第十七話 地下迷宮 探索 弐 強敵壱

 アイリーンがドアをゆっくりと開け、体を滑らせて入っても、潜るだけでは何の危険も無かった。気配が無いと一応は確認したが遠くで罠が作動する危険もあるからと用心はしていた。それよりも、ドアの近くに骨が散乱しており、そちらが気になるのであった。

 他の五人がドアを潜り全員が揃う。その五人もアイリーンが気にした足もとに散らばる散乱した骨に目を向けるのだった。


「何?この骨」


 松明を地面に散らばっている骨に近づけ照らし出す。人で言えば十二、三歳程の年齢の骨の様であった。それも白骨化している訳でなく所々に肉片が残っており、食い散らかされたと結論付けた。また、骨の主はおそらくだが小鬼ゴブリンの骨でだろうとも

予測できる。

 頭骨も多少だが残っており、ここで何かに襲われたと思ってよいだろう。骨の散乱している場所も松明の光が照らす床一面に広がっていて、奥まで続いているかもしれないと武器を持つ手に力が入る。


「頭骨の中は空っぽだな。何かに飲まれ消化され、骨だけだ出されたか?」

「それにしてはこの骨には肉が残っているよ」


 不思議な所は幾つもあるが、特に不思議なのは頭骨と肉の残る骨であろう。ヴルフの指摘した通りであれば丸呑みにして消化しきれない骨だけが排出されたことになる。だが、それであれば肉の残る骨は理由が付かない。もしかしたら、変異種が現れたか、別の何かかもしれないと、危険な香りを感じ取るのであった。


「頭骨を見る限りだと蛇だが、肉の残る骨だと手で持って食べる生物だな。もしかして仲間を食ったか?小鬼だとそれは無いか」


 う~ん、と頭を悩ませる。骨を散乱させる脅威が何であるかは、存在を確認するまで想像もつかない。

 また、脅威が存在するならば、ドアを開けておき、逃げる事も可能な状態で探索を行うのが賢いだろう。また、ドアの厚さを考えれば、これを破れる生物は五本の指で数えられるくらいだろう。

 探索はドアを開けておき、保険を掛ける事にして続行する。


「鬼が出るか蛇が出るか、慎重に行きましょう」


 こくりと頷き、アイリーンを先頭に石畳の床をゆっくりと進んでいく。

 いつもであればブーツの音でコツコツと音がするが、慎重に事を運ぶ今はその音が小さい。音が出ているよりマシと思える位だが、何かの骨が所々に落ちている為にパキッと骨の砕ける音をさせてしまう時もある。それでも百八十メートル程進んだ時に、生き物から発せられる音が明らかに聞こえた。


”シャーシャー”


 この通路の骨を散乱させた張本人であろう。松明の光をかざして数歩進めばその姿が見えてくる。おそらくだが、この通路に入った時点でこちらに気づいていただろうその主はとぐろを巻き、鎌首を上げ、迫り来る松明の光を睨んでいた。

 そしてゆっくりと、獲物が来たと喜びの声を上げるのであった。


「鬼じゃなく、蛇が出たのか……」


 誰が呟いたのかピリピリとした空気が和やかな雰囲気に一瞬だけ変わるが、目の前に存在する生き物によりすぐに戻される。


「パイソン系か。それにしても見た事の無い紋様をしているな」


 過去に出遭ったパイソンをスイールが思い出しているが、眼前のパイソンとおなじ紋様は見たことが無かった。ポイズンパイソンであればエゼルバルドやヒルダ、そしてヴルフも見た事がありそれとは違うとわかる。胴回りの太さであればあの時と同じとわかるが、分類ではモンスター級と思える。だが、能力が不明なためうかつに手出しは出来ない。


「さすがに戦うのは拙いか。撤退するべきか……ん、あれは何だ?」


 威嚇をしている蛇の能力がわからない為、戦わずに撤退を指示しようかと思ったが、その後ろに青く光りを反射する宝石に似た物体が、台座に鎮座しているのが見えた。形的にアイリーンが先ほど調べていたドアを開けるための鍵ではないかと思える。


「アイリーン、蛇の向こうにある青い玉ですが、先ほどのドアを開ける鍵ではありませんか?」

「あ、多分そう」

「そうなると目の前の敵を倒さなければ手に入りそうにないですね」

「戦っている内にさっと横取りできれば大丈夫だけど、あいつが危険な気がするわ」


 アイリーンに青い玉の存在を教えたが、蛇の動きや能力がわからず、変な動きをしたときに何か嫌な予感がすると告げている。トレジャーハンターとしての能力を信用しているスイールとしては、下手に冒険を犯す事は出来なかった。


「それならあいつを倒すしかないですか。皆さん、その蛇を倒しますよ」


 スイールの一声に武器を構える。その中でエゼルバルドだけは手に持っていたブロードソードと仕舞い、背中の両手剣を引き抜き構える。刃渡り八十センチのブロードソードより五十センチも長い両手剣が有利だと感じたのであろう。

 間合いが広いだけでなく、両手で扱うエゼルバルドの両手剣は一撃の重さも違う。同じ魔法剣であるが重量による破壊力に掛けたのだ。

 それはヴルフも同じで棒状戦斧ポールアックスの威力を最大限に使おうと、先端を後ろに回して担ぎ、いつでも最大の攻撃力を叩き込めるために構えている。


 野生生物は危険感知能力が優れている種族も多い。目の前のモンスター級の蛇はそれを察知しゆっくりと鎌首を上げたまま前へと頭を持ってくる。餌になるのはどれでも同じだと、一番近い餌へと首を向ける。

”シャー”と短い音を発し、エゼルバルドへと首を向ける。


「先手必勝!!」


 数歩の距離にある蛇の鎌首を一閃し切断しようと、床を蹴り距離を詰めようと掛けだす。が、蛇のちょっとした動きに不気味な予感を感じると、一歩踏み出した所で右に大きく飛び退いた。その行動は咄嗟の行動であったが、怪我を負う事を防いだ。


「何だ?何があった」


 エゼルバルドが飛び退く前にいた場所で”シューシュー”と音を立て、白い煙が上がっていた。床ではなくその場にあった骨の残骸に液体が掛かり、骨が溶けていたのだ。


「強力な酸!!初めて見ますね、”アシッドパイソン”とでも名づけましょうか」


 目の前の蛇、--アシッドパイソン--は、エゼルバルドが踏み込んで攻撃すると見て、体の中に有る、酸を作る袋から液体を取り出し口から吐き出したのである。

 アシッドパイソンは向かって来る敵に必殺と言うべき酸を浴びせ、悠々と餌にありつけると考えていたのだろう。その為、エゼルバルドが横に飛び退き、蛇の酸を躱した事に驚愕と怒りを表すのであった。

 だが、酸を浴びせる攻撃も一度見てしまえば躱す事は簡単であった。どのタイミングで酸が吐き出されるか、予備動作がわかったからである。それはアシッドパイソンの口から舌が引っ込まれ喉の奥に膨らみが出来、外から簡単に見えたのだ。


 それも躱す事が出来るだけで、攻撃に移るタイミングを計る事は難しかった。酸を吐き出す動作が早く、連続で吐かれてしまっている為だ。それでも酸を吐き出す量も徐々に少なくなり、躱しているうちに酸を吐き出さなくなった。


 それでもスイールやエルザが魔法で牽制攻撃を行わなかったのは動き回るエゼルバルドが魔法の射線上に位置する事が多く誤って直撃してしまうのを避けたのだ。

 ヴルフも尻尾の攻撃が苛烈でなかなか攻撃できないでいた。特に後ろに目があるかのような尻尾の使い方には手を焼いていた。


 酸を吐き出す回数も少なく、後は体の力のみとなったアシッドパイソンには勝ち目は無かった。

 エゼルバルドとヴルフはお互いの顔を見て、タイミングを計っていた。首と尻尾を同時に落としてしまおうとしているのだ。二人はいつもではないが、連携の訓練をしている。その為、相手の行動を見ていれば攻撃のタイミングを計っていたのである。


 一瞬であるがエゼルバルドの両手剣が床をこすり嫌な金属音が響く。その音に気を取られたアシッドパイソンが刹那の間だけ目を離す。エゼルバルドとヴルフの二人にはその刹那の間でも攻撃を加えるには十分な時間であった。


 まず、床を蹴ってアシッドパイソンの頭に刃を向けたのはエゼルバルドだ。両手剣を右下段に持ち、距離を詰め斜めに振り上げる。一陣の風と共に振り上げた両手剣は鎌首を上げたアシッドパイソンの首を目がけて銀色の線を描く。

 エゼルバルドの手には確実に切り裂いた感触が伝わりアシッドパイソンの首から鮮血が噴き出す。だが、感触からわかる事は切り口が浅い事であった。アシッドパイソンもやられまいととっさに首をひねり剣の軌道から外れようとした。それでもエゼルバルドの技術を持っておおよそ三割程、切り裂き傷を与えた。


 ヴルフはと言えば、邪魔な尻尾を切り裂こうと棒状戦斧を肩に担ぎ、両の手いつでも振り下そうと構える。エゼルバルドの攻撃からワザとワンテンポ遅らせ、棒状戦斧を打ち付けた。本来であれば同時攻撃が望ましいがエゼルバルドの攻撃タイミングを外させまいとしたのがこのタイミングをずらす攻撃であった。

 エゼルバルドが首の三割に切り込みを入れたとほぼ同時にアシッドパイソンの尻尾を、いや胴体の半分程を切断した。


 首を三割ほど切られ、胴体も半分から後ろを無くしてはさすがのアシッドパイソンも生きられない。鮮血が首や胴体から噴き出すとともに、目から精気が徐々に失われ自らの体重を支えることが出来なくなり、頭を床へ打ち付け命を燃やし尽くした。

 胴体から切断された後ろ半分も同様にビクンビクンと跳ね回っていたが、それもいつの間にか動きを止めた。


「ふぅ、何とか倒せましたね。怪我は無いですか」

「ありゃせんわい。お前にほとんど攻撃が行ってただろう」


 エゼルバルドもヴルフも攻撃を受ける事無く敵を制圧した。これは非常にうれしい事である。特にアシッドパイソンの酸を受けたら死んでいる可能性の方が高かった。


 そして、足元には胴体がほぼ真ん中で二つに別れたとは言え、十メートル以上の蛇がそこに転がっている。斬撃にある程度弱いが、着ているシャツの布地よりも丈夫そうな素材が目の前にある。これを加工して装備品を作りたい衝動に駆られたエゼルバルドはナイフを取り出し解体を始めた。


「エゼルよ、これを使うのか?」

「ズボンに使っても良さそうかと思ったんですよ。地面を這っているから摩耗性に強そうじゃないですか」


 首の切れ目からナイフを差し入れ皮を剥いでいく。血抜きは首と胴体を切った時に流れ出た血だまりとなりほぼ終わっており、皮を剥ぐときには、もう血が残っていない程であった。楽にとは言わないが、エゼルバルドとヴルフ、そしてヒルダやスイールも手伝い十五分程でアシッドパイソンの剥ぎ取りが終わる。

 見事なまでのアシッドパイソンの皮が七メートル程、二人分のズボンを作るくらいになった様だ。


 エゼルバルド達がアシッドパイソンを解体中にアイリーンは奥の台座に鎮座する青い玉を回収していた。その青い玉は何かで固定されていたわけでもなく、ただ台座に置かれていただけだった。罠などもなく、本当に置かれていただけだ。

 この青い玉が重要な宝石の類であればもっと厳重に宝石箱などに仕舞い込まれるはずなのだが。アイリーンの見立てでも価値がそれほどある訳でもないと判断した。


 アシッドパイソンの骨と肉と内臓が散らばる足元を見ながら剥ぎ取った皮を綺麗に畳みヴルフとエゼルバルドはバックパックに仕舞い込む。先ほどのエゼルバルドの話を聞き、ヴルフはアシッドパイソンの皮からズボンを作るのを楽しみにしていた。そのため、二人の顔は緩んでいた。

 ちなみに肉は毒か酸が浸透している可能性があるとして食材にするのを諦めていた。


「それで、こいつの他に敵は見えなかったが、肉を食っていたのはコイツでよかったんか?」


 バックパックを背負いながらヴルフが思い出した事を呟く。アシッドパイソンが小鬼ゴブリンを丸呑みにしていた事は状況証拠で樹分説明が付くが、蛇が肉だけを食らうかと言えばそれは”否!”と答えるしかない。もしかしたら、肉を食う獣もアシッドパイソンに食われてしまったと考えても不思議ではないだろう。


「結局、謎ですね。この先に進むための隠し扉も無いとアイリーンの調査で分かっていますから、この通路の入り口まで戻りましょう。敵を倒しましたから安全でしょうし」


 スイール達は来た道を戻り、先ほど潜ったドアを抜けもう一枚のドアの前へと戻ってきた。


「ウチが持ってきたこれや」


 アイリーンの手にはアシッドパイソンが守っていた、--結果的にだが--、青い玉が握られている。ガラスっぽい素材で青く光を反射していた。その向かう先は開かずのドアの横にある青い玉がすっぽりと入る為の穴の前。手のひら大の青い玉をゆっくりとその穴に入れるとすっぽりと収まった。もともとその位置に青い玉が入っていたかのように。


「これで開くはずよ」


 ドアの罠に注意しつつドアを開けていく。その向こうはかなりの時間、開けていなかったようで出て来た空気が鼻の奥を刺激し、くしゃみを誘発させるほどであった。カビ臭く、それでいて湿った空気は長い年月を感じさせる。


「カビ臭い!」

「獣の類が死んで腐敗臭よりマシじゃろ」


 アイリーンとヴルフのやり取りが幾つかあったが、後ろでは”くしゅん”とかわいいくしゃみをヒルダとエルザがしていた事に地下迷宮にいる事を忘れさせているのであった。

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