と考えを改めるのでだった。


「どうしたの、スイール!」


 その首を振るスイールを心配したヒルダが声を掛けるが、”何でもない”とだけ返す。


「解体もしなくてよくなったから、通路に戻ろうか」


 オーガーのいた洞窟通路を戻り、ドアを潜る。菱形の宝石をアイリーンが抜き取ると自動でドアが閉まり、生きている地下迷宮だと再び認識するのであった。

 出た場所を右に戻れば地下迷宮の入り口に、左に進めば地下迷宮の探索の続きへと向かえる。

 スイール達は当然ながらまだ探索をしていない通路を求めて左へと進路を取る。ここで帰ってもまた来ることになるだろうから、余力がある今は進める所まで進もう、となったのだ。


 そして、この通路の行き止まりで、前方には青い玉で開けるドアが、右側には菱形の宝石で開けるドアが再び姿を現した。右側のドアはハンドルが落ちていた通路でここにはもう用がないと、前方のドアを開けて進むことにした。

 一度開けているため罠の心配はない。青い玉を入れ鍵を解除しドアを開け、魔法の光で一応通路の先を確認するが、前に通った時と変わらぬ石造りの通路が続いている。


「ピリピリする肌の痛みもないし、問題ないみたいね」


 そう告げたのはアイリーンだった。このドアを始めて潜ったあと、肌にピリピリする痛みを感じ一度ドアを閉じていた。その後エルザの風魔法により原因をまとめて除去しながら進むなど、この通路には手こずっていた。だが、それが一切なく、空気のよどみもない事で安堵の表情を見せていた。


「ドアを閉めて青い玉を回収したら先に進もう」


 アイリーンが青い玉を回収すると再び訪れた通路を進み出す。壁にはぼやっと光る石が存在するため道案内には事欠かない。それでも光量がたりず、魔法の光の世話になるのだ。

 そして、三百メートルほど進むと、前方と左側にドアが見える。左の青い玉で開くドアの向こうは階段で酸の池となっていた。今は前方のドアを開けるためにアイリーンが菱形の宝石をドア横の穴に入れようとしていた。


「菱形の宝石で開くドアって今まで二回あったけど、それぞれに何か仕掛けみたいなのがあったよね。さっきのはオーガーがいたりしたけど。今回のドアの向こうも何かあるんじゃない?」


 不意に心配事があるとエゼルバルドが考えを述べる。言われてみれば一つ目はハンドルが落ちていたし、二つ目はそのハンドルで回す装置とオーガー。それを考えれば今回のドアの先に何かが存在していても不思議ではないと思える。

 その時は脅威を排除すれば良いだけだとヴルフは楽観的に考える。オーガーより強い生き物など早々いないだろう、と。楽天的な考えが羨ましいと思っているのは、エゼルバルドだけかもしれない。


 何にしてもこのメンバーで倒せない敵はあり得ないだろうとなり、菱形の宝石を入れドアを開ける事にした。

 アイリーンが菱形の宝石をはめると、オーガーのいた通路に続くドアと同じに誰の手も触れる前にひとりでに開いたのだ。これには一同が驚くしかなかった。


「やはり何かあるか……。どうする?」


 開いたドアの前で先に左の青い玉で開くドアを開け、もう一度、酸の池まで探索してみるか?と話し合う。酸の池は行き止まりで行ったとしてもここに戻って来ることになるかもしれないと、反対の意見がでた。どのみち、この中も探索しなければならない、であれば先でも構わないだろうと、このままドアの先へと進むことになった。


(鬼が出るか蛇が出るか、一種の賭けですね。良い方に転んで欲しいですが、さて)


 ドアを潜るスイールは一人、呟く。賭けが成功すると楽なのだが、と。


 ドアを潜って見えたのは洞窟型の通路であったが、今までの箱型の通路ではなく不定形な洞窟であり、地面も平らではなく凸凹して動きにくく、何処かで水が流れているのかぬかるむ場所もある。それに前方、左右を見渡しても今までの五メートルの高さ、幅でなくもっと広いと見られる。前方も光の届く範囲に壁は存在しない。今までの通路は何だったのかと思うくらいである。

 それでも進まなければ探索は終わらないと進むことにしたが、足場が不安定で歩き難い。そんな泣き言を言っても誰も救いの手を出してくれる訳でもないと、淡々と足場を確認し進むだけであった。


 百メートル程進んだ所で壁が狭まり、一メートル程の幅の場所を見つける。その隙間の向こうも同じ空間だが、そちらは少しだけ足場が良い。それは光が届いた場所のみを見ただけなのだが踏み固められたように平にならされていた。

 それが何を示していたかは、しばらく後に判明する事になる。


「あれぇ?なんでここだけ狭いの」


 アイリーンは不思議そうな顔でまじまじとその壁を観察している。エゼルバルドがその壁を見てもただ狭い通路、としか見えないのだが、アイリーンには別の何かを発見するのかと少しだけ期待をしてみる。

 その期待を裏切らないように何かを見つけた様だ。


「壁のあっち側は引っ掻き傷が沢山付いているけど何かわかる?スイール」


 壁に付いた不思議な引っ掻き傷を見つけたアイリーンは、それをスイールに見せた。スイールに言わせると、引っ掻き傷と言うよりも体を擦った時に付く傷跡にそっくりだと。引っ掻き傷であれば縦方向、もしくは斜め方向に振り下ろして傷になるが、アイリーンの見つけた傷はすべて水平方向に傷が付けられているのだ。しかもその傷が開口部だけでなく、明かりの届く範囲の左右五メートルまで断続的だが続いている。体に付いた汚れを落としたか、縄張りを主張しているか、それは不明であったがこの奥に得体のしれない何かがいる事だけは確かであった。


「これは厄介な!!」


 ヴルフがその傷を見て呟く。目の前の高さであれば何とかなるだろうと予想が出来るが一番高い場所はヴルフよりも、いや、背の高いエルザよりも一メートル程高い場所にも付いているのだ。最低でもあの高さまで届く大きさの、何かがこの向こうに潜んでいる。ヴルフの厄介な、とはいつもと重みが違うのだ。


「どうする、戻るか?」

「これを見たら戻った方がいいと思うけど……」

「エゼルはどう思う?」


 壁に付いた傷を眺めていたエゼルバルドに皆が意見を求める。ヴルフやアイリーンは戻った方が良いと考えていた。この先の危険度を考えれば戻るべきなのだが、この狭い通路の片側だけ壁に傷が付けられていると思えば、不利になったらここまで撤退すれば何とかなると考えた。


「進んでみようよ。遭遇したらその場で考えて、それでも駄目だったらここまで戻ればこの通路は超えられないはずだから」


 ブロードソードを抜きながらエゼルバルドは皆を鼓舞する。この先も探索する必要があるのだ。ここで下がってもまた来る必要がある、と。倒せないでも偵察をしておけば、再び訪れる場合でも楽に探索が出来るだろうとの思いがあった。


 そして、踏み固められた地面を確認する様に一歩一歩、確実に進み始める。その先に何がいようと打ち倒すと決意を込めて。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 暗闇にうごめく一つの生物。いや、その巨体から生物と呼ぶには相応しく無いその体格からは、まさにモンスターと呼ぶに相応しいだろう。ここに紛れ込む小動物なら丸呑みに、多少大きくても力の限りをもって噛み砕く力もある。


 この世に生まれて幾年経っているか、その存在は知らない。だが、この暗闇で自らの敵となすものが今まで現れなかった事はわかる。そして、今、休ませている体に空気を伝って獲物の気配を感じる。今までと同じで腹に入る食料が来たと。


 丸めている頭をゆっくりと解き、体を起こす。地面に下ろしていた腹を持ち上げ、自慢の尻尾を左右に動かし宙を叩く。その威力は金属鎧プレートメイルを着た大人でさえ数メートルも吹き飛ばすだけの力を持っている程だ。


 赤黒い鱗に天井から下たる水滴が降り落ち、そして弾かれ地面へと到達する。その鱗は鍾乳石が天井から落ちただけでは当然ながら傷一つ付かない。一枚一枚が鋼よりも固く、魔法の剣すら弾き返すほど。


 敵のいない暗闇でこれから来る餌に思いをはせる。さぁ、食事の時間だと……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルドを先頭に、ヴルフとヒルダがそれに続く。アイリーンとスイールがその後を横に並び歩く。暗闇を照らす魔法の光はその二人が持ち足もとを照らす。

 後ろを行くのはエルザだが、前の五人に比べれば少しだけ及び腰である。


 ゆっくりと進む六人の足がかすかにだが振動を拾う。一定のリズムを刻みながらそれが徐々に大きく、そして確実に振動が伝わり始め、そして耳にも音が届く。得体の知れない、何かが地面に振動を伝える程の巨大な敵が目の前からやってくる。


 スイールがライトの魔法を最大限に発揮させ照らす距離を稼ぐ。そこに見えてきたのは明かりに照らされた赤黒い鱗を持った蜥蜴の化け物。しかも首が三本もありそれぞれが独立して気持ち悪くうねうねとうごめく。

 首や腹のうろこは白く、背中の赤黒い鱗と比べれば同じ生物なのかと疑う程である。


 その鱗の色に見覚えのあるエゼルバルドとアイリーンは唾を飲み込み、武器を持つ手に自然と力が入る。魔法の剣でさえその鱗を貫けなかった相手。それもその後にスイールから聞き始めて知った相手。


「ヒュ、ヒュドラ!」

「ヒュドラだと」


 エゼルバルドが目の前に現れた赤黒い鱗を持つ蜥蜴の化け物に驚きながら呟く。過去に対戦したよりも禍々しく、そして、完全な形になって現れたそれに向かって。


「完成されたヒュドラですか。私もこの三本首は初めて見ましたね」

「ちょっと、冷静に観察してないでよ。あれに酷い目に遭ったんだから」


 目の前に現れたヒュドラに目を奪われているスイールにアイリーンが叫ぶ。それでもスイールはそれを聞かないふりをして続ける。


「倒せない相手ではありませんが、苦戦はするでしょう。怪我をするかもしれませんが」


 ゆっくりと二対四本の足を交互に動かし迫るヒュドラ。特徴ある三つの首は、それぞれが独立し餌となる敵を品定めをし、前に並んだ三人をそれぞれ選んでいる。首をゆっくりと前後に動かしながら舌をチョロチョロと蛇のように出し入れする。すでに腹の中に納まっている気なのだろう。


「撤退しますか?戦いますか」


 スイールが前の三人に叫ぶ。迫り来るヒュドラはゆっくりとであるが距離を詰めて来る。もうその限界も近くなり、エゼルバルドが叫んだ。


「この向こうに何かあるかもしれないんだ。ここで倒そう!」

「よし、わかった。一丁やるか」

「仕方ないわね。乗ってあげるわよ」


 ヴルフもヒルダもそれに答え、ヒュドラに対する事に決めたると自らの武器を目の前で構える。

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