第五話 エルザの危機
夜が明けアイリーンとヒルダ、そして、エルザの美女三人は、夜が明けてすぐに宿のカウンターへ顔を出した。早めに出発する人々が大勢いる中で文句、--言いがかりでなく宿の失態--、告げる為である。
申し訳ないが、チェックアウトの手続きを取ろうとする男性の旅人に割り込む形となるのだが、美女三人が前に見られるとあれば怒りよりも少しの時間がかかっても、目の保養を優先していたのだ。
「宿のご主人いますか?重要なお話があるんですけど!!」
アイリーンが喧嘩腰でカウンターの受付の女の子に絡んでいる。怒りの籠った声に、女の子は今にも泣きそうな顔をして、宿の奥へと雇い主の主人を呼びに行った。
女の子は一人の男性を連れて戻り、宿のご主人様ですと告げると、泣きそうな顔のまま、自分の仕事へと戻って行った。その顔を見れば、虐めすぎたかなと反省の色を見せるのであった。
「どういったご用でしょうか?あいにくこの時間は忙しいので出来ればもうすこし後にして頂きたいのですが……」
宿の主人が低い姿勢で言葉を選びながら話すのだが、それ所でないとカウンターを手の平で叩きつけ、声を荒げる。
「ちょっと、こっちへ来てよ。宿にとっては大問題よ!!」
宿の主人を人のいない隅へと誘導する。ここまで来れば脅されていると見られても話は聞かれないだろうと耳元でそっと呟く。
「この宿は夜に女性の部屋に忍び込むのを許してる宿だって、言っちゃうけどいいのかな?」
それを聞いた主人の顔は血の気が引き真っ青になる。今まで何者かに襲われそうになったとか話を聞いた事があったが、それはドアのカギを閉めていない事で起こると思っていた。
「それじゃ、私達の部屋まで一緒に来てくださりますよね」
先程と違い他の客に聞こえるような声を出して作り笑顔でアイリーンは話すと、”コクコク”と首を縦に振る主人を誘導し、三階の部屋まで一緒に来てもらう。
アイリーン達が泊まっていた三人部屋に入り、縛られた者達や天井を見るや、真っ青だった宿の主人の顔が真っ白になり、ふらふらと今にも倒れそうになる。そのまま倒れられてはいけないと、部屋の椅子に主人を座らせ、さらに続ける。
「あの天井見てよ、あそこからあいつらが侵入したんだよ」
部屋の天井に空いた、真っ暗な天井裏から人ひとりが通れるほどの穴と部屋の隅に横たわる三人を見せる。それを見て何も思わないのであれば宿の主人失格なのだが、それは長年この地で宿を経営しているだけあり、すぐさまお詫びの言葉をつづる。
「申し訳ございません。二階以下のお部屋へお移りいただく様に手配いたします。本日の料金は引き払いの時点で返しいたします。また、この者達を兵士へ突き出しますので本日はそこまででご容赦をお願いします」
こちらの意図を正確に把握し、宿として誠意ある対処をしてくれたので、これ以上望むのはクレーマーになってしまうと、満点では無いが満足の対応であると、それで良しとした。
「それでお願いするわね」
朝から宿の主人を巻き込みバタバタとしていたが、最終的には三階の三人部屋から引っ越し、二階で空いていた四号室へと移ってきた。部屋も二階と三階の四号室でちょうど上下になったのは偶然ではない。
その後、朝食を食べていると官憲隊が来るなど宿の中もバタバタとしており、この日の午前中は宿は営業どころではなくなってしまっていた。
ちなみに、泊まっていた三階の二号室はと言うと、黄色いテープが引かれ、使用禁止となった。
夜中に侵入者があったおかげで寝不足な六人は午前中いっぱい部屋で寝て過ごしていた。
その後は、昼過ぎにもそもそとベッドからの誘惑を振り払い、昼食を食べている。いつもなら何処かの食堂等に入っているのだが、この時ばかりは宿の酒場で過ごしている。
「昨夜の襲撃犯の仲間がまた来ると思いますが、一先ずこの件は置いておきましょう。私とヴルフでワークギルドへ情報を集めに行きますが、あなた達はどうしますか?」
軽めのワインを飲みながらスイールはその様に告げる。情報が集まっているのがワークギルドと予想されているのでここは外せないだろう。
「オレは汚れた外套を綺麗にしたい。そのついでに噂でも聞いて回ろうかな」
「それなら私も一緒に行くわよ。汚れたのは同じだもの」
エゼルバルドとヒルダの二人は、襲撃犯のアジトを急襲し殺した相手の返り血に汚れた外套を何とかしたかったようだ。
「二人一緒なら大丈夫でしょう。アイリーンとエルザはどうしますか?」
「ウチはその辺のお店を回ってみようと思う」
「ウィンドショッピングですか?」
「それもあるわね……って、違うわよ。あくまでも情報収集よ」
「昼間でも一人で行動するには不安がありますから、エルザも一緒に行ってくれますか?」
スイールとアイリーンのやり取りに”いつもの事か”と皆が顔を歪める。小さく笑い声も聞こえるが、嫌味な笑いには聞こえないので無視する。
エルザを見ればニコニコと笑顔を振りまき、
「ええ、私もご一緒、致しますわ」
快く承諾していた。エルザもこの国は初なので、見て回るのが楽しみとの事だ。
「それでは皆、よろしく頼むよ」
スイールの言葉に皆が一斉に頷くのであった。
宿から少し離れた場所にあるワークギルドを訪れたスイールとヴルフ。昼過ぎで何処かへ依頼をこなしに行って、人がいないと思っていたが予想より多く人がいて驚いている。受付の部屋は広く、半分以上が打ち合わせや飲み食いをするテーブルが占拠しており、そこに依頼を終えたり、暇な人達がたむろしている。
まずは各国のワークギルド共通の依頼の掲示板を見てみるが、それほど変わった依頼は特になさそうであった。その代りに横の近況注意掲示板には、古くなっているが墓あらしと誘拐に注意と書かれているが、当然エルフの杖に関しては何もないようだ。
「まぁ、杖の情報など有りませんね。それよりも墓あらしと誘拐に注意とは何の事でしょう?こちらが気になりますね」
「あまり余計な事に首を突っ込むと探すのに時間がかかるぞ。止めてとけ」
「そうですね。悪い癖が出てしまったようですね」
余計な事に首を突っ込むなとヴルフに指摘され”失敬”と呟き、頭を切り替える事にする。ワークギルド内を見て魔術師を探すが今の場所にはいないようだ。杖を持つ魔術師が少ないのか、魔術師自体が少ないのかは不明であるが。
魔術師を探していると、スイールに声をかけてくる女性が現れた。
「失礼、その杖は何処で買ったのですか?この街で見る杖はそれと似ているのですがあまりにも出来が悪くて……」
突然声をかけられて少しだけ驚く。探している杖の情報が向こうからやってきたのだ。これは絶好の機会だとばかりに話を聞くことにした。それにしてもこの女性、白いシャツに黒いズボンとワークギルドの制服を着ているが、ここの職員なのであろうか?
「あ、これですか?ライチェンベルグの町で購入しました。失礼ですが、こちらの職員の方ですか」
「申し遅れました。ここのワークギルドで受付をしています、【ラーレ】と言います。他の人が同じ形の杖を出来が悪いと嘆いているのを聞いていましたのつい……。ご迷惑でしたでしょうか?」
目の前の女性、ラーレは会釈程度に頭を下げた。迷惑と感じるどころか情報を得る事が出来、スイールはありがたいとさえ思っていた。
「いえ、迷惑など全然。私はスイールと言います。こちらはヴルフです。訳あってこちらを旅行中なのです。今は度に関する情報を集めていた所なのです」
「あら、そうでしたか」
ゆったりとした性格なのか話しの反応が少しだけ緩い感じがする。
「先程の出来の悪い杖とはこの街で売っているのですか?」
「ええ、その通りです。【オギュースト=ジャンネイ伯爵】様が考案したらしく、お抱えの鍛冶師が作って販売しております。この街ではオギュースト伯爵様のみが販売権を持っているのでその鍛冶師のお店でしか購入出来なのです。
使っている方も素晴らしいデザインなのに出来が悪く勿体ないと嘆いておりました」
意図しない所から、あっという間に情報が集まってしまい、少々困惑気味になる。それでも情報は得るだけでなくしっかりと活用しなくてはとさらに情報を求める。
「一度そのお店に行ってみたいのですが、どちらにあるのでしょうか?」
「街の北側に伯爵様のお屋敷がありまして、その近くと聞いています。ショーケースに杖が並んでいるのでわかるかと思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
お礼を言い去ろうとした所、ラーレから、そう言えばと重要な事を言われた。
「伯爵様のお屋敷へ行かれるのでしたら夕方や夜はお控えください。墓あらしが伯爵様近くの墓地で出没しておりましたから、何かあってはと思いまして」
「そうですか、どうもありがとう」
ラーレにもう一度お礼を言い、その場から離れた。ヴルフに首を突っ込むなと言われた墓あらしが少し関係があるとわかったが少し複雑な心境となった。杖の情報を得たので墓あらしは頭の隅に押し込めておく事にした。
こちらはエゼルバルドとヒルダの
旅道具を扱っている店を見つけて入ってみれば、何処も出来ないと断られた。遠回りに新しく買ってくれと言われているだけなのだが。
肩を落として歩いていると街の中央広場に出る。領主の館や行政機関の建物が立ち並ぶ前の広場の事だ。ここは市民の憩いの広場になっており、ガッツリとした食べ物の屋台こそ無いが、御菓子類や飲み物を売る屋台多少見える。
そこに交じり、子供達が駆け回ったり、何かのごっこ遊びに熱中したりしている。戦争の無い平穏な生活の中だからこその光景だろう。
少し気になったのは子供達のごっこ遊びだ。二手の陣営に分かれて相手の子供を奪い合っているのだ。物騒な遊びだなと見ていれば、奪った子供を自分たちの陣営の子供と肩車をして相手を細い木の棒で攻撃をしている。木の棒は当たればみみず腫れになるがそれ以上にはならない。それよりも動きが遅いので当たらないのだ。
その肩車のコンビに直接攻撃してはならなルールがあるらしく、小さな弓矢や草で作ったボールで攻撃している。
面白い遊びだと思っていたら、屋台の一人が教えてくれた。
「最近あの遊びが流行ってるんですよ。子供が奪われたのは誘拐してるんだよ。肩車はわからないが何かをくっ付けているらしいよ。誘拐される人がいるらしく、俺の周りでも一人居場所がわからないのがいてね、困ってるんだよ。子供達はその誘拐されたのを遊びに取り入れてるって訳さ」
「物騒な遊びですね」
「物騒かどうかはわからんが、誘拐ってのは言葉が悪いやね。捕虜とかにすればまだわかるんだがね~」
屋台の男も商売人から一人の親の顔になっていて、子供達を心配しているが、”捕虜”でも物騒な言葉には変わりないと二人は思うのである。
それでも、必要か分からないが、とても良い情報を教えてもらった代わりにと、屋台で売っているフルーツジュースを買い広場を後にした。
「何者かが付いてきている?」
「良くわかりますね~」
「トレジャーハンターをやってれば、だんだんわかってくるのよ」
アイリーンとエルザの二人は宿を出てからしばらくして、付けられていると気が付いた。
宿を出た時にはいなかったはずで、何の為なのか目的はわからない。だが、昨夜の出来事を考えれば何があっても不思議ではない。エゼルバルドとヒルダの二人が急襲したアジトの関係者と考えれば……有りえなくもない話であろう。
鍛冶屋街のショーケースを眺めながら通り過ぎる。そこそこの人通りの中、一定の距離を取って追いかけられる。
「このままだと拙いわね。顔でも拝んでみましょうか」
「それは賛成ですわ」
二人は小声で打ち合わせを行い相手を誘い込むことにした。おおよその地形を頭に入れる為、ウロウロと動き回る。丁度良い路地を見つけるとサッとそこへ入り込み、エルザはそのままゆっくりと直進、アイリーンは身軽な体で壁をよじ登り屋根の上へと身を隠す。
(さて、どう出るかな?)
屋根の上から先程まで立っていた路地をじっと見守る。エルザはすでに五十メートルは進んでいるだろうか?そこへ二人組の男が姿を現した。
男達の服装は目立った服ではなく何処にでもいる普通の服装だ。当然ながら街中で違った格好をすれば目立つ。流行りの服や仕事着などを着ていれば目立つことは無い。そこを逆手に取ったのだ。
そして、アイリーンの予想を裏切る行動を取られ、対応が遅れてしまった。
(えっ?)
男達はエルザが一人になったと見るや、周りの目を気にする事なく素早く駆けだした。エルザが後ろから来た男達に気付いた時にはすでに遅く、振り向いたエルザの鳩尾に当て身を当てると担いで物凄い勢いで走り去って行った。
アイリーンは男達が駆け出した時に屋根から身軽に飛び降りたが、当て身で気を失ったエルザが担がれたときに、やっと地面へ降り立ったところであった。
(エルザが狙いだった?なぜ)
男達を追いながら、軽い気持ちで男達の顔を見てやろうとした自らの行為を恨んだ。一緒にいたのがエルザではなくヒルダであったら、スイールであったら、こんな事にはならなかったのではないかと。
今さら自らの行為を恨んでも始まらない。今はエルザが連れていかれるのを阻止し、助け出す事が先決だ、と。
裏路地とは言え、白昼堂々人をさらっていくあの男達。軽いエルフの女性を担いでいるとは言え速度が一向に衰えない。不思議な事もあるのだと思いながらも追いかけるアイリーン。
そして、男達の後を追い駆ける事、十数分。見素晴らしい建物へ入って行くのを確認する。
(ここがアジト?)
アイリーンの目にはこじんまりとした、もう少ししたら崩れ落ちてしまうのではないかと思う様な
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