第二十三話 地下迷宮探索 八 ヒュドラの脅威

 三つの鎌首を上げ、ヒュドラの冷たくそして鋭く光る眼光は獲物を狙う。獲物は目の前にいる六つの向かい来る者達。そう、エゼルバルドを始めとするヴルフ、ヒルダ、アイリーン、スイール、そしてエルザの六人だ。それぞれの首が獲物を見定め見失わぬ様にと三方を向き、攻撃の隙を伺っている。頭までの高さが三メートルもあるヒュドラはその首を鞭のように振るうだけで絶大な攻撃力を誇るだろう。さらに口腔にギラリと光る二対四本の牙が食らいついた敵を放さず噛み千切るであろう。


 圧倒的な攻撃力を持つ敵を目の前にしても怯むことなく、攻撃せんと武器を構えヒュドラに意識を向ける。




 先陣を切ったのはヴルフであった。棒状戦斧ポールアックスを両の手で右に構え、ヒュドラの首一本に向かい横薙ぎに一閃する。ヒュドラの右首に棒状戦斧が打ち付けられるが、甲高い音と共にあっさりと打ち返される。流石のヴルフもオーガー戦で全力の一撃を跳ね返された経験から、ヒュドラも一撃で終わる事はないと牽制する意味での一撃として攻撃を加えていた。

 さすがにヒュドラの赤黒い鱗はヴルフの攻撃を物ともしなかった。


「硬いのぉ」


 振り抜いた後でヒュドラに向き直ったヴルフが両の手で持つ自慢の獲物ぶきを見つめながら呟く。鋼で出来、尚且つ鍛冶師に鍛え上げられた二メートル先に付いた斧でも大した傷を与えられなかった。どれだけ硬いのかと改めて思い知る。

 その一撃を受け、ヒュドラの首が一本、ヴルフに向き直る。攻撃され怒りに満ちた目を向け、牙を剥き出し攻撃を加えようと狙いを定める。


「赤い鱗は攻撃を弾きます。口の中に攻撃するか、腹の白い鱗を狙ってください。白い鱗ならまだ攻撃が通じる可能性があります」


 ヒュドラの中央の顔面に向かってスイールが魔法を放つ。火球ファイヤーボールは寸分たがわずヒュドラの顔面に命中するが、それで攻撃の手を緩めることは無い。だが、視界を奪う事には成功し、ヒュドラに一瞬の隙が生まれる。


 中央の首にはエゼルバルドが、そして左の首にはヒルダがそれぞれ攻撃を加える。エゼルバルドは鎌首を上げている頭には攻撃が届かないと見て、首の付け根を目掛けてブロードソードを突き出す。魔法の両手剣で赤黒い鱗に傷もつけられずに撤退しただけあり、今度の攻撃は何としても突き通すとの強い意志を感じる一撃を見舞った。


 ”ザクッ!”


 それは極僅かであったが攻撃が通った感触。ブロードソードの切っ先が一センチほど白い鱗に突き刺さったのだ。それに驚くと共に後ろへ飛び退いてヒュドラと間合いを取る。驚いた瞬間で動きが止まったが、それまでいた場所へヒュドラの牙が襲い掛かっていたが、良く回避できたなと冷や汗をかく。


「やっぱり硬いや」


 ブロードソードの切っ先をヒュドラの顔に向け、牽制すると共にヒルダをちらりと見やると、懐に潜り込んではいないが攻撃してきた顔に軽棍ライトメイスを叩き込んでる姿が見えた。


 ヒルダの攻撃は顔面に攻撃を集中していた。ヴルフやエゼルバルドが首の付け根を狙ったのに対し、牙で攻撃して来た顔に軽棍で攻撃を返していた。

 ある程度の重さしかないヒルダの軽棍は一撃が弱い。体の回転と腕の振りを加味して速度を付けて打ち付ける攻撃手法を取るヒルダは、ある程度小さな体格の敵に対しては絶大な威力を誇るが、目の前の巨大なヒュドラに対しては一撃の威力が低い。それでも一撃一撃を同じ場所へ叩き込む事によりダメージを蓄積させていく。エゼルバルド程では無いがヒルダも戦闘センスは高いのだ。


「いい加減に倒れなさいよ!!」


 十発程、攻撃を叩き込むとヒュドラは大口を開けてヒルダを威嚇し始める。他の首はそれほど攻撃を受けていないが自分は何故こんなにも攻撃を受けるのか、目の前の敵は小さいだけではないかとヒュドラに焦りが積もっていた。そして、


 ”ボワッ!!”


 ヒルダを援護しようと待ち構えていたエルザが得意ではない炎魔法をヒュドラの口に叩き込んだ。流石のヒュドラもそれには驚き、一瞬だが何をされたのかわからず混乱に陥った。打撃によるダメージの蓄積を嫌がり、一瞬ひるんだ隙に口の中を熱が襲うとは想像もしなかった。

 近づけば痛みは殆ど無いが殴られ続け、間合いを取れば別の攻撃を受ける。完全に攻撃手段を失ったと考えるのだが、それはヒュドラの脳ネットワークにより解決される事になる。


 決定的な一撃を与える事が出来ないヴルフは一人、棒状戦斧を振り回し目の前のヒュドラの顔に乱打で対抗する。攻撃力は皆無だがヒュドラの首の動きが一瞬止まる。少しだけ大振りに棒状戦斧を右下から左上に打ち上げる様に振り抜く。ヒュドラの白い鱗で包まれた顎に棒状戦斧の斧が食い込み、ヒュドラが痛みで口を開ける。


 ”ビュッ!”


 ヴルフの顔のすぐ側を矢が通り抜け、ヒュドラの口の中へと吸い込まれる。


「こら、ワシを殺す気か!」


 ヴルフの後方数メートルの位置で打ち終わり、次の矢を番えるアイリーンが見える。普通の矢だがヒュドラの口の中は外皮に比べて幾らか柔らかい。それでも牙は固く上顎下顎もそうそう砕く事は出来ないだろう。だが、アイリーンの矢はヒュドラの舌に命中し、刺さりはしなかったがヒュドラの焦りを引き出す事には成功している。


「アンタは殺したって死なないでしょ」

「いや、死ぬぞ」




 前衛三人、後衛三人で決定的なダメージを与える事が出来ず、ズルズルと時間だけが過ぎ、すでに二十分ほど経過した。体力的にはまだ動けるが、ヒュドラにダメージの蓄積があまりないと見られエゼルバルド達にも焦りの色が見え始める。

 それはヒュドラも同じで足元をウロチョロと動き回る小動物と同じだと見ていたが、開始早々にその考えを捨て、全力で撃ち滅ぼさなければならぬ敵だと認識していた。それぞれの頭がそれぞれの敵に攻撃をしていた事がヒュドラの勝つ道を狭めていた。


 ヒュドラと相対して幸運だったのは三本の首に対し前衛の三人、エゼルバルド、ヴルフ、そしてヒルダがそれぞれ三方に別れて攻撃していた事だろう。三人が固まって攻撃していたらヒュドラの動きと尻尾の攻撃をすでに誘発して誰かが怪我をし、戦闘不能に陥っていた可能性が高い。三人の近接戦闘能力が比較的高い事がこの時は幸いしていた。


 それでもヒュドラの中に誰が今、厄介なのかと考える時間を与えていた事もあり、次の攻撃を浴びせる隙を伺っていた。

 エゼルバルドとヴルフを狙っていたヒュドラの首が急に首を持ち上げ手の届かない場所へと移動した。口も開かず眼下に見える敵をただ見下ろしている。それが何を示すのか二人には予想する事が出来なかった。そして、突然、ヒュドラの体が右に少しだけ回転を掛けると、エゼルバルドの横を大きな物体が勢いよく転がって行った。




 ヒルダが頭部に攻撃を集中している時に不意にヒュドラが頭を引いた。一瞬の事でヒュドラが何を狙っているのかわからず思わず追撃を掛けてしまった。それが幸か不幸かを分けたのだ。


「えっ?」


 突然ヒュドラが体を回転させると、ヒルダの右からいきなり強大な力が加わった。

 ヒュドラは顔面に打ち付けられる軽棍の攻撃を嫌がっていた。皮膚自体は頑丈でそうそう傷を負う事は無いが、軽棍の攻撃は少しずつであったが皮膚の下にダメージを蓄積していたのだ。それと同時に隙を見せれば飛んでくる的確な炎の攻撃。両方の攻撃が合わさった事で自らが負ける、いや、首としての命を削り取られると感じたのだ。その為、体を操作する優先度を他の脳から奪い、目の前の敵を打倒す事にしたのだ。


 そして行った攻撃が首の攻撃を囮にして敵を誘い込み、尻尾での攻撃を加えたのであった。それは見事に成功したのだが、敵が深く踏み込んできた事がヒュドラの不幸であり、ヒルダの幸運であった。

 尻尾の付け根あたりがヒルダにぶつかり、ヒルダは三メートル程吹っ飛ばされ、それから五メートル程ゴロゴロと地面を転がった。軽棍を手放し、背負っているバックパックの中身をまき散らし、土まみれになりながら止まった。

 尻尾の先端がヒルダに当たっていたら吹っ飛ばされただけでなく腕や肋骨が折れ、最悪は折れた骨が内臓に食い込み致命傷を負っていた可能性があった。それが無かっただけでも幸運だった。


「「ヒルダ!!」」


 ヒルダが吹き飛ばされたのを見たエゼルバルドとヴルフは同時に声を上げたが、ヒュドラはそれを見逃さず二つの首が二人を襲う。

 一瞬の隙を付き、ヒュドラの首が二人を襲う。鞭のようにしなった首を二人の前面から打ち付ける様に迫り来る。それに気が付いた時には避けるには遅く、守りを固めるしかなかった。


 ”ガキッ!”


 咄嗟の所で二人は武器を体の前に出し、ヒュドラの攻撃をそれで防いだ。それでも鞭のようにしなった攻撃をすべて吸収できず、二人は後方へと跳ね飛ばされた。

 エゼルバルドは二メートルを飛ばされ背中を打ち付け、ブロードソードを手放してしまう。ヴルフのダメージは酷く、持っていた棒状戦斧の柄を真ん中から折られ、エゼルバルドと同様に二メートル程吹き飛ばされ、同じく背中を打ち付けた。

 二人共バックパックを背負ったまま戦闘していたため致命傷を受け無かったのは幸いだった。


「ここまで強いとは……。さてさて、どうしましょうか」


 三つの首を見上げながらスイールが呟く。一か八かでは無いがエルザと攻撃のタイミングを合わせれば首の一つはどうにかできるかもしれない。だが、後の二つはエゼルバルド頼みとなると思い、二の足を踏む。それしか打ち勝つ方法は無いのかと、他の可能性を考える。


「イタタ、何じゃありゃ。ワシの棒状戦斧ポールアックスが折られたわい。しんどいのぉ」


 何とか立ち上がったヴルフが真っ二つになった棒状戦斧を見て嘆く。鋼鉄で作られた特注の棒状戦斧が無残な姿になった事に少しだけ悲しげな表情を見せる。だが、戦意は衰える事なく、腰のブロードソードを抜きヒュドラへと向き直る。


「あれ、剣は何処へ」


 ヒュドラに飛ばされた時に暗がりの中へ消えてしまった様だ。パッと見る所に剣は見当たらない。そもそもエゼルバルドが剣を手放す事は見たことが無く、それだけ攻撃が強かったのだと思える。ブロードソードは後で探すとして、両手剣を抜き放ち気持ちを切り替えヒュドラを見据える。


「ドロドロになったじゃない。もう許さないんだから」


 暗がりの中からヒルダが姿を現す。担いでいたバックパックを下ろし、飛ばされたダメージで足を少し引きずっているが、それ以上の怪我は無いように見える。歩み来る途中で落ちていた軽棍を拾い、自らに回復魔法ヒーリングで痛みを和らげると戦線へ復帰する。


 ヒュドラは何を思っていたのか、三人が復帰するまで攻撃をするでもなく、その場で敵を見据えていた。ヒュドラが何を考えているのかはわからないがスイールは何故か一つの考えを思いついてしまう。


(もしかして、戦いを楽しんでいる?)


 目の前の敵を打倒し、腹を満たす。それがヒュドラの目的であった。それがこの短時間で敵をただ倒すのでなく、圧倒的な力で打ち倒すのだと、目的が変化していった。何故そう思う様になったのかはヒュドラでさえも知りえなかった。


 そう考えているうちに前衛の三人はそれぞれの武器を持ってヒュドラに向かい攻撃を再開していく。




爆発エクスプロージョンの魔法って使えますか?」


 戦闘中にもかかわらず、エルザがスイールに近づき尋ねる。

 爆発エクスプロージョンとは炎の魔法に属する一魔法であるが、媒体に魔力を込め爆発させる魔法である。強力無比な一撃を産むが、魔力を込める媒体が必要だったり、スイールでも発動まで二分程準備が必要なため戦闘では使い物にならないのだ。


 それを要求するエルザに何か策でもあるのだろうかと逆に問いで返す。


「ええ、使えますが何か考えがあっての事ですよね。知っての通り、爆発させる媒体が必要です。あのヒュドラがそれを甘んじて受けるとは思えませんが」

「私の杖を使います」

「杖?」


 エルザは手に持った杖を媒体にするとスイールに告げる。確かにデザインは探し求めている杖その物であるが、内部は木製の安物の杖だ。木製であれば爆発エクスプロージョンでの媒体にうってつけだが……。


「杖を使うのは良いが、あの鱗に通じるとは思えないが」

「何とか口の中に入れてみようかと」

「それは危険じゃないか?前衛ではないエルザに出来るとは思えないし危険すぎる」


 三人の後ろから戦闘に参加するなど危険すぎるとエルザに告げる。それでも試してみる価値はあるとエルザは首を振る。


「三人ががんばっているのに、後ろからの援護で事態が好転するとは思えません。隙をついてなんとか一撃を入れてみせます」


 仕方ないとヒュドラを見やり、どの首に攻撃を仕掛けるのが良いか考える。口の開け閉めが多い首がどれか見るとヒルダに攻撃を仕掛ける首が良さそうと判断し、


「ヒルダ!二分だけ一人で粘れますか。その後、エルザが近接攻撃に参加します、それまで持たせて下さい」


 ヒルダに向かって大声で叫ぶ。ヒルダには通じているだろうとそのまま魔力を込めはじめる。その間約二分。それだけ強大な魔力を込めるために戦闘に向かない魔法だ。それにもう一つ戦闘で使えない理由がある。


「爆発まで一分掛かります。三秒前には手を話してください」


 時限式なのだ。生きているヒュドラに一分あれば口から吐きだされるし、固定も難しい。どうするか?直前まで抑えているしかないのである。その為攻撃を受けるかもしれないし爆発に巻き込まれるかもしれない。危険すぎる方法である。


 ヒュドラとの戦闘を見るに一進一退の攻防が続き、先程の様なヒュドラが突然の攻撃に出てくることも無かった。

 そして、二分が経過し、スイールの魔法が発動する準備が出来る。


「それでは行きますよ。杖を出してください、爆発エクスプロージョン!!」


 スイールの魔力がエルザの持つ杖へと流れ込み、杖自体が爆発の媒体へと変化していく。杖の先端の芯が赤く変色を開始し、準備が整う。


「今から一分です。頼みますよ」


 杖が爆発するまで一分。エルザの持つ杖は芯から徐々に赤い色が広がり始める。それが杖全体に広がった時、媒体としての役目を果たすため魔力が解放され爆発する。

 危険な賭けだが、杖を構えヒュドラの首を落とす為に攻撃に参加をするのであった。

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